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プロローグ

『深魔迷宮・タルタロス』

 アルトベリア国内でその名を知らぬものは、誰一人としていないだろう。国の中心にあるその巨大な穴は深く、そしてくらい地の底まで続く、超巨大な『ダンジョン』である。


 千種類を優に超える多様なモンスターが棲息し、罠があちこちに張り巡らされた迷宮、タルタロス。その全貌と全容を識る者もまた、幾数千年続く人類史のなかで誰一人として存在しない。

 だからこそ人々は、神秘と未知で満たされたタルタロスに魅せられ、探求する。例えその道半ばで傷つき疲弊し、倒れ伏すことになろうとも……。



「ぜぇ……ッ、はぁ……ッ!」


 タルタロス地下、『序盤の石窟』第17階層。

 その中を長身の女が一人、肩で息をし重い足取りで歩を進めていた。


 鴉羽のように黒く煌めく長髪に、橙色が目に映える羽織と袴。彼女が一歩進むたびに、腰に携えられた二つの鞘がぶつかり合い、カチャリカチャリと音を立てる。


 彼女の名は、ツバキ。

 齢19歳、タルタロスの奥底を目指す『探索者』にして、業物と剣技によってモンスターを斬り伏せる『女剣士』である。


 しかし彼女の鷹のように凛々しく美しい顔は、苦悶に耐えるかの如く険しくしかめられていた。黒真珠のような瞳は生気の光が失われ、しわが寄った額からはポツリと脂汗が一つ滴り落ちる。


「ゼェ、ハァ……こ、この私が、何たる不覚……!!も、最早これまで、か……」


 口に涎を滲ませたツバキが悔しそうに呟いたあと、頭がガクと項垂れ膝をつく。


 ぎぅぅぅう、ぐるるるるる……。


 その引き締まった腹から大きな音が響いて数刻後、ついにツバキは事切れたようにその場へと倒れ伏す。


 カチャリ……


 やがて、石窟の暗い道奥から一つ金属音が響いたのを、気を失う直前の彼女が気づくことはなかった。

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