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第六一章 先斬後奏の通知書

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと台湾華語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

日本の高校野球部において、大会前のベンチ入りメンバー発表は、息が詰まるような瞬間である。


特に野球名門校に所属する選手たちにとって、自分がベンチ入りするのか、それともベンチ外になるのかは、単に試合へ出場できるかどうかだけの問題ではない。


その結果は、野球を続ける学生選手の進学や推薦にも大きな影響を与える。


さらに、自分が将来も競技スポーツの道を歩むべきなのか、プロ選手を目指して競技人生を続けるのかを考える、一つの判断材料にもなっていた。


「岩崎、お前たち野球部も、そろそろ夏の大会の登録メンバーが発表されるんだろ?」


「えっ、朝倉兄ちゃん? うん。もうすぐ発表されるみたい」


大浴場で歯を磨いていた岩崎は、脱衣所から扉を開けて入ってきた人物を見た。


同じ部屋で暮らしている、柔道部二年生の朝倉悠馬だった。


岩崎は口の中の泡を吐き出し、先輩へ声をかける。


「朝倉兄ちゃん、今日は随分遅かったね」


「今日、一年生が練習中に、端へ置いてあった俺の眼鏡を踏み潰したんだよ。それで部活が終わってから、家族と一緒に隣の堺市まで行って、新しい眼鏡を作ってきた」


朝倉はそう言うと、頭の上に載せていた新しい眼鏡を下ろし、岩崎へ見せるように掛けた。


艶消しの黒いフレームを掛けた朝倉は、普段とは少し違う雰囲気に見える。


朝倉はわざと殺気のある表情を作り、岩崎へ尋ねた。


「どうだ? 格好いいだろ!」


「悪くないね。でも最近は、みんなコンタクトレンズを使うんじゃないの?」


「あんなもの、面倒だろ。それに柔道の練習中、角膜を傷つけたりしたら大変だ」


朝倉はそう言いながら、岩崎の隣にある小さな椅子へ腰を下ろした。


シャワーで身体を濡らし、ボディソープをつける。


そのあと洗面器で湯をすくい、身体についた泡を洗い流した。


「お前も登録メンバーに入るんだろ? もしかすると、先発かもしれないな」


朝倉が言った。


「そんなわけないよ、朝倉兄ちゃん。俺はまだ一年生だよ」


「でも、お前はU-15の代表に選ばれた選手――あっ、悪い。その話はしたくないんだったな」


朝倉は髪を洗いながら、岩崎へ謝った。


岩崎は何も答えなかった。


二人しかいない大浴場に、気まずい空気が漂う。


朝倉は洗面器の湯で頭の泡を洗い流すと、先に立ち上がって沈黙を破った。


「一緒に湯船へ入るか、岩崎?」


「うん……」


岩崎は声を出したが、はっきりと承諾したわけではなかった。


それでも立ち上がり、朝倉と一緒に浴槽へ入る。


湯船に入った途端、朝倉は自分から岩崎の肩へ腕を回した。


ちょうどよい湯加減に、朝倉は気持ちよさそうな表情を浮かべる。


「そういえば、指導者がお前と俺を同じ部屋にしたのは、最初から両方の事情を知ってたからなんだろうな」


朝倉は言った。


「多分、高橋のじいさん……いや、高橋監督が決めたんじゃないか? 俺は高橋監督と、それほど親しいわけじゃないけど、お前の爺ちゃんとお母さん、それに俺の両親も、学校へ直接事情を説明しに来たらしいからな」


朝倉は続けた。


「どれだけ鈍い人間でも、何があるのかくらいはわかるだろ。……おい、岩崎。お前、俺の話を聞いてるのか?」


「うん。ああ、そうかもしれないね」


岩崎の返事は、あまりにも適当だった。


朝倉はため息をつく。


そして洗面器で浴槽の湯をすくうと、そのまま岩崎の頭へ浴びせた。


岩崎はすぐに反応した。


湯船の中で飛び上がり、目を大きく見開いて朝倉へ怒鳴る。


「何するんだよ!」


ようやく岩崎が反応したことを確認し、朝倉はその顔を見た。


「なあ、岩崎……お前、まさか一生、このまま逃げ続けるつもりじゃないだろうな」


お前の父親が、ヤクザだということから。


その言葉を聞いた瞬間、岩崎隼人は、身体を固定されたように動かなくなった。


裸のまま、湯船の中で立ち尽くしている。


数秒が経つと、何も言わず、朝倉の隣へ静かに座り直した。


そして小さな声で尋ねる。


「朝倉兄ちゃんは、受け入れられるの? 自分の家族も、ヤクザと付き合いがあることを……」


「仕方ないだろ。うちの家族だって、見た目からして、まともな人間には見えないんだから」


朝倉が答えた。


「でも、俺の母さんと爺ちゃんに無理やり頼まれて、寮へ入って俺の面倒を見ることになったんだろ? 俺みたいなやつを、押しつけられてさ」


岩崎が続けた。


「何で自分のことを『俺みたいなやつ』なんて言うんだよ」


朝倉は言った。


「また一緒に暮らせるようになって、俺は嬉しいんだぞ、岩崎。小学校を卒業してから、三、四年も会ってなかったからな」


朝倉は岩崎の顔を見る。


「お前の親父が刑務所へ入ったことも、お前が今も野球を続けてることも、大体は知ってた。でも、俺たちは幼馴染だろ。俺はお前に会いたかったんだぞ。はははっ」


そう言うと、朝倉は笑いながら岩崎を引き寄せ、抱き締めた。


そのまま岩崎の頬へ口づける。


岩崎は奇妙な悲鳴を上げ、慌てて朝倉を押し返した。


「やめろよ。気持ち悪い」


「はははっ、悪い、悪い」


朝倉は笑った。


「岩崎は信じないかもしれないけど、俺は自分と一番近い存在がお前でよかったと思ってるんだ」


そして、少し過去を思い出すように続ける。


「昔から知ってる連中なんて、少年院へ入ったか、高校にも進学せず外で遊び回ってるか、そんなやつばかりだろ。お前も俺も、もう見慣れすぎて、何も感じなくなってるんじゃないか?」


朝倉は自嘲するように笑った。


「そう考えると、きちんと高校へ通って、真面目に部活までしてる俺たちのほうが、あの連中の中では異常なのかもしれないな」


朝倉悠馬は、一人で声を上げて笑った。


「朝倉兄ちゃんが柔道を始めたのは、喧嘩がしたかったから?」


「完全に違うとは言えないな。でも、合法的に喧嘩ができて、そこから何かを学べるなんて、最高だと思わないか?」


朝倉は答えた。


「ちなみに、たまにインターネットの動画を見て、ボクシングや格闘技も練習してる。でも、あれは遊びみたいなものだよ」


自嘲するように言いながらも、朝倉は腕を曲げ、引き締まった筋肉を見せた。


「それなら、金鷲旗にも出るの?」


岩崎が尋ねた。


金鷲旗は、日本を代表する歴史ある全国高校柔道大会である。


「できるなら、もちろんああいう全国大会へ出てみたいさ」


朝倉は大きく伸びをした。


しかし、その口調はあまり深刻ではなかった。


「でも、うちの柔道部は府大会ですら入賞できないからな。部内には、公式戦の経験がある選手も少ない。以前、唯一結果を残していた石川先輩も卒業したし、今の柔道部は泣き面に蜂だ」


朝倉は続ける。


「試合へ出たいと思ってる部員さえ、ほとんどいなくなってきた」


「それって、かなりまずいんじゃない?」


岩崎は心配そうに言った。


「そのうち、廃部になったりしない?」


「ならない、ならない」


朝倉は笑った。


「学校によって、部活動の性質は違うだろ。阪海工柔道部は、もともと大規模な柔道愛好会みたいなものなんだよ。強くはないけど、毎日みんなで柔道の練習ができる。それだけでも楽しいことだろ?」


朝倉は楽しそうに言う。


「俺たち、自分たちのことを『ハッピーくま柔道部』って呼んでるんだ」


「…………ださい」


「うるさい。部屋へ戻ったら、押さえ込んでやるからな」


朝倉はそう言って、岩崎の身体を軽く押した。


そして浴槽から立ち上がり、外へ出る。


朝倉はもう一度、湯船に残っている岩崎へ振り返った。


「とにかく岩崎は、大人の事情を考えすぎなんだよ」


朝倉は言った。


「お前の爺ちゃんも、高橋監督も、お前には阪海工で、野球を楽しむ高校生活を送ってほしいと思ってるはずだ。お前がこの学校を選んだのだって、そういう理由だろ?」


身体から滴る湯を拭きながら、朝倉は続ける。


「俺は、お前の友人だという神崎ってやつは、あまり好きじゃないけどな。警察と関わりのある人間は、やっぱり好きになれない。それに、お前が話している林先輩という人が、どれほどすごいのかも理解できない」


朝倉は岩崎を見た。


「でもな、隼人……」


こういう話を俺にしているときのお前は、ちゃんと高校生らしく見えるよ。


「お前たちの野球部が甲子園へ出たら、必ず俺に知らせろよ。チケットを買って、観戦に行ってやるから」


朝倉は最後に笑った。


「まあ、お前たちが本当に出られたらの話だけどな。はははっ」


身体の水滴を拭き取りながら、朝倉悠馬はゆっくりと浴場を出ていった。


湯船には、岩崎一人だけが残された。


「ベンチ入りか……」


岩崎は小さく呟いた。


そして目を閉じると、頭まで含めた全身を湯の中へ沈めた。


自分はまだ一年生だから、必ず選ばれるわけではない。


そう考えると、岩崎は少し安心した。


中学生の頃に起きた出来事のせいで、自分が何かに選ばれることに対して、過剰に緊張するようになっていた。


あのときは、指導者や教師、家族だけでなく、侍ジャパンU-15代表の選考に関わる人々まで、直接対応に乗り出した。


問題になったのは、岩崎の家族がヤクザと関係していることだった。


できることなら、俺だって――


ただ野球が好きな、普通の高校生でいたい。


「はあっ……!」


岩崎は湯の中から顔を出し、大きく息を吸った。


今は、当時のことをあまり思い出したくなかった。


思い出しても、自分のことがさらに嫌になるだけだ。


夏の大会には、林先輩も出場するのだろうか。


岩崎は考えた。


頭の中に、林友達先輩の姿が浮かぶ。


阪海工のユニフォームを着て、グラウンドのマウンドに立っている。


格好よく打者を三振に打ち取り、観客席にいる岩崎へ笑顔を向ける。


もし本当にその光景を見ることができたなら――


それが岩崎隼人にとって、この夏で最も楽しみにしていることになるのかもしれなかった。



※※※※



「……以上が、夏の大会へ登録するメンバーです」


白井が説明を終えると、男子寮の小会議室は完全に静まり返った。


聞こえてくるのは、部屋の外にいる寮生たちの声だけだった。


阪海工の男子寮は、使用されなくなった温泉旅館を改装した建物である。


一階の食堂の隣には、大勢を収容できる宴会場があった。


野球部の二、三年生が会議をするときや、寮の管理人が生徒たちを集めて連絡事項を伝えるときには、通常その宴会場が使われる。


しかし宴会場の隣には、襖で仕切られた小さな部屋もあった。


その部屋がかつて何に使われていたのかは、誰も知らない。


現在は、小会議室として利用されていた。


明日は、阪海工野球部が夏の大会へ出場する登録メンバーを、全員へ発表する日だった。


白井部長と片岡監督は、その前夜に、三年生の主将である藤田迅真と、副主将の佐久間圭一へ、今回の具体的な選手構成を先に説明することにした。


日本の高校野球部には、学校ごとにさまざまな伝統がある。


大会の先発陣や登録メンバーを、どのような形で発表するかも、その一つだった。


通常、チームの監督が先発陣と大会登録メンバーを決定し、部長が学校側の資料を取りまとめたうえで、高野連へ提出する。


何度も意見をぶつけ、話し合いを重ねた結果、白井と片岡は、三年生全員を出場させることで合意した。


その内容を全体へ発表する前夜、まず野球部の主将と副主将へ結果を共有していたのである。


日本の高校野球名門校では、チーム全体へ正式に発表するまで、登録メンバーを完全に秘密とすることが多い。


そうした学校の野球部員は、五十人を超えることも珍しくなく、百人近くに達する場合さえある。


そのような環境で、一部の人間にだけ名簿を先に知らせることは、選手同士の関係に影響を与えかねない。


情報が外部へ漏れれば、部員たちが互いを疑い始める。


選ばれなかった選手が練習へ消極的になり、野球を続ける意欲そのものを失うこともある。


やがて部全体が不健全な空気に包まれ、実力だけがすべてという風潮へ傾く可能性もあった。


しかし阪海工は、部員数の少ない公立高校である。


多くの選手が以前から互いを知っている。


そのため指導者たちは、主将と副主将には少し早く内容を知らせ、二人が名簿を見て何を感じるのか、意見を聞くことがあった。


とはいえ、それはあくまで、チームの中心となる選手へ夏の大会の登録名簿を先に伝えるためのものにすぎない。


二人が名簿を見て顔をしかめようと、喜びを見せようと、指導者と部長自身が変更を認めない限り、基本的に内容が変わることはなかった。


「藤田」


白井は、主将である藤田迅真の表情に気づいた。


「何か言いたいことがあるんですね?」


「いえ、その……僕は……」


藤田は最初、否定しようとした。


しかしすぐに、複雑な表情を浮かべる。


「疑問があるなら、今のうちに言ったほうがいいわよ」


片岡が言った。


その隣では、副主将であり捕手でもある佐久間が、黙って手元の名簿を見つめていた。


指導者や藤田へ視線を向けることはない。


それでも佐久間には、藤田が抱いた疑問が、自分のものと同じであることがわかっていた。


藤田は、もともと胸の内を隠すことが得意ではない。


考えていることや感情が、すぐに顔へ表れる人間だった。


そもそも、自分たちがここで意見を述べたところで、それは自分の考えを伝えるだけにすぎない。


根本的には、何も変わらない。


それでも二人の指導者は、藤田がこの名簿を見れば、何かを感じると最初からわかっていた。


だからこそ、わざわざ問いかけたのだろう。


この感覚は、本当に不愉快だ。


佐久間は、そう思った。


藤田が口に出すべきかどうか迷っているうちに、佐久間圭一が先に手を挙げ、その疑問を代わりに口にした。


「林友達が、どうして捕手の控え候補に入っているんですか?」


佐久間は続けた。


「友達は投手ですよね、監督」


「林友達がこれまで投手だったことは間違いないわ」


片岡監督は答えた。


「でも、私たちが話し合った結果、彼には捕手としての素質もあるんじゃないかという結論になったの」


「つまり監督は、林友達には投手よりも捕手になってほしいと考えているんですか?」


「そう受け取ってもらって構わないわ。ただし、今大会ではあくまで控えの予定よ。まずは捕手がグラウンド上でどう動き、何を考え、投手やチームをどう支えるのか、友達にはもっと深く知ってもらいたいと思っている。今の阪海工には捕手経験のある選手が少ないし、二年生では田中廉太しかいない。そう考えれば――」


「友達本人は、どう思っているんですか?」


片岡が話し終える前に、藤田が割って入った。


普段の仲間同士の会話なら、それほど問題にはならなかったかもしれない。しかし、これは指導者と選手による正式な会議の場だ。監督の話が終わっていないのに、生徒である選手が言葉を遮るのは、単に礼儀を欠くだけでなく、相手を冒瀆しかねない行為でもある。


佐久間は藤田迅真を一瞥した。


おそらく、藤田は自分が尋ねようとしていたことを佐久間に先に言われ、調子を崩して焦ったのだろう。それで片岡がまだ話しているにもかかわらず、思わず口を挟んでしまった。


以前、佐久間とのバッテリー間の対立が原因で、夜間外出禁止の規則を破ったことを除けば、藤田は基本的に、このような無礼を働く選手ではない。


もちろん、この会議室にいる全員がそれを知っていた。


「藤田。私はまだ話している途中よ」


片岡監督に注意され、藤田は「すみません」と頭を下げた。


だが、質問を引っ込めるつもりはないらしい。そのまま二人の指導者へ問いかけた。


「片岡監督、白井部長。友達は本当に、捕手をやることに納得しているんですか?」


「そのことについては、これから友達本人と話をするつもりよ」


「それじゃ、まだ友達は承諾していないってことじゃないですか!」


「藤田」


再び片岡の言葉を遮った藤田を、今度は白井がたしなめた。


藤田はすぐに口を閉ざす。


傍らの佐久間は、黙ったまま一連のやり取りを見ていた。


「野球部の主将なら、何を聞かされても、まず一度考えてから発言するべきじゃないですか。藤田迅真」


「申し訳ありません、白井部長、片岡監督……ですが……」


藤田はそこで言葉を途切れさせた。


しかしその表情は、最初よりも明らかに激しく、複雑なものになっていた。


「どうして指導者側は、友達が捕手に向いていると判断したんですか? 練習を見ていると、友達は台湾にいた頃、捕手をしていたか、捕手の訓練を受けた経験があるのかもしれません。でも阪海工へ来てからは、ずっと投手として練習してきたはずです。いきなり投手とはまったく違う守備位置へ転向させたら、かえって逆効果になるんじゃないですか?」


「林友達と日空南極が練習しているところを見たことはある? 佐久間」


興奮を隠せない藤田とは対照的に、冷静な表情を保っている佐久間へ、片岡監督は問いかけた。


佐久間は頷いた。


「あります。グラウンドのブルペンや、ほかの場所で投球練習をしているところを見ました」


「以前、しばらくの間、あなたにも南極とバッテリーを組ませたわね。南極の球をどう思った?」


「日空の球は速くて、力もあります。一年生の頃は完全な暴投ばかりでした。二年生になってからは、ボール球の多さは相変わらずですけど、多少は制御できるようになっています。その代わり、球速は少し落ちました。それでも時速百四十五キロ前後の速度と威力はあります」


佐久間は思い返しながら続けた。


「南極本人はいつもストレートを投げていると言い張りますけど、あいつの球はホームベースの手前で急に落ちるし、握り方もフォークに近いんです」


そして次第に、説明は露骨な愚痴へと変わっていった。


「簡単に言えば、日空南極のストレートは、ほとんどフォークなんです。たまに握りを変えると、今度は横へ沈むシンカーみたいになる。もうストレートでも何でもありません。しかも最悪なのは、本人がどうしてそんな球になるのか、まったく理解していないことです。自分ではストライクを投げているつもりなのに、どうして低すぎたり、ストライクゾーンから外れたりするのかもわかっていない」


佐久間の声には、南極の球を受け続けた者だけが持つ実感がこもっていた。


「あいつの球を受けるのは、捕手の判断力を試されているようなものです。一球ごとに試験を出されているような気分になる。それだけじゃなく、滅茶苦茶な投球をして、いくら指示しても聞かないあいつに、捕手がいつまで怒らず耐えられるかまで試されます」


佐久間の話を最後まで聞いた片岡は、もう一つ質問した。


「では、日空南極のような投手とバッテリーを組むには、どんな人間が必要だと思う?」


「日空から逃げず、自分から球を追いかけられる人です」


佐久間は答えた。


「あなたは日空南極の球を受けたい? 佐久間」


「それは、あいつがまだボール球ばかり投げているかどうかによりますね」


佐久間は皮肉を込めて答えた。


二人の視線が交わる。


片岡がなぜ、南極の話ばかり尋ねるのか。


佐久間には、その意図がもうわかっていた。


日空南極と林友達が練習している姿は、自分も何度も見ている。二人の性格や普段の関係まで含めて考えれば、佐久間圭一も片岡里子と同じ考えに行き着いていた。


それに、二人を一年生の頃から見てきた白井も、この名簿に異論を唱えず、議論へ割って入ろうとしない。


つまり、この選手選考と守備位置の配置には、白井部長も納得しているということだ。


三年生全員を先発およびベンチ入りさせる案についても、佐久間は片岡監督より、むしろ白井の意向が強く反映されていると考えていた。


これまで二人の指導者をチーム内から観察してきた佐久間なりの推測だった。


そして、この名簿が決めているのは、三年生の先発位置だけではない。


ベンチ入りする一、二年生が、これから阪海工野球部の中でどの方向へ進んでいくべきなのか。その道筋まで、二人の指導者は示そうとしている。


阪海工を甲子園へ導くために、一人一人の能力を最も発揮させられる場所はどこなのか。


片岡と白井が共同で考えた、今後のチーム編成なのだ。


友達が投手ではなく捕手として登録されていることに、佐久間も名簿を見た瞬間は驚いた。


なぜ指導者たちは、このような配置にしたのだろうとも考えた。


それでも藤田ほど強く反応しなかったのは、一、二年生が今後どの道へ進もうと、それは自分と藤田迅真のバッテリーには関係がないと、心のどこかで考えていたからだ。


もっと直接的に言えば、後輩がどの守備位置を任されようが、佐久間圭一にとってはどうでもよかった。


藤田が投手として投げることを妨げず、自分が藤田の球を受けられなくならない限り、後輩をどう配置し、どう育てるかは指導者に任せればいい。


先ほど藤田より先に、友達がなぜ投手ではなく捕手として登録されているのか尋ねたのも、藤田がいつまでも言い出せずに迷っていたからにすぎなかった。


「その……ええと……いや……」


「藤田、何か言いたいことがあるんですか?」


藤田がまだ何かを抱え込んでいることに気づいた白井が、発言を促した。


藤田は礼を言ってから、佐久間と片岡へ向き直った。


「僕たちは林友達の話をしていたはずなのに、どうして日空南極の話ばかりになっているんですか?」


そして、二人の指導者へ確認するように続けた。


「こ、これは別の話ですよね?」


やっぱり、迅真も本当はわかっているんだろう?


佐久間はそう思った。


野球を知らない人間なら、この疑問を口にするのも理解できる。


しかし藤田は、阪海工野球部の主将だ。しかも自分が二年生だった頃から、一年下の友達と親しくしていた。それどころか、後輩の中でも友達を特別気にかけていた藤田迅真が、この話の意味を理解していないはずがない。


佐久間には、藤田が自分で気づいた現実から、わざと目を背けようとしているようにしか見えなかった。


友達が捕手として名簿に入れられている。


そこで片岡監督が、投手である南極について意見を求めた。


そして、日空南極と林友達の関係。


答えは、もう明らかだった。


指導者たちは、阪海工に新しいバッテリーを誕生させようとしている。


南極の速球から逃げず、自分から追いかけ、実際に受け止めることのできる林友達。


そして、プロに迫るほどの変化球を投げられる日空南極。


この二人こそが、その最適な組み合わせなのだ。


「藤田。あなたが同じ投手である林友達を大切に思っていることはわかっています。しかし、片岡監督がなぜ南極の話をしているのか、あなたにはわかっているはずです」


白井が言った。


しかし藤田は、その言葉を否定した。


「わかりません。南極の投球と友達のことに、どんな関係があるんですか」


「迅真」


搭檔である佐久間も、さすがに聞いていられなくなった。


藤田は何が起きようとしているのか理解している。それなのに、指導者の口から答えを言わせようとしている。


これはもう、選手として意見を述べているのではない。ただ藤田迅真が、無理を言って駄々をこねているだけだ。


こんなとき、佐久間が取るべき最善の対応は、指導者側の説明に同意し、捕手である自分が藤田の感情を落ち着かせることだった。


だが、佐久間圭一の口から出たのは、別の言葉だった。


「これは一つの可能性にすぎない。友達が投手であることまで、指導者に否定されたわけじゃないだろ」


「ずっと続けてきた投手を、いきなりほかの守備位置へ変えられて、納得できる人なんているわけがない」


藤田は言い返した。


「へえ。つまり藤田は、俺が今でも、自分が捕手になったことを受け入れていないと思っているのか?」


「いや! 俺は、そういう意味で言ったんじゃ…………」


佐久間の一言で、藤田はたちまち黙り込んだ。


普段ほとんど怒らない人間が、突然感情を高ぶらせると、やはり少し怖いものね。


片岡はそう思った。


白井が同席しており、佐久間も理性的な捕手だ。藤田が自分に対して何かをするはずがないこともわかっている。


それでも藤田は、華奢な体格の投手ではない。むしろ身体はしっかりしており、もともとの顔つきも悪人のように険しい。


何より片岡にとって予想外だったのは、友達のことになると、藤田がここまで大きく反応したことだった。


しかし結果として、藤田は指導者たちの配置の意図を理解していないわけではなかった。


阪海工のような地方のチームは、幼い頃から長く一緒に野球をしてきた選手たちによって成り立っている。


彼らの間に積み重なってきた出来事や関係のすべてを、高校へ来てから指導者になった片岡一人が把握できるはずもない。


時には指導者の言葉より、一緒にプレーしてきた仲間の言葉のほうが、選手を冷静にさせる。


片岡は隣にいる白井を見た。


白井は、まるで「こういうことですよ」とでも言いたげな顔をしている。


主監督となった片岡には、それが少々面白くなかった。


白井から、佐久間圭一と藤田迅真の過去を聞かされていなければ、片岡には絶対にわからなかっただろう。


中学二年生の最後の学期を迎えるまで――


投手だったのは、佐久間圭一。


その球を受けていた捕手は、藤田迅真だった。


だからこそ、佐久間にあの言葉を返された瞬間、藤田は何も言えなくなったのだ。


「藤田。私も片岡監督も、林友達が投手であることを否定するつもりはありません。それに、友達は台湾にいた頃、チームのエース投手だった。しかし一人の指導者として言わせてもらえば、学生のうちに、ほかの可能性に触れ、新しいことへ挑戦するのは決して悪いことではないと思っています」


白井の言葉を受け、片岡も頷いた。


「白井部長の言うとおりよ。私たちは友達に捕手になることを強制するつもりはない。ただ、捕手としての素質が投手としての素質と同じくらい――私の判断では、それ以上にあるかもしれないと考えているだけ」


片岡は続けた。


「もちろん、あなたが納得できないのも構わない。友達本人が捕手になることを望まない可能性もある。あるいは、指導者である私の見立てが間違っていることだってあり得るわ」


片岡は、再び二十人の選手名簿を手に取った。


「この名簿では、先発九人全員が三年生になっている。でも、実際の大会で誰かが体調を崩したり、怪我をしたりすれば、別の案が必要になる。友達を捕手として選ぶことも、南極を投手として起用することも、ほかの一、二年生をメンバーに入れたことも、すべて阪海工を甲子園へ連れていくために、私と白井部長が何度も考えた末の結論よ」


「……はい。わかりました」


二人の説明を聞き、藤田は最後に頷いた。


こうして、先発とベンチ入りメンバーを決めるための事前会議は終了した。


部屋へ戻ってからも、藤田は一言も話さなかった。


佐久間には、その理由がだいたいわかっていた。


藤田は指導者たちの意図を理解し、その説明にも納得している。


それでも心の中では、まだ友達の配置を受け入れきれずにいるのだ。


「そんなに林友達のことが気になるのか?」


佐久間が尋ねても、ベッドに横たわった藤田は返事をしなかった。


佐久間はそのまま藤田のベッドへ上がり、隣に横になる。壁を向いたままの背中を見つめながら言った。


「正直に言うと、迅真。俺は前から、お前が林友達という後輩を少し気にかけすぎていると思っていた。どうしてなんだ? あいつが外国人だからか? それとも、ほかに何か理由があるのか?」


返事のない藤田を急かす。


「なあ、教えろよ、迅真。こっちを向け」


佐久間に言われ、藤田はようやく顔をこちらへ向けた。


真剣な表情の佐久間を見つめ、最初に口にしたのは謝罪だった。


「悪かった。会議では、役にも立たない、わがままなことばかり言った」


「へえ。自分でもわかっていたんだな」


佐久間が眉をひそめる。


「うん……ちゃんと反省する」


藤田が頭を下げると、その顔は狙ったように佐久間の胸元へ埋まった。


「俺が聞きたいのは、そこじゃない。馬鹿」


佐久間は藤田の顔を持ち上げた。


こいつが自分の胸に顔を埋めたのは、わざとなのか。


それとも、本当に何も考えていないのか。


二人は同じベッドの上で、横向きに寝転び、互いに向き合っていた。


身につけているのはシャツとボクサーパンツだけで、身体と身体の距離は近い。相手の吐息も、体温も、はっきりと感じられた。


捕手である佐久間の手のひらが、何度も藤田の髪を撫でる。


少し長さのある髪は、指の間を通すのに妙に心地よかった。


佐久間は、先ほどの質問を繰り返した。


「どうして友達なんだ?」


「理由なんてない。同じ投手だから、それだけだ」


「本当に?」


藤田が嘘をついていることなど、一目でわかった。


「今日、投手から捕手へ変えられたのが二年生の宇治川や南極だったとしても、お前は同じような反応をしたのか? 嘘をつくなよ、迅真」


「俺は……わからない」


藤田は答えられなかった。


自分でも、なぜあれほど友達という後輩が気にかかるのかわからない。


後輩である友達が、自分に憧れているような態度を見せるからだろうか。


それとも三年生の自分がいなくなったあと、友達に自分の後を継ぎ、投手丘へ立ってほしいと願っているからなのか。


藤田が悩んでいるのを見て、佐久間はそれ以上追及しなかった。


知りたくないわけではない。


ただ、野球のことしか頭にない藤田迅真という野球馬鹿にとって、こうした感情の問題は難しすぎるように思えたのだ。


大会を目前にした今、自分まで「藤田は心の中で誰のことを考えているのか」などという、考えれば考えるほど苛立つ問題に頭を使いたくなかった。


藤田がなぜ林友達を気にかけるのか。


それには、もともと答えなどないのかもしれない。


あえて言うなら、先輩が大勢いる後輩の中から、ひと目で気に入った一人を選んでしまった。


ただの私情、ただの贔屓というものだろう。


少なくとも藤田が自分から後輩を指導することなど、以前は一度もなかった。


それなのに林友達には、自分から投球について教えた。そのおかげで、友達の隣にいた南極まで恩恵を受けたのだ。


それなら「私情」とでも呼ばなければ、説明がつかない。


「たぶん、お前は友達を贔屓しているんだろうな」


佐久間は言った。


「俺たちが昔から一緒に野球をしていなかったら、お前はきっと、友達っていうあの台湾人とバッテリーを組んでいたんだろう」


その言葉を口にしながら、佐久間は自分の声に、隠しきれない嫉妬が滲んでいるのを感じた。


「それは……わからない」


ん?


「バッテリーを組むなら、やっぱり圭一のほうがいい」


んん?


待て。


今、何と言った?


「どれだけ友達を贔屓していたとしても、俺の投げた球を受けてほしい相手は……」


藤田は続けた。


「やっぱり佐久間、お前なんだ」


ベッドの上で横向きに寝転んだ藤田の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


ただそれだけの、見慣れているはずの表情だった。


見慣れているはずの顔なのに、この瞬間の佐久間は、そこから目を逸らすことができなかった。


いつまでも藤田迅真を見つめていたいと思った。


「だから……」


藤田が言う。


「だから?」


佐久間も、その先を促した。


「やっぱりスライダーの球数を増やして、総投球数も百二十八球まで上げようと思う。佐久間なら絶対に俺の球を受けられるし、曲球よりスライダーのほうが打者を三振に取れる可能性が高い。それに、相手も俺の内角スライダーをどう打つか研究してくるかもしれないけど――あれ? えっ? 佐久間、どこへ行くんだ? まだ配球の話が終わってないんだけど……」


藤田のベッドから起き上がった佐久間は、照明のスイッチの前に立っていた。


「もう疲れた。今すぐ寝たい」


佐久間は藤田を睨みつけた。


何を突然怒っているんだ?


理由のわからない藤田は、それ以上配球について話すのをやめ、口を閉じた。


部屋の照明が消える。


藤田は自分のベッドへ戻った佐久間に向かって、小さな声で言った。


「おやすみ」


しかし返事の代わりに飛んできたのは、佐久間の枕だった。

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