第五六章 先発、候補、戦力外
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと台湾華語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
「なあ、学校へ来てから何度も着替えるの、面倒だと思わない?」
「確かに。でも面倒でも、実習服を着なかったら先生に怒られるし」
「そうなんだよな。実習服って、本当に着替えるのが面倒だよ」
四月の始業から五月中旬まで、友達たちが二年生へ進級してから、すでに一か月ほどが過ぎていた。
工業高校では、二年生になると技術系の授業がさらに増える。友達と南極が選択したのは工業デザイン系だったが、それでも工場へ入る機会はあった。特に学校近くの造船所を見学するときは、ほぼ必ず阪海工の濃紺の実習服を着なければならなかった。
生徒の安全を守るため、髪型や前髪にも決まりがある。髪をきちんとまとめ、作業帽の中へ収めなければならない。機械に髪を巻き込まれ、事故が起きるのを防ぐためだ。
丸刈りにしている友達には、その点は問題なかった。
しかし、クラスメイトたちが話していたとおり、実習服から制服、体操服、さらに野球部のユニフォームまで、一日に二、三回も着替えることがある。皆が面倒に感じるのも無理はなかった。
「友達と南極は、面倒だと思わないの?」
クラスメイトにそう尋ねられたとき、休み時間になったばかりだというのに、友達と南極はすでに、このあとの部活動で着る野球部のユニフォームへ着替え終えていた。
それを見た数人は目を見開き、思わず声を上げた。
「速っ!」
「俺たち、先に行くな!」
「またね」
野球部のユニフォームへ着替えた南極と友達は、クラスメイトたちに手を振った。教室を出ると、バッグを背負い、グラウンドへ向かう準備をした。
「さすが野球部。着替える速さがすごいな」
まだ着替えの途中だったクラスメイトたちは言った。
素早く着替えることに慣れている友達たち野球部員にとって、服が一着や二着増えたところで大した違いはない。
とにかく、素早く脱ぎ、素早く着ればいい。
以前の林友達は、皆の前でパンツ一枚になることをためらっていた。しかし今では、手早く済ませるほうがよいと気づいている。恥ずかしがってもたもたしているほうが、かえってクラスメイトの注目を集めてしまうからだ。
ただし、南極に対しては、今さら隠しようもなかった。
二人は同じ部屋で暮らしている。友達が普段どのような服を着て、どんな種類のパンツを穿いているのか、南極は知っている。反対に友達も、南極がどんなパンツを穿いているのか、よく知っていた。
「そういえば、友達がブリーフを穿いてるところ、見たことないな」南極は言った。
二人は学校から潮風球場まで自転車で向かう途中、いつも何かしら雑談をしている。今日の話題は、なぜかパンツだった。
南極はトランクスもブリーフも穿くが、友達はほとんどの場合、体に密着するボクサーブリーフしか穿かない。
そのことが気になった南極は、さらに尋ねた。
「毛がはみ出るのが恥ずかしいから?」
「違うよ」
毛がはみ出るって何だよ。こいつの頭の中は、いったいどうなってるんだ?
友達は答えた。
「普通、ブリーフを穿くのは小学生くらいまでじゃない? 中学生になったら、ほとんどの人がボクサーパンツに替えるよ」
「えっ、そうなの? でも流星なんて、そのまま何も穿かないじゃないか」
「でも、スライディングパンツは穿いてるでしょう? あれを穿くときは、下にパンツを穿かない人もいるんだよ。台湾で一緒に野球をしてた仲間にも、そういう人がいた」
友達は続けた。
「そういえば日空も、一枚買ったほうがいいよ。試合でブリーフしか穿いてなかったら、スライディングしたときに痛いから」
「ちんちんが痛くなるの?」
「違う。脚が擦れて傷になるんだよ。どうして何でも、ちんちんの話になるんだ?」
「だって、パンツといえば、ちんちんだろ!」
「何だよ、それ?」
二人は話しながら、自転車で坂道を上っていった。
友達は一年生だった頃を思い出した。この坂道、通称「阪海地獄」を通るたび、自転車で上るだけでも苦しくなり、息を切らしていた。
それが今では、南極と会話をしながらグラウンドへ続く坂道を上っても、まったく苦しくない。
二人が球場の駐輪場へ着くと、ボールの入ったバケツを運んでいる岩崎の姿が見えた。
岩崎はバケツを抱えたまま、何かに目を奪われたように立ち尽くしている。
「岩崎」
友達が声をかけると、岩崎は振り返った。
林先輩だと気づき、少し慌てた様子を見せたが、すぐに平静を取り戻し、友達と南極へ挨拶した。
友達が何を見ていたのか尋ねると、岩崎はグラウンドを指さした。
三年生の藤田迅真先輩が、マウンドに立っていた。
藤田は足元の土を何度か踏み固め、握ったボールをグラブの中へ隠した。脚を高く上げ、力強く前へ踏み込み、腕を振る。
藤田先輩が最も得意とする内角へのスライダーが、ストライクゾーンの縁へ正確に向かっていった。そして鎌で草を刈るように鋭く沈み、捕手のミットへ収まった。
「低すぎる! 何度も言ってるだろ!」
球を受けた佐久間が声を上げた。
「迅真、おまえの判定では内角低めのストライクでも、おまえのストライクゾーンと審判のストライクゾーンは同じじゃない。俺は、もっと安全なところへ投げてほしい。あの角度では、ボールと判定される割合が高すぎる。もう少し上へ修正しろ。もう一球!」
佐久間の言葉を聞き、藤田は袖で額の汗を拭い、頷いた。
佐久間が再び構え、捕球の準備を整えるのを待ってから、藤田は投球を再開した。
「三年生の先輩たちは、俺たち一年生が来る前から、自主練習を始めていたんです」
岩崎は両手でボールの入ったバケツを強くつかみながら言った。
「本当にすごいです。あんなに速い内角へのスライダー、初めて見ました」
「岩崎も投手なんだよね?」
「はい。どうかしましたか、日空先輩」
入部初日に日空南極を見たときから、岩崎はこの先輩を大きいと思っていた。一か月ほどが過ぎた今でも、自分よりさらに背の高い先輩には、なかなか慣れなかった。
南極は笑顔を浮かべ、岩崎へ尋ねた。
「岩崎が得意な球種は何?」
「えっ、得意な球ですか? 決め球と呼べるものなら……シンカーだと思います。でも、それよりもう少し下へ落ちるというか……」
岩崎は指で、下へ曲がる軌道を描いた。
しかし、まだ野球経験の少ない南極には理解できなかった。
「それは何? ボールが落ちるの?」
「落ちるといえば、そうなんですけど……。何て説明すればいいんだろう?」
岩崎にも、うまく説明できなかった。
その球は確かにシンカーだが、完全に同じ球ともいえない。
すると、隣で岩崎の身振りを見ていた友達が、その球の正体に気づいたらしく、口を開いた。
「シンキングファストボールだ」
「あっ、そうです、そうです! さすが林友達先輩です!」
岩崎はそう言い、憧れに満ちた目を友達へ向けた。
シンキングファストボールはシンカーの一種だが、一般的なシンカーよりも速い球速を保ったまま、打者の手元で鋭く沈み、内角方向へ横に変化する特殊な球だ。
打者には打てそうだと思わせ、スイングを誘う。しかし球が大きく沈むため、バットに当たってもゴロになりやすい。投手や一、三塁手が処理することで、併殺や素早いアウトへつなげることができる。
戦術的に使う球種であり、岩崎が得意だと話したのは、この球が危機を切り抜けるための重要な武器だからだ。
特に、一塁と三塁に走者がいる場面で効果を発揮する。
「それなら岩崎も、速い球を投げるのが好きなタイプなんだね」友達は尋ねた。
「あっ、はい」
岩崎は答えた。そして三年生の藤田先輩が大きく曲がるスライダーを投げるのを見ながら、頭を掻いた。
「友達先輩や藤田先輩が投げるような変化球は、どうしてもうまく制御できないんです。シンキングファストボールを投げられるのも、たまたまツーシームの握りが自分に合っていたからだと思います」
林友達と藤田迅真は、変化球とコースへの正確な制球を武器にする投手だ。村瀬智也のようなアンダースロー投手も、基本的には変化球を中心に組み立てる。
それとは対照的に、岩崎隼人は力と球速で勝負する投手だった。
現在の阪海工に不足しており、同時に最も必要とされている、力強く、球速があり、迫力のある投手だといえる。
そして、ちょうどその年に岩崎は入学してきた。
まだ一年生であるにもかかわらず、岩崎の投球は決して悪くない。それどころか、友達はその球に強い迫力を感じていた。
捕手のミットへぶつかったときの音も、非常に強く、力に満ちている。
もし噂どおり、今年の阪海工野球部では誰にでも大会メンバーへ入る機会があるのなら、岩崎のような投手が、異例の一年生として登録される可能性もあるのではないか。
もしそうなれば、本当にすごいことだ。
友達はそう思った。
しかし同時に、自分がチーム内でどのような立場になるのか、不安も感じていた。
阪海工における友達の投手としての性質は、現在の二、三年生投手たちと、ほとんど同じだった。
特に打撃を得意とする流星は、友達の投球を見るたびに言う。
「この球、俺なら打てるよ!」
技巧派の投手は、一般的に打ちにくい変化をする球を得意とする。スライダーやカーブに加え、内角と外角を使い分けるなど、多彩な攻め方ができる。
球筋を細かく分析する打者を抑えられることも多い。
しかし流星のように、理屈ではなく本能で、打てるか打てないかを判断する感覚型の打者は、友達にとって最も苦手な相手だった。
「どうしてかわからないけど、友達の球って、バッティングセンターみたいな感じがするんだよな」流星は言った。
日本のバッティングセンターは台湾とは少し違い、投球速度しか調整できない施設ばかりではない。
特に有名な大型チェーン店のマシンでは、変化球の種類を設定できるほか、さまざまな打撃モードを選択できる。
なかでも「実戦モード」は、豊里流星が最も好きなモードだった。
マシンが直球や変化球、打ちにくいコースへの投球、異なる球速のボールをランダムに投げる。まるで本物の投手と対戦しているような感覚を味わえる。
流星は、友達の投球にも、その練習用マシンと似た感覚があると思っていた。
言い換えれば、流星は友達へこう告げているのだ。
おまえが次に何を投げるのか、俺にはわかる。
そして、その球を俺は打てる。
友人に対する挑発の意味も含まれていた。
だからこそ友達は、どうすればもっと球速を上げられるのか、藤田へ何度も相談していた。
「うーん……それなら、俺はどんなタイプの投手なの?」
南極は笑顔で岩崎へ尋ねた。
岩崎隼人は固まった。すぐには何と答えればよいかわからなかった。
もっと正直にいえば――。
南極はボール球の割合があまりにも高い。
高すぎて、岩崎は先輩へ本当のことを言ってよいのか判断できなかった。
「俺も球速型だよね?」
南極は岩崎の顔を見ながら尋ねた。
岩崎は完全に困り果てた。
「あの、その……たぶん、そうだと思います」と口ごもり、まともな文章にすることさえできなかった。
「日空、岩崎を困らせたらだめだよ」
友達は少し呆れたように言った。岩崎が何に困っているのか、わかっているようだった。
しかし、はっきり言えずにいる二人とは違い、別の声が三人へまっすぐ飛んできた。
いつの間にか、佐久間先輩が三人のそばに立っていた。
そして冷たい口調で、南極へ言った。
「球速型というより、おまえはボール球型投手だろ、南極」
「ええっ! 違います! 佐久間先輩、俺はまだこつをつかめていないだけです!」
「向こうのボールがなくなった。一年生はボールを補充する係だろ。どうしてここでさぼってる?」
佐久間は南極の弁明を相手にせず、岩崎へ顔を向けた。
「田中のところも、もうすぐボールを打ち尽くすぞ。早く持っていけ!」
岩崎はすぐに背筋を伸ばした。
「あっ! は、はい! すみません!」
佐久間に叱られた岩崎は、慌ててボールの入ったバケツを抱え、打撃練習をしている田中龍二先輩たちのもとへ走っていった。
一年生を叱り終えた佐久間は、友達と目が合った。その表情を見ただけで、友達が何を考えているのか、すぐに察したらしい。
「どうしていつも一年生にあんなに厳しくするのか、なんて聞くなよ、友達。チームの中で全員が仲良しごっこをしてるだけじゃ、何も成長しない。誰かが前へ出て、やらなきゃならないこともあるんだ」
「藤田先輩は、そういうことが苦手だからですか?」友達は言った。
「……友達、何でも藤田に結びつけるな」
佐久間はそう言うと、再び捕手用マスクをかぶり、グラウンドへ戻っていった。
そのとき友達は、佐久間先輩がこちらへ歩いてきてからずっと、マウンドにいる藤田先輩が二人を見つめていたことに気づいた。
村瀬先輩がこの前逃げ出そうとしたのも、無理はない。
大会が近づくほど、佐久間先輩の気性はますます荒くなっているように感じられた。相棒が藤田先輩でよかった。ほかの選手だったら、いったいどうなっていたのかわからない。
それでも、佐久間先輩が先ほど言ったことには、友達も少し同意していた。
誰かが前へ出て、何かをしなければならない。
その言葉は、友達に何かを知らせようとしているようだった。
いつか自分も必ず、阪海工野球部の上級生になる。
そのときまでに、チームの中で自分にしか果たせない役割を見つけられなければ、投手としての居場所はほかの誰かに奪われてしまう。
それは岩崎かもしれない。
宇治川かもしれない。
あるいは――。
「ウォーミングアップに行こう、日空。……ん? どうしたの?」
友達が見ると、南極は唇を尖らせていた。子供のように拗ねながら、佐久間先輩に言われたことが、ひどく不満そうだった。
「俺はボール球型投手なんかじゃない! 見てろよ。絶対に先輩たちも驚く、ものすごい魔球を投げてやるから。だから……友達! ストライクを投げる方法を教えて!」
「まずはウォーミングアップをしてからにしよう」
友達は言った。
誰かに何かを言われ、悔しがっている南極を見るのは初めてだった。
競争心などないように見えた南極にも、少しずつやる気が生まれているらしい。あれほど大きな体をしているのに、ぶつぶつと文句を言っている姿との落差があまりにも大きかった。
友達は思わず言った。
「意外だな。日空にも、そんなに子供っぽいところがあるんだね」
「子供じゃないよ。佐久間先輩は、絶対にわざと言ったんだ。俺は必ずストライクを投げられるようになる。それから、俺たちで一緒に甲子園へ行って、マウンドに立つんだ。そうだろ、友達!」
「えっ? う、うん。でも今は、先にウォーミングアップをしよう」
南極から、一緒に甲子園へ行こうと言われたことに、友達は少し驚いた。
しかし、それ以上に意外だったのは、南極もマウンドに立ちたいと思っていたことだった。
そう話す南極を見て、友達の胸には小さなときめきが生まれた。
でも、南極は知ってる?
友達はトレーニング用のボールを手に取り、南極へ渡した。その横顔を見つめながら考えた。
でも、南極は知ってる?
先発としてマウンドに立てる投手は――。
一人しかいないんだよ。
ほかの二年生たちも次々にグラウンドへ到着し、それぞれウォーミングアップを終えた。
やがてコーチから集合をかけられ、学年別、守備位置別の練習内容と、その日の目標が伝えられた。
阪海工野球部の、来る日も来る日も繰り返される練習が、再び始まった。
まだ春だというのに、今日はひどく蒸し暑かった。
その暑さは、男女二人の指導者の姿にも表れている。
扇風機しかないコーチ室で、白井監督はトレーニングウェアの袖をまくり、肩を出していた。片岡コーチは髪を一つにまとめている。
二人の間には、微妙な空気が流れていた。
互いに相手を見つめたまま、どちらも口を開こうとしない。
この状態は、もう三日近く続いていた。
数日前、野球部の練習が終わったあと、二人は高橋監督を交えた三人で居酒屋へ行った。そのときに始まった対立が、現在まで続いているのだ。
高橋監督が同席していても、うまく裁定できなかった問題だった。
白井修吾と片岡里子は、この件について互いに一歩も譲ろうとしない。高橋監督もひどく困っていた。
しかし「この件」に関しては、すでに前の世代に属する自分のような老人が、二人に代わって決めるべきではないとも考えていた。
これからは、若い世代へ任せなければならない。
「白井監督……」
先に口を開いたのは片岡だった。両腕を胸の前で組み、言った。
「あなたって、本当に融通の利かない人ですね。まったく柔軟性がない」
「そうですね。融通が利かないと言われても、決定を変えるつもりはありませんよ、片岡コーチ」白井監督は言った。
「本当に?」
「本当です。」
「本当に、本当?」
「本当に、本当です。」
「ふざけるな、この野郎!」
「片岡コーチ、コーチ室でそのような言葉を使うのはやめてください」
夏の甲子園へ出場するためには、各校はまず地方大会を勝ち抜き、府県代表の座を手にしなければならない。
地方大会は早い地域では六月、一般的には七月頃に行われる。そのため各校は、五月末から六月中旬に設定される「組み合わせ抽選会」までに、正式登録する二十人の大会メンバーを提出する。
提出後も地方予選が開幕するまでは、選手変更を申請できる。
しかし一般的には、ベンチ入りメンバーやスタメンを早く決め、チームとして組織したほうが、選手同士の連携や戦術上の組み合わせを高めやすい。
二十人に選ばれなかった選手たちも、早めに応援やチーム支援の役割へ専念できるようになる。
「黙って、白井修吾。私がこの数か月、九人のスタメンを組むために、どれだけ時間をかけたかわかっているでしょう?」
片岡は言った。
「野球はおままごとじゃない。犬にも猫にも役を与えて、全員で仲良く遊ぶことなんてできないんです。実力を認められなかった者は外される。それが勝負でしょう?」
さらに続けた。
「学生がどれだけ苦しい練習をしていても、勝てない選手なら、実力のある後輩を試合に出す。それは当然のことじゃありませんか? あなたなら、私以上にその道理を理解していると思っていました」
「今の三年生に実力がないとは思いません」
白井は答えた。
「むしろ私には、あなたの名簿から、スタメンだった中西と吉岡を外し、ほかの選手へ替える理由がわからない」
白井は片岡の作成した名簿を見た。
「宇治川を入れることは、まだ理解できます。藤田、村瀬と合わせて投手陣を組むためでしょう。しかし、どうして一年生の岩崎隼人までスタメン候補へ入っているんですか?」
白井の口調は少し強くなった。
「彼はまだ一年生です。まずは基礎から始めるべきでしょう。それなのに、いきなりスタメンへ入れるなんて、あなたが何を考えているのか、私にもわかりませんよ、片岡」
「この岩崎隼人が、どんな生徒か知っていますか?」
片岡里子は尋ねた。
白井修吾は答えなかった。
それは、自分も知っていると認めているようなものだった。
「彼は中学生の頃、『侍ジャパンU-15』に選ばれた選手ですよ。どうして強豪校へ行かず、阪海工を選んだのかは知りません。でも、私たちはとんでもない逸材を拾ったんです」
「それでも一年生です。日本代表として試合へ出た経験があるかどうかは関係ありません。一年生なら、まず基礎的なフィジカルトレーニングを行い、土台を作り、体力を維持できるようにする。そして二年生になってから……」
「藤田迅真、村瀬智也、宇治川翔二、岩崎隼人、日空南極」
白井監督が話し終える前に、片岡は阪海工野球部の投手を一人ずつ挙げた。
そして言った。
「村瀬を先発にし、藤田をエースとして起用する。宇治川を中継ぎに置き、勝負どころで岩崎を抑えとして投入する。南極もボール球を減らすことさえできれば、あの球速は強豪校の打者たちを驚かせるはずです」
片岡は名簿を指で叩いた。
「公立校で、ようやく五人の投手陣をそろえられたんですよ。これがどれほど貴重なことか、白井監督もわかっているでしょう?」
「あなたの言いたいことはわかります。しかし、三年生全員をスタメンとして起用しても、今挙げた投手陣より弱くなるとは思いません。野球は投手だけを中心に考えるものではありませんから」
「だからこそ、日空南極と豊里流星を入れる必要があるんです。高野連がこの制度を採用してくれたおかげで、二年生の中から打撃力のある選手を起用し、藤田と村瀬の打撃面を補える」
片岡コーチが話しているのは、「指名打者制」、いわゆるDH制のことだった。
高野連が規則を改定した際に加えた特別規則で、一般には「大谷ルール」という通称でも知られている。
かつて、アメリカのメジャーリーグと日本のプロ野球の制度は、投手と打者を兼任する選手にとって、決して使いやすいものではなかった。
以前は試合に出場する九人の打順を自由に変えることができず、投手を交代させれば、その投手は打者としても試合へ残れなかった。
しかし当時、大谷翔平の「二刀流」、つまり投手としても打者としても出場する姿があまりにも大きな人気を集めていた。
どの観客も大谷の姿を見たいと望んだ。
その結果、メジャーリーグは大谷の存在をきっかけに規則を変更した。
先発投手が指名打者を兼任することを認め、投手として降板したあとも、打者として試合へ残ることができるようにしたのだ。
この規則が発表された当時、アメリカの野球界では大きな話題となった。
この新制度の恩恵を受けられるのは、おそらく大谷翔平くらいだろうと、冗談交じりに語られるほどだった。
高野連がこの制度の導入を決定したことで、高校野球の戦術にも変化が生まれることになる。
同時に、それは阪海工のように部員数の少ない公立校にとって、新たな難しさにもなった。
部員数の多い私立校は、守備を重視した選手と、打撃を重視した選手をより柔軟に組み合わせられる。しかし公立校では、依然として、ほとんどの選手が攻守の両方を担わなければならない。
「あなたの言いたいことはわかります。夏の大会へ向けて、最善の布陣を組みたいと考えていることも理解しています、片岡」
「それなら、どうして? なぜ名簿を修正して、私の提案を取り入れようとしないんですか?」
白井が三年生を中心とする布陣へこだわる理由を、片岡にはやはり理解できなかった。
「まずは少し落ち着いてください。今日は暑いですから……冷たい麦茶でも飲みますか?」
「飲みます。ありがとう」
白井は小型冷蔵庫を開け、麦茶のボトルを一本取り出すと、片岡里子へ投げ渡した。
片岡は麦茶を勢いよく飲んだ。体の中にこもっていた熱が少しずつ引き、気持ちもわずかに落ち着いていった。
「あなたの名簿が、野球部を勝たせるために時間をかけ、熟慮を重ねて作ったものだということは、高橋監督も私もわかっています。あなたは世界大会も経験している。だから、どうしてこの布陣にしたのかも理解しています。それに、私なら誰よりもわかっているはずだと言いましたね。力のない上級生は、実力のある後輩に取って代わられる。野球とはもともと残酷なものだと。ええ、もちろんわかっています……だからこそ、この名簿を発表すれば何が起きるのかも、私にはわかるんです。片岡……」
この名簿が最終的に阪海工を甲子園へ導けるかどうかにかかわらず。
阪海工野球部は、その前に、この実力至上主義の空気によって壊されてしまう。
「マドンナジャパンにいたあなたも、かつてPL学園にいた私も、常に天才や実力のある選手たちに囲まれてきました。だから、力のない選手は必要ない。弱者をふるい落とし、最も強いチームを作るのは当然だと考えてしまう。けれど、片岡里子。ここは日本代表ではありません。新聞に名前が載るような野球名門校でもない……」
ここは、市立岬阪高等海洋工業学校野球部だ。
「中西と吉岡は、あなたの基準では合格とは呼べない選手なのかもしれない。けれど、二人を外すことで生まれる問題は、戦力だけではないんです。ほかの選手たちの心理にも影響する。たとえば中西と村瀬は、一年生の頃からの親友で、今も同じ部屋で暮らしています。あなたと私が、ようやく村瀬をもう一度マウンドへ戻したのに、今になって一番の親友である中西はグラウンドに立てないと告げたら、村瀬はどんな気持ちでマウンドに上がると思いますか? 吉岡大河も同じです。日下と川原は最近、吉岡が先発から外されないように、ずっと彼を支えている。私にとって野球という競技は……」
白井は、言葉を継いだ。
「チームスポーツです。だから、U-15代表だろうと、投手陣や打撃陣がどうであろうと、私が最優先に考えるのは、高校野球が生徒たちのチームワークによって成り立つ競技だということです」
「…………」
白井修吾の話を聞き終えた片岡里子は、数分間、何も言わなかった。
やがてもう一口麦茶を飲み、指で眉間を押さえる。最後にため息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「白井、あなた……少し甘すぎるんじゃない?」
「そうかもしれませんね」
「まったく、私は納得できないわ」片岡は言った。「あなたがそこまで生徒たちのことを考えても、あとになって彼らが感謝してくれるとは限らない。続きは部活が終わってから話しましょう。私は先に二年生と一年生の様子を見てくる」
「今日は三年生を指導する予定じゃなかったんですか?」白井が尋ねた。
「この状況で、中西と吉岡の顔を見るのはよくないでしょう」
そう言って、片岡が監督室を出ようとした、そのときだった。
白井は片岡の名簿を眺めながら、ふと疑問に気づいて声をかけた。
「片岡……この投手の人選について、一つ聞きたいことがあるんですが……藤田、村瀬、宇治川、岩崎、南極。そのあとに……」
『林友達』は?
「名簿の下を見て」
片岡に言われ、白井はさらに下へ目を移した。そして、少し驚いた表情で片岡を見る。
「この配置、本気なんですか?」
「投手陣と打撃陣まで組んだ私が、冗談でこんなものを書くと思う?」
「いや、しかし、この配置は……ううん……本当に考えたこともありませんでした」
白井は、片岡が作った名簿にもう一度目を落とした。
投手の一覧、そのすぐ下に記されていたのは――
「捕手:佐久間圭一
捕手:林友達」
バンッ! ガンッ!
ボールが地面を叩き、砂埃を巻き上げた。
捕手としてしゃがんでいた友達は、すぐさま両膝を内側へ絞り、身体と両手で跳ね上がったボールを止めにかかる。
だがボールはミットからこぼれ、友達の顔を覆うマスクをかすめた。
ガンッ、と金属音が耳元で響く。
その音だけでも、今の球がどれほどの速さだったのかは十分にわかった。
まずい。
マウンドに立つ南極がそう思った直後、友達は立ち上がってマスクを外し、彼に向かって怒鳴った。
「日空! 岩崎の投げ方を真似するなって言っただろ!」
「でも、岩崎が投げる、あの沈む球って格好いいんだよ」
「次もふざけるなら、もう練習には付き合わないからな」
友達は眉をひそめ、立ち去るふりをした。
すると案の定、南極はたちまち慌てだした。
「あっ! そんなこと言わないでよ! 友達、友達、わかったから! ちゃんとストレートを投げる練習をするから!」
「本当に?」
友達が尋ねると、南極は勢いよく何度も頷いた。
それを確認した友達は、再びマスクを被って捕手の位置にしゃがんだ。
「怖いなあ、あの球速……」
岩崎が先輩たちと投球練習をしていると聞きつけた神崎条は、こっそりブルペンへ見学に来ていた。
そこで目にしたのが、南極先輩の投球だった。
あの速度のボールが地面に叩きつけられ、不規則に跳ね上がる光景は、まるで映画に出てくる人殺しの弾丸のようだった。
岩崎の球速だけでも十分に恐ろしいと思っていたのに、南極先輩の球は、それをさらに上回るほど凄まじい。
「すごい! さすが林先輩だ!」
隣にいた岩崎が声を上げた。
「何を言ってるんだよ、岩崎君。今投げているのは日空先輩だぞ」
こんなときでさえ林友達の名前を出す岩崎に、神崎条は呆れてしまう。
「マウンドに立っている人まで、大好きな林友達先輩に見えているんじゃないだろうな?」
「ち、違う! この馬鹿!」
また神崎にからかわれ、岩崎は顔を赤くしながら説明した。
「俺がすごいと思ったのは、あんな球を前にしても、林先輩が逃げずに捕ろうとしたことだよ。全然避けなかっただろ」
「え? ああ、確かに……」
岩崎に言われて、神崎条もようやくそのことに気づいた。
南極先輩のあれほど速い球が地面に叩きつけられ、どこへ跳ねるかわからない状態で飛んできたのだ。
普通なら、反射的に身体を避けてしまうだろう。
だが友達――林先輩は違った。
両膝を内側へ絞るブロッキングの姿勢を取り、自分の身体でボールを止めて、その勢いと回転を殺そうとした。
ボールがこぼれたあとも、すぐさま目で転がった先を追い、拾い上げると振り返って南極を叱りつけた。
その一連の動きには、ほんのわずかなためらいさえなかった。
「おお、本当にすごいな」
「だろ!」
神崎にそう言われると、岩崎はまるで褒められたのが林先輩ではなく自分であるかのように、誇らしげな笑顔を浮かべた。
バシンッ!
次の一球は、今度こそまっすぐ捕手のミットへ収まった。
「おお、今の球、速い!」
岩崎は思わず声を上げ、神崎のほうへ振り返る。
「見たか、神……あっ……片岡コーチ」
神崎が急に黙り込んだのも無理はない。
一年生の二人がブルペンへ忍び込んでいたところを、やって来た片岡コーチに見つかってしまったのだ。
ところが片岡は、二人を叱るどころか、声を出すなと手で合図した。そして、南極の投球練習に付き合い、捕手役を務めている友達の姿を黙って見つめた。
南極が次の一球を投げる。
今度のストレートは、さっきよりもさらに速い。
片岡が目測したところ、おそらく球速はすでに時速百四十キロを超えていた。
その快速球は、まっすぐ捕手のミットへ収まった。
まだ完璧とはいえない。それでも、今日の南極は少しずつストライクが増えている。
やはり、こいつが悪い癖を完全に直し、ツーシームとフォーシームを磨くことができれば――さらにフォークやシンカーまで身につけられるかもしれない。
そうなれば、配球はまず一球ボール球を見せて、それから……。
南極の球を受け続けるうちに、友達はいつの間にか、捕手という役割へどんどん入り込んでいた。
その姿を傍らで見つめていた片岡は、ようやく確信する。
プロ野球選手である兄の見立ては、やはり正しかった。
林友達。
お前には、阪海工で最高の捕手になれる資質がある。




