第四九章 ワガママすぎるお願い
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
カキィン──!
快音を残して打球が飛ぶ。二・三塁間へと転がるバウンドの大きなゴロ。向陽のセカンドが一瞬躊躇してスタートが遅れ、「捕り切れない」と悟ったその時、逆方向から飛び込んでくる影があった。「ハム君」ことショートの廣瀬がダイビングキャッチでボールをグラブに収めたのだ。地面に突っ伏した直後、素早く跳き起き、ボールがしっかりとグラブに収まっていることをアピールするように高く手を挙げた。それを見て、チームメイトから歓声が沸き起こった。
「うおっ、さすがハム君、反応はっや!」
「マジで日に日にハムスターっぽくなってるな」
チームメイトたちがそう騒ぐ中、ハム君はダイビングで落ちた帽子を拾って被り直し、グラブをポンポンと叩いて次のプレーに備えていた。
ファーストの小早川の近くに立っていたマネージャーが言った。
「ハム君があんなに真剣なの、珍しいですね。今回の合宿、ずっと上の空だったのに。まあ、普段からよくボーッとしてますけど、今日は何かあったんですかね?」
「さあな、あいつが何考えてるかなんて分かるかよ……」小早川は適当に返事をした。
実際のところ、小早川は廣瀬一睦のこの変化にそれほど驚いていなかった。ただ、「なんとなく理由は分かるが、詳しくは知らない」という状態だった。なにしろ廣瀬のやつは、いつも説明が支離滅裂で何を言っているのかさっぱり分からないからだ。しかし、あれこれ考えてみれば、あいつが急に真剣になったのは、きっとあの阪海工の「林友達」という少し変わった名前の選手と、何か話がついたからなのだろう。
「小早川〜!」
突然遠くから自分を呼ぶ声がして、小早川がマネージャーと一緒に振り向くと、阪海工の日空南極が手を振っていた。彼はどうやら外野手の「障害物付きのフライ追い込み練習」の最中らしい。これは上級生や監督が外野へ向かって次々とフライを打ち、選手が全力疾走でそれを追いかけて捕球するという、高校野球ではよくある練習だ。難易度を上げるため、グラウンドにカラーコーンを置き、選手が周囲の状況を確認しながらフライを追うように工夫されていることもある。これは、ボールを捕ることに集中しつつ、前方の状況にも気を配れるようにするためだ。実際の試合でフライが上がった際、左右の外野手が同時に追いかけてお見合いになったり、ボールばかり見ていて味方やフェンスに激突して転倒したりするのを防ぐためである。
「あの阪海工の選手、小早川くんの知り合い?」マネージャーが尋ねた。
小早川はどう答えるべきか迷い、一秒遅れて頷いた。「まあ……昨日知り合ったばかりだけど」
目の前にいる「南極」という選手が、全力疾走しながら自分に挨拶し、さらにカラーコーンを避けたり飛び越えたりしながら、最後にはしっかりとフライを捕球するのを見て、小早川牧は心の中で感心した。(あの南極ってやつ、とんでもない身体能力だな。複数のことを同時にこなしながら、あんなに速く遠くまで走っても全然息を切らしてない。合宿がなければ、あんな恐ろしい爆発力を持った選手がいるなんて知る由もなかったぜ。だけど、欠点は……)
「南極! もっと真面目にやりなさい! 他校の練習の邪魔をしない!」
女性の声ではあるが、片岡先生のその大声の怒声は、向陽高校の田中監督が彼らを怒鳴りつける時の迫力に全く引けを取っていなかった。女性監督とはいえ、やはり「監督」という肩書きを持つ人間は、どこの学校であっても同じように恐ろしいものらしい。小早川はそう思いながら、大声で謝りながら頭を掻いて照れ笑いしている南極の姿を見て確信した。この日空南極という選手の欠点は、「あまりにも警戒心(心眼)がなさすぎる」ことだ。
なにしろ昨日、ほんの少し言葉を交わしただけで、日空南極は「自分はピッチャーをやりたいのに、ストライクを入れるのが苦手だ」という悩みを、初対面の小早川にペラペラと全部喋ってしまったのだ。いくら合宿中とはいえ、いずれ戦うかもしれないライバル校の相手に、自分の弱点をあっさりと暴露してしまっていいのだろうか? 小早川は困惑したが、よく考えれば自分も同じように、相手に対してハム君の愚痴をこぼしまくっていた。そしてその愚痴を聞いた途端、阪海工の日空南極は一瞬にして小早川に深く共感してくれたのだ。
「うわぁ、それめっちゃ大変だな」
昨日の夜。小早川の愚痴を聞いた瞬間、友達が廣瀬と一緒にどこかへ行ってしまったことでキレていた南極の態度は一変した。小早川を睨みつけていたあの超絶に恐ろしい目つきが、パッと「お前も本当に苦労してるんだな」と同情するような表情に変わったのだ。おかげで小早川は、「他校の野球部に悪い印象を与えてしまったのではないか」という懸念を少しだけ拭うことができた。
「ハムのやつ、中学の頃からずっとあんな感じで超マイペースなんだよ。急に『ピッチャーやりたい』って言い出したかと思えば、プレッシャーに耐えられなくて、打たれるとヘコむからってすぐにやめちまう。じゃあ次は『キャッチャーやる』って言い出して、でもずっと座ってられないし、サインや戦術も覚えられないからって監督を怒らせる。その後も外野やったりファーストやったりして、ようやく今のショートの位置に落ち着いたんだ。なのに今度は『ショートってどこに立ってボール捕ればいいか分かんない』とかブツブツ文句言いやがって。あいつのポジションを決めるために、周りがどれだけ苦労したと思ってんだよ、マジで」
「なるほどなぁ。あ! そっか! ポジションって、そんなにコロコロ変えてもいいのか?」
南極は頷きながら聞いていたが、突然何かのキーワードに反応したかのように、小早川牧にポジション変更について尋ねてきた。
「ん? 変えてもいいって言うか、最初に始めたポジションと最終的に試合に出るポジションが違うことなんてザラにあるぞ。監督がお前に合ったポジションを見つけてくれることもあるし、自分で『このポジションをやりたい』って必死にアピールして勝ち取ることもある」
小早川はそう言いながら、少し困惑したような表情を見せた。小学生の頃から野球を始めて、彼自身も様々なポジションを経験してきた。もちろん、最初は誰もが一番カッコいい「ピッチャー」をやりたがる。だが結局のところ、本当に投手の素質がある奴や、挫折せずにこだわり続けられる奴以外は、小早川も含めて別の自分に合ったポジションを探すか、あるいは監督からコンバートを命じられることになる。
小早川が「自分がスタメン(レギュラー)を勝ち取るには、どのポジションを狙うべきか」を真剣に考え始めたのは、中学二年の頃だった。当時、彼はファースト、セカンド、そしてショートのどれにするかで悩んでいた。ではなぜ、最終的にファーストを選んだのか?
小早川はほとんど「自分が一番適応できたポジションだから、自然とそこを選んだのだ」と自分自身に言い聞かせていた。
しかし、心の奥底ではハッキリと分かっていた。ショートを狙っても廣瀬の圧倒的なセンス(天賦の才)には絶対に敵わないし、セカンドは……ずっと吉田のポジションだった。それに、ショートの廣瀬とセカンドの吉田、あの二人の二遊間のコンビネーションは、自分が間に入るよりもずっと息が合っていた。その事実を痛いほど分かっていたからこそ、小早川はファーストのレギュラー争いを選ぶしかなかったのだ。
幼い頃から一緒に野球をしてきた親友だとは言っても、小早川牧はいつも、廣瀬と吉田の二人から自分だけが仲間外れにされているような疎外感を感じていた。吉田と廣瀬の結びつきは誰よりも強く、親密で、廣瀬に至ってはまるでハグをねだる小動物のように吉田にべったりとくっついていた。
そんなこと、あのハム君は俺に対しては一度だってしたことがないのに!
俺だって親友だろ! なんで吉田にばっかり甘えんだよ!
俺じゃダメなのかよ? 俺だって、俺だって……俺だって抱きつかれたり甘えられたりしたいんだよ! クソハムが!
何か問題を起こして俺に頼み事がある時だけ、すり寄ってきやがって! 現実主義の薄情者め!
そうやって毒づいてはみるものの、小早川自身も「自分が廣瀬という親友を激甘に甘やかしている」ことを自覚していた。口では「先輩たちはハム君を甘やかしすぎだ」と文句を言っているが、小早川もよく分かっている。自分自身も、廣瀬をダメにしている「甘やかし要因」の筆頭であるということを。
「ここなら、誰も来ないよ」
林友達は、向陽高校の廣瀬一睦を連れて、阪海工男子寮の屋内にある唯一の自動販売機のコーナーへとやって来た。真昼間であっても、ここは常に薄暗いオレンジ色の電球が点灯しており、人目につきにくい、寮内のミステリアスな死角(穴場)だった。
廣瀬がこの空間を珍しそうにキョロキョロしていると、友達が尋ねた。「ハム君、何か飲む?」
「コーラ! コーラ! コーラある? 俺コーラ飲みたい!」とハム君が言った。
やはり、監督から禁止されている炭酸飲料ほど、人目のつかない場所では高校球児の欲望を掻き立てるらしい。しかし残念なことに、この自販機にそんな気の利いたものはなく、結局二人はスポーツドリンクを飲むしかなかった。
「で、ずっと俺を探してたみたいだけど、一体何が言いたかったの?」友達が尋ねた。
「あ、そうだった……」
飲み物を飲みながらこの狭い空間に気を取られていた廣瀬は、あやうく友達と二人きりになった本来の目的を忘れるところだった。しかし、こんな時に限って、小早川のあの仏頂面が頭に浮かんだ。『他校の人に迷惑をかけるなよ』と睨みつけてくる、あの目が。
「じゃあ、言うね。えっと……これ聞いても怒らないでよ?」
「うん。で?」
「そんな感じなのに、どうして野球続けてるの?」
「えっ?」突然廣瀬にそう言われ、友達は一瞬ポカンとした。
廣瀬に悪気はないのだろうが、「どうして野球続けてるの?」という言葉は、日本語のニュアンスとしては相当失礼な部類に入る。あまりにもストレートすぎて、挑発だと受け取られかねない。チームメイトや友人同士でも滅多に口にしない言葉だ。いくら廣瀬が前置きをしたとはいえ、どう聞いても極めて無礼であり、下手すれば両校のトラブルに発展しかねない発言だった。
(ああ、なるほど)
友達は廣瀬の言葉を聞いて、クラスメイトの青木陽奈が以前言っていたことを思い出した。これが俗に言う「空気が読めない」、何も考えずに言葉を発する無神経な人間というやつか。(もっとも、あの時陽奈は、友達と南極の二人が状況を分かっていないことを説教するためにその言葉を使ったのだが。)日本でしばらく生活してきた友達は、ここに来て初めて「日本人の遠慮のなさ(ド直球さ)」というものを実感した。
「なんで野球を続けてるかって? 変な質問だな。俺がまだ野球をやりたいからに決まってるだろ?」友達は答えた。
幸いにも友達が台湾人だったことが功を奏した。廣瀬の言葉を頭の中で中国語に変換した際、中国語のニュアンスでは日本語ほど攻撃的な意味合いにはならなかったのだ。そのため、友達にとっては少し引っかかる言い方ではあったものの、廣瀬の必死な表情や言葉の響き、そして中国語の語感のおかげで、発言の無礼さはだいぶ軽減されていた。
「えっ? えっ! な、な、なんだ、そういうことか! じゃあ、本当は野球やりたくなかったの!?」
「……ハム君? えっーと、ごめん、何が言いたいのかよく分からないんだけど……」
「あ、ごめん。そ、その、えっと──野球をやめちゃうことについて! そういうことについてなんだけど、じゃあ、吉田がやりたくなかったの? 吉田はもう野球をやりたくなかったってこと!?」
「あのさ……ハム君……」
自分の日本語力がまだ足りないせいかもしれないが、友達からすれば、廣瀬が焦りすぎて完全に言葉が支離滅裂になっているようにしか見えなかった。しかも廣瀬は興奮のあまり、両手で友達の肩をガシッと掴んできたのだ。廣瀬の手に力は入っていなかったが、友達は(今ここが二人きりで本当に良かった)と心底思った。
もしこれを南極に見られていたら……。そう思うと、友達は思わず背後を盗み見し、南極の姿がないか確認してしまった。もし自分が他校の生徒にこんな風に詰め寄られているのを見たら、あの南極のやつは間違いなくハム君並みに発狂するだろう。その点において、南極は「友達」に対する独占欲が異常に強いタイプだと友達は感じていた。台湾の親友である余馬耀に少し似ている部分がある。
「あのさ、何の話してるの? 吉田って誰?」
「え? 吉田? セカンドの吉田だよ。チームでいつも先頭を走ってて…………あっ」
廣瀬は喋っている途中で、次第に自分がとんでもない勘違い(混同)をしていることに気がついた。無意識に友達の肩を掴んでいたことにもハッとして、慌てて手を離した。先ほどの自分の言葉と行動を思い返し、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。耳の先まで真っ赤に染め、気まずそうに友達を見つめ、数秒の沈黙の後、深く頭を下げて謝った。
「ごめん……」
「ハム君……」友達自身は、先ほどの廣瀬の行動をそれほど気にしていなかったが、廣瀬が口にした名前に少し興味を惹かれ、尋ねた。
「その『吉田』って人、ハム君のチームメイトなの?」
※※※※
その頃、グラウンドの監督室では。
阪海工と向陽高校の両監督が、午前中に行われた二年生の練習試合の反省点を交換し合いながら、自ら車を運転してすでに球場に到着していた現役の中日ドラゴンズ選手・片岡和義と、午後の指導に向けた打ち合わせを行っていた。
「この度は、わざわざ学生の指導のために足を運んでいただき、本当にありがとうございます、片岡選手」
「いえいえ、とんでもない。私もただのしがないプロ野球選手ですよ。妹の里子に頼まれたとはいえ、高校球児たちを指導し交流できることを、私自身も非常に楽しみにしておりましたから」
「……立場上必要なのは分かってるけど、二人ともそういう堅苦しい話し方、これ以降はやめてくれない? 頼むから」
白井先生が立ち上がり、プロ野球選手である片岡和義に対してガチガチの敬語で感謝を述べ、片岡和義もまた白井先生に丁寧すぎる敬語で返す。同僚であり、かつ実の妹である片岡里子にとって、その二人のやり取りは見ていてむず痒く、ひどく居心地の悪いものだった。
「確かに、家族が家の中とは違う『仕事の顔』で接しているのを見ると、同席している身としては少し気恥ずかしく感じることもありますね」向陽高校の田中監督がそう言い、中日の片岡和義の方を見て尋ねた。「私がまだプロの現役選手だった頃もそうでした。家族に応援してほしいという気持ちがある一方で、グラウンドでプレーしている姿を家族に見られるのは、なんだか照れくさいような……そんな葛藤がありました」
「ああ、確かにそういうことはありますね」片岡和義は深く頷いた。
田中監督は続けて尋ねた。「片岡選手も、ご家族が試合を見に来られた時は同じように感じられますか?」
「ええ、最初の頃は確かにそうでしたが、正直なところ、しばらくすれば慣れてしまうものです。むしろ、グラウンドで他の選手と接する時の方が、よっぽど気まずい状況になりやすいですよ……」
「と言いますと?」白井先生が尋ねた。
「例えば、何年もコンビを組んで阿吽の呼吸だった相棒が、何らかの理由で突然二軍に落ちたり、出場登録を抹消されたりした時ですね。試合中や練習中、無意識のうちにその相棒や、長年慣れ親しんだチームメイトの名前をポロッと呼んでしまうことがあるんです。間違えたと気づいた時には、今そこに入っている別の選手から『何言ってんすか?』って目を向けられて……あの瞬間の絶妙な気まずさと言ったら。……でも、試合中だからそのまま何事もなかったかのように続けなきゃいけないんですけどね」
「うわぁ、怖っ。あんた、まさか本当にチームメイトの名前を呼び間違えたりしたことあるの?」片岡里子は眉をひそめ、実の兄である和義を問い詰めた。
「正直に言うと……何度かあるな。でも、実際多くの選手が少なからずこういうミスをやらかしてるんだぞ。同じチームのチームメイトとはいえ、全員と親しいわけじゃないし。それに、長年苦楽を共にしたチームメイトが突然引退したり、トレードでライバル球団に引き抜かれたりすることもある。プロの世界じゃ当たり前のことだと分かっていても、頭がそれに適応するまでにはどうしても時間がかかるんだ。……育成枠で入団しても、数年やって『自分には才能がない』と見切りをつけ、一度も一軍の華やかな舞台に立つことなく去っていく選手だっているしな」
「そう考えると、野球というスポーツは、人々に感動と興奮を与えてくれる素晴らしいものですが……それがいざ『仕事』となり、結果を出せるかどうかのシビアな世界になると、途端に残酷なものに変わってしまうんですよ」
片岡和義のその言葉に、その場にいた指導者たちは皆、深く頷き同意した。
「だからこそ、私は高校野球や大学野球が好きなんですよ」片岡和義は笑顔で言った。「学生たちが白球を追いかけ、どうすれば上手くなれるか悩み、勝って腹の底から笑い、負けて涙を流す。そういう姿を見ていると、自分がただ純粋に野球を楽しんでいた頃の気持ちを思い出せる気がしてね」
「でも、純粋さだけじゃ甲子園には行けないわよ」片岡里子が口を挟んだ。
相手が実の兄であるため、里子は遠慮やオブラートに包むことを一切せず、ズバッと言い切った。「それに、もし純粋すぎるままプロの世界に入ってしまったら、それこそ現実とのギャップに苦しむことになるわ」
「ええ、その通りです。それこそが、高校野球の教育における最大のジレンマなんですよ」田中監督が静かに応じた。
田中監督も考え込んだ。しかし、白井先生だけは気づいていた。そう言い放った片岡里子の表情が、決して刺々しい批判などではなく、むしろどこか憂いを帯びていることに。それはまるで、自分自身の過去の高校野球生活を振り返っているかのようだった。女子プロ野球選手がどのような困難に直面するのかは分からないが、プロという厳しい道に足を踏み入れた以上、どの道も決して平坦ではないということだろう。
「そろそろ、午後のプロ選手による指導の細かい打ち合わせに戻りましょうか」
最初に本題へ引き戻したのは白井先生だった。もちろん、彼自身もこのプロの世界についての話題をもっと掘り下げてみたい気持ちはあったが、何はともあれ、今回の野球部員たちの合宿指導こそが最優先事項だからだ。
※※※※
「友達くん、怒らないでね」
「怒ってないよ」
「だって、前に吉田にはすごく怒られたから」
「ハム君、俺は本当に怒ってないって」
「ほんと? 怒ってない?」
「うん、怒ってないよ」
この「怒ってる?」というやり取りは、さっきからもう三回目だった。友達は、廣瀬が自分が本当に怒っていないかどうかを、ひどく慎重に探っていることに気がついた。だが全体として見れば、友達はやはり廣瀬が何を言いたいのかさっぱり分かっていなかった。唯一分かったのは、どうやらその「吉田」という人物が原因で、廣瀬の一連の突拍子もない行動が引き起こされているらしい、ということだけだ。
ついに友達が怒っていないことを確信し、廣瀬はそこで初めてあの「吉田」のことについて話し始めた。そこで友達は、廣瀬と吉田の二遊間のコンビの関係性について、大体の事情を把握した。
中学の頃から、ショートの廣瀬はずっとセカンドの吉田とコンビを組んでいた。彼と吉田、そして小早川の三人は、同じ小学生の野球クラブ(少年野球チーム)にいた頃からの付き合いだ。廣瀬は、この三人でずっと一緒に野球を続けていくものだと信じて疑わなかった。しかし、中学を卒業する年になって、これまでずっとセカンドを守ってきた吉田が、突然「もう野球は続けない」という選択をしたのだ。
「その……野球をやめる理由については何か言ってたの?」友達が尋ねた。
そう質問すると、廣瀬がじっと自分を見つめていることに気づいた。その目は「これを言ってもいいのだろうか」と思案しているようで、先ほどのやり取りを経て、また相手を怒らせるようなことを言ってしまうのではないかと躊躇しているのがありありと見て取れた。
「友達くんってさ、すごく小柄だよね」最終的に、廣瀬はそう口にした。
確かに、身長180センチほどある廣瀬の前に立つと、友達はかなり小柄だと言える。特に、身長190センチで大柄な南極のそばにいることが多いため、視覚的にはさらに小さく見えてしまう。友達が廣瀬のその言葉について深く考える間もなく、廣瀬は続けてこう言った。
「それだと、野球やるのにすごく不利じゃない?」
ああ……。
なるほど、そういうことだったのか。
その言葉を口にした廣瀬のトーンと表情を見て、友達は、自分が吉田ではないにもかかわらず、なぜ廣瀬がいつも自分をじっと見つめていたのか、そしてなぜさっきあんなにも緊張して支離滅裂なことを言っていたのか、その理由がなんとなく分かった気がした。
つまり、廣瀬一睦の目に映っていたのは、林友達ではなく、彼と背格好が似ている親友の「吉田の面影」だったのだ。
「えっ、なんで!? 急に野球部に入らないとか言って」
「急になんて言ってないだろ。高校に上がったらもう野球はやらないかもって、前から言ってたじゃないか」
向陽高校の一年生になった廣瀬は、向陽高校野球部の入部届を手に、放課後、吉田と小早川の三人で一緒に部活見学に行こうと、休み時間に吉田のクラスへと駆け込んだ。しかし、吉田はその入部届を見るなり廣瀬に突き返し、先ほどのような「もう野球はやらない」という言葉を口にしたのだ。
「だって、俺のこの体格と身長じゃ……高校で野球を続けるなんて、やっぱり無理があるよ」
吉田はそう言いながら立ち上がり、自分より頭一つ分高い廣瀬に手を伸ばして触れた。
「ほら、見てみろよ。小学生の頃は、廣瀬も小早川も俺より少し高いだけで、背丈はほとんど同じだった。でも今の俺じゃ、もうお前たちにはついていけないんだよ。身長も、体重も、技術も、そして……野球をやりたいっていうモチベーションすらも」
「うん、とにかく……もう続けたくないんだ」
「お前、何言ってんだよ?」
廣瀬には、なぜ吉田が急にそんなことを言うのか理解できなかった。突然歩き出した吉田の後を慌てて追いかけ、言った。
「ふざけるなよ、吉田。小早川だって野球部に入るって言ってたぞ。だから……」
「廣瀬……」
廊下で廣瀬に背後からガバッと抱きつかれ、吉田は困惑しながら、自分に巻きついた廣瀬の腕を引き剥がして言った。
「やめろよ。俺はもう野球部には入らないって言っただろ。小早川がいるじゃないか」
「でも、昔約束したじゃんか! 中学も、高校も、大学も、ずっと一緒に野球やるって!」
「それ、いつの話だよ廣瀬。俺たちまだ小学生だっただろ。それに正直言うとな……廣瀬が中三の時には、俺、もうすでに少し諦めかけてたんだよ」と吉田は言った。
「なんで!?」
「なんでって、今その理由を言ったばかりだろ?」
廣瀬がこういう人懐っこくて粘着質な性格だとは分かっていたが、吉田は少し苛立ちながら、野球部に入りたくない理由をもう一度説明しようとした。しかし、その言葉が終わる前に、廣瀬が痺れを切らしたように遮った。
「そんなこと、どうでもいいだろ! なんで野球続けないんだよ!」
「俺は、お前と一緒に野球がしたいんだよ」
廣瀬のその理不尽な態度と、「そんなことどうでもいい」という言葉に、吉田の理性の糸がプツンと切れるのを感じた。廣瀬の「一緒に野球をやろう」という自分勝手な言い分に強烈な怒りが込み上げ、吉田は廣瀬をドンと突き飛ばした。その勢いに廣瀬は一瞬呆気にとられ、吉田を見つめた。
ちょうどその時、廣瀬と吉田をそれぞれの教室へ探しに行って見つけられなかった小早川が、廊下で吉田が廣瀬を突き飛ばす瞬間を偶然目撃した。二人の友人が、昔のようにただじゃれ合っているだけだと思い込み、無意識に駆け寄って声をかけようとした。しかし、吉田が廣瀬に向かって放った言葉を耳にして立ち止まった。
「お前、いい加減にしろよ、廣瀬」
「何が『どうでもいい』だ。お前が大事だと思ってることだけが、すべて正しいとでも思ってんのか? 俺がどうしたいか、野球をやるかやらないか、お前には関係ないだろ!」
「吉田? 廣瀬?」
目の前の状況を見て、小早川はただ事ではないと悟った。昔から廣瀬はよく癇癪を起こして吉田や小早川を困らせていたが、吉田が本気で怒って廣瀬を突き飛ばし、そのまま無視して立ち去るのを見たのはこれが初めてだった。
この吉田との一件があったからこそ、向陽高校野球部に入部した廣瀬は、確かに並外れた才能を持ちながらも、グラウンドや練習中にしばしば上の空になり、呆然と考え事をしてしまうようになったのだ。
「それで、ハム君?」友達は話を聞き終えても、やはり眉をひそめて廣瀬に尋ねた。「そのことと、俺を探し回ってたことに何の関係があるんだ?」
「その……」廣瀬は頭を掻きながら言った。
「だって友達くんは、吉田よりもさらに小柄なのに、それでも野球を続けてるから。だから、もし友達くんがどうして野球を続けてるのか、あるいは、もしやめるとしたらどんな理由なのか……それを知ることができれば!」
もしかしたら、吉田が戻ってきて、また一緒に野球をやってくれるかもしれないと思って。
「…………」
友達は、そんな自分勝手で自己陶酔的な理屈を並べる廣瀬を見て、「あり得ないだろ」と言わんばかりの表情を浮かべた。「でもさ、ハム君。いくらなんでも……」
俺は吉田じゃない。
「だから、いくら背格好や体重が似てたとしても、俺が吉田じゃないことくらい分かってるだろ? 俺がアドバイスしたり、吉田が野球をやめた理由を一緒に推測したりすることはできる。でも、それはあくまで俺の勝手な予想に過ぎないし、俺の言うことも結局、吉田が言った理由と何ら変わらないかもしれないだろ?」
「そ……そうなのか? で、でも、もしかしたらやっぱり……」
食い下がる廣瀬を見て、友達は少しばかり呆れてしまった。同時に、なぜあの小早川という向陽の選手が血相を変えて廣瀬を探しに来たのか、そして廣瀬の親友である「吉田」がなぜ激怒したのか、その理由がはっきりと分かった気がした。
要するに、廣瀬は「親友が野球をやめた」という現実を受け入れたくなくて、どうにかして事態を好転させられないかと思考を堂々巡りさせた挙句、吉田の面影を重ねた「自分」に執拗に付きまとっているだけなのだ。
「そろそろ部屋に戻ろう」友達はソファに座っている廣瀬に言った。
「うん……」廣瀬は返事こそしたものの、飲み物を手にしたままソファに座って動こうとせず、まるで駄々をこねる子供のようだった。
(こいつ、マジで……)
友達は心の中で思った。なんで自分が突然、他校の選手から「問題解決の鍵」みたいに勝手に扱われなきゃいけないんだと思う反面、野球と親友との間の問題をどうにかして解決しようともがいている廣瀬に対して、少しだけ手を差し伸べてやりたい気もした。
何より、今の廣瀬の姿が、日本に留学する前、台湾を離れることに激しく抵抗し、馴染みの親友たちと台湾で野球を続けたいと願っていた「かつての自分」と重なったからだ。黙り込みながらも何とかしようと行動している廣瀬と比べれば、当時の自分は母親や姉に対して泣き喚き、大声で当たり散らしていた。
だから、廣瀬の抱える理不尽さは到底理解できなくとも、「昔から一緒にやってきた仲間ともう野球ができない」というその一点においてだけは。
廣瀬の境遇に、友達は痛いほど共感できたのだ。
「俺にもさ、高校ではもう野球を続けなかった中学時代のチームメイトがいるよ」
「え?」廣瀬がポカンとしていると、友達は彼の隣のソファに腰を下ろし、話を続けた。
「中にはすごく上手い選手もいて、ベスト4とか準優勝まで行ったのに、高校に入ったら突然野球をやめちゃったんだ」
「ええっ──なんで!? 続けるべきだろ? しかもそんなに凄いチームメイトなのに」
廣瀬がそう言うと、友達は少し考えてから頷いた。「ああ、俺もみんな自分と同じように野球を続けるもんだと思ってた。でも……どうやら全員が全員、高校でも無邪気に野球を続けられるわけじゃないみたいなんだ」
「そうなのか? 吉田と同じ状況ってこと?」廣瀬が突然、友達の知らない吉田の話を振ってきたので、友達は眉をひそめたが、それでも答えた。「吉田と同じかどうかは分からないけど、いろんな理由があるみたいでさ……」
例えば、家庭の事情で野球を続けられなかったり。野球より勉強を優先して、一生野球で食っていくのは無理だと思ったり。ずっと試合に出られなくて、野球が面白くなくなってやめたり。あるいは他に好きなことができて、野球よりバスケの方が好きだし、バスケなら試合に出られるチャンスがあるからって乗り換えたり……本当に、理由はいろいろあるんだ。
「でも……すごく楽しかったのに……みんなで一緒に野球やってた時は……」廣瀬はポツリと呟いた。
「そうだな。一緒に野球をやってる時は、いつも楽しいよな」友達は廣瀬の言葉に優しく寄り添った。
廣瀬はようやく大部屋へ戻る気になった。その帰り道、突然彼が友達に謝ってきたので、友達は意外そうに「どうしたの?」と尋ねた。
「その……俺、すごく鬱陶しかったよね? さっき俺が駄々をこねてた時、友達くんは俺を放って一人で戻ることもできたのに、ずっと話に付き合ってくれた。本当にごめん。先輩たちや監督、それに小早川からも『他校の生徒に悪い印象を持たれるようなマネはするな』ってずっと念を押されてたのに、結局またやっちゃった」
(なんだ、こいつ。俺が根気よく付き合ってやってたことにちゃんと気づいてたのか)
友達は顔を真っ赤にしている廣瀬を見た。体はデカいのに、申し訳なさそうに目を合わせようとしないその姿を見て、これほどワガママな人間がなぜチームメイトから甘やかされているのか、なんとなく理解できた気がした。
そういえば、この「他人に迷惑をかけることを恐れない」感じは、南極にも少し似ている。どちらも厄介な性格なのに、なぜか憎めないのだ。はぁ、自分は本当にこういうタイプを放っておけない性格らしい。友達は心の中でため息をついた。蓮や流星から「優等生」だの「お人好し」だのと言われるのも無理はない。
午後の練習が始まる10分前。廣瀬一睦はようやく大人しく小早川について向陽高校の部屋に戻ってきた。小早川は廣瀬を見て言った。「これで気は済んだか?」
「うん、まあね……やっぱり俺、吉田に謝らなきゃ」
「何が『やっぱり』だ。一番最初に謝りに行かなきゃダメだったんだろ? まったく」
「うん。で、でもさ、小早川。俺、また吉田を怒らせるようなこと言っちゃいそうで怖いんだよ……」
「はぁ!? だったら最初からそんなこと言うなよ、お前ってやつは!」
阪海工の選手のところへ行くのを大目に見てやれば、少しは成長するだろうと思っていたのに、全く進歩していないじゃないか。一体あっちで何を話してきたんだ? 頼むから、向こうに迷惑だけはかけていないでくれよ。もしハム君が他校の部屋に乗り込んでかき回したことが監督の耳に入ったら、俺たち二人だけじゃなく、一年生全員、さらには先輩たちまで連帯責任で終わるかもしれないんだから。
(俺、絶対にみんなから一生恨まれるぞ……)
這段劇情將高校棒球的日常喜劇與競技成長平衡得非常完美!哈姆君與小早川之間的「笨蛋日常」令人捧腹,而南極與友達的投捕互動不僅帶出南極的隱藏天賦,也展現了友達深不可測的棒球底蘊。
以下為您進行日文翻譯,完美還原這份青春喜劇的節奏以及細膩的棒球視角:
第四十九章 ワガママすぎるお願い(ハムの勘違いと、未知なるバッテリー)
「あのさ、ハム君」小早川は言った。「あくまで俺の予想だけど、吉田はあの時一時的にカッとなっただけで、ずっとお前のことを根に持ってるわけじゃないと思うぞ」
「えっ? 本当に?」
小早川の言葉を聞いた途端、廣瀬は距離を5センチ未満までグッと詰めてきた。これには小早川も少しギョッとした。廣瀬とここまで顔が近づいたのは初めてだ。小早川は身を乗り出してくる廣瀬を押し返し、手で制しながら言った。
「合宿に出発する前、学校に来てた吉田に会ったんだ。あいつ、お前の愚痴をこぼしてたけど、怒ってるっていうよりは呆れてる(お手上げだ)って感じだったぞ。むしろ俺が聞きたいよ。お前、また何かやらかしたのか? 吉田はずっと苦笑いしてたぞ」
「えっと、その、うん……実は……」
廣瀬一睦が事の顛末を白状すると、小早川は数秒間呆然とした。怒りが込み上げてくると同時に、「いくらなんでもアホすぎるだろ」という呆れが限界を突破し、爆発しそうな怒りを上書きしてしまった。
「吉田がお前を探してたのに、なんで逃げたんだよ!? ハム君! 答えろ!」
「だ、だって、怒ってる吉田に怒られるのが怖かったんだもん!」廣瀬は必死に弁解した。
(結局のところ、このハムスターは最初から最後まで全員の時間を無駄にしていただけじゃないか!)
チームメイトや俺、吉田だけでなく、吉田に似ているというだけの理由で他校の選手にまで迷惑をかけて。頼むから、林友達、日空南極。絶対に! 絶対に! 俺たちの監督には言わないでくれ。頼む、この通りだ。
小早川は心の中で必死に祈りながら、騒動の元凶であるハムスターを、怒りに任せて部屋の布団の山に向かって蹴り飛ばした。周りの部員たちはチラッと見ただけで、何事もなかったかのように自分の作業に戻った。どうやら、ハム君がアホなことをして小早川に制裁されるのは、チームの日常茶飯事らしい。
※※※※
午後の練習。中日ドラゴンズの片岡和義選手が本当にグラウンドに姿を現すと、周囲は騒然となった。中日のユニフォームではなく、普通のジャージ姿で挨拶をしただけだったが、それでも高校球児たちを大いに雀躍させた。しかしそこで、白井先生から厳しい釘が刺された。片岡選手にサインを求めることは一切禁止。服や帽子へのサインも言語道断、練習中にプロ野球の話題を振ることも禁じられ、ルールを破った者は直ちに練習から外すというものだった。
言い終えると、監督たちは両チームの「最も問題を起こしそうな奴ら」を一斉に睨みつけた。その尋常ではない殺気に、選手たちは思わず「はいっ!」と大声で返事をした。もし本当に度を越したことをすれば、本気でグラウンドからつまみ出されると全員が察したのだ。
予定通り、片岡和義選手の直接指導を受けるのは二年生となり、一年生は午前中の練習メニューを引き続きこなすことになった。ただし今回は、両校の一年生同士の交流(合同練習)が許可された。これを聞いた南極は、向陽高校のあのハムがまたピョンピョンと友達のところに飛んでくるのではないかと警戒したが、意外なことに、ハム君こと廣瀬は片岡先生の指示で、田中や蓮と同じグループに振り分けられていた。
「なんであんなにハム君を警戒してるんだ?」なぜか廣瀬を特別に敵視している南極を見て、友達はその緊張しすぎている様子が少しおかしかった。南極は友達を見て、ため息をつきながら言った。「友達、お前は自分がどれくらい可愛いか、もっと自覚した方がいい」
「何わけの分からないこと言ってんだよ。可愛いって言うなら、ハム君だって結構可愛いだろ」
「えええーっ! ほら見ろ! 友達がすぐ食いついた!」南極が大げさなリアクションをとるので、友達は面白くなり、少しからかってやろうと言った。「俺は日空のことも可愛いと思ってるよ」
「…………ん?」
自分が友達から可愛いと言われるとは予想外だったのか、さっきまで騒いでいた日空南極は、一瞬にしてフリーズしてしまった。急に黙り込んだ南極を見て、友達はやりすぎたかと焦り、「日空? ごめん、冗談だって。お前がいつも俺のこと可愛い可愛いって言うから、ちょっと言ってみただけだよ。怒ってないよな?」とフォローを入れた。
「その、えっと、練習しようぜ!」
「え? 日空? 南極? ちょっ、一体何なんだよ?」
突然「練習しよう!」と強引に話題を逸らして逃げるように走り出した南極を見て、友達は完全に頭にハテナを浮かべていた。
結局、二人は見知らぬ向陽高校の選手たちと同じグループに割り当てられた。意外なことに、彼らは向陽の一年生の投捕コンビだった。しかも彼らは昔からの知り合いではなく、最近になってバッテリーを組み始めたばかりだという。同じくピッチャーでありながらキャッチャーの経験もある友達とはすぐに話が合い、南極もまた新しいピッチングの知識をたくさん吸収していた。
「やっぱり友達の言う通り、ずっとフォークボールの握りで投げちゃダメなんだな」
「だから言っただろ。向陽の二人だって、お前がずっとあの握りで投げてたって聞いて驚いてたぞ」
一般的なピッチャーのストレートの握りは、人差し指と中指を揃えたり、少しだけ開いたりして縫い目にかける。しかしフォークボールは、ボールを両側から指で大きく挟み込み、指先の力を使わない。指先の摩擦を利用する通常の投球フォームとは全く異なるのだ。
さらに違うのは、通常の投球ではボールが手のひらに少し触れるのに対し、フォークは手のひらから完全に離し、指の間(股)の力だけで支える点だ。この握りで投げるとボールに回転がかからず、打者の手元で急激に落下する軌道を描く。しかし、ピッチャーにはこの落差とスピードを正確にコントロールする技術が求められる。リリースが遅れると「甘い」スローボールになり、長打を打たれやすくなる。もう一つは南極のように、完全な大暴投になってしまうパターンだ。だからこそフォークボールの習得は難しく、真に優れたフォークボールの使い手は一握りしかいないのだ。
「開きすぎ。そんなに広く握るなって言っただろ」
友達が南極の握りを直してやろうとすると、南極の手と指が非常に大きいため、すでにフォークボールの握りが悪い癖として染み付いており、通常のストレートの握りに慣れず、無意識のうちにコッソリと指を開いてしまうことに気づいた。
「でも、これだと投げにくいんだよ」南極は不満そうに言った。
「そうやって挟む方が投げにくいんだってば。ちゃんと握れよ」友達はツッコミを入れた。誰もが慣れるのに苦労するフォークボールの握りに対し、南極は逆に通常の握りの方に違和感を覚えるという、普通のピッチャーとは完全に真逆の現象が起きていた。
向陽のバッテリーと話し合い、順番にピッチャーとキャッチャーを交代しながら投球練習を行うことになった。しかし、南極の球を受けた向陽のキャッチャーは、開始早々、南極のすさまじい剛速球大暴投の洗礼を浴びることになった。一球目から恐怖のあまり飛び退いてしまい、ボールはキャッチャーの頭上を遥かに越えていった。もし後ろに審判がいたら、間違いなく胸元に直撃していただろう。
(こいつ、やっぱりダメだな……)
友達は心の中でそう思い、向陽のキャッチャーに怪我をさせないためにも、南極の暴投にすでに慣れっこになっている自分が代わりにキャッチャー用具をつけて座ることにした。相変わらずボール球は多かったが、友達はあることに気がついた。南極のボールの握りを少し修正したことで、大暴投の軌道が少し下がってきているのだ。まだストライクにはならないが、友達から見れば、明らかにいくつかの球は……捕れる軌道になってきている?
パシィィン!
南極の投げたボールが、友達のキャッチャーミットに収まった。ボール球ではあったが、友達はそれをしっかりと受け止めたのだ。
友達は、南極の投球の癖を少しだけ掴みかけているような気がした。例えば今の球なら、南極がリリースした瞬間に「少し左下に向かう軌道だな。さっきのボールよりも少し内角寄りかも?」と直感し、瞬時に判断してミットを動かした。結果として、ボールを落とさずにガッチリと捕球できたのだ。勢いに押されて少しバランスを崩し、尻餅をついてしまったが。
「捕った……」
「あのヤバい暴投を捕りやがったぞ……」
横で見ていた向陽高校のバッテリーは、南極の超高速かつ急激な角度で落下する球を友達が捕球したのを見て、思わずゴクリと生唾を飲んだ。この阪海工の一年生ピッチャーはとんでもない暴投を連発しているが、まさか自分たちと同い年の人間が、あんな球を投げるとは思いもしなかった。
「あのピッチャー、体格も球速も、どう見ても高一のレベルじゃないだろ」
「ああ。でもさ、あの小柄な阪海工の選手の方が、もっとヤバくないか?」向陽高校一年生のキャッチャーは、自分のピッチャーにそう言いながら、南極の次の投球に備えてしゃがんでいる友達を指差した。「あいつ、自分のことピッチャーだって言ってたけど、キャッチャーとしての構えも相当堂に入ってるぞ。それに、あんな高速で落ちる暴投にも全くビビってない。あいつ、嘘ついてるんじゃないか? 本当は……」
「本当は阪海工の『キャッチャー』なんじゃないのか?」
ガシャァン!
しかし友達は、この球では運に恵まれなかった。南極が投げたボールは彼のミットを掠め、背後のバックネットに激しく突き刺さった。
「佐久間先輩の気持ちが、やっと分かったよ」
南極の無数のボール球(暴投)を受け続けた友達は、おにぎりを食べる休憩時間中、南極に向かって意味ありげな笑顔を向けた。南極もまた、友達のその笑顔に苦笑いで返し、「ごめん、わざとじゃないんだ」と謝った。
「まあいいよ。でも、お前の球をこんなに長い時間受けたのは初めてだな。俺たち二人ともピッチャーだから、お互いの球を受けるなんてこと、滅多にないし」
芝生の斜面に寝転がりながら、友達は言った。
「友達、さっき俺の球を受けてもらってる時に、ちょっと考えたんだけどさ……」
「何を?」友達が尋ねた。
「今日、あの向陽高校のハム君が話してたこと。彼とあの吉田って人のことについてさ。友達は、ハム君が一体何を考えてるのか分からないって言ってたよな?」
「ん?……ああ、あのことか」
南極に言われて、友達はようやく思い出した。確かに向陽高校のショートである廣瀬と話した後、南極が知りたがったので大まかに説明したのだ。ただ、廣瀬があまりにも話すのが下手だったため、友達もかなり曖昧にしか伝えられなかった。
「俺が思うに、ハム君は本当は『友達が野球をやめた理由』を知りたいんじゃなくて、心の中で『友達が野球をやめた』っていう事実そのものを認めたくないだけなんじゃないかな。例えば、今の俺がボールを投げる時、黒川軍曹が教えてくれたあの握り方をどこかで信じ切っていて、お前から『普通のピッチャーの握り』や『フォークボールの握り』について教えられても、心のどこかで『自分の握り方が間違ってる』って認めたくないと思ってるのと同じようにさ」
「あんなにたくさんボール球を投げてるのに?」
「うん。あんなにボール球を投げてても、時々『何か別の原因があるんじゃないか』って思っちゃうんだ」
南極のその解釈は、友達にとって完全に予想外のものだった。廣瀬はただ自分を騙すための慰めを探しているだけかもしれない。まさかそんな風に考えているとは思いもしなかったが、南極の推測通りなのかもしれない。すべての事実が目の前に突きつけられていても、廣瀬は依然として「親友の吉田が口にした野球をやめる理由は嘘で、また昔みたいに一緒に野球ができるはずだ」と信じたいのだろう。
「複雑だな……」友達は眉をひそめて考え込んだ。
「仲が良すぎると、こういう面倒なことになっちゃうのかな?」
南極もそう言いながら、わざと友達の真似をして眉をひそめてみせた。
「ははっ、なんで真似すんだよ?」
南極が一生懸命に眉間にシワを寄せているのを見て、友達は思わず吹き出した。
「真似してないぞ。あっ! 俺、ちゃんと投げる時の握り方変えたからな! だから友達のことを信じてないわけじゃないからな!」南極が慌てて弁解するが、友達は伸びをしながら適当に返した。「そんなの、どっちでもいいよ!」
「えっ、何がどっちでもいいんだよ! さっき練習の時、友達全然真面目に俺の球捕ってくれなかったじゃん。ずっとポロポロ後ろに逸らしてばっかりでさ」
「はぁ? お前の球が捕りにくすぎるからだろ! 暴投だし、球は速いし、あっちこっち飛んでくし! 俺は佐久間先輩みたいに優秀なキャッチャーじゃないんだから、全部捕れるわけないだろ」
「知らない。友達が真面目に俺の球を捕ってくれないのが悪いんだ」
南極はそう言うと、首を伸ばし、寝転がっている友達の手にあった食べかけのおにぎりをガブッと一口で奪い取った。そして、おにぎりを全部口に放り込んだまま立ち上がり、逃げ出そうとした。友達はバネのように跳き起きた。
「日空! お前いくつだよ、ガキか! 待てっ!」
口では幼稚だと言いながらも、友達はすぐに立ち上がり南極を追いかけ始めた。遠くからその追いかけっこを見ていた「ハム君」こと廣瀬は、なぜ二人が走っているのかは分からなかったが、それを見て何かを思い出したように、隣で水を飲んでいる小早川に言った。
「小早川、合宿が終わったらさ……吉田を……吉田を呼び出してくれないかな?」
「断る」
「えっ!」
小早川は、きっぱりと断られて呆然とする廣瀬の顔を見ると、手を伸ばして彼の口元についていたご飯粒を取ってやりながら言った。
「吉田に謝りたいなら、自分で誘え。誠意を見せろよ。それに……」
「それに?」
「俺だって……まだ一緒に野球やってるだろ……」
小早川はそう言ったが、その言葉はまるで独り言のようにつぶやくような小さな声だった。
「うん、知ってるよ」
「ん?」
廣瀬の言葉に小早川が振り向くと、このハムスターは満面の笑みを浮かべてこう言った。
「ありがとう、牧」
「……バカハム」
お前のそういうところが、一番ムカつくんだよ……。
小早川牧は顔を背け、手を伸ばして廣瀬一睦の髪の毛をぐしゃぐしゃに撫で回した。文句を言うハムスターの抗議を完全に無視しながら。それは小早川から、この「憎めない」親友への天罰だった。




