バディ結成とマイコニド出汁
「ぷはぁ……。ありがとうございます、リューマ殿。最高の馳走でございました」
リューマ特製ブイヨンスープを三杯、あっという間に平らげたツバキは満足そうに息を吐き、器を床に置いてから深々と首を垂れる。
「おうよ。でもすまねぇな、スープとほんの少しの具材だけで。ついでに肉かパンでもありゃ良かったんだが」
「!滅相もございません。この身を助けてもらい馳走を頂けるだけで有難いというのに、あれこれ注文を付けるなぞ無礼にも程があります。ぜひ、心から礼を述べさせてください」
「…………はは。何かアンタ、探索者らしくねぇなぁ。あっ勿論いい意味で、だけどよ」
「施された恩には全身全霊を以て報いるのが礼儀だと、師に教えられましたので」
はにかんだリューマは「そうか」とだけ言い、ツバキから受け取った空の器を布で簡単に拭いてからバックパックに詰め込む。
「でもアンタみたいな女剣士が、まさか空腹で倒れてんのを見たときは流石にびっくりしたな。うっかり朝飯でも抜いてきたのか?」
「い、いえ。探索前の準備の抜かりはなく万全だったのですが……道中でその、二回ほどしてやられまして……」
「してやられた?盗賊か?」
「似て非なるものといいましょうか……ここより浅層の第10階層を探索していたところ、いきなり子ザルのようなモンスターが現れ、腰に携帯していた食料を全て掏られてしまったのです」
「子ザルのようなモンスター……?あっ。もしかしてそれ、スティールロリスじゃないか?」
無精ひげの生えた顎に手を当て思案していたリューマは、ピンときたように顔を上げる。
「スティールロリス……はて、聞いたことのない名前ですが、有名なのですか?」
「あぁ。両手に収まるくらいの小ささの割に、探索者の懐から金品や食料を掠めとるのが上手な、手癖の悪い猿モンスターさ。しかし、ヤツはここより深い20階層以降で出現するはずだが……この『序盤の石窟』に現れたってことは、さしずめ住む場所を追いやられたってとこか」
リューマは顔をしかめ無精ひげをジョリとなぞる。思い当たる節があるのだろうか。
「そうなのですね……。しかし、私が嵌まったのはそれだけではなくて」
「二回ほどしてやられた、って言ってたな」
「はい……そのスティールロリスを追いかけてる道中で足で踏んで作動する罠にはまってしまい、【絶食】のデバフを付与されてしまったのです」
デバフ……モンスターからの攻撃を受けたり、罠の発動させることによって探索者に付与される状態異常のことだ。その内の一つ【絶食】は文字通り極度の空腹状態となり、探索や戦闘などの各種行動が困難となる危険なデバフである。
「あぁ……それで腹を空かせてたのか」
「はい……しかも不運なことに、道中で誰にもすれ違うことがなかったので救援を求めることもできず、この17階層までたどり着くも倒れ尽きてしまった、という次第であります」
ツバキは己の不甲斐なさを悔いるように、綺麗に整った眉尻を垂れる。
「よかったな、すれ違ったのが俺みたいなので」
「誠にございます。そしてリューマ殿から受けたこの御恩、例えこの身を削いでも返すつもりにございます」
「ちょ、やめてくれ。そんなかしこまられると、肘がむず痒くなる」
深々と頭を下げるツバキに戸惑うリューマ。
「しかし、一時の介抱と一飯の恩を返せないのは、剣士の名折れにございます。剣技しか能のない私でよければ、何でもお申し付けください」
「だからそんな……ん?何でも?」
そのとき、リューマの眉が怪しげに歪む。
「何か思いつきましたか」
「……そうだな。たった今、とっておきの頼み事ができた」
「!はいっ、何なりと」
顔を輝かせたツバキに、リューマはニヤリと口角を上げる。
「それじゃあ――ツバキにはしばらくの間、俺の懐刀になってもらおうか」
リューマからの提案に、ツバキは二つ返事で了承した。
それからテント内の片付けを終えたリューマが天幕をバックパックにしまうのと同時に、ツバキが側に立てかけてあった二つの刀を腰に携える。
「アンタの武器、『刀』ってやつだよな。まさか、この世界でも巡り合えるなんてなぁ」
「おぉ、よくご存じで。……この世界、とは?」
「!あぁいや、気にしないでくれ。それにしてもその鞘……もしかして、火蜥蜴の皮か?」
「そうでございます。師から受け継がれた『華焔二刀』……私にとって命より重い相棒にございます」
「そうか。……よければ雑談がてらに聞かせてくれよ、アンタが何故このタルタロスに潜ってんのか」
「分かりました」
バックパックを背負ったリューマと華焔二刀を携えたツバキが横一列に並んだところで、2人はタルタロス地下を目指して歩き出す。
「師に出会うまでの私は、孤児の身でありました。辺境の名も無き小さな村で生まれ育ったのですが、ある日賊の襲撃に遭い、家も民も焼かれてしまったのです。私を匿った親の悲鳴を聞いたのを最後に、逃げ遂せた私はひたすらがむしゃらに道なき道を走り続けました」
「それは……災難だったな」
「えぇ。3日間飲まず食わずで山の中を彷徨い続け、足の裏の皮が全て剥がれ行倒れそうになったところを、恩師であるヒャクドウ様と出会いました」
「ヒャクドウ……?知らない名だな」
「そのとき老練の剣士であったヒャクドウ様は、孤児の身となった私に『ツバキ』の名を授け、あらゆることを教えてくださいました。それから特訓と鍛錬を続けヒャクドウ様の弟子として十年目を迎えるころには、私は女剣士の称号を得るほどまでに成長しました」
過去に思いを馳せるツバキの切れ長の目はそこで、悲しそうに伏せられる。
「しかし、そのときすでにご高齢だったヒャクドウ様は、私に免許皆伝を授けたのと同時に床に伏せ、そのままお亡くなりになりました。そこで私は、生涯の親を二度失い再び独り身となったのです」
「それから、このタルタロスに?」
「はい。聞いた話によると、若きヒャクドウ様は世界各地を旅しながら、点在するダンジョンに潜っては剣の腕を磨いておりました。でも、そんなヒャクドウ様でも唯一探索しきれなかったのが、この深魔迷宮・タルタロスでした。熟練の剣士であったヒャクドウ様は、このタルタロスの158階層『煉獄の炎窟』まで踏破したらしく、この業物・華焔二刀もそこで入手したらしいのです」
「!?ひゃ、158階層!?手練れをそろえた探索者パーティーでも簡単に壊滅する、っていわれてる超難関階層だぞ!……そのヒャクドウ様ってのは、とんでもねぇ実力者だったんだな」
口をあんぐりと開け驚くリューマの傍ら、前を向いたツバキは瞳を輝かせる。
「ヒャクドウ様は、158階層より深いその先の景色が見れないことを、大層悔やんでおりました。だからこそ弟子である私がその先を行くことで、生涯の師であるヒャクドウ様の恩義に報いることができると思い至ったのです」
「恩を受けた師を超えるってのは、立派な志だと思うぜ。けどよ、序盤の序盤で小ザルに物を掠め取られてちゃあ、その道のりはまだまだ長そうだけどな」
「うぐっ……!りゅ、リューマ殿も意地が悪い……!」
図星を突かれ肩を強張らせたツバキにリューマはシシ、と意地の悪い笑みを見せる。
「そういうリューマ殿は、何故タルタロスを単独で探索されているのですか?料理人というのは、複数人パーティーに補助役として所属するものだと聞いておりますが」
「あぁ、まぁそれには理由があるんだが……と、その前に」
話し始めたリューマがそこで口を閉じ歩を止めたので、ツバキもそれに倣う。
到着したのは、石窟の内壁に緑のコケと多彩なキノコが生え蒸した、比較的湿度の高いエリアであった。
「俺がひとまず用を済ませたいのは、このエリアだ。ここにいる菌類モンスター、『マイコニド』を狩ろうと思ってる」
マイコニド。
見た目はさながら四肢の生えたキノコだが、その大きさは成人男性ほどもある大型菌類モンスターだ。
「ほほぅ、マイコニドですか。素材クエストでも受注されたのですか?」
「んや、俺個人の意志だ。……マイコニドは旨いからな」
「!?もしや、アレを食べられるのですか!?」
ダンジョン探索者として、タルタロスに棲息するモンスターを食用として狩猟するのは何も珍しいことではない。……が、マイコニドはその範疇外だ。身を覆う皮は牛皮のように硬く、肉も嚙み切れないほどに硬い。地道な調理過程を施してようやく食べられるが、そこまでして食べるほどの重要性もないので、ほとんどの探索者は皆マイコニドを非常食として食べる選択肢には至らない。
「その……不味いと知られているマイコニドを食用として狩るというのは、食に疎い私でも引け目を感じざるを得ないのですが」
「かくいう俺も、マイコニドの肉は食えたもんじゃないと思ってる。しかしだな、俺が求めてるのはそっちじゃない」
「と、いうと?」
「俺が求めてんのは、マイコニドの内に秘めてる旨味……『出汁』のほうさ」
不安そうなツバキに向けたリューマの笑みは、勝気に満ちたものだった。
それからしばらく歩を進め、目標であるマイコニドがいるエリアの分かれ道に差し掛かった二人は、探索行動のため二手に分かれることを決めた。
ツバキは腰に携えた『華焔二刀』を手に構え、リューマは懐から幅の広い菜切り包丁を取り出す。
「リューマ殿は、そのような得物でよろしいのですか?」
「こう見えて俺も戦闘経験をそれなりに積んでんだ。マイコニドみてぇな体当たりしか能のねぇ奴なら、この包丁一本で片が付く」
リューマは自信満々に包丁の背をなぞるが、ツバキの不安は拭えない。
「俺が求めてるのは、出会い頭に襲い掛かってくるような攻撃性の高いマイコニドだ。逆に出くわしてすぐに逃げるようなのは、ほっといてくれてかまわねぇ。もしそっちで出会ったら、すぐに笛を鳴らしてくれ。飛んで駆けつけるからよ」
「承知しました。ですが……くれぐれもご注意ください」
お互いに頷いた後、それぞれ別の道へと進んでいく。
幅の狭い石窟を進むリューマは、水を含んだ苔が広がる足元に気を付けながら先を進む。
その道中でマイコニド数匹と出くわすが、そのどれもが膝の高さまでも届かない小さいサイズで、リューマに出くわすなりパタパタと逃げていった。
リューマはそれらをあえて見逃し、そして数刻ほど歩いたところで……
「!……いた。アイツだ」
「フシュゥゥウウウ……」
リューマが歩を留め岩影から見据えるのは、彼の背丈ほどもある特大マイコニド。ソレは蒸気が漏れるような音を発しながら、頭部代わりの特大の傘を震わせのそのそと歩いていた。
「隠密するのも一つの手だが、隙をさらす上にこの足元じゃ走ってる最中に足を滑らすかもしれねぇ。……ここは戦闘を仕掛ける他ねぇか」
カンカン!
リューマが手に持った菜切り包丁と鍋で大きく音を鳴らすと、マイコニドはぐるりと振り向く。
「おら、かかってこいデカブツ!テメェの相手はこの俺だ!」
「ブシュゥゥウウウ!!」
雄たけびを上げてのしのしと駆けてくるマイコニド。それを見て戦闘タイプだと判断したリューマは、ツバキに報せるための笛を口に咥え「ピューィ!」と高らかに鳴らす。
肉迫したマイコニドが腕を振り上げたのと同時に、リューマは素早く鍋を構え――直後、木槌のように重い一撃が彼の身にのしかかる。
「ッぐぅう……!!」
予想をはるかに超えた衝撃にリューマは汗を滲ませ、マイコニドの脇に素早く飛びのく。そのままマイコニドの腕は地面に振り下ろされ、リューマが立っていた場所には小さなくぼみができていた。
「なるほど……戦闘系の中でも特に成熟した歴戦タイプだったか。俺みたいな料理人には、やや荷が重いかもな」
「フシュゥゥウウウ……」
汗をぬぐい体勢を整えるリューマに、マイコニドは目のない顔をぐるりと向ける。
「だが、かえって好都合だ。タルタロスから蓄え詰め込んだお前の旨み……絶対に俺のモンにしてやる!」
「ブシュゥゥゥ!!」
「ッッせいっ!!」
マイコニドはリューマめがけて突進し、先ほどと同じ一撃を放つ。……しかしリューマはそれをひらりと身躱しし、すれ違いざまに菜切り包丁で切れ込みを入れる。
「シュゥゥウウウ……」
「戦闘はできても所詮はキノコ、か……。深い切込みを入れたはずだが、痛みに呻くわけもねぇか」
胴に大きな傷を作りながらもマイコニドは動きを鈍らせることはなく、リューマにじっと狙いを定める。
「ブシュゥゥウウウ!!」
「ッうおっ!!?」
カランッ!!
再び突っ込んできたマイコニドにリューマは体勢が遅れ、その拍子に得物であった菜切り包丁を落としてしまう。
接近したマイコニドは殴りかかってきたのではなく……両腕を広げて掴みかかってきたのだ。
「ブシュゥゥウウウ……」
「ぐっ……こ、この……!」
唸るマイコニドが突き出した両腕を、リューマも負けじと押し戻す。その顔には脂汗が滲み、腕にはいく筋もの血管が浮かんでいる。互角でありそうな取っ組み合いは、体格に僅差で負けているリューマが劣勢のように思えた。―と、その時。
ぶるんッ!!ぼふぁさっ!
「ッしまった……!!」
マイコニドが頭の傘を大きく震わせると同時に、辺りに黄緑色の細かい粉が舞う。それを見て何かを察したリューマは、慌てて自分の腕を腕で覆う。
「ブシュゥッ!」
「うおっ!?」
粉を被り体勢が崩れたリューマを、マイコニドが察知し力を込める。リューマは力負けする形で横へとなぎ倒され、内壁にぶつかってしまう。
しかし彼の顔には痛みが走るよりも先に、焦燥が先に滲んでいた。
「ゲホッ、ケホッ…!くそっ、粉を吸い込んじまった……!」
リューマが焦ったのは、マイコニドの傘から放出された胞子を吸引したことだった。この胞子は対象の呼吸器系に侵入することで、目眩や呼吸不全などの毒デバフを付与してしまう。
リューマも遅れて身体に異変が生じ、息が荒くなり視界がぼやけていく。
「クソ……ッ!カバンの薬を使いたいが、その隙が見当たらねぇ……!」
「ブシュウウウ!!」
不鮮明な視界のなかでマイコニドが襲いかかってきたのを察知し、転がって攻撃をかわす。
直後、後方ででかい音が響き土煙が舞う。寸前のところでかわせたようだ。
「ぐっ……!足までもつれてきやがった……!これじゃ回避が間に合わねぇ……!」
立ち上がろうにも力の入らない足に舌打ちするリューマ。マイコニドはそんな弱体化した彼に狙いを定め、襲いかかる。
――ザグッッ!!
咄嗟に防御の姿勢をとった彼の耳に届いたのは、何かを切り裂く刃の音だった。
「――リューマ殿!!大丈夫ですか!」
やがて鮮明になる視界に浮かび上がったのは、刀を構えた女剣士・ツバキであった。
視界を確保すると、襲いかかってきたマイコニドは腕を深く斬られよろめいていた。
「はは……ったく、遅えよ」
やれやれと毒づくリューマだったが、ほっとついて出たため息は安堵によるものだ。
「申し訳ありません、リューマ殿。笛の音を聞いて駆け出した途端、足を滑らせて転んでしまいました」
解毒薬を服用し快復したリューマがツバキを見ると、確かに彼女のおでこには大きなたんこぶができている。
「……なぁ。もしかしなくてもお前って、ドジっ娘属性強めなんじゃないか?」
「ど、どじ……?言葉の節から暗に私を小馬鹿にしているように感じるのですがッ!?」
冷めた目を向けるリューマと羞恥に顔を赤くしたツバキ。2人がそんなやりとりをしているうちに、斬撃を受けたマイコニドは体勢を立て直す。
「ブシュウウウ!!」
マイコニドは再び突進し、刀を構えたツバキに迫る。
「危ねぇっ、来るぞ!」
「心配御無用にございます」
ズガッ!
瞬間、硬いものと重いものが衝突し合う音が響く。
マイコニドによる渾身の突進を、ツバキは握った刀1本で受け止めたのだ。
「牛皮のように硬い表皮、茸類とは思えぬ質量……ふむ、リューマ殿が追い詰められるのも納得です」
「慎重に解析している場合かっ!ソイツ、頭から毒の胞子をばら撒くから気をつけろっ!」
バフンッ!!
リューマの警告の直後、マイコニドは先ほど彼に食らわせた胞子を放出させる。毒粉が彼女の鼻にまで迫った、その瞬間――
ボシュウッッ!!
「ブギュウゥゥウウウ!?」
鮮やかな烈火が辺りに舞い、マイコニドの傘を舞った毒粉ごと焼き尽くす。
「火蜥蜴の牙、骨、革……それら全てを惜しみなく使って出来たこの『華焔二刀』ならば、焼き切れぬものなどございません」
辺りに舞っていた毒粉は全て焼失し、紅に光る刀を掲げたツバキは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「ぶ、ブギュウゥゥ……」
「茸類の魔物といえど、じっくりと焼かれるのは苦しいでしょう。その身体……我が剣技にて葬ります」
燃え盛る傘を押さえよろめき後ずさるマイコニドを、ツバキは真っ直ぐに見据えながら刀の柄を握り直す。
「焔一閃――『緋扇刃』」
ザシュッ!!
まるで紅く光る扇のような炎の斬撃を食らったマイコニドは、ピタリと静止する。遅れてその身体は左右にパカっと綺麗に割れ、地面に倒れる。
「……ふぅ。一件落着でございますな」
「す、すげぇ……あんなにデカいマイコニドを、一人で……」
納刀し一息ついたツバキに、リューマは自然と賛辞の拍手を送っていた。そんな彼に、ツバキは照れ臭そうにはにかむ。
「何のこれしき。これより大きく強い魔物を、私は幾度となく仕留めております」
「一応、硬派な実力者ではあったんだな……。しかしまぁ……まだ一件落着とはいかねーぞ」
「!よもや、他にも獲物がいるのですか」
「や、そうじゃなくて……」
リューマはそこで、自分の顔を気まずそうに「もにょっ」と歪める。
「俺が求めていたのは、そこで燻ってるマイコニドの身だったんだがな」
彼が指を差した方向には、燃焼し真っ黒焦げになったマイコニド。
真顔になったツバキは沈黙し、言葉の意味を理解し反芻したあと……
「…………すッ、すみませんでしたぁぁぁああああッッッ!!!」
絶叫にも似た謝罪を吠えたツバキは地面に手をつき、頭を「ごんっ」と音が鳴るほどに強く打ち付ける。
「お、おいよせって。助けられた恩に比べればどうってことねぇよ」
「何を言いますか!!一飯の恩を返そうと躍起になるがあまり、リューマ殿の獲物を焼き切ろうなどとは、無礼千万……!!これでは先に旅立たれたヒャクドウ様に合わせる顔がございませぬッ……ここは、腹を切って詫び申す!!」
「だからソレをやめろっつってんの!!この世界にも土下座と切腹の文化があんのかよ!」
唇をギュッと噛み締め腹を切ろうとするツバキを、リューマは焦りながら引きはがす。
「しかし、これではリューマ殿に恩を返すどころか、仇を成す形になってしまいます……」
「スープを恵んだときに俺が頼んだのは、道中の懐刀になるってことだ。その役目を全うしてくれたツバキに否はねぇよ。何より、コイツじゃなくても代用は効く」
「と、いうと?」
ツバキを落ち着かせたリューマは立ち上がり、苔むした壁の周りをうろちょろと調べ回る。
「…………あった。コイツだ」
リューマは壁に埋もれていた岩に手をかけ、力を込めて持ち上げる。すると、そこにいたのは……
「……小さいマイコニド、ですか?」
ツバキがそこをのぞき込むと、手のひらに乗っかるほどの小さなマイコニドが、数体身を寄せ合いながら震えていた。
「これはリトルマイコニド……まだ成長しきってない幼体だ。さっき戦ったデカブツは、戦えないこいつ等を守るために、この周辺を巡回してたんだよ」
「こちらで代用が効くのですか?」
「まぁ、成熟したのと同じくタルタロスの養分を吸ってはいるからな。むしろこれぐらい小さい方が、調理も保存も持ち運びもしやすい。……味はいくらか劣るが」
眉尻を垂らし「すみません」と謝罪するツバキにリューマは苦笑する。
「それじゃ……一つ、頂かせてもらうぜ」
リューマはそう言い、震えていたリトルマイコニドの一つをつかみ取る。
「「きゅぅぅぅうう!」」
残りの二体はリューマたちに目もくれず、一目散に走り去っていく。
「一つだけでよろしいのですか?」
「必要な分だけ、食べる分だけ……俺はタルタロスで料理人として活動する以上、不要な殺生はしないと決めてんだ」
リューマは菜切り包丁を握り、掴んだリトルマイコニドをさくっと両断する。
「胞子を撒く厄介な傘の処理をして、表皮をむいてから短冊状に薄く切る……あとは携帯干し器の間に挟んでおけば、数日持ち運んでるだけで乾燥マイコニドの完成だ」
「しかし、マイコニドは私も口にしたことがありますが……お世辞にも美味しいとは言い切れませんでした。果たして本当に、それだけで美味しくなるものなのでしょうか」
「おっ。それじゃ一つ、食べてみるか?」
「出来上がったものがあるのですか?」
ニヤリと口角を上げたリューマはバックパックを開け、中から一つの小瓶を取り出す。中には乾いた木片のようなものが入っていた。
「コイツが乾燥マイコニドだ。これをスープに入れて飲めば、旨みが幾段も倍増する」
「…………ごくっ」
「はは、その反応が見たかったんだ。ちょっと待ってろ、さっきのスープの残りを温め直してやる」
リューマはその場にコンロを設置し、水筒に入れていたスープを鍋に入れ火にかける。
「今回は豆やもち麦といった具材は無しだ。……というか、必要ない。ブイヨンと乾燥マイコニドの相性は抜群だからな」
そういったリューマは煮立ったブイヨンスープに、乾燥マイコニドの欠片をパラパラと入れる。
「ほらよ。マイコニドスープだ」
「い、いただきます」
ツバキがスープの入った器を受け取った瞬間、鼻腔に芳醇な薫香が充満する。先程食べたブイヨンスープとは全くの別物だということを、直感的に感じ取ったツバキは恐る恐る口をつける。
「ずずっ……」
汁を口に流し込むのと同時に、ツバキは衝撃に目を見開く。
牛脂とスパイスが効いたブイヨンのガツンとした味わいに、マイコニドの旨味が絶妙にマッチし舌の上でじんわりと広がっていく。それを咀嚼するようにじっくりと味わい喉に流し込むも、その風味は消えることなく口の中に残り続けていた。
「どうよ、マイコニドの旨みは」
「…………信じられません。先ほど馳走になったスープの味が霞むかのような、そんな別格の味でした」
「だろ」
ぼんやりと惚けるツバキにリューマはカカと笑い、スープに口をつける。
「…………うん、確かに美味い。マイコニドの身は不味いと揶揄されがちだが、その中に秘めた出汁の旨みは一級品だよな」
「言うとおりでございます。……これを地上で商品として売れば、かなりの稼ぎになるのでは?」
「一理あるが、俺の気が乗らねぇ。マイコニドからとった出汁が美味いと広まれば、欲に目がくらんだ奴らによる乱獲が始まる。ここは浅層だから誰でも来れるし、マイコニドの群生が無くなれば、タルタロス全体の生態系にも大きく響く」
「リューマ殿は未来を見据えているのですね」
「タルタロスあっての探索者だ。俺もその端くれである以上、自制を利かせなきゃきっと堕落する」
リューマはそう言いながら、スープを二度すする。
「はぁ……しかし本当に美味いな」
「全くでございます」
「あぁ……って、お、おい!」
「?」
リューマはスープを完飲したツバキを見て、驚きの声を上げる。
「なんでお前、泣いてんだよ!?」
「……あっ」
リューマの言う通り、ツバキの切れ長の目から涙が一粒流れ落ちていた。
「も、申し訳ございませぬ……これはその、かつて暮らしていた村のことを思い出してしまって……」
「賊に燃やされたっていう村か?」
「はい。私が住んでいたのは名もなかった村でしたから、これといった名産品もなくて。……ただ、秋になると木の根元からキノコが生え、それを村の皆で持ち帰っては焼いたり、スープにしたりして味わい楽しんだのを思い出したのです。……この涙は、それが理由かと」
はは、と乾いた笑いを漏らしたツバキは、濡れた目尻を手でぬぐう。
「……もしかして嫌なこと思い出させちまったか?」
「そんなことはありません。むしろ朧気ながらも輝かしい過去を思い出すきっかけとなりました。……マイコニドスープ、誠に美味しゅうございました」
感謝を述べたツバキはリューマを真っ直ぐと見据え、深々と頭を下げる。
「……ツバキは、これからどうするんだ?」
「ここより深層を目指そうかと思います。とりあえず独力でどこまで行けるかを試しつつ、途中でタルタロス深層を目指す仲間を見つけられたらいいかとも思っています」
「!そうか。……なぁ、さっきの貸しってまだ有効か?」
「はい。むしろ何なりとおっしゃってください」
それを聞いたリューマは顔を引き締め、コホンとひとつ咳払いをする。
「なぁ、ツバキ。……俺と、バディを組んでくれねぇか」
「……バディ、でございますか」
「あぁ。わけあって俺もタルタロス深層を目指してるんだが、今の実力じゃ相当厳しいし、何年かかるか分からねぇ。ツバキみたいな同じ志をもった実力者が居てくれると有難いんだが……どうだろうか」
リューマからの提案にツバキは少し沈黙したあと、ニコリと破顔させる。
「思ってもみなかった提案でございます。確かに、リューマ殿のような補助役が同行してくれるのはこちらとしても有難い。此方こそ、どうかよろしくお願いします」
頭を下げたツバキに、リューマの顔は綻びホッと安堵の一息をつく。
「よかった。即席ではあるが、心強いバディの結成だな」
「そうですね」
リューマが差し出してきた手をツバキが握り、固い握手を交わす。
「女剣士・ツバキ……道を阻むものを、全て切り伏せてみせましょう」
「なら俺は料理人として、空いた腹を心行くまで満たしてやるよ」
互いに意気込んだ二人は笑いあい、マイコニドスープを完食した後の和やかな余韻に浸るのだった。




