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第五一章 視線が交差する後輩たち

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

3月中旬、向陽こうよう高校との合同合宿が終わった直後、阪海工はんかいこう野球部の部員たちは二つの大きなイベントを控えていた。

一つ目は、合宿開始前に引退した三年生の先輩たちの卒業式だ。これは同時に、これからの野球部が正式に藤田ふじた先輩と佐久間さくま先輩を筆頭とし、指導陣の他に野球部をまとめる重責を担うことを意味していた。


卒業式当日、野球部の二年生を代表して藤田が三年生に花束を贈った。一年生は当初、田中廉太たなか れんたが代表してプレゼントを渡す予定だったが、廉太が「自分の兄の卒業を祝うなんて気恥ずかしすぎる」と拒否したため、代わりに宇治川翔二うじがわ しょうじが代表を務めることになった。


「先輩方、野球……野球部員一同を代表して、藤田迅真ふじた じんまより、そ、卒業おめでとうございます。この数年間、せ、先輩方からのご指導、本当にありがとう……ございました」


「藤田のやつ、大丈夫か?」藤田のたどたどしく威厳の欠片もない祝辞を見て、田中龍二たなか りゅうじは眉をひそめながら佐久間の方を振り向いた。


「俺を見るな。あいつをキャプテンにすることに全員で賛成したんだろ」佐久間はそう言って、龍二の視線を冷たく遮った。


その目に見えるほどのガチガチの緊張ぶりは、一年生の友達ヨウダたちにまで伝わってきた。二年生の藤田迅真先輩と三年生の田中陽一たなか よういち先輩はそれなりに親しい間柄のはずなのに、なぜ野球部の先輩を祝うこの場で、藤田先輩はここまで自分を見失っているのだろうか?


「本当にありがとうな、迅真。それにみんなも」


田中先輩はそう言い、ユニフォーム姿ではなくてもキャプテンらしい笑顔を浮かべ、藤田迅真の肩をバンバンと力強く叩いた。「もっと肩の力抜けよ、藤田。キャプテンなんて、お前が思ってるほど難しくないぞ。俺だって最初は慣れなかったけど、やってるうちに様になってくるもんだ。大丈夫だって」


「す、すみません、先輩。そのことを考えると、どうしても緊張してしまって……」

田中先輩に心を見透かされたかのように、藤田は自分がただの「二年生のキャプテン」から「野球部全体のキャプテン」になることの重圧に思い悩んでいたのだ。


「大丈夫、大丈夫。そんなに緊張するな。それに……」田中先輩はふいに藤田の耳元に顔を寄せ、背中をポンポンと叩きながら囁いた。「お前には、佐久間がいるだろ?」

そう言いながら、田中先輩は自分をじっと見つめている佐久間に視線を向けた。後輩のくせに、佐久間はその鋭い眼光で容赦なくこちらを睨みつけている。


(まったく、俺が藤田に近づいたくらいでそんなに睨むなよ、佐久間)


(その不機嫌そうな顔、卒業する先輩の前くらい少しは自重しろよな)


「それはそうなんですが、でも……田中先輩……」


藤田も当然、佐久間が自分を全力でサポートしてくれることは分かっている。自分がキャプテンの座に就けたのも、佐久間が自分のために色々と画策してくれたおかげだろう。だが、自分は本当にキャプテンに相応しいのだろうか? 藤田はキャプテンになったその瞬間から、ずっと自信を持てずにいた。自分には人を引っ張るような天性のリーダーシップも、カリスマ性も到底ないと思っていたからだ。


「まずは圭一けいいちに頼らず、自分一人の力で頑張ってみたいんです」藤田は田中先輩に向かってそう言った。


「おおっ、いい覚悟じゃないか! 迅真。俺はお前らが甲子園に行くの、本気で楽しみにしてるからな」田中先輩は笑いながら、藤田の丸刈り頭をガシガシと撫でた。


その後、先輩たち一人一人から後輩に向けた挨拶があり、午前の卒業式はこうして幕を閉じた。

そして午後の練習時間。友達たち一年生がいつものように早くグラウンドへ行き、練習の準備を始めようとすると、すでに道具の準備がほとんど終わっていることに気がついた。そこには、見慣れたユニフォーム姿の三年生の先輩たちが、普段なら一年生がやるはずの準備作業をしてくれている姿があった。


これは、先輩たちが阪海工のグラウンドに立つ最後の日だ。強制ではないものの、白井しらい先生曰く、これは阪海工野球部の暗黙の伝統なのだという。三年生は卒業する最後の日にもう一度グラウンドへ戻り、後輩たちのために練習の準備をするのだ。


二年生の部員たちはこの伝統を知っていたようで、今日は早めに寮を出てグラウンドへ来ていた。全体練習が始まる前、監督から卒業生たちへ祝意を込めた「最後のノック」が贈られるのだ。


「最後のノック」は、三年生が高校のグラウンドで受ける最後の練習を象徴している。先日の学年対抗戦(引退試合)とは異なり、チームの監督自らが卒業生一人一人に向けて最後の守備練習のノックを打つ。飛んできた打球を三年生が捕球し、ホームへ向かって送球した後、「ありがとうございました!」と大声で叫ぶ。こうして、卒業後、正真正銘最後の野球部の練習を締めくくるのだ。


本来なら白井先生が自らノックバットを握るべきだが、白井先生はこの「最後のノック」の儀式を高橋たかはし元監督に依頼していた。白井先生自身もこの代の三年生を指導してきたとはいえ、彼らが一年生の頃からずっと苦楽を共にしてきたのは、やはり高橋元監督なのだ。だからこそ、高橋元監督がノックを打つのが最も相応しいと白井先生は考えたのだ。


白井先生は、すでに勇退した高橋元監督が引き受けてくれるか少し心配していたが、一緒に相談に乗っていた片岡かたおか先生はこの計画に賛同し、「安心して私に任せてください」と請け負った。


「あなたに任せる?」白井先生は胡散臭そうな顔で片岡先生を見た。


「ええ。年配の男性監督っていうのは、若い女からのお願いには弱いものですから」と片岡先生は言った。


(若い女……だと?)


ツッコミどころは満載だったが、片岡先生が自ら高橋元監督の説得を買って出てくれた以上、白井先生は心の中に湧き上がった言葉を必死に飲み込み、口に出さないよう努めた。


まさか高橋元監督が現れるとは思っていなかった三年生たちは、皆とても感激しているようだった。高校生活の三年間を共に歩んできた恩師のノック。打球を捕った後、やはりこらえきれずに涙を流す者もいた。卒業式では一滴も涙を見せなかった球児たちが、グラウンドに戻ってきた途端、様々な想い出がフラッシュバックして泣き崩れるのだった。


「先輩たちがあんなに泣くとは思わなかったよ」

「本当にな。高橋たかはし監督も、一人一人に『泣くな、泣くな』って慰めてたし」


一日の練習を終え、風呂上がりに寮の自室で課題をこなしていた友達ヨウダが言うと、隣の南極なんきょくも頷いた。二人とも、先輩たちが泣いている姿を見るのはこれが初めてだった。試合に負けた時ならともかく、今回のグラウンドでの卒業の儀式で先輩たちがあれほど号泣していたのに、なぜか友達自身は全く感情が揺さぶられなかった。俺って冷血なのかな? それとも、台湾人だから日本球児のあういう情緒センチメンタリズムがイマイチ理解できないだけなんだろうか? 友達はそんな風に考えた。


日空ひぞら。三年生が卒業する時、お前は泣くと思うか?」

課題の途中で友達がふと尋ねると、南極は少し考えてから、自信なさげに答えた。

「どうだろうな……友達は泣かないのか?」


「みんなの前で泣くなんて恥ずかしいから、俺は絶対に泣かないよ」友達は強がって言った。

南極の前ではそう言い切ったものの、実際のところ、自分の心がどう動くのか友達自身にも保証はできなかった。


「俺たちが三年生になったら、今の二年生の先輩たちはもういないんだよな」南極はからかうように笑って言った。「友達は口ではそう言ってるけど、いざその時になったら絶対に泣きながら『行かないでください、先輩〜!』ってすがりつくと思うぜ」


「そんなことしねぇよ!」友達はそう言って南極をドンと突飛ばした。すると南極も負けじと肩でドンとぶつかり返してきた。


もうすぐ高校二年生になる二人は、小競り合いをしながらも賑やかに課題を終わらせ、卒業シーズンのこの日を終えた。そして春休みが訪れ、いよいよ4月の新学年が幕を開けようとしていた。


春休みが明けると、野球部にはもう一つの重要な任務が待ち受けていた。それが「新入生の入学対応」である。

毎年この時期、コーラス部や吹奏楽部に次ぐ大所帯の運動部である野球部は、新入寮生の受付や、新入生からの問い合わせ対応(案内係)を任されるのがお決まりだった。受付教室が分からない迷子や、遅刻者、その他突発的なトラブルへの対応はすべて野球部の仕事であり、次に人手の多い柔道部がそれをサポートする。


友達と南極のクラスメイトである青木陽奈あおき ひなが所属する吹奏楽部は、入学式での演奏やパフォーマンスという大役を任されていた。学校のパンフレットに隅っこに載っているだけで知名度の低い野球部とは違い、吹奏楽部はここ数年、コーラス部と並んで阪海工はんかいこうの「看板(顔)」であり、新入生を惹きつける最大のアピールポイントなのだ。当然、新入生歓迎の主役は彼女たちである。それに比べて野球部はというと……。


「結局のところ、実績のない部活は雑用を押し付けられる運命なんだよ。体力バカしか取り柄がないんだから仕方ないだろ?」れんは皮肉たっぷりに愚痴をこぼしながら、イヤイヤ新入生の受付名簿にチェックを入れていた。


「文句言ってないで、手動かせよ」宇治川うじがわがそう言って、さらにドサッと資料の束を運んできた。


「まだあるのかよ! あーもうウザい、キリがねぇじゃんか!」やっと整理し終わったと思ったら追加された資料の山を見て、蓮は再び文句を垂れた。とはいえ、手は止めずに渋々作業を続けてはいたが。


入学式の日は、最高学年となった三年生の先輩たちだけが練習を許可されていた。二年生になった友達たちは、新入生の資料を事前に準備するため、まだ薄暗い早朝から学校に集合していた。流星りゅうせいはあくびを噛み殺し、死んだような目で資料袋にプリントを詰めていたが、間違えて一枚多く入れてしまい、担当の先生からこってりと絞られていた。


一方、南極はサービスデスク(案内所)の担当に配置され、相談や案内を必要としている人たちの対応を任されていた。どうやら一年生の頃、各所のお母様方ママさんファンを惹きつけたあの圧倒的な集客力が、多くの先生たちの記憶に強く残っていたらしい。しかも友達は寮で南極からこんな裏話を聞いていた。なんでも学校側は、南極観測基地にいる南極の母親・日空博士に連絡を取り、「日空博士の御子息が選んだ学校!」というキャッチコピーを学校のウェブサイトに載せて生徒募集に使えないか、本気で許可を取ろうとしていたらしいのだ。


「えっ? それってマズくないか?」案内用のテントを一緒に組み立てながら、友達はそれを聞いて呆れた。

宣伝効果がどれほどあるのかは分からないが、どう考えてもあまり良い話には聞こえなかったからだ。


南極は長机を広げながら答えた。「でも日空博士……つまり俺の母さんって、連絡したい時にすぐ連絡が取れるわけじゃないんだ。研究機関や自衛隊を通さなきゃいけないから、手続きがめちゃくちゃ面倒くさくてさ。それに校長先生もその提案にはあまり賛成しなかったみたいで、結局その話はなくなったんだ」


「そういえば、日空ってマジで有名人の息子なんだよな。普段はそんな気配、微塵も感じさせないけど」

パイプ椅子を抱えて運んできた田中廉太が言った。実際、田中たちだけでなく、四六時中一緒にいる友達でさえ実感がないのだ。南極の母親が主婦層の間でどれほど有名人なのかは、おそらく彼らの世代にはピンとこない話なのだろう。


「実のところ、俺自身もよく分かってないんだよね。でも、他の国の研究者たちが母さんに会うと、よく写真やサインを頼んでたからさ。子供の頃は、それが研究員としての『記録作業』の一部なんだと思ってた。南極のあちこちにいるペンギンの群れを写真に記録するのと同じ感じでさ」と南極は笑った。


自分の母親を「フィールドワークで観察されるペンギン」に例えるとは。この発言には友達も田中も呆気にとられたが、南極の思考回路がたまに常人離れしているのはいつものことだ。田中は友達にコソコソと耳打ちした。

「時々思うんだけどさ、日空と一緒にいると、友達の方がよっぽど日本人らしく見えるぜ」


「確かに、日空は日本人っぽくない時が多々あるな」友達も田中の言葉に同意した。


新学期の準備作業に追われながら、友達はふと、自分が台湾からの留学生として初めて阪海工の門をくぐった「去年の入学式」のことを思い出していた。そういえば、あの時最初に声をかけてくれたのは藤田迅真先輩で、その次が佐久間先輩だった。当時の佐久間先輩は、わざと意地悪して「ともだち(友達)君」なんて呼んできたっけ。


「早いよな。もう一年経っちゃったのか」校門で忙しく準備を続ける生徒たちを見ながら、南極が感慨深げに言った。


「そういえば、日空が入学式の時に考えてたことって何だったの?」

田中と一緒に寮の入寮受付部門へ移動する前、友達は案内所に残る南極に尋ねた。


南極は少し考えてから、ニカッと笑って友達に言った。

「本物のイチゴパフェが食べたいなぁ、って考えてた」


「はぁ? 何だよそれ」友達には、南極のその斜め上の答えの意図が全く理解できなかった。



※※※※



「おはよー、岩~崎~く~ん!」

「はあ? なんで神崎かんざきがここにいるんだよ。こっち来んな」

「またまた~、岩崎くんどしてそんなツれないのさ。もしかして照れてる?」

「だ、誰が照れてるか! 違うっつーの! このバカ!」


岬阪町みさきざかちょうの住人、あるいは電車でこの駅に降り立った者が市立岬阪海洋工校へと向かうには、必ずこの「岬阪海商店街」を抜けなければならない。それが阪海工はんかいこうへの最短ルートだからだ。伝統的な学ランに身を包んだ新入生の岩崎隼人いわさき はやとは、登校初日から思いがけないアクシデントに遭遇していた。


中学を卒業して地元に戻ってきたばかりの彼にとって、こんなに早く知人と鉢合わせるとは思ってもみなかった。しかも、最高に鬱陶しいタイプのやつに。神崎条かんざき じょうの満面の笑みを見た瞬間、岩崎は居心地の悪そうな顔をした。文句を数句吐き捨てて早足で立ち去ろうとしたが、残された神崎はすぐに追いかけてきて、馴れ馴れしく岩崎の肩に腕を回してきた。「ウザい」と神崎を突き飛ばす岩崎。


「岩崎、お前じいちゃんのスポーツ用品店からこの商店街まで歩いてきたのか。うわー、さすが体力あるな。まさに『ほねのある奴』だぜ」


「『骨のある奴』の使い方が間違ってんだよ!」


岩崎は、神崎の極道用語の誤用に辟易していた。こいつは映画、特に70年代から80年代にかけて高倉健たかくら けん菅原文太すがわら ぶんた松田優作まつだ ゆうさくらが主演した極道・任侠映画をこよなく愛しており、事あるごとにこうした奇妙な専門用語を好んで口にするのだ。


「そもそも、なんでお前がここにいるんだよ?」岩崎が尋ねると、神崎は逆に問い返してきた。「岩崎こそ、なんでここにいるのさ?」


「お前な、俺が先に聞いたんだろ……」岩崎は神崎を睨みつけたが、彼には全くダメージを与えられなかったようで、神崎は「こわーい、こわい」とヘラヘラ笑うだけだった。しかし岩崎が本気でキレる前に、自分がここにいる理由を明かした。「母さんに新しい相手ができてさ。今年、そのおじさんと再婚(二度目の結婚)するかもなんだ。そのままあの家にいるのもちょっと気まずいから、少し実家から離れたこの学校を受験して、親父のところに引っ越してきたってわけ」


「……お前、意外と正直に話すんだな」神崎の包み隠さない事情を聞き、岩崎の怒りは半分以上削がれていた。そこで今度は神崎が追及した。「で、岩崎くんは?」


「俺は、野球をやるために来たんだ」と岩崎は答えた。


祖父から、その旧友である高橋たかはし元監督が阪海工の野球部にいた頃の話を聞いたからだろうか。あるいは、以前何かの理由で学校をサボって地元に帰ってきた時、自転車でフラフラと阪海工の潮風しおかぜ球場へ行き着き、そこでたまたま一試合を観戦したからだろうか。


あれは野球部の学年対抗の紅白戦だったはずだ。岩崎が覚えているのは、自転車を引きながらフェンス越しに試合を眺めていた時のこと。試合はすでに終盤に差し掛かっていた。最終回のマウンドに、白組は突然リリーフピッチャーを送った。そのピッチャーは他のどの選手よりも小さく、当時中学生だった自分よりも小柄に見えた。にもかかわらず、彼は堂々とマウンドに立ち、そしてボールを受けるキャッチャーはまるで熊のように大柄で屈強なやつだった。


なんだこのちぐはぐなバッテリーは? 帰ろうとしていた岩崎隼人は、思わず足を止めてグラウンドに見入ってしまった。そして、あの小柄なピッチャーがボールを投じた瞬間。最初はなんてことのないように見えたのに、最後にはなぜか、岩崎は自分でも気づかないうちにこのバッテリーのピッチングに完全に目を奪われていた。「あの小柄なピッチャーが次にどんな球を投げるのか」と胸を高鳴らせ、息を呑んで彼のリリースを見つめていたのだ。


試合が終わってみれば、結局白組は負けてしまった。

だが、その阪海工野球部の試合は、岩崎隼人の心に強烈な印象を焼き付けたのだった。


「やっぱりそうか。だって岩崎、前から野球部だったもんな。でも実は俺、ちょっと意外だったんだよね──」神崎条は校門の「入学おめでとう」と書かれた立て看板の近くまで足早に進むと、振り返って後ろの岩崎に言った。「岩崎なら、もっと強豪校からスカウトが来ると思ってたよ。だってこの三年間、お前ずっと背番号1(エースナンバー)だったじゃんか」


「強豪校は野球の技術だけで評価するわけじゃない。学校の成績や、家庭環境(家柄)だって考慮されるんだ。それに……」


俺みたいに、暴力団員の親を持つ子供が声なんてかけられないのは、当然のことだろ。


「そういうこと。だから俺は最初から期待なんてしてなかった」岩崎は口をついて出た言葉だったが、目の前の神崎条は先ほどの軽い態度から一変し、真剣な顔つきで岩崎を見つめて言った。「おい、そんなこと言うなよ。岩崎」


その真剣な表情に岩崎は一瞬たじろいだが、それでも言い返した。「これが日本の現実だろ。刑務所に入れられてるヤクザの親父を持つやつの現実だ。だいたいお前だって、そういう極道映画を見てカッコいいとか思ってんだろ?」


岩崎のその言葉を聞いて、神崎の真剣な顔は一瞬にしてまた先ほどのヘラヘラとした笑顔に戻り、言った。「あらら、そうだっけ? でも映画に出てくるヤクザの兄貴分って、なんていうか……カッコよくて、凄みがあって、男気があるじゃん!」


「……神崎、お前の親父って確か警察官だったよな?」


「そうだよ」


「警察の息子が犯罪組織に憧れるって、どうなんだよ?」


「もちろん、ノープロブレム!」神崎は笑うと、突然校門の前で片膝を軽く曲げ、片手をスッと前に差し出し、まるで極道が筋を通す時の「仁義じんぎを切る」ようなポーズを決めて、岩崎隼人に向かって口上を述べ始めた。


「お控えなすって……」


そして、神崎の独壇場が始まった──。


「わたくし、生まれも育ちも岬阪町です。岬阪海商店街の風に吹かれて成長いたしました。親父は岬阪町派出所のサツ、姓は神崎、名は条、人呼んで『野球部映画オタク神崎』と発します!」


語尾に巻き舌(べらんめえ調)を交えるだけでなく、神崎条は自分の名前を名乗る際、わざと力強く長音を響かせた。岩崎隼人はその光景に唖然とした。周囲を行き交う人々も、神崎のこの奇妙な行動をチラチラと振り返り、クスクスと忍び笑いを漏らしている。


恥ずかしさで顔から火が出そうになった岩崎は、神崎の首根っこを掴んで引っ張っていった。

「お前ってやつは! 一体またどの映画からそんな古臭くて訳の分からない挨拶を覚えてきたんだ! 白昼堂々、大勢の人の前でこんなことして、恥ずかしくないのかよ!」


「へへっ、いいじゃないか!」


岩崎に引きずられながら、神崎は笑って言った。「さっき、みんなこっち振り向いて見てたろ? きっと心の中で『あいつら何バカなことやってんだ』って思ってるはずさ。そうすれば、後で誰かがヤクザの息子がどうのこうのって噂話をしても、入学式の日にあんなおかしなことやってたなって思い出して、結局は『ヤクザ映画にかぶれた中二病の二人が、ただの極道ごっこをしてただけ』ってことになるだろ?」


「お前ってやつは……本当に呑気だな。俺はそんな余計なお世話、頼んでないぞ」


岩崎はそう言った。心の中では少し腹を立てたいような、でもどうしても神崎に対して怒れないような、そんなもどかしい感情に挟まれていた。そして、神崎をその場に残したまま、クルリと背を向けて校舎の方へと歩き出した。


岩崎隼人が背を向けて歩き去る姿を見送った神崎は、それ以上追いかけようとはせず、ただ小さくため息をついて呟いた。


「家庭環境とか、家柄なんてクソ食らえだ。俺だって元野球部だからな。ピッチャーとしての岩崎くんがどれだけ凄いか、俺が一番よく知ってる。家庭の事情なんかで人の価値を否定するような強豪校なんて……」


府大会で全部、初戦敗退(ボロ負け)しちまえ!


神崎かんざきのやつは、中学の野球部時代からとにかく目立つ男だった。岩崎いわさきは神崎のことが嫌いなわけではなかったが、彼の一緒にいる場所すべてを強引に盛り上げるあの底抜けのエネルギーには、どうにも気後れしてしまう。嫌いだと言ったり暴言を吐いたりすれば、自分が神崎のような手合いとどう接していいか分からないのを露呈してしまうだけだった。


「あっ!」


神崎から逃げることに必死になるあまり、岩崎は前をよく見ておらず、目の前の人物と軽くぶつかってしまった。相手がバランスを崩したのを見て、反射的に手を伸ばし、学ラン姿のその生徒を支えた。引っ張り起こした瞬間、何か違和感を覚えた。相手がしっかりと立ち上がると慌てて手を引いたが、その生徒からギロリと睨みつけられてしまった。


「すまん、わざとじゃ……」

「前見て歩けよ」


その生徒はそう言い捨てると、岩崎をそれ以上気にかけることもなく去っていった。岩崎はその言葉を聞いて、何か言い返そうとしたが、相手が振り返りもせずに遠ざかっていくのを見て、ただため息をついて再び歩き出した。


新學期が始まったばかりだというのに、阪海工はんかいこうの校内はすでに異様な熱気に包まれていた。学校側が公式に宣伝材料として使ったわけではないが、どうやら文化祭(学園祭)の辺りから、あの世界的な南極観測のスペシャリストであり、女性南極学者の第一人者である日空ひぞら博士の息子が阪海工に通っているという噂が、地元で一気に広まってしまったらしい。大勢の主婦層、さらには男性の父親ファンまでもが案内所に押し寄せ、南極に対応してもらおうと群がっていた。


「あの、日空くん、一緒に写真撮ってもいいかしら?」

「申し訳ありません、校内での外部の方の撮影は禁止されているんです」

「日空博士は今も南極にいらっしゃるの?」

「すみません、母のプライベートなことなのでお答えできません。お気遣いありがとうございます」

「あの、サインとかお願いできる?」

「えっ? 俺のサインですか? すみません、今はちょっとそういうのは……」


南極に一目会おうとする人々があまりにも多いため、南極はなんとか群衆を案内所の脇へと誘導し、本当に案内を必要としている人たちの邪魔にならないよう必死に対応していた。見かねた案内所担当の先生が、南極のために「生徒への補導・盗撮禁止」「生徒への接触禁止」という即席の立て看板を作って掲示するほどだった。


「あの規模、まるでアイドルの握手会だな」流星りゅうせいは、南極がママさんファンたちに追っかけられている様子を見て、思わずそう呟いた。


「本当にすごいな」


男子寮の受付に配置された友達ヨウダも、新学期が始まる前にまさか再び南極がこれほどの群衆に囲まれる大盛況を目にすることになるとは思ってもみなかった。日空南極は自分に好意を寄せてくれる大人たちを相手に必死に笑顔で対応していたが、友達は彼の目を見て、南極がすっかり疲れ果てているのを察していた。やっぱり人気者すぎるのも考えものだな、と友達は思った。休憩時間にでも自動販売機で南極の好きな飲み物を買って、差し入れでもして労ってやろうか。


「あっちに比べたら、もう一方の場所もかなり凄まじいぞ」同じく男子寮の受付を担当していた小林こばやしが、メガネをクイッと押し上げながら、流星と友達の視線を別の場所へと誘導した。


そこも同じく寮の受付デスクだったが、男子寮とは違い、女子寮の受付エリアだった。そこでは、阪海工では珍しい新入生の女子生徒たちが、ある一人の人物を熱狂的に取り囲んでいた。


「わぁ、じゃあ阪海工の吹奏楽部が第一志願だったんだね。すごいなぁ」

「あ、あはは、その、私なんて全然大したことないです」

「今年の学園祭でのパフォーマンス、楽しみにしてるよ。頑張ってね!」

「はいっ! 絶対に頑張ります!」


完璧に整えられたメイク、綺麗にまとめられたヘアスタイル、短めのプリーツスカートに伝統的な男子制服の学ランを合わせた奇抜な格好をしている柴門玉里しもん たまりは、その中性的な声と優雅な言葉遣いで、一瞬にして新入生の女子たちの心を鷲掴みにしていた。


「もしよければ、野球部の応援もよろしくお願いしますね。僕たちの試合には吹奏楽部の演奏がどうしても必要なんです。……ね、栄郎えいろうくん!」


「あ、ああ、はいっ!」同じグループの金井栄郎かない えいろうが慌てて用意していたチラシを新入生の手へと手渡し、誠実な態度で頭を下げた。「もしよろしければ、応援よろしくお願いします」


野球部は運動部ではあるが、学校内で強大な発言力を持つ文化部──コーラス部や吹奏楽部と良好な関係を築くことは、野球部の校內での評判や発展において非常に有利に働く。さらに公式戦に出場する際、これらの部活にブラスバンド応援を頼む必要があるため、一年生の段階から仲良くなっておくことが重要なのだ。


片岡かたおか監督はそう言い、阪海工の三大部活(吹奏楽部、コーラス部、野球部)が主導する合同のチラシ配り(宣伝)計画を立ち上げた。臨機応変に、阪海工に入学してくる圧倒的多数の吹奏楽部の女子新入生の興味を引くためには、女装男子である柴門玉里こそが唯一無二の切り札だと判断したのだ。


「さすが柴門だな、あっという間に女の子たちを集めちまう」栄郎は感心して言った。


「当然ですよ、なんて言ったって柴門玉里サマ(・ ・ ・)ですからね。男でありながらあれほどの美貌を持ちながら、コスプレを拒むなんて本当に……。私、いつか絶対に柴門サマをコスプレ界に引きずり込んでみせます! 女装男子の大手レイヤーに……。あ、はいっ、女子寮の入寮手続きの確認はこちらです」


隣で入寮手続きの受付を担当していたのは、吹奏楽部や一般の部活目的ではない、数少ない一般女子生徒であり、豊里流星の彼女でもある川端紬かわばた つむぎだった。彼女は同時に、柴門の熱狂的なファンでもあった。


紬が元気いっぱいにそう宣言するのを聞いて、栄郎は少し苦笑いしながら「すごい気合いだね」と言った。


「ええ、コスプレやアニメ、漫画、同人誌即売会の話題ならいつでも気合い十分です! ……あ、そういえば。その……こんなこと聞いてもいいのか分からないんですけど、金井くん。一つ聞いてもいいですか?」


紬が急にトーンを変えたのを見て、金井栄郎は不思議そうに尋ねた。「何ですか? 俺、アニメや漫画の話題はちょっと……」


「あ、違うんです。でも、ちょっとは関係あるかも。あの……流星のことなんですけど」と紬は言った。


「豊里のこと?」栄郎は尋ねた。「豊里が何かやらかしたんですか?」不思議そうに首を傾げる栄郎に対し、紬は少しうつむいた。「なんて言うか……別に大したことじゃないんですけど、最近ちょっと流星の様子が気になって……」


「おい! お前、彼女と喧嘩したのか? それなら100パーセントお前が悪いぞ、流星」


「おとなしく謝りに行って、彼女の許しを乞うんだな。さもないとお前みたいな男を受け入れてくれる女なんて、この先二度と現れないかもしれないぞ……な?」


「ああ、確かにその通りだ。このままだと孤独死確定だな」


「うるせーーっ! 宇治川、れん! お前ら二人とも! 俺は紬と喧嘩なんかしてねぇよ! 一体どこの耳でそんなこと聞いてきたんだよ!」


「両方の耳でバッチリ聞こえたぜ」


チラシや備品の荷物を運んできた宇治川と蓮が、自分の両耳を引っ張るジェスチャーをしながら、流星が彼女との付き合いで何か問題を抱えているというお色気(・ ・ ・)ゴシップについて口々に言った。そこで蓮と宇治川は、さっきまで流星の話を聞いていた林友達のところにまとわりつき、彼の体をあちこちペタペタと触りながら言った。「ともとも〜、さっき流星から何を聞いたんだ? 早く白状しろよ」


「吐かないと、身ぐるみ剥いで外に放り出すぞ!」と蓮が脅しをかけた。


流星はただ、最近の彼女との悩みを友達にこっそり相談したかっただけなのだが、まさかそのせいで友達が危機に陥るとは思っていなかった。友達は自分の貞操を守るため、また流星から聞いた話自体そこまで深刻なものではないと判断し、こう言った。「俺たちはただ、漫画研究部の部室の件について話してただけだよ」


「漫研の部室?」


蓮と宇治川はそれを聞くとお互いに顔を見合わせ、それから「ああ……」と何かを察したように、無言で含み笑いをしながら流星を見た。流星もまた二人を見返し、三人の間では「流星」と「漫研の部室」が何を意味するのかが筒抜けのようだったが、友達だけは頭の上にハテナを浮かべるしかなかった。友達はひとまず流星に向かって謝った。「ごめん流星、今の、やっぱり言わない方がよかったよね」


「大丈夫だよ、友達。ただ、こいつらの前であんまりその話題を出したくなかっただけだから」流星はそう言うと、突然立ち上がって言った。「ちょっとトイレ行ってくる。友達、ここ少し代わっててくれる?」


「あ、うん、いいよ」友達は流星の座っていた席へと移動した。すると流星は振り返り、蓮と宇治川に向かって「お前ら、ついてくんなよ!」と言い放った。二人は流星の言葉を聞くと、ただひらひらと手を振り、「はいはい、うるさいなぁ。さっさと小便行ってこいよ」とあしらった。


「やっぱり怒っちゃったのかな?」友達は、自分が深く考えずに流星の話を漏らしてしまったことを申し訳なく思った。


「安心しろ、あいつが本当に怒ってる時はあんな感じじゃないから」と蓮が言い、宇治川も頷いて同意した。「あいつはただ、俺たちにその話題を弄られたくないだけだ。友達に対して怒ってるわけじゃない。俺や蓮に対して駄々をこねて、子供っぽく拗ねてるだけさ。本当に手のかかるガキだな」


「それを言うなら、去年の入学式の時、お前だってわざと俺や流星を遠ざけてただろ?」

「お前、俺にも流星みたいにこの場から立ち去れって言いたいのか?」


蓮が宇治川の過去のわがままをからかうと、今や過去のこだわりを吹っ切った宇治川は、慌てることなく冷静に蓮の挑発を言い負かした。


しかし、言い合いをしていた二人は突然、言葉と視線の中に何らかの「阿吽の呼吸たくらみ」を見出したらしく、不意に声を揃えて言った。「……やっぱり、見に行ってみるか」友達の制止も聞かず、二人は不敵な笑みを浮かべてトイレの方へと歩き出した。


「あの三人のバカは放っておけよ。どうせ散々騒ぎ立てた後には、また勝手に和気あいあいと仲直りするんだから。中学の野球部時代からずっとあんな感じさ」蓮と宇治川が運んできた荷物をリストと照らし合わせていた廉太れんたが言った。


「俺も同感だ。あいつらのことに首を突っ込みすぎると、ろくなことに巻き込まれないからな」小林もそう言ったが、彼のペンを握る手は小さなノート(手帳)の上でせわしなく動き、何かを記録しているようだった。それを見た友達は、小林の優れた情報収集能力を思い出し、尋ねた。「流星と漫研の件、小林は何か知ってるの?」


「うん、知ってるよ」小林は頷いた。「でも、阪海工の野球部にはあんまり関係のない話だけどね」


「え、関係ないの?」友達は小林の言葉に一瞬ポカンとしたが、すぐに小林が「知りたい? それじゃあ、この件は実はね……」と言いかけた。


「あ、あはは、待って! 小林、ごめん、やっぱりいいや」


小林が流星の秘密を語ろうとした瞬間、友達は突然それを遮り、申し訳なさそうに手を振った。その手の位置が小林の顔に少し近かったため、小林は無意識のうちに言葉を止め、目の前の友達を見つめた。友達は小林に向かって言った。「流星が自分から話したくないなら、友達のゴシップを勝手に探り入れるのは、あんまり良いことじゃないと思うんだ」


「だから、やっぱりやめておくよ。ごめんね小林、さっきは自分から聞いといて」友達は笑って言圖。


「いや……気にするな」


小林は、元の位置へと向き直った友達の横顔を見つめた。そこには、一般的な日本人とは少し異なる、どこか彫りの深い台湾原住民(先住民族)としての顔立ちがあった。台湾を愛する自分の両親が持っているようなステレオタイプな画像とは違い、友達の五官は、どこか日常の風景の中に溶け込みながらも、微かに異国の情緒を漂わせている。


友達が流星について語る時、「僕の友達」という言葉を口にした。その瞬間、小林の脳裏にふと疑問が浮かんだ。もし流星や蓮、宇治川が友達にとっての「友達」なら、自分と友達との関係は一体何なのだろうか。そう考えた小林の視線は、少し離れた場所にいる日空南極へと向けられた。林友達と同室で、四六時中べったりと一緒にいる、あの親密な日空。


あの二人の関係は、「友達」という枠を越えた、さらに一歩深く踏み込んだものなのだろうか。


なら、俺とお前はどんな関係なんだ? 俺たちも、友達なのかな?


そんな問いを、小林は最後の最後まで友達に投げかけることはできなかった。


むしろ、自分と友達との関係を曖昧なままにしておくことで、彼は自分なりにその関係を自由に想像し、定義できるのかもしれない。


友達との、境界線の曖昧さ。

「入寮申請……入寮申請……」

「ん? 男子寮の入寮申請の確認? ここだよ!」


入寮申請の窓口を探している新入生を見つけ、友達ヨウダは自ら立ち上がり、ブースの前で躊躇しているその一年生に声をかけた。友達の声を聞いて振り返った新入生は、少し照れたように言った。

「あ、すみません。男子寮の入寮を申請している新入生の岩崎、岩崎隼人いわさき はやとです」


「岩崎隼人くん? オッケー、ちょっと待ってね」

友達は手元の資料をめくり、一秒もかからずに岩崎の入寮申請書を見つけた。


女子寮に比べ、男子寮への入寮者はかなり少ない。大半は通学時間が長すぎる生徒が申請するくらいだ。空き部屋が多いからこそ、暗黙の了解で実質的な野球部専用寮になっている。友達は申請書の写真と、目の前にいる「岩崎」という新入生の顔を見比べた。


(背、高いな……)

友達はこの岩崎という新入生を見上げた。身長は間違いなく180センチを超えているだろう。少し細身に見えるが、肩幅はかなり広い。そして何よりも友達の目を引いたのは、岩崎隼人のその髪型だ。一般の新入生とは違う、見事な丸刈り(坊主頭)。端的に言えば、この後輩は頭の先からつま先まで、全身でこう主張しているようだった。


『自分はもう、野球部に入る準備ができています』と。


「資料の確認、問題ないよ。入寮の手荷物確認は前のカウンターでやってね。荷物は先に寮へ運んでおくから。入寮後に荷物が全部届いてるか確認するために、荷物の引換券チェックリストはちゃんと持っておいてね。岩崎くん」


「…………」


「岩崎くん? 岩崎くん?」


友達は先生から渡されたマニュアル通りに注意事項を読み上げたが、どういうわけか目の前の岩崎隼人は無反応だった。ただポカンと口を開け、なぜか驚愕の表情で友達を凝視している。


「見ーっけ! 岩~崎~く~ん! もう、こんなにデカいのに学校の中だと意外と見つからないんだから。ん? 岩崎?」


岩崎を探し回っていた神崎条かんざき じょうは、ようやく入寮受付のブース前で彼を発見した。先ほどと同じように後ろから驚かしてやろうと楽しげに近づいた神崎だったが、岩崎が受付のブース内に立つある生徒をじっと見つめたままフリーズしていることに気がついた。その生徒はかなり小柄で、岩崎の胸のあたりまでしか背がない。しかし岩崎は、まるで石化魔法でも食らったかのように、直立不動のままピクリとも動かなかったのだ。


そして神崎が少しずつ近づいていくと、岩崎が突然その大きな両手で友達の肩をガシッと掴み、ひどく興奮した口調でまくし立てるのが見えた。


「あのっ、あなたはもしかして、前にピッチャーやってた……あの、阪海工野球部のピッチャーの先輩ですか!? そうですよね!? あの、俺、俺俺っ……あっ! すみません! 俺、別にそういうつもりじゃ……」


突然肩を掴まれ、凄まじい勢いで話しかけられた友達は少しビクッとした。岩崎の早口で途切れ途切れの日本語を頭の中で処理しきれず、辛うじて「試合」「ピッチャー」「野球部」という単語だけを聞き取った。すると目の前の岩崎は一瞬にして冷静さを取り戻し、友達の肩から手を離した。自分の異常な興奮ぶりを反省しているのか、顔を真っ赤にして友達に謝罪した。

「ほ、本当に申し訳ありません。他意はないんです。そ、その、俺はこれで……」


「あの、ちょっと待って、岩崎……くん?」

「あ、はいっ! 先輩!」


立ち去ろうと背を向けた岩崎だったが、後ろから友達に呼び止められ、ピシッと立ち止まって振り返った。すると目の前の小柄な先輩は、被っていた学校の帽子を取り、自分と同じ見事な「野球部の坊主頭」を露わにして、親しげに尋ねてきた。


「俺は野球部二年の、林友達リン・ヨウダだよ。ごめんね岩崎くん、ちょっと聞きたいんだけど……」


『君も、野球部に入るつもりなの?』


目の前の林友達からそう問われ、かつて見たあの小柄な姿と、野球部のトレードマークである坊主頭を前にして、岩崎隼人は何も迷うことなく、顔を赤らめながら力強く答えた。

「はいっ! 野球部に入部します!」


すると林友達は、パァッと明るい笑顔を見せて言った。「そっか。じゃあ、これからよろしくね」


「は、はいっ! よろしくお願いします! 林先輩!」


(こいつ、ある意味じゃ俺よりもよっぽど大げさ(オーバーリアクション)なんじゃないか?)

目の前でテンパって顔を真っ赤にしている岩崎隼人の様子を一部始終観察していた神崎は、心の中でそうツッコミを入れた。そして同時に、ある気まずい問題に直面していることに気がついた。


(……俺、一体どのタイミングで岩崎に声かけりゃいいんだ?)

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