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第六十章 野球応援のあとの嵐

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと台湾華語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

夏の甲子園へつながる地方大会が、少しずつ近づいていた。


野球部の監督や部長は、選手たちの練習を指導する一方で、大会登録や部員に関する細かな事務も処理しなければならない。


しかし最近の白井と片岡は、そうした仕事について、ある程度の意思疎通ができているようだった。


若い指導者同士であるため、意見がぶつかることは少なくない。


それでも二人とも、自分の状況や考えを相手へきちんと伝えようとしていた。


その結果、阪海工野球部は、三年生全員を先発の九人として起用する方針で、ほぼ固まっていた。


片岡には今も多少の不満が残っている。


しかし白井が監督の座まで自分へ譲った以上、それ以上強く反対することもできなかった。


それに、先発九人とは別に必要となる控え選手は、一年生と二年生から選ばなければならない。


自分の構想が、完全に実現できなくなったわけではない。


片岡はそう考えていた。


同時に、白井と登録メンバーについて争い続けた日々の中で、片岡はこれまで以上に三年生たちを観察するようになった。


そして、一部の選手同士にある連携は、同じ三年生の相棒と組んだときにしか生まれないことに気づいた。


あいつでなければ、駄目なんだ。


まるで恋人同士が口にする、気恥ずかしい台詞のように聞こえる。


しかし、そのような関係は学生選手たちの間に、確かに存在していた。


投手と捕手のバッテリーだけではない。


二塁手と遊撃手の間に生まれる連携。


一塁手、捕手、投手の三人が共有する、打者への対処方法。


よく知る仲間が同じグラウンドにいることで生まれる、微妙な信頼感と安心感。


片岡はそこに、不思議なほど強い相互依存の関係を見いだしていた。


自分がまだ選手だった頃なら、そんなことには気づかなかっただろう。


しかしチーム全体を見通さなければならない指導者になると、試合を見る角度そのものが変わる。


白井は、最初からそれを知っていたのだろうか。


ただ、自分にはっきりと言わなかっただけなのかもしれない。


片岡は考えた。


自分の考えだけに固執するのではなく、別の角度から選手たちの長所を見つけ、効果的に使う方法を探すべきなのだろう。


それに片岡は、三年生や二年生と比べて、新しく入部した一年生たちのことを、まだほとんど理解していなかった。


今年入部した十一人の名簿も、三年生の調整と練習に追われ、真剣に目を通したことがない。


長川誠が男子を装った女子生徒であることも、自分が同じ女性だったからこそ抱いた直感と、女装経験のある二年生の柴門がいなければ、正直なところ気づけなかっただろう。


「そういえば、今日は一年生と二年生をまったく見かけないけど?」


グラウンドで、片岡監督が不思議そうに尋ねた。


「今日は一年生の応援指導日です」


白井部長が答えた。


「応援指導? ああ、そうだった。学生時代を離れて長いから、応援のことなんてすっかり忘れてた」


白井に言われ、片岡はようやく思い出した。


すると白井が尋ねる。


「女子野球にも、応援文化はあるんですか?」


「あるわよ。男子野球ほど大規模でも、声が大きくもないかもしれないけど、女子野球の応援には、音楽と一体になった躍動感のある踊りがあるの」


片岡は答えた。


「憧れの先輩が試合に出れば、後輩たちが袴姿や学ラン姿で、その選手だけの振り付けを踊って応援することもある。あなたたち男子の高校野球にだって、まったく負けてないわ」


「それは、なかなかすごそうですね」


白井はそう言うと、高野連へ提出する予定の一年生部員の確認名簿を、片岡へ差し出した。


「一年生の確認名簿です。本当に、彼女を外さなくてもいいんですか?」


片岡が受け取った名簿には、阪海工野球部に所属する一年生全員の名前が記載されていた。


その中には、女子部員である長川誠の名前も残されている。


現在、長川がグラウンドへ姿を見せることはない。


それでも片岡も白井も、彼女の名前を野球部から外してはいなかった。


「残しておいても構わないでしょ。試合に出場させなければ、女子選手が部員として所属していても何も言われないんだから」


片岡は答えた。


「長川は今も、野球に関してかなり積極的に動いているそうですよ」


「何に積極的なの?」


片岡は、白井の表情を見た。


「私に当てさせようとしないで。面倒だから」


「阪海工女子野球部を設立するために、動いているそうです」


白井は、片岡が驚くところを少し期待していた。


しかし片岡の表情には、ほとんど変化がなかった。


「そう」


ただ、それだけを口にする。


「もっと驚くと思っていたんですが。随分と冷淡ですね」


「何を驚く必要があるのよ……」


片岡は大きく伸びをした。


その直後、グラウンドで何かが起きたことに気づき、突然大声を上げる。


「中西! 今の球を後ろへ逸らすなんて、ふざけてるの!」


「本当に申し訳ありません!」


片岡が怒鳴ると、外野からすぐに三年生の中西が謝る声が返ってきた。


中西は後方へ走り、捕り損ねて遠くまで転がっていった白球を追いかけている。


「結局、野球をしたい人間の気持ちは、みんな同じなのよ。男でも女でもね」


片岡は言った。


「性別なんて関係ない。長川は、自分が試合に出ることを諦めていないだけでしょう」


そして、グラウンドにいる選手たちを見ながら続けた。


「高校球児なら、試合に出たい。グラウンドへ立つ機会をつかみたい。そう思うのは当然よ。そこは誰だって変わらない」


そこまで話したところで、片岡里子は気づいていた。


白井が自分のそばに立っているのは、世間話をするためではない。


何か別に、伝えたいことがあるのだ。


やがて白井は、やはり本題を切り出した。


「登録メンバーを発表する前に、一度、林友達と話をしてもらえませんか?」


「……白井。あなたは、私が考えた林友達の起用法に反対なの?」


「いいえ。私もあなたと同じ意見です」


白井は答えた。


「先日、高橋前監督にも意見を聞きました。高橋監督も、林友達の守備位置を変更するというあなたの考えに賛成しています。それが現在の阪海工に必要な方向であることも、間違いありません」


白井は少し間を置いた。


「ただし、私たち指導者が正しいと思うことと、林友達本人が望んでいることは、別の問題です」


「白井。私は何かを決めるたびに、すべての選手の気持ちへ配慮することなんてできないわよ」


片岡の答えを聞き、白井はその考えを理解した。


指導者が、全選手の感情を一つ一つ気にしなければならないのなら、チームは前へ進めなくなる。


片岡の言うことにも道理はある。


それでも白井が、あえて話すべきだと考えるのには理由があった。


「林友達と話してほしいのは、この問題が彼一人だけで終わるとは思えないからです」


白井は言った。


「ほかの選手にも、影響が及ぶ可能性があります」


片岡は最初、何を言っているのか理解できないという表情を浮かべた。


しかし、やがてその顔つきが少しずつ変わっていく。


白井には、片岡が自分の言いたいことを理解したのだとわかった。


以前、二人が三年生の先発メンバーについて争ったときと同じだった。


一人の選手に起きた変化が、その一人だけにとどまるとは限らない。


周囲の選手たちまで、大きく動かしてしまうことがある。


そして林友達の変化によって、チーム内で最も大きな影響を受ける選手は、おそらく――


日空南極。


※※※※


阪海工の体育館では、野球着を着た大勢の部員たちが、紺色の応援スティックを手にしていた。


二本のスティックを打ち鳴らしながら、声をそろえて掛け声を繰り返している。


大会シーズンが近づくと、二年生が一年生へ応援方法を教える。


それが阪海工野球部で、代々受け継がれてきた不文律らしい。


最初に二年生たちが、三年生の先輩一人ひとりに合わせた応援の掛け声を考える。


その掛け声に簡単な振り付けと歓声を組み合わせ、一年生へ教えていくのだ。


一年生への指導を担当しているのは、かつて中西先輩から徹底的に応援を仕込まれた友達だった。


中西先輩は、選手ごとの掛け声を考えたり、集団応援の振り付けを作ったりすることに関しては、驚くほど優れた才能を持っている。


友達がまだ一年生だった頃、初めて中西先輩から応援方法を教えられたときには、恥ずかしい動作ばかりやらされると思っていた。


当時の友達にとっては、試しに大声を出してみることさえ、極めて難しいことだった。


応援練習のせいで、しばらく本気で悩んだほどである。


しかし今、自分が中西先輩のあとを引き継ぎ、一年生へ応援を教える立場になってみると、友達にもようやくわかった。


誰かを応援する方法を、人に教えることは――


想像していたほど簡単ではない。


「友達、本当に大丈夫か?」


田中廉太が尋ねた。


「大丈夫、大丈夫」と口では繰り返している友達を見ながら、廉太は心の中で疑う。


本当に大丈夫なのだろうか。


友達の顔は今、林檎のように真っ赤になっていた。


やはり、こういうことをするのは、今でも恥ずかしいらしい。


そういえば去年は、友達が脚を上げ、みんなと一緒に掛け声を出しながら動けるようになるまで、全員で特訓をした。


廉太は、そのときのことを覚えている。


友達が一生懸命に応援の動きを練習しているそばで、南極はずっと彼を見つめながら、何度も呟いていた。


かわいい。


友達があんなことをしているの、本当にかわいい。


南極にあれほど凝視され続ければ、かなりの圧力を感じるだろう。


しかし、南極を責めることもできなかった。


廉太は今、一年生たちへ応援の動きを説明している友達を見る。


友達は応援スティックを握り、同じ側の手と足を一緒に上げながら、声を張り上げていた。


「ヘイヤ、ヘイヤ!」


背はそれほど高くない。


しかし練習によって鍛えられた身体は、ずんぐりとしている。


その姿はまるで、動物園にいる小動物が両手を上げ、踊っているようだった。


南極が何度もかわいいと言っていた気持ちも、理解できなくはない。


「林先輩、その動き、間違ってますよ」


一年生の神崎が指摘した。


そして自分でもう一度、同じ動きをやってみせる。


「こうですよね、先輩?」


「あっ! 本当だ。ごめん、ごめん。それじゃあ、もう一度正しい動きでやるよ」


友達は頭を掻き、苦笑した。


「林先輩、本当に大丈夫ですか?」


「ははっ、林先輩、頑張ってくださいよ!」


一年生たちに間違いを指摘され、笑いながらからかわれても、友達は怒らなかった。


もう一度、正しい動きを最初から実演する。


その様子を見ていた流星が、思わず言った。


「友達って、性格がよすぎないか? 後輩からあんな言い方をされても、全然怒らないんだな」


「本当だよ。あいつら、俺たちの前じゃ絶対に、あんな言い方をしないくせに」


蓮も言った。


「お前たち、こういうときだけ先輩面するのか?」


宇治川が呆れたように指摘する。


「一年生の頃、友達が応援している姿を見て、一番大声で笑っていたのは、お前たち二人だっただろ」


「あっ……そういえば、そうだったかも」


蓮はそこでようやく、一年生だった頃のことを思い出した。


当時、台湾から来た友達を日本の応援文化に慣れさせるため、今の二年生全員が流星の家へ集まり、特別に練習へ付き合った。


台湾では、先住民族は生まれつき歌が得意で、踊りの才能もあるとよく言われているらしい。


残念ながら友達には、踊りの才能もなければ、リズム感もなかった。


一年生だった友達が応援を練習する姿は、あまりにも滑稽だった。


蓮と流星は、笑いを止めることができなかった。


「あのとき、危うく友達を泣かせるところだったよな」


流星は当時を思い出し、少し気まずそうに言った。


「俺は、友達が協力したくなくて、わざとやらないんだと思ってたんだよ。本当に応援ができないなんて、知らなかったから。でも応援なんて、子供の頃に野球クラブへ入った時点で覚えるものじゃないのか?」


「そうなんだよな。あのときは、南極まで怒らせかけたし」


蓮も言った。


「最後には友達が頑張って覚えたから、南極も機嫌を直したみたいだけど。あいつ、本当に友達の味方しかしないよな」


実際、あの出来事のあと、南極は教室でも数日間、蓮たちとほとんど話そうとしなかった。


「南極と友達は、すごく仲がいいからな。一緒に学校へ行って、一緒に練習して、寮でもずっと一緒に暮らしてる。まるで同棲してる恋人同士みたいだ。ちょっと羨ましい……」


流星は羨望の表情を浮かべた。


こいつには彼女がいるだろ。


しかも昔から毎日のように蓮と一緒にいるくせに、いったい何を羨ましがっているんだ。


宇治川は、口から出そうになった突っ込みを必死にこらえた。


そのとき、そばを通りかかった柴門が何気なく言った。


「以前、友達の応援を笑ったことくらい、少しは反省したら?」


「基本的に、君たち二人と、あの一年生たちに大きな違いはありません」


応援スティックを持っていた小林も言った。


「何を言ってるんだよ。俺たちは友達の友達だぞ!」


柴門と小林から責められ、流星は納得できない様子で反論した。


実際、流星や蓮は、今でも友達や南極たちと頻繁に遊んでいる。


「俺たちは俺たちだ。でも後輩が同じことをするのは駄目だろ」


蓮も、自分たちと後輩とでは、友達との関係が違うのだと主張した。


不穏な空気が漂い始めた。


榮郎は慌てて間へ入り、場を収めようとした。


しかし柴門のほうが早かった。


わざと蓮と流星へ顔を向け、ひどく腹の立つ、とぼけた表情を浮かべる。


「あら……猿にも種類の違いがあるの?」


「あっ! そ、その、柴門君。今の言い方は少し……」


榮郎は、柴門の言葉を聞いた瞬間に嫌な予感がした。


案の定、蓮は本当に怒った猿のように飛び上がった。


柴門へ手を伸ばし、激しい口調で怒鳴る。


「何だと! このスカート好きのババア!」


「蓮! やめろ!」


宇治川が後ろから蓮を捕まえた。


流星も慌てて蓮の身体へ抱きつく。


「怒って大声を出したら、本当に俺たちが猿みたいになるだろ!」


「うるさい! 柴門のやつには、一度きちんと教訓を与えないと、ますます調子に乗るぞ!」


「うわあ! 南極先輩、すごい!」


二年生たちが揉めている最中、一年生の集団から突然、大きな歓声が上がった。


二年生全員が、そちらへ顔を向ける。


南極が応援スティックを手に、歌いながら踊っていた。


何をしているのかよくわからないが、一年生たちは大喜びしている。


一年生と一緒に応援を練習していた廉太まで、笑顔になっていた。


「南極先輩! 先輩! もう一回、もう一度やってください!」


一年生の北沢実叶大が、笑いながら南極へ頼んだ。


隣にいた栗原悠輔も手を上げる。


「読売ジャイアンツの坂本勇人の応援が見たいです!」


「坂本か……ちょっと待って……」


南極は少し考えた。


すぐに口で読売ジャイアンツの応援曲を口ずさみ始める。


一年生たちは、そのリズムに合わせて応援スティックを打ち鳴らした。


南極も拍子に合わせて身体を動かし、声を張り上げる。


「オオオー、オオオー、オオオー、オオオオー! 燃えろ!」


「坂本!」


「誰よりも強く、勇ましく――オオオオオオー! お前が立つその場所は、熱気の渦が巻く! 坂本! 炎となれ!」


「おおおおっ! 南極先輩、すごい!」


「さっきの阪神タイガース、近本光司の応援も格好よかったです!」


「先輩、最高! もう一回! もう一回やってください!」


「続きはあとだよ。お前たちも、阪海工の応援を練習しないと」


南極は笑いながら言った。


しかし一年生たちからは、すぐに不満そうな声が上がる。


南極先輩の応援を、もっと見せてほしいと騒ぎ始めた。


南極は、ただ場の空気を盛り上げ、一年生たちを応援練習へ集中させようとしただけだった。


まさか逆効果になるとは思っていなかった。


困った南極は、友達へ助けを求める視線を向けた。


まったく。


あれほど目立ちたがるなと言ったのに。


本当に仕方のないやつだ。


友達はため息をつき、小声で文句を言った。


それでも南極を助けるため、一年生たちのところへ向かう。


「ほら、みんな。練習を続けよう。今日は予定しているところまで覚えないといけないんだ。球場で阪海工を代表して応援するときに、失敗したくはないだろ?」


何だ、もう終わりなのか。


まだ練習を続けるのか。


試合でグラウンドへ立つわけでもない一年生たちは、少しずつ怠け始めた。


友達が何とか説得し、練習を続けさせようとしていると、そばにいた神崎条が突然手を上げた。


「林先輩、質問があります!」


「何?」


「俺たちは、学校の吹奏楽部の演奏に合わせて練習しなくてもいいんですか?」


「えっ……それは少し難しいんだ。基本的に、うちの野球部には吹奏楽部の伴奏がないから」


友達は頭を掻いた。


すると一年生たちは、今度は吹奏楽部が来ないことについて騒ぎ始める。


全員の関心が別の話題へ移ったことを確認すると、神崎は隣で恥ずかしそうに黙っていた岩崎の背中を押した。


岩崎は突然押され、何を言えばいいのかわからないという顔で固まっている。


神崎は舌打ちし、岩崎の耳元で小さく囁いた。


「馬鹿。早く、お前の大好きな林先輩を助けろよ」


「えっ? 林先輩? あっ、ああ!」


岩崎隼人は、そこでようやく神崎の意図を理解した。


勢いよく手を上げる。


「せ、先輩! どうして阪海工には、吹奏楽部の伴奏がないんですか?」


「それは……中西先輩やほかの三年生たちからは、阪海工では昔からこうだったと聞いてる。でも、吹奏楽部にいる俺の友人は、こう言ってたんだ……」


結果を残せないチームの応援に、時間を使うのは無駄だから。


阪海工吹奏楽部の二年生で、トランペット首席を務めている青木陽奈は、教室の休み時間に、この問題を尋ねた友達と南極へそう答えた。


二人が驚き、口を開けたまま固まっているのを見ると、陽奈は付け加える。


「野球部の悪口を言ってるわけじゃないから、勘違いしないでね。ただ、吹奏楽部は昔から、そう考えてるってこと」


野球部の応援へ行くためには、新しい曲を覚える時間を作らなければならない。


早朝から楽器を運び、球場で準備をする必要もある。


午前中、あるいは午後いっぱいを使い、体力も消耗する。


吹奏楽部には、吹奏楽部自身の大会がある。


それなのに阪海工野球部は、長年目立った結果を残していなかった。


「吹奏楽部のみんなは、野球部の伴奏へ行くくらいなら、学校のコーラス部の伴奏をしたほうがいいと思ってる。少なくとも、そのほうが疲れる価値はあるって」


陽奈は髪を払った。


「そういうこと。すごく現実的な理由なの」


そして意味ありげな笑みを浮かべると、指先で南極と友達の頬を軽くつまんだ。


悪戯っぽく笑いながら言う。


「吹奏楽部に応援へ来てほしいなら……」


甲子園へ行けるくらい、頑張ればいい。


そうすれば、吹奏楽部の女の子たちが大勢、あなたたちを応援してくれるよ。


「……それに吹奏楽部の女子も、本当は野球部の男子を応援してみたいと思ってるらしい。そういう事情だから、俺たちには吹奏楽部の伴奏がないんだ。みんな、ごめん」


「えっ、先輩。今、吹奏楽部の女子が、野球部の男子の応援を見たいって言ったんですか?」


「う、うん? どうしたの?」


「みんな、聞いたか! 女子だぞ! 女の子たちが、俺たちの応援を見たがってるんだ!」


一年生の間で「先生」と呼ばれている建山が、興奮しながら仲間たちへ呼びかけた。


「つまり、俺たちが応援曲をきちんと覚えれば……」


吹奏楽部の女子に注目してもらえる!


「先輩、始めましょう!」


「俺たち、絶対に真面目に応援を覚えます!」


「えっ? う、うん。それじゃあ、まずは強打者の田中龍二先輩の応援から……」


友達には、野球部の一年生たちが何を考えているのか、いまひとつ理解できなかった。


しかし自分の話を聞き、練習する気になったのなら、それは成功と考えていいのだろう。


そう考えながら、もう一度応援の動きを実演しようとした。


しかし友達は、先ほどのひどい踊りと、まったく拍子の合っていなかった掛け声を思い出す。


少し考えたあと、隣にいた南極を引っ張ってきた。


もちろん南極は、友達と廉太が考えた掛け声や振り付けを披露することを喜んで引き受けた。


そして南極による応援指導の効果は、廉太と友達の想像をはるかに上回っていた。


「そんなことで、女の子の気を引けるわけがないだろ!」


少し離れたところにいた蓮が、珍しく会話を聞きつけ、突っ込んだ。


「そうとも限らないぞ」


宇治川が言った。


「一人は家で毎日妄想していただけなのに、突然彼女ができたし――流星のことだけどな。もう一人は、幼馴染が突然球場へ乗り込んできて騒ぎを起こした。蓮、お前のことだ」


宇治川は二人を見る。


「どちらも女の子を引き寄せることには、成功してるんじゃないか?」


「うわあ、それは本当に羨ましいなあ、淺村」


柴門が、わざとらしい妙な口調で言った。


「お前、本当に殴られたいのか? 俺とあいつは何の関係もないからな」


長川のことで柴門にからかわれ、蓮は理由もなく腹が立ってきた。


金井榮郎が、慌てて二人の間へ入る。


「まあまあ。少なくとも一年生たちが、応援を覚える気になったのはいいことだよ。俺たちも応援を練習しないと」


榮郎は言った。


「友達と田中先輩から掛け声の要点を聞いてきたんだ。注意するところや、どの拍子でスティックを打つのかも、全部ここに書き込んでおいたよ」


榮郎は、作成した応援練習用の資料を全員へ配った。


「うわっ! さすが優等生。榮郎、すごいな!」


「本当に細かい。白井先生から勉強会の進行を任されているだけあるな」


「へへっ。いや、俺はみんなの役に立てればと思っただけで……」


珍しくチームメイトたちから褒められ、榮郎は嬉しそうに笑った。


しかし、その視線はこっそりと柴門の表情をうかがっている。


柴門は榮郎の作った資料を見ていた。


ほかの部員たちのように、感心した表情を見せることはない。


最後に淡々と言った。


「うん……悪くないね」


「あ、ありがとう」


ほかの者たちと同じように褒められただけのはずだった。


それなのに柴門の言葉を聞いた榮郎は、なぜかほっとした。


その直後、背後にいた小林が、小さな声で呟く。


「どうして柴門君が資料をどう評価するのか、そんなに気にしているんですか?」


「えっ、ええっ! いや、これは……あっ! 小林君、それは記録しないで! ノートに書くな!」


心の内を見透かされたような気がした。


小林が再びノートへ何かを書き始めるのを見て、榮郎は慌てて止めに入った。


野球部に指導者がいないとき、一年生と二年生の空気は普段よりも緩くなる。


今の時代、先輩と後輩の関係も、昔ほど絶対的なものではない。


二年生は一年生の面倒を見るものの、先輩としての威圧感を利用し、無理やり言うことを聞かせようとはしなかった。


一年生も、先輩の話を完全に無視するほど非常識ではない。


互いに、先輩と後輩としての暗黙の了解を保っていた。


日空南極と林友達という二人の先輩については、一年生たちも、同学年の神崎条が二人と接する様子を見てきた。


どちらも二年生として偉そうに振る舞うことは、ほとんどない。


さらに一年生たちは、具体的な理由までは知らないものの、チームの岩崎隼人が林先輩の言うことなら非常によく聞くことにも、少しずつ気づき始めていた。


そのことが思わぬ形で、友達を一年生たちにとって最も親しみやすい先輩にしていた。


指導者や友達たちが、新しく入ってきた一年生を観察しているのと同じように、一年生たちも互いを見ている。


新入部員の中には、周囲と一緒になって騒いだり、ふざけたりせず、静かに一人で立っている選手もいた。


庄島和樹は、まさにそのような人間だった。


先ほど、全員が南極を囃し立てていたときも、庄島は集団の中に黙って立ち、適当に周囲へ合わせるふりをしていただけだった。


「なあ、庄島……」


「何? 明良」


「お前、さっきから口を動かしてるふりをしてるだけで、実際には声を出してないだろ?」


一年生の山崎明良が、庄島へ言った。


庄島が応援練習で掛け声を出していないことに気づいたのだ。


しかし庄島は、見つかっても謝ろうとはしなかった。


へらへらと笑いながら、明良へ答える。


「見つかっちゃったね」


「何が『見つかっちゃったね』だよ。これは間違い探しじゃないんだから」


明良は頭を掻いた。


庄島がこのような返し方をすることには、すでに慣れているらしい。


それでも注意するように言った。


「俺が知ってるお前なら、掛け声ができないわけでも、応援の動きを覚えられないわけでもない。ただ、わざと声を出さずに、意味のわからないことをしたがるだけだろ……」


もし自分が声を出さなかったら、応援を教えている林先輩たちは、いつ気づくのだろう。


「まさか、先輩たちが気づくかどうか、わざと試そうとしてたんじゃないだろうな?」


山崎明良は庄島和樹を見た。


その言葉は、庄島が考えていたことと完全に一致していた。


明良が毎回、自分の考えを見抜く能力を、どう表現すればいいのだろう。


まるで庄島だけを狙い、自分のすべてを封じるために存在する超能力のようだった。


野球部で明良と知り合ってから、庄島の頭に浮かぶくだらない考えを、明良はほとんど毎回言い当ててきた。


庄島が食べたいと思っているアイスクリームの味だけは、いつも外すのだが。


「また当てられちゃった。本当にすごいね」


庄島和樹は冗談を言いながら、ポケットを探る仕草をした。


「ご褒美に、ポケットの飴をあげようか?」


「いらない! お前は大阪のおばちゃんか!」


生まれつき三白眼の明良は眉をひそめ、応援練習の資料へ視線を戻した。


「とにかく、お前が応援できることはわかったから」


山崎明良は、それ以上庄島のことへ口を出すつもりはないようだった。


しかし明良が中学生の頃、岬阪へ転校して野球部へ入ってからというもの、なぜかいつも庄島の近くにいる。


明良にとって庄島は、変人であることを除けば、特別好きでも嫌いでもない、普通の人間だった。


それなのに、いつの間にか二人は常に一緒に行動するようになり、その関係は現在まで続いている。


北沢実叶大や栗原悠輔のような、いかにも典型的な野球少年という印象の生徒と比べると、山崎明良は感情の起伏が少ない選手だった。


意外なことに、庄島も変人ではあるものの、基本的には冷静な側に属している。


二人とも、周囲からは野球部員に見えない。


むしろ、部活動へ参加せずに帰宅する「帰宅部」の生徒に近かった。


「そういえば山崎……北沢の名前って、変だと思わない?」


庄島が言った。


「『実叶大』って、どう読んでも言いにくいだろ」


明良は資料に書かれた先輩たちの応援の掛け声を覚えていた。


庄島へ顔を向けることもなく、淡々と答える。


「他人の名前を批判するのは、失礼だろ」


「だって、『実叶大(みかなひろ)』より、『実叶(みかな)』のほうが読みやすくない?」


「北沢が前に話してたよ。家族が、生まれるまでは女の子だと思ってたから、『実叶』という名前を考えていたんだって。でも生まれたのが男の子だったから、あとから急いで『大』を付け加えたらしい」


「そうなんだ。ずいぶん適当だね」


「だから、人の名前を批判するなって言ってるだろ」


山崎はそう言いながら、庄島が先ほどから先輩たちを見ていることにも気づいていた。


その視線は、二年生の林友達のところへ何度も止まっている。


しかししばらくすると、庄島の目は、そばにいる二年生たちへ移っていった。


山崎がその視線を追う。


最終的に庄島が見ていたのは、あまり目立たない眼鏡の男子、小林芝昭だった。


そういえば、小林先輩も二年生の中では控えめで、何を考えているのかわかりにくい人物である。


自分と庄島が帰宅部に見えるのだとすれば、小林先輩は文化部に所属していそうな、オタク系の生徒に見えた。


それでも三人とも、野球をすることが好きなのだ。


やはり、人間を外見だけで完全に判断することはできない。


「山崎。小林先輩も、林先輩に対して、何か……」


「今、お前の頭の中にある妄想は聞きたくない」


山崎は、庄島が最後まで言い終える前に拒絶した。


そして一言だけ付け加える。


「今考えてることを本当に口にしたら、先輩たちが何か言うより先に、岩崎が真っ先に怒ると思うぞ」


「やっぱり、そうかな。わかった。それなら、これ以上は考えないことにするよ」


庄島和樹は答えた。


しかし正直なところ、庄島は林友達とほかの先輩たちの様子を、長い間観察してきた。


その結果、そのような結論へたどり着くことは、自然なのではないか。


何と言えばよいのだろう。


小林先輩が林先輩を見る目は、いつも途切れ途切れではある。


それでも、どこかおかしい。


少し離れたところから、こっそり相手を見るような視線。


庄島は、その視線に妙な親しみを感じた。


小林先輩が、なぜそのような目で林先輩を見るのか、庄島にはよくわかる。


なぜなら自分も、いつも同じように――。


「まあいいか。今度こそ、掛け声を出してみよう」


庄島が言った。


「ようやく、さぼるのをやめる気になったのか」


山崎が答える。


庄島は頷き、山崎へ尋ねた。


「一緒に練習してくれる?」


山崎明良は庄島を見つめ、そのまま少し黙った。


やがて言う。


「何となくだけど、庄島。お前、俺にわざと何かを見落とさせようとしてないか?」


「そんなことあるわけないよ。ほら、練習しよう」


庄島は笑顔で答えた。


小林先輩が林友達を見る目は、自分が山崎を観察するときの目と、どこか少し似ているような気がした。


退屈な毎日の中で、現在の庄島が興味を持っていることは二つだけである。


一つは野球。


そして、もう一つは山崎明良という人間だった。


「山崎、庄島。応援について、何か困っていることはある?」


友達は一年生たちの間を回り、一人ずつ問題がないか尋ねていた。


近年、野球の応援文化はインターネットメディアで広く取り上げられるようになっている。


そのため、より派手で面白い踊りを取り入れ、人々の注目を集めようとする選手も増えていた。


しかし友達が応援文化を大切にしようとするのは、中西先輩がこの活動を非常に重視しているからだった。


友達と中西先輩の関係も、決して悪くない。


先輩から応援指導を任された以上、自分もきちんと取り組みたいと思っていた。


もっとも、友達自身は、音楽の才能がある田中廉太や、人前で思い切りよく動ける南極のほうが、自分より一年生への応援指導に向いているのではないかと、何度も感じていた。


「やっぱり、林先輩が応援の踊りをするところを、もう一度見てみたいです」


庄島が言った。


何気なく口にしただけのように装っている。


しかし隣にいる山崎は、じっと庄島を見ていた。


庄島も山崎へ視線を返し、本気で教えてほしいだけだという、見るからに嘘くさい表情を浮かべる。


「えっ? どの部分が見たいんだ? 何かわからないところがあるの?」


友達が尋ねた。


庄島が答えようとした、そのときだった。


山崎が急に言葉を遮り、林先輩へ伝える。


「先輩、大丈夫です。俺が教えます」


「あっ、いいの?」


友達が言った。


山崎も庄島も、友達が明らかに安心した表情を浮かべたことに、すぐ気づいた。


友達は山崎へ言う。


「それじゃあ、頼んだよ」


「先輩って、背が小さくてかわいいだけじゃなくて、性格までかわいいんだね。そう思わない? ……あっ、痛い!」


庄島が言い終えた直後、山崎が指で額を弾いた。


山崎は、どうしようもない人間を見るような目で庄島を見ている。


その視線には、庄島もすっかり慣れていた。


自分が考えていたことは、今回も山崎明良に見抜かれてしまったらしい。


山崎は、それ以上庄島を相手にしなかった。


頭を掻きながら、建山たちが集まっている方向へ歩いていく。


「俺に教えてくれるんじゃなかったの?」


額を弾かれた庄島が尋ねた。


「知るか」


山崎は答えた。


「どうせお前は、最初から全部できるんだろ。ただ誰でもいいから応援させて、その姿を見て楽しみたかっただけじゃないか。性格が悪すぎる」


「怒った?」


「怒ってない。怒るというより……」


いかにも庄島がやりそうなことだと思った。


「多分、そんな感じ」


山崎はそう言うと、一度も振り返らずに歩いていった。


庄島和樹は山崎明良の背中を見つめた。


追いかけて説明するつもりは、まったくなかった。


「ときどき、本当にお前のことがまったくわからなくなるよ、庄島」


その声を聞き、庄島は隣を見た。


神崎条がそばを通りかかり、昔からの友人のように馴れ馴れしく、庄島の肩へ腕を回している。


庄島和樹は、突然肩を組まれても気にしなかった。


そのまま神崎へ言い返す。


「お互いさまだよ。俺も、ときどき神崎のことが全然わからない」


「ああ、そう。それなら、俺のことを理解してみれば?」


お前が山崎明良を理解しようとしているように。


「いや、遠慮しておくよ。俺は成り行きに任せるほうが好きだから。それより神崎……」


岩崎隼人の目には、林先輩しか映っていない。


それは神崎にとって、都合のいいことなのか?


「……俺たち、意外と気が合うかもしれないな」


「俺も、そう思うよ」


激しくぶつかり合うかと思われた二人は、意外にも互いの中に、よく似た部分を見つけていた。


同じチームであっても、学年ごとに所属する学生選手たちの雰囲気は異なる。


阪海工の一年生たちの間にも、少しずつ、彼らの世代だけの関係が生まれ始めていた。


ようやく部活動が終わる時間になった。


まだ完璧とはいえないものの、一年生たちは応援の掛け声を、おおよそ覚えることができた。


田中廉太が音声ファイルを一年生のグループへ送る。


あとは夏の大会へ間に合うよう、今後数週間のうちに、それぞれ時間を見つけて練習することになった。


体育館にも更衣室はある。


しかしあまり広くないため、ほかの部活動の邪魔にならないよう、野球部員たちは基本的に、体育館の隅にある少し人目につきにくい場所へ集まって着替えていた。


友達が着替えを終えたとき、ズボンだけを穿き、制服のシャツのボタンを一つも留めていない南極が、笑顔で駆け寄ってきた。


「友達、蓮たちが、今日みんなで流星の家へ行って、ご飯を食べないかって!」


「えっ、今日? どうして急に?」


制服へ着替えたばかりの友達は、南極から蓮たちの誘いを聞いた。


シャツもきちんと着ないまま走ってきた南極を見ると、そばへ近づき、自分の手でボタンを留めていく。


「ここはグラウンドじゃないんだから、せめて服をきちんと着てから来いよ、日空」


友達が南極のボタンを留めていると、突然、背中に何かが覆いかぶさった。


豐里流星だった。


流星がいきなり全身を友達の背中へ預けたため、友達は危うくバランスを崩しそうになる。


背中の上から、流星の笑い声が聞こえた。


「友友くん、早く着替えて、ご飯を食べに行こうよ」


「どうして急に、みんなで食事へ行くことになったんだ?」


友達が尋ねる。


そこへ歩いてきた宇治川が、二人に代わって答えた。


「その二人、以前、お前の応援を笑ったことを謝りたいらしい」


「そんなこともあったな。ごめん。もう随分前のことだから、ほとんど忘れてたよ」


友達は笑った。


「だから言っただろ。友達は別に気にしてないって」


制服へ着替えた蓮も、そばへやって来た。


「友達、見て。蓮は全然反省してないよ」


南極は蓮の態度を見ると、すぐに友達へ告げ口した。


そして一つの案を出す。


「蓮に全員分を奢らせよう。小遣いを全部使わせて、きちんと反省させればいいんだ!」


「えっ? それ、ちょっと面白そうだな」


南極の悪い提案を聞き、友達は意外にも興味を示した。


「賛成!」


「俺も賛成だ」


流星と宇治川も同意する。


「ま、待てよ! どうして罰を受けるのが俺だけなんだ? 流星は何もなしなんて、不公平だろ!」


「蓮がいつも格好つけてるからだよ」


南極は蓮へ挑発するような顔を見せた。


その表情が気に入らず、蓮も言い返す。


「友達の分なら奢ってもいい。でも南極の分は絶対に嫌だ」


「ええっ! そんなのずるいよ! 友達、蓮が約束を破ろうとしてる。二人分を奢るように言ってよ!」


「南極、お前! 何かあるたびに友達を持ち出すな!」


蓮と南極は言い争いながら、体育館の中を追いかけ合い始めた。


まるで、まだ一年生で、同じクラスにいた五人組だった頃へ戻ったようだった。


「蓮は、本当に小遣いをほとんど持ってないからな、友達」


流星が言った。


「冗談だよ。みんなで一緒にご飯を食べられれば、それでいいって」


友達は笑った。


結局、謝罪として奢ってもらったものは、コンビニで買った、一人一本のソーダ味のアイスキャンディーだけだった。

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