第五五章 嘘の中の苺ショートケーキ
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと台湾華語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
「なあ、蓮のやつ、何か変だと思わないか?」
流星がそう言った瞬間、朝練をしていた友達たちは、一斉に動きを止めた。
阪海工野球部の朝練は強制ではなく、全員に早起きして参加することを求めてはいない。それでも基本的に、欠席する者はほとんどいなかった。
「朝から身支度するの、面倒なんだけど!」
口ではそう言っている柴門玉里も、見るからにやる気がなく、来たからには仕方がないという態度の小林芝昭も、朝練を休むことはめったにない。
しかし今日、蓮は全員が朝のランニングを終えたあとになって、あくびをしながら野球部のユニフォーム姿で現れた。
確かに、少し普通ではなかった。
「友達もそう思うだろ?」流星は尋ねた。
周囲の空気がおかしいと感じるたび、流星はいつも真っ先に友達へ意見を求める。まるで、友達が自分の意見に賛成し、話の続きを聞いてくれれば、すべてがそれほど悪いことにはならないと考えているようだった。
友達は「どうして僕に聞くの?」という表情を浮かべた。それでも、蓮が朝練に遅刻する姿は確かにほとんど見たことがないと思った。
しかも、遅刻しただけではない。今日の蓮はほとんどずっと上の空で、何をするにも反応が半拍ほど遅れていた。
「確かに、少し変だね」友達は流星の話に合わせて答えた。
「やっぱりそうだよな。あいつ、最近は俺の家にもゲームをしに来ないし、何だかすごく変なんだよ」
長川誠のことが原因なんじゃない?
友達が本当に尋ねたかった言葉は、口に出せないまま、胸の内に押し込められた。
この前、長川誠が大声で皆を罵った一件以来、友達も彼女が周囲を困らせる人物だと感じていた。
それまで友達は、日本の女子がどれほど変わっていても、せいぜい青木陽奈のように、言葉に含みを持たせて、何を言いたいのかわからなくさせる程度だと思っていた。
だからこそ、長川のように直接的な性格は意外だった。日本の女子も怒れば、あんなふうに大声で人を罵るのだと、初めて知った。
日本のアニメや漫画というフィルターに影響され、友達は日本の女子が誰に対しても礼儀正しく振る舞うものだと思い込んでいた。しかし、長川誠は何というか……大声で罵る姿は確かに怖いものの、それがかえって台湾を思い出させた。
自分の周囲にいた台湾原住民の女の子たちも、長川のように、誰もが率直でさっぱりした性格だった気がする。
そのため友達は、むしろ彼女に対して……。
親しみを感じていた?
「あっ、もしかして長川の……」
「ああっ! あ、あの、日空! 日空、メディシンボールを投げない?」
「えっ? でも友達、ついさっき投げたばかりだよ?」
南極は不思議そうに答えた。友達はひどく慌てながら、メディシンボールを南極の腹へ押しつけている。その姿は、慌てて石を隠そうとしているペンギンのようで、かわいらしかった。
「友達! 南極!」
少し離れたところから宇治川が二人を呼び、野球ボールを投げてよこした。
「さっき藤田主将たちがブルペンから出てくるのが見えた。たぶん、練習は終わったんだろう。まだ少し時間があるし、軽く投げて肩を慣らさないか?」
「おお! 俺、投げる!」
「僕も、僕も!」
ボールを投げられると聞き、南極と友達の意識は瞬く間にそちらへ向いた。
現在、すべての練習設備や場所は、藤田主将たち三年生が優先して使うことになっている。二年生の友達たちは、残されたわずかな時間を見つけて利用するしかなかった。
まして岩崎たち一年生は、友達たち二年生の先輩が使い終えるまで待ち、そのあとにようやく少しだけボールへ触れられる。今の一年生は、まだフィジカルトレーニングが中心だった。
その場を離れようとしたとき、友達は悩んでいる流星を振り返った。そして足を止め、声をかけた。
「流星、本当にそんなに蓮のことが心配なら、何か悩みがあるのか直接聞いてみたら?」
「はあ? 嫌だよ。俺があいつを心配してるみたいじゃないか。あとで絶対に笑われる」
流星はそう言った。
口ではそう言っているものの、流星が本当に蓮を心配していることは、友達にもわかった。そうでなければ、理由もなく友達や南極へ尋ねたりはしない。
以前、彼女との些細な出来事を話してきたときも同じだった。流星は何かを心配すると、誰かに話を聞いてもらいたくなる性格なのだ。
「笑われても、別にいいんじゃない?」
「えっ? 友達、何て言った?」
「笑われても、別にいいんじゃないって言ったんだよ」友達は答えた。
そんな言葉が返ってくるとは思わなかった流星は、いいわけがないだろうと慌てて言った。しかし友達は野球用のグラブを手にはめながら、話を続けた。
「でも、笑われることより、今は蓮のことが心配なんでしょう? 僕が台湾で中学生だった頃、機嫌が悪いと、よく友達に八つ当たりしてた。僕の友達も、心配して声をかけたら、僕がひどい態度で返事をするってわかってた。それでも、みんな心配して来てくれたんだ……」
「そのときは『みんな、うるさい! うっとうしい! あっちへ行って!』って言ってたけど、あとから考えると、友達にはすごく感謝してる」
友達は拳でグラブを軽く叩き、笑顔を浮かべた。
「もしかしたら蓮も、流星や僕たちに心配してもらう必要があるのかもしれないよ」
「うん……わかった。でも、俺がすごく心配してるみたいな態度は絶対に見せないからな」
流星はそう言い、少し頬を赤くした。
友達が足を速め、小走りでブルペンへ着いたとき、南極はちょうど、また大きく外れた球を投げたところだった。
それを見た友達は、やっぱりいつもどおりだと思った。
球速は非常に速い。しかし、制球はまるでない。見ただけではっきりわかるほど大きく外れたボール球だった。
宇治川はボールを持ち、南極へ何かを説明しているらしい。二人は交互にボールを持ちながら、腕と手首を何度も動かしていた。
友達は以前、宇治川が南極の投球について、どうしてあれほど制球が悪いのかわからないと話していたのを聞いたことがある。
一年生の頃に友達と宇治川が南極の投球について話し合ってから、すでに一年以上が過ぎている。友達もその頃から、南極の投球に奇妙な癖があることへ気づき始めていた。
同じように投球へ強い関心を持つ宇治川なら、南極がほかの選手とは異なる投げ方をしていることに、ずっと前から気づいていたはずだ。
「フォークの握りは禁止だって言っただろ」宇治川は言った。
「途中でまたその握りに戻すから、ボールの軌道が大きくずれるんだ」
「へへっ、ばれちゃった」
見つかった南極は、笑いながら頭を掻いた。
「ただのボール球ならまだいい。でも南極の場合、デッドボールになったら大変なことになる」
宇治川はそう言い、佐久間先輩が南極の球を受けるたびに、ますます腹を立てていく理由が少しわかった気がした。
それでも佐久間先輩は、南極の投球に腹を立てながらも、必ず本塁の後ろへ戻り、もう一度しゃがんで球を受ける。
しかし宇治川の投球を受けるときは違った。宇治川の調子が良くても、佐久間先輩は突然、もう十分だと判断し、勝手に二人の練習を切り上げてしまうことがあった。
宇治川は、佐久間先輩が自分の投球をどう評価しているのか知っていた。以前、面と向かって、宇治川の投げる球は「すごく退屈な球」だと言われたことがある。
宇治川が最も得意とするスライダーでさえ、「少しだけ退屈ではない球」と評価された。褒め言葉は一つもなかった。
次は友達がブルペンへ入り、投球練習を始めた。
いつ暴投になるかわからず、捕手にひどく気を使わせる南極の球と比べれば、友達の球は本当に受けやすかった。
構えた位置へきちんと投げられ、球もすべて予測できる場所へ収まる。ブルペンでこのような球を受けることには、まったく負担がなかった。
南極は、友達と宇治川が何年も組んできたバッテリーのように息を合わせる姿を見つめた。
どうして友達は、ほとんど考える必要もなく、宇治川が出したサインの球種を迷わず投げられるのだろう。しかも、ボールは正確に指定された位置へ収まっている。
友達の正確な投球と比べながら、南極は自分の手を見つめ、悩み始めた。
もしかすると、自分の手はまだ反抗期の子供の手で、友達の手はすでに成熟した大人の手なのだろうか。
もしそうなら、自分の手と話し合って、早く成長し、反抗するのをやめろと言い聞かせるべきなのかもしれない。
「お願いだから、いい子にして、もっとストライクを投げてくれよ。俺の右手」
南極は自分の大きな手を見つめ、手のひらへ向かって独り言を言った。
その光景は、間抜けで少し笑ってしまうほどだった。
「自分の手と話してるの? かわいいね」
「えっ?……あっ、ああっ! 片岡コーチ! い、いや、その、あの、お疲れさまです!」
片岡コーチに、手と話しているところを見られた南極は、恥ずかしそうに手を背中側のズボンのポケットへ隠した。
「恥ずかしがらなくていいよ。打席が終わったあと、自分のバットに話しかける選手も多いから。私もやったことがある。バットに『お願い、今度の打席では絶対に当てて。しっかり働いて』ってね」
「本当ですか? よかった。また何か変なことをしてしまったのかと思いました」
片岡コーチの話を聞き、南極は安心した。
ところが片岡コーチは、そこで話の向きを変え、一言付け加えた。
「でも、自分の手のひらに話しかける選手は、私も初めて見たけど」
「だって、ずっとボール球ばかり投げてるから」
南極は眉をひそめた。身長は一九〇センチを超え、片岡コーチよりはるかに大きな体をしているというのに、話し方はまだ子供のようだった。
「でも、確かに手が関係している」片岡は言った。
「やっぱり友達たちの手のほうが……」
「手の形の話じゃない。手とボールがこれまでに何度触れ合い、どれだけの経験を積んできたかという話だ」
片岡コーチはそう言いながら南極の手を取り、指を開かせた。そして自分も手を差し出し、手のひらを広げた。
二人は手を並べたまま、そろって手のひらを開いた。
「私たちの手のひらに、どんな違いがあるか観察してみて」
南極が片岡コーチの手を見ると、すぐに指先へ厚いまめがいくつもできていることに気づいた。そのまめは、それぞれの指にほぼ均等にできていた。
もちろん南極の手にも、いくつかまめはある。しかし、できている場所が違った。人差し指と中指の内側、そして親指と人差し指の間に、いくつか硬いまめができている。
「まめができている位置を見れば、その投手がどんな投球を繰り返してきたのかがわかる。南極、明らかにあなたは、ツーシーム系の握りでフォークを投げる癖がある。だから、こういう場所にまめができる。でも、私の手と比べて、何かおかしなところに気づかない?」
「おかしなところ?…………あっ、コーチの手のほうが、もっと……」
「気づいたみたいだね。それが、私がさっき言った『手の経験』だ」
片岡は南極をまっすぐ見た。
「日空南極。エースになりたいのなら、これからもっと多くの人に教わらなければならない。宇治川でも、藤田でも、村瀬でもいい。手に何度も経験を積ませ、コーチや仲間の期待に応えられる手にする。それが、チームでいうエース投手だ」
そう言い終えると、片岡は開いていた手で南極の背中を軽く叩いた。
そして、自分の手のひらを見つめて呆然としている南極だけをブルペンのそばに残し、その場を離れていった。
友達は投球練習を終えると、朝練の時間がまだ少し残っているため、一年生に使わせてあげようと提案した。
すると南極は、突然こっそり友達のそばへ近づいた。そして、友達が先ほどボールを投げていたほうの手をつかみ、自分の顔へ引き寄せると、じっと眺め、何度も触り始めた。
以前の友達なら、南極にそんなことをされれば驚いて手を振り払い、こう怒っていただろう。
「何するんだよ! やめてよ」
しかし今の友達は、突然自分の手のひらを観察し、触ったり揉んだりしている南極を見ても、わけがわからないという顔で尋ねるだけだった。
「日空、僕の手がどうかしたの?」
「やっぱり、そうだった」
南極は言った。
友達の手には、片岡コーチと同じように、さまざまな場所へ大小のまめと硬い皮膚ができていた。触ってみると、まるで数え切れないほどの経験を積んできた手のようだった。
南極は友達の手を触りながら、その顔を見つめ、真剣な口調で言った。
「やっぱり友達のおじさんみたいな手と比べると、俺の手はまだ子供だ」
「ぷっ──! 何だよ、その変なたとえ!」
悪気のない南極の言葉が、思いがけず宇治川の笑いのつぼに入った。宇治川は思わず口を手で押さえ、腰を曲げて、声を出して笑わないよう必死に堪えた。
「友達は、何年くらい投げてるの?」南極は尋ねた。
「うーん……今年で七年目? それとも八年目かな? 忘れた」友達は答えた。
友達の手にできた硬く粗いまめと、自分の手のひらを見比べ、南極は気づいた。
自分は野球のルールを知り、投げることや捕ること、打つことや走ることを覚えた。それらを楽しいと思うだけでなく、いつの間にか、もっと上手くなりたいとも思い始めていた。
友達のように、捕手が出すさまざまなサインを一目で理解し、迷うことなく腕を振り、ボールをミットへ投げ込めるようになりたい。
それに比べて自分は、普通の握り方は面倒だと思い、こっそりフォークの握りへ戻してしまう。
まるで、いつまでも成長せず、好き嫌いばかりしている子供だ。
友達のように、練習を重ねて作り上げた粗い手のひらを持っていないのなら、アニメに登場するようなすごい魔球投手になりたいという夢も、ただの大口にすぎない。
そして何よりも――。
南極は、友達と宇治川が交代で投手と捕手を務めながら、息の合ったやり取りをしている姿を見た。二人は楽しそうに笑い、投球と捕球について自然に意見を交わしている。
南極は、その光景に少し嫉妬していた。
宇治川が当たり前のように友達のそばにいられることが、少し羨ましかった。
もちろん南極も、宇治川が自分にくれるさまざまな助言を気に入っている。
それでも南極がなりたいのは、友達から「ナイスボール!」と言ってもらえる存在だった。あるいは友達の球を受け、二人にしかわからないサインを送ることのできる、自分だけの存在になりたかった。
宇治川が友達のそばに立てることを、ただ嫉妬しているだけではいけない。
自分がグラウンドで友達のそばに立てないのは、まだ実力が足りないからだ。
もっと努力しなければならない。
もっと、もっと練習しなければ!
南極はそう考え、心の中で自分に言い聞かせた。
よし。まずは投げる球を好き嫌いしないところから始めよう!
「あの……日空?」
「ん? 友達、どうしたの?」
目標を決めた南極は、我に返って友達を見た。
「あの、僕の手……いつまで握ってるつもり?」
友達に言われ、南極はそこで初めて、先ほどからずっと友達の手を握ったまま離していなかったことに気づいた。
確かに少し気まずい状況だった。
しかし日空南極は笑顔を浮かべ、友達へ聞き返した。
「いいの? 俺、このままずっと友達の手を握ってても」
「ふざけないで、早く離してよ!」
朝練が終わると、現在のところ暫定的な二年生投手組である友達、南極、宇治川の三人は、一緒に更衣室へ向かった。
その途中、南極と宇治川は、友達が先ほど流星へ、蓮を心配することについて少し助言したという話を聞いた。
南極は、それはいいことだと思った。宇治川は初め、何も言わなかった。友達の話を聞きながら微妙な表情を浮かべていたが、最後には我慢できずに口を開いた。
「友達、南極。蓮のことだけど……そこまで踏み込むのは、少しやりすぎじゃないか?」
「えっ? 何が?」友達には、宇治川の言いたいことがわからなかった。
「でも、流星はすごく心配しているように見えたし、蓮の様子も確かにおかしかったよ」
「流星が言っていたことは、聞き流すだけでいい。でも、さっきみたいに流星へ『蓮に直接聞け』と言うのは、蓮を困らせるんじゃないか?」宇治川は言った。
「でも、きちんと聞かなければ、助けることもできないでしょう?」友達は言った。
宇治川が何を気にしているのか、友達には理解できなかった。流星と蓮は友人であり、蓮と宇治川も友人だ。三人のうち、流星が蓮の悩みを聞き出せるのなら、宇治川にとっても悪いことではないはずだ。
「南極、おまえから友達に……いや、やっぱりいい……」
宇治川は南極へ目を向け、友達に何か言ってもらおうとした。しかし少し考えたあと、それを諦めた。
再び友達を見て言った。
「友達。おまえが善意で言ったのはわかってる。でも……蓮が自分から話すまでは、俺たちが勝手に踏み込まないほうがいい」
「でも、宇治川も蓮の友達でしょう?」
善意でしたことなのに、宇治川から勝手に踏み込んだと言われ、友達は少し納得できなかった。
友達から見れば、初めに流星から蓮の様子を聞いたときから、宇治川は普段どおりで、何の意見も言おうとしなかった。その態度のほうが、よほど不思議に思えた。
「友達なのは間違いない。でも、こういうことを直接聞くのは、少し一線を越えてる気がする。友達、おまえは……いや、どう言えばわかってもらえるんだ? こういう問題は、友達同士でも、そこまで直接聞くものじゃないというか……。言わないほうがいいこともあるというか……」
「結局、何のことなの?」
宇治川が話している日本語は、一つ一つの単語なら友達にも理解できた。しかし、それらが組み合わさると、日本語の教科書に出てくる専門用語よりも意味がつかみにくかった。
「もしかして宇治川が言いたいのは、蓮の前で長川のことを話しちゃいけないってこと?」
そばにいた南極が、突然何かに気づいたような顔で、何気なくそう口にした。
その言葉を聞き、宇治川と友達は同時に固まった。
しかし次の瞬間、布のカーテンをめくって出てきた人物の声を聞き、二人は本当に冷や汗をかいた。
「長川? 何の話をしてるんだ?」
制服へ着替え終えた浅村蓮が、突然姿を現した。
友達と宇治川は、とっさにどうすればよいかわからなくなった。しかし南極は気にする様子もなく、蓮へ話しかけた。
「あっ、蓮。もう着替え終わったんだ。早いね」
「別に、いつもどおりだよ。それより、おまえら、さっき何を話してたんだ? 長……って聞こえたけど」
「ああ、そうだった。俺が友達と宇治川に話してたのは……」
「待って! 南極!」
友達は思わず南極を呼び止めた。
南極は笑顔で蓮へ答えた。
「友達と宇治川に、俺は手が大きいってよく言われるからさ。手が大きい俺にとっては、この長い革ひも仕様のオーダーグラブが欠かせないんだよ」
そう言うと、南極は自分のグラブを蓮へ見せた。
蓮は南極のグラブを見て、納得したように頷いた。
「ああ、確かにな。おまえのグラブ、普通のものより大きい気がしてたんだ。気のせいじゃなかったんだな」
「アメリカ仕様のグラブだからね!」
「アメリカ製なの? 格好いいな、南極」
蓮は笑顔を浮かべた。しかし普段とは違い、形だけ少し笑ったように見えた。
それから言った。
「じゃあ、あまり話し込んでると、おまえらまで遅刻するからな。学校で会おう、宇治川、友達、南極」
そう言うと、蓮はボールバッグと通学鞄を持ち、そのまま先へ歩いていった。
「あっ! 蓮、ちょっと待って! 一人で先に行くなよ!」
そのとき、服装の乱れた流星が追いかけてきた。シャツの裾さえズボンに入れていない状態だった。
「待たないよ。いつまでもぼんやりしてるおまえが悪い。俺は待たないからな」
蓮は振り返ることなく、意地悪そうに流星へ言った。
流星は必死にシャツをズボンの中へ入れながら、学校用の革靴を履き、蓮に待つよう呼びかけた。そして友達の前を通り過ぎるとき、突然笑顔を向けた。
「さっきは悪かったな、友達。あんな話をして」
「えっ? ああ! ううん、別に。それで……」
「少し考えたんだけど、やっぱり蓮に直接聞くのは気まずい気がする。ありがとな、友達。ああっ! 蓮、だから待てって言ってるだろ!」
「えっ? ああ……」
友達は、走って蓮の背中を追いかける流星を見つめた。
流星はそのまま勢いよく蓮の背中へ飛びついた。二人は以前と同じように、騒ぎながらじゃれ合っている。
まるで、先ほど流星が口にした心配など、初めから嘘だったかのようだった。
そばでカーテンをめくり、更衣室へ入ろうとしていた宇治川は、友達が流星と蓮の後ろ姿を見つめているのに気づいた。
ため息をつき、小さな声で言った。
「だから言っただろ。ああいうのは、あまり適切じゃないって」
「友達はわざとやったんじゃない。本当に蓮と流星を心配してたんだよ」
宇治川が隣を見ると、そう言ったのは南極だった。
「わかってる。友達を責めてるわけじゃない。ただ、流星の愚痴をあそこまで真剣に受け止めて、あんな助言までしたことが意外だったんだ。ああいう心配の仕方は、相手を気まずくさせないのか?」
「うーん……そうかもしれない。でも、俺は友達のそういうところが好きだよ」
「他人のプライベートに踏み込むところが?」
「違うよ。友達が、自分なりのやり方で一生懸命、友人を心配してるところ」
南極は言った。
「…………おまえらにそう言われると、まるで俺が蓮や流星を心配していないみたいじゃないか」
話しているうちに、宇治川は少し不満を感じ始めた。まるで自分が友人を気にかけない、冷たい人間であるかのように思えてきたからだ。
すると宇治川は、先ほど南極が蓮へ話した言葉を思い出した。
こいつは「長い革」の「い」をわざと曖昧に発音し、蓮に本当に聞き間違いだったと思わせたのだ。
ほんのわずかな時間しかなかったのに、反応があまりにも速かった。
宇治川は南極へ尋ねた。
「そういえば南極、おまえ、まさか最初からずっと、とぼけたふりをしてるんじゃないだろうな? 外国育ちとはいえ、おまえも日本人だろ。こういう人付き合いのことを、もう少し友達に教えてやったらどうなんだ?」
「えっ? どうして?」南極は不思議そうに尋ねた。
「どうしてって、このままだと友達が気まずい思いをするだろ」
「ええ──。確かにそうだけど……俺は……」
南極は宇治川の言葉を聞き、笑顔で答えた。
「でも、何もかも友達に教えたら、友達が友達らしくなくなっちゃうよ」
「何だ、それ? 南極は時々、友達よりも理解しにくいな」
宇治川はそう言って更衣室へ入り、野球部のユニフォームを脱ぎ始めた。
「これが『親しき仲にも礼儀あり』っていうこと。まあ、友達には少しわかりにくいかもしれないけど」
英語の授業中、陽奈はそう説明した。
白井先生は、以前行った小テストの答案を取りに行くため、一時的に教室を離れていた。その間、生徒たちには三人一組になり、英会話の練習をするよう指示していた。
一年生の頃から変わらない席に座っている友達、南極、陽奈は、当然のように同じ組になった。数回練習しただけで、ほかの生徒たちと同じように雑談を始めていた。
陽奈は、今朝友達に起きたことを、「親しき仲にも礼儀あり」という日本のことわざで説明した。
どれほど親しい友人であっても、境界を越えて相手の心へ踏み込んではいけない。突然、相手の私的な領域へ入り込むことは、日本人にとって失礼な行為なのだという。
「友達を心配していても、だめなの?」
「そうね。でも、もし自分ではどうにもできないことだったら、『相手のために』と思って意見を言っても、かえって状況が悪くなることもあるでしょう?」
陽奈は穏やかな口調のまま続けた。
「たとえば、友達の助言を聞いた豊里くんが浅村くんを心配して声をかけて、そのせいで二人が喧嘩してしまったら……友達、そのとき責任を取れる?」
「うーん…………僕には……取れない」
友達は眉をひそめた。陽奈へ反論したかったが、言葉が何も浮かばなかった。
「そういうこと。だから宇治川くんも、友達に関わらないほうがいいと言ったんじゃない?」
陽奈は続けた。
「誰かが愚痴を言っているときは、『そうなんだ』『わかるよ』『なるほどね』みたいに、安全な距離を保ったまま話せる言葉を返しておけばいいの」
「で、でも、それじゃ何も解決しないじゃないか!」
「友達。そもそも友人って、問題を解決するためにいるものじゃないでしょう?」
友達の問いに、陽奈は何でもないことのように答えた。
「そう言われればそうだけど、でも、何だかそうじゃない気がする」
考えれば考えるほど、友達の頭の中は混乱していった。
台湾にいた頃の友人たちや、彼らとの接し方を思い出しながら、友達は顔を英語の教科書へ埋めた。そして本越しに、妙に響く声で言った。
「困ったときに助け合うからこそ、友達っていうんじゃないの?」
「友達、ダチョウみたいだね」
教科書へ顔を埋めている友達を見て、南極が言った。
陽奈は、さらに友達の考えを崩しにかかった。
「もし本当に友人の助けが必要なら、自分から頼むべきじゃない? 助けてほしいって」
「でも……やっぱり、どこか違う気がする。友人なら、相手の様子がおかしいことに自分から気づいて、頼まれる前に助けてあげるものじゃないの?」
それだけ説明されても、友達は、頼まれてから初めて心配するという陽奈の考え方には納得できなかった。
「今話しているのは友人関係のことで、テレパシーの話じゃないでしょう、友達くん」
「青木の話し方、宇治川にそっくりだよ」
友達はそう言い、教科書の向こうから目だけを出して陽奈を見つめた。
「少し黙ってくれる?」
陽奈にそう言われ、友達はすぐに顔を英語の教科書の後ろへ引っ込めた。
「南極はどう思う? まさか、友達のあんなに無邪気な友人関係に賛成だったりするの?」
陽奈は、先ほどから何も言わず、彼女と友達の議論を聞いていた日空南極へ話を振った。
「うん。俺は友達のほうを支持するよ」
「やっぱり。まあ、最初から南極は友達の味方をすると思ってたけど」
陽奈はため息をついた。
「だって、一目見ればわかるなんて、すごいじゃないか。言葉にしなくても互いの変化に気づいて、自分から声をかけたり、応えたりできる。そんなに息の合った友人って、すごくない? まるでチームのエースバッテリーみたいだよ! 捕手のサインと投手の視線だけで通じ合う、隙のないコンビネーション。そんな関係、格好いいじゃないか」
「そう! そうそう! 日空の言うとおりだよ! そんなバッテリー、すごく格好いい!」
南極のバッテリー論を聞き、それまで英語の教科書に隠れていた友達は、突然目を輝かせた。
「だろ? だから友人同士も、それくらい格好よくあるべきなんだよ」
「どうして最後には、またそんな野球バカの話になるのよ。もう……」
陽奈は呆れた。むしろ頭を抱えたいのは自分のほうだと思いながらも、どうにか話題を元へ戻した。
「とにかく、友達が納得するかどうかは別として、部外者の私たちに浅村蓮くんのことへ口を出す資格はないと思う。それに、私は浅村くんとはあまり話したことがないけど、男の子って……」
陽奈は、どこか含みのある笑みを浮かべた。
男の子というのは、往々にして自分で我慢できなくなり、自分から膠着した状況を壊してしまうものなのだ。
「よっ! 奇遇だな」
「……どうしてここにいるの?」
買い物を終えてスーパーから出てきた長川誠は、入口脇の壁に腰掛けている浅村蓮と出くわした。学校の制服を着ていた。
蓮に声をかけられ、長川は相手にしないよう自分へ言い聞かせた。それでも前を通り過ぎるとき、無意識に返事をしてしまった。
「別に。今日は家に帰りたくなかっただけ」蓮は視線をそらして言った。
「今日だけ? 嘘をつかないで」
「また、俺が嘘をついてるってわかるのか?」
蓮はそう言うと、からかうように眉を上げた。
「まさか今でも、小学生の頃みたいに、家のベランダから俺の家の玄関を見てるんじゃないだろうな? うわあ、怖い。俺が家に帰ったかどうか、ずっと監視してるんだ」
「してない! あんたみたいなバカが家に帰るかどうかなんて、私に関係ないでしょう! どうせ両親が離婚してから、家に帰るのが嫌になったんでしょう? そんなこと、みんな……あっ!……私……」
長川は感情的になり、蓮の家庭の事情を口にした。途中で、それを自分から話すべきではなかったと気づいた。
しかし蓮は手を振り、壁から飛び降りると、気にするなと言った。
「どうせ知ってるやつも多いから、別にいいよ。親が離婚したことなんて、俺はあまり気にしてないし」
「嘘。気にしてないわけないでしょう」
「嘘じゃない」
「気にしてないなら、今でも流星や宇治川の家へ行って、帰ろうとしないのはどうして? あんたはいつも、そうやって嘘ばかりつくから、人を殴りたいくらい腹立たせるのよ。この嫌われ者」
「ああ、はいはい。俺は人に好かれない、嘘つきの常習犯だよ。悪かったな。そんなに嫌いなら、今ここで殴ってもいいぞ。どうする? 殴るか?」
「……幼稚」
長川誠は、蓮がまた減らず口を叩く姿を見て、小学生の頃へ引き戻されたように感じた。
この男は喧嘩もできないくせに、いつも殴りたくなるようなことばかり言っていた。高校生になっても、少しも成長していない。
長川は黙って買い物袋を持ち直すと、わざと蓮を無視して歩き出した。
「おい! どうして行くんだよ。俺様が殴る機会をやってるんだから、大事にしろよ!」
長川誠が背を向け、自分を無視して歩き出すのを見て、蓮はなぜか追いかけなければならないような気がした。
追いかけなければ、野球部で起きたあの出来事が、もう一度繰り返されるように思えた。
どうして俺がこいつの面倒を見なきゃいけないんだ。
そう思っているのに、体は勝手に自転車を押し、長川のあとを追っていた。追いつくと、そのまま尋ねた。
「おまえ、今からどこへ行くんだ?」
「家に帰って夕飯を作る。今夜は両親がいないから」
「ああ、じゃあ俺と同じだな。それならさ、俺が自転車で家まで送ってやろうか? ついでに、知ってるおいしいケーキ屋へ寄ろう。宇治川のやつも、おいしいって言ってた店だ。どうだ?」
「うーん? 蓮がいつから、そんなに親切になったの? 絶対に何か企んでるでしょう」
長川は浅村蓮を信用していないという顔で見ながら、歩き続けた。蓮も自転車を押して後ろをついていき、何度も自転車へ乗るよう勧めた。
「あんた、自転車の二人乗りは禁止だって知ってるでしょう。それに、二人とも制服を着てるんだよ」
蓮にしつこく言われ、長川は足を止めた。
すると蓮は、長川の手から買い物袋を取り上げ、自転車のかごへ入れた。そして当然のような顔で言った。
「そんなことは気にするな。ほら、乗れよ」
「見つかっても、私は知らないからね」
長川は自転車の後輪に付いたステップへ足を載せ、後ろに立った。
蓮は制服の袖をまくり、白いシャツのボタンを外して、中に着ていた黒い半袖シャツを見せた。さらに野球用バッグをきつく締め、体の前へ回した。
そして自信満々に言った。
「これなら制服には見えないだろ」
「バカ」
蓮の無茶な行動を見て、長川は思わず笑った。
「何を笑ってるんだよ。ちゃんとつかまってろ。振り落としても責任は取らないからな」
「私を振り落としたら、野球部を辞めてもらうから!」
「うわあ、その取引は割に合わないな」
蓮は長川を自転車に乗せ、言葉どおりケーキ屋へ向かった。
意外なことに、二人は人気の苺ショートケーキを、最後の二個で買うことができた。
それから蓮は、長川と自分の家がある方向へ自転車を走らせた。
商店街から二人の住む集合住宅へ戻る途中、小さな川に架かる橋を渡る。夕日は、青と橙が交わる夕暮れの中へ沈んでいた。
春の終わりから夏の初めに吹く風は熱を帯び、とても涼しいとはいえない。それでもなぜか、長川には懐かしく感じられた。
「俺、中学に上がったら、近くの硬式クラブに入るよ。だって、硬式野球のほうが面白いだろ」
あの頃、蓮は長川にそう言った。
「宇治川と流星も同じチームに入るって言ってるし、やっぱりみんなで野球をするのがいいだろ? 朝練は死ぬほど面倒だけどさ」
当時、長川も蓮たちと同じ硬式野球のクラブチームへ入るつもりだった。
中学硬式野球そのものが、女子選手を一律に拒んでいたわけではない。問題は、蓮たちが入ろうとしていた地元のクラブに、女子選手を受け入れた前例がなかったことだ。女子用の更衣場所もなく、遠征時の宿泊にも対応できない。結局、現在は女子を受け入れられる環境が整っていないという理由で、長川は入団を断られた。
当時、岬阪町から最も近い、女子選手を受け入れている硬式クラブは大阪市内にあり、片道二時間近くかかった。中学生になったばかりの娘を一人で長距離通わせることに、両親も賛成しなかった。
一方、一般の中学校にある野球部で続けられるのは軟式野球だった。
そんなとき、長川の走力に注目した、陸上部で知られる全寮制の女子中学校から声がかかった。
蓮、流星、宇治川はそのまま硬式野球を続けられる。それなのに、自分だけが軟式へ移らなければならない。そのことを長川は受け入れられなかった。
同じグラウンドに立てないのなら、野球なんて何もやらないほうがましだ。
そう意地を張った長川は、全寮制の女子中学校へ進み、陸上部へ入った。
今になって考えれば、女子を受け入れる別のクラブを探すこともできた。軟式野球部でボールを追い続け、高校でもう一度硬式へ挑戦する道もあった。
しかし、阪海工野球部の片岡コーチが言ったとおり、長川には、自分だけが違う舞台へ追いやられることなど到底受け入れられなかった。
長川が証明したかったのは、ただ野球ができるということではない。
女子である自分も同じ硬球を使い、同じグラウンドに立ち、男子と正面から競い合えるのだと証明したかった。
そこまで考え、長川は小学生の頃、蓮と競走したときのことを思い出した。
あの頃、長川がどうしても走って勝てなかった唯一の相手が、蓮だった。
そのことが悔しかった。しかも蓮は勝つたびに得意げな顔をするため、長川はいつも、あいつをいじめてやりたいと思ったのだ。
「本当に、あの頃の私はバカだったな……」
長川は小さな声で呟いた。
一時の意地だけで、本当に好きだった野球から離れるべきではなかった。
自転車は長川のマンションの前で止まった。
蓮はケーキと買い物袋を長川へ渡した。長川は受け取りながら、なぜか少しためらっていた。
蓮もまた、ためらっていた。
スーパーで長川に会ったのは、偶然などではなかった。蓮は今日、長川があそこへ現れると知っていたからこそ、遠回りしてスーパーへ行ったのだ。
「なあ、長川」
「何?」
「グラウンドにいたとき、おまえに手を出そうとして……悪かった」
「ああ、あのこと? 別にいいよ。気にしてない。昔は私が何度も蓮を殴ったのに、蓮は一度も私を殴らなかったでしょう。それに私も、ごめん。わざとあんなことを言ったから」
長川は言った。
「おまえにいくつか図星を突かれて、逆上したのかもしれない」
「私、何か当てた?」
「野球以外に何をすればいいのかわからないから続けてるとか、それほど野球が好きには見えないとか、青春してるふりをしてるとか……。あの辺は全部、図星だったから腹が立ったんだろうな」
蓮は続けた。
「だから小学生の頃も、おまえが嫌いだった。いつも俺が格好つけてることを見抜いて、それでいて、少しも顔を立ててくれなかった。本当に嫌いだったよ」
「私だって、蓮のことが嫌いだった。いつも『おまえは女子だから』とか、『女子のくせに』とか言って。自分はただの子供なのに、いつも男尊女卑みたいな顔をしてた」
長川も言い返した。
「それに、嘘ばかりついて人を騙す。大切なことなのに気にしてないと言ったり、どうでもいいことなのに興味があるふりをしたり。そんな蓮が、本当に甲子園へ行けるの?」
「おまえは、俺に可能性があると思うのか? 甲子園なんて」
長川にそう言われ、蓮は笑った。
「宇治川のほうが、よっぽど可能性があるだろ」
「じゃあ蓮は? 蓮には可能性がないの?」
長川は尋ねた。
蓮は彼女の真剣な表情を見て、困ったような顔をした。
「俺が本当は、それほど野球に執着してないって、おまえも知ってるだろ。そんな人間に、可能性なんて……」
「それがどうしたの? 塁へ出て、点を取れればいいでしょう。得点したあとで、その選手が本当に野球を好きかどうかなんて、誰が気にするの?」
長川は、もう一度尋ねた。
「蓮は行きたくないの? 甲子園」
まっすぐに見つめられ、蓮はどうすればよいかわからなくなった。最後には、その視線から逃げるように顔をそらした。
「わかったよ! 行きたい、行きたい! これでいいだろ?」
「うん。それじゃ、もう一つ質問。今、行きたい?」
「はあ? 今から甲子園へ? おまえ、バカじゃ……痛っ! 長川、このジャイアン……」
罵りかけた蓮は、長川が自分の自転車へ手を置いていることに気づいた。
彼女は少し顔を伏せ、わざと蓮に表情を見せないようにしていた。
「バカ。甲子園のことしか考えてないの? さっきスーパーの前で、もう言ったでしょう。蓮……」
今夜、うちの両親。
い・な・い・か・ら。
「えっ? えっ? ええええっ──!」
浅村蓮は何度も驚きの声を上げた。自転車のハンドルを強く握り締め、顔を一気に赤くした。
「それって、そういう意味なの?」
「長川、おまえ、俺とヤる――痛っ!」
「この大変態! 何を考えてるのよ!」
蓮が妙なことを考えると初めからわかっていたかのように、長川は手刀を頭へ振り下ろした。
「家で一緒に夕飯を食べるかって聞いてるの! さっき買ったケーキ、高かったでしょう。もうお金も残ってないんじゃない? 苺ショートケーキだけじゃ、お腹いっぱいにならないでしょう。それに……」
長川誠は、蓮のことなどすべて見抜いているという顔をした。そして蓮の嘘を、あっさり暴いた。
「宇治川が、あんなに高くてかわいいケーキを買うわけないでしょう。この嘘つき」
「へへっ、ばれたか」
蓮は気まずそうに笑い、殴られた頭をさすった。
このジャイアン女、本当に少しも手加減しないな。
それでも自分の嘘を正当化しようと、言葉を続けた。
「だって、宇治川の名前を出さなかったら、おまえも俺の自転車に乗ろうとしなかっただろ?」
「浅村……何か勘違いしてない?」
長川は言った。
「勘違い? 何を?」
「どうして、いつも私と宇治川を結びつけるの?」
「どうしてって、おまえ、あいつが好きなんだろ? 宇治川翔二」
「違うけど。どうして私が宇治川を好きにならなきゃいけないの?」
「えっ? ええっ! 嘘だろ? えっ、まさか! ええっ!」
「何回『えっ』って言うつもり?」
長川は呆れた顔をした。
「最後にもう一度だけ聞くから……蓮」
私の家に来る?
「……一応、礼儀として確認するけど、明日も朝練があるからさ。長川の料理を食べたら、腹を壊したりしないよな? 食中毒になる危険は?」
「やっぱり来なくていい! 大バカ!」
「ええっ! 冗談だよ、行くって! あと一つだけ、これが本当に最後の質問だから!」
長川が歩き出すのを見て、蓮は慌てて自転車を壁際へ停め、あとを追いかけた。
そして尋ねた。
「宇治川じゃないなら、誰なんだ? 俺も知ってるやつ?」
長川は、なぜか緊張している浅村蓮の顔を見た。そして、含みを持たせた言い方で答えた。
「秘密。蓮みたいなバカには教えない!」
その夜、長川誠の料理を食べても、蓮が腹を壊すことはなかった。
しかし、おいしいと呼べるほどの腕前でもなかった。
それでも、嘘をつき、ふざけることばかりの蓮が、ただ一つだけ嘘をつかなかったことがある。
あの店の苺ショートケーキは、本当においしかった。
そして蓮は最後まで、長川誠へもう一つの嘘をつき続けた。
蓮のような男が、おいしいケーキ屋など知っているはずがない。
あの店を教えたのは、今日の練習が終わったあと、蓮へこう言った宇治川だった。
「このあと誰かに会いに行くつもりで、その相手がたまたま女子だったなら、あの店の苺ショートケーキを買っていけ。女子なら、百パーセント喜ぶ」
自分の悩みを宇治川に見抜かれたことも、ケーキを買うために流星から金を借りたことも、蓮は絶対に口にしない。
そんな恥ずかしすぎる話を、言えるはずがなかった。
絶対に言わない。




