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第四七章 名はハムスターの遊撃手

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

「うわっ! 見ろよ、専用グラウンドだぜ! すっげぇ」

「いいなー、いつでも練習できるし、わざわざ公共の球場を借りに行かなくて済むんだな」

「ボールが飛んでって他の部活の邪魔をして、いちいち謝りに行く必要もないしな」


山の中腹にある「潮風しおかぜグラウンド」を見て、向陽こうよう高校の生徒たちは思わず羨ましそうに語り合った。


三学期が終わり、春休み期間中、和歌山の向陽高校野球部と大阪の阪海工はんかいこう野球部は、合同で五日間の合宿と練習試合を行うことになった。三年生が卒業し、一・二年生だけになった現在、両校の野球部員を合わせても約60名ほどで、阪海工の男子寮になんとか収容できる人数だった。


白井しらい先生と片岡かたおか先生も、部員たちに見知らぬ選手との練習や試合を経験させることで、個々の状態をより良く調整できると考えていた。


もちろん、片岡先生にとっては「情報収集(敵情視察)」も目的の一つだった。しかし、向陽高校の田中栄たなか さかえ監督も、阪海工の白井先生も、「敵情を探るよりも選手に経験を積ませること」の方が遥かに重要だと考えているようだった。明言こそされなかったが、指導陣の中で二対一の構図になり、片岡先生もこれを「純粋な他校との交流」と定調するしかなかった。それでも彼女は、「情報が多いに越したことはないじゃない。まったくもう……」とブツブツ独り言をこぼしていたが。


朝のランニング。向陽高校の面々は、阪海工が毎日のウォーミングアップとして走っている、通称「阪海地獄」と呼ばれる上り坂のコースを初めて体験した。朝からいきなり坂道を走らされたため、向陽の選手たちはまだ勝手が分からず、阪海工の生徒たちから少し遅れをとり、二つの集団に分かれてしまっていた。


内輪と外輪という集団意識のせいかもしれないが、一緒に練習しているとはいえ、両校のランニングの隊列は自然と「阪海工」と「向陽」の二つのグループに分かれていた。高校生男子という多感な年頃ゆえに、やはりどう接していいか分からない見知らぬ同年代に対して、照れや人見知りがあるのだろう。


だが、中には例外の選手もいる。生まれつき「人見知り」とは無縁の……。


「先輩、俺たち阪海工からどんどん離されてますよ。追いつかなくていいんですか? 追いつきませんか? どんどん離れてますよ……」


向陽高校一年生の廣瀬一睦ひろせ かずむが、隊列の前に出て二年生の先輩に話しかけた。先輩はやって来た廣瀬を見て言った。

「初めてこのアップダウンのあるコースを走るからな。慣れてない奴もいるし、なるべくみんなで足並みを揃えて行動した方がいい……って、廣瀬、お前何企んでる?」


二年生の先輩は、心の声が完全に顔に出ている廣瀬を見て、さらに先ほどの「早く追いつきたい」という催促から、彼の考えをすぐに見抜いて言った。

「お前、なんでそんなに阪海工に追いつきたいんだ?」


「あの中に、どうしても気になる選手がいるんです、先輩。俺、先に行ってもいいですか? 先に行かせてください、いいですか、いいですか先輩? いいですよね? いいですね? じゃあ行ってきます」


廣瀬一睦は先輩にそう言うが早いか、突然ペースを上げ、前方を走る阪海工の集団に向かって猛ダッシュした。二年生の先輩は驚いて慌てて声を上げた。

「お、おい! 廣瀬! あいつ、相変わらず全然制御不能だな……他校の連中に失礼なことするなよ、廣瀬ー!」


「ははっ、ハム君また暴走したな。あんなに怒られてるのに相変わらずだぜ」

「そこがハム君の面白いところじゃん。でもすげぇよな、いきなり他校の群れに突っ込んでって気まずくないのかな?」

小早川こばやかわ、お前廣瀬と同じ中学出身だろ? あいつ昔からあんな性格なのか?」

「先輩、頼むから廣瀬の手綱は少し引いてやってくださいよ。俺たちまで監督に怒られたくないですから」


廣瀬一睦は、食事中に考え事をしてぼーっとしたり、無意識に食べ物を両頬に詰め込んで頬をパンパンに膨らませたりする癖があり、その姿がまるで食べ物を溜め込むハムスターのようだった。さらに、「一睦かずむ」という名前の響きが、物を噛む「かじむ」という音に似ていることから、友人たちからは「かじむ君」とからかわれていた。それが野球部にも広まり、「かじむ君」からハムスターのアニメ『とっとこハム太郎』を連想させ、最終的に廣瀬のあだ名は「ハム君」へと定着してしまったのだ。


昔から廣瀬一睦は、「思い立ったらすぐ行動する、周りの目は気にしない」というタイプの人間だった。チームのみんなに少なからず迷惑をかけることもあるが、それでも失敗を恐れず、怒られることも厭わずに突っ走れる廣瀬のその性格を、チームメイトたちは意外とありがたく思い、時には羨ましくすら感じているのだった。


廣瀬一睦ひろせ かずむはペースを上げ、潮風しおかぜグラウンドが見えてくる手前で、なんと阪海工はんかいこうのランニング集団の中に飛び込んだ。


突然、向陽こうよう高校の練習着が現れたことで阪海工の面々は驚いたが、廣瀬本人は全く気にしていなかった。彼は前回の食事の時に見かけたあの阪海工の選手のことが気になって仕方なく、ご飯を食べている時も、風呂に入っている時も、トイレに入っている時でさえ、ずっと「あの選手を見つけ出したい」と考えていたのだ。


そしてついに、集団の中央で日空南極ひぞら なんきょくの隣を走っている林友達リン・ヨウダを発見した。ちょうどその時、一行はグラウンド前に到着し、朝のランニングの行程を終えたところだった。


廣瀬は息を切らしながら友達の背後に近づき、突然「やあ、元気?」と声をかけた。これには友達も南極もビクッと驚いた。


「友達、向陽高校のやつだ」

「え、本当だ。あ……えっと、こんにちは。初めまして、俺は林友達です」


友達が目の前の向陽高校の生徒を見ると、彼もかなり背が高いことに気がついた。南極ほどの巨漢ではないが、それでも友達より頭半分ほど大きく、目測で188センチくらいはありそうだ。その向陽高校の生徒は、友達の練習着の胸に書かれた「友達」という二文字を見ると、興味津々に顔を近づけてきた。


(ち、近い……)

友達は戸惑って思わず後ずさった。向陽高校の生徒の顔は、友達の胸の名札からほんの数センチの距離まで迫っていたのだ。


見かねた南極が「ちょっと、お前近すぎないか?」と声をかけた。


そこでようやく、自分が一線を越えてパーソナルスペースに踏み込みすぎていたことに気づいた向陽の生徒は、サッと頭を引っ込めて言った。

「へぇ……『友達』に別の読み方があるなんて、初めて知ったよ」


「あ、それは日本語の読み方じゃないんだ」友達がそう言うと、目の前の向陽の生徒はさらに首を傾げた。

すかさず南極が説明を補足する。「友達は日本人じゃなくて、台湾人なんだよ」


「へええっ! そうなの!? ああ……なるほど、台湾人か! だから日本人と顔立ちが違ったんだ。いやー、びっくりしたよ。ユウ? ユウタくん」


「俺の名前は友達ユウダイ裕太ユウタじゃないよ」友達は苦笑いしながら訂正した。


「あっ! ごめんごめん、許して、友達ユウダイくん」


名前を間違えて訂正され、向陽高校の生徒は両手を合わせてペコペコと頭を下げて謝った。そして、自分がまだ自己紹介すらしていなかったことに気づき、慌てて付け加えた。


「えっと、初めまして友達くん。俺は廣瀬一睦。向陽高校野球部の一年で、ショートをやってる。この数日間、よろしくな! あ、そうだ、俺のことは『ハム君』って呼んでよ。ハム、ハム太郎のハム。チームのみんなも俺のことそう呼んでるから、ハム君で!」


「お、おう。こんにちは、廣瀬……ハム君?」


友達が自分のあだ名を呼んでくれたのを聞いて、廣瀬はパァッと嬉しそうな笑顔を見せた。

「実はさ、俺、友達くんにすごく興味があって、どうしても直接聞いておきたいことがあったんだ。それはね……」


「廣瀬ーっ! お前何やってんだ! 早く戻って列に並べーっ!」


遠くから、向陽高校のチームメイトである小早川こばやかわの呼ぶ声がした。廣瀬ひろせが走り終えた後も他校の集団に居座って戻ってこないのを見て、慌てて呼びに来たのだ。呼び戻された廣瀬は少し眉をひそめ、友達ヨウダに向かって言った。


「ごめん、また後で話せたら話そうね。じゃあな!」


そう言って頭を掻きながら向陽高校の列へ走って戻ると、すぐに小早川からひとしきり説教を食らっていた。


「全然人見知りしないんだな」

廣瀬一睦ひろせ かずむの振る舞いを見て友達が言うと、南極なんきょくは全く気にした様子もなく、ただ笑って答えた。

「他校の選手も友達と仲良くなりたがるなんて、思わなかったな! なあなあ、友達。俺たち、さっきのハム君とも試合するんだよな?」


「うん、たぶんな」友達は答えた。


彼はすっかり忘れていた。自分の隣にいる南極も、向陽の廣瀬と同じように、全く人見知りをしない性格だということを。


和歌山の向陽高校野球部は創部からの歴史が古く、甲子園の歴史に名を残す名門校として知られている。同時に、学業と部活を両立させる「文武両道ぶんぶりょうどう」を実践している。勉強と練習のどちらも時間が限られているため、短時間で最大限の効果を引き出すトレーニング法を主体とし、非常に細分化された練習メニューを展開していた。そのため、普段から比較的マイペースで大雑把な練習をしている阪海工はんかいこうの選手たちは、彼らのテンポになかなかついていけなかった。


廣瀬一睦は、別の組で内野の捕球練習をしている林友達の動きをじっと見ていた。ゴロやフライの処理でいくつか捕り損ねてはいたが、その身のこなしはかなり良い。それに比べて、もう一方の南極の動きは少々物足りないものだった。


観察することに夢中になりすぎて、廣瀬一睦はノッカーの先輩がすでに自分に向けて打球を放っていることに気づかなかった。チームメイトの「ハム! ボール!」という叫び声で、ようやくハッとした。


「おっ! はい!」


他人の捕球に気を取られていた廣瀬一睦が我に返ると、ボールはすでに自分のすぐ近くまで迫っていた。普通の一年生なら完全にパニックになるところだが、廣瀬一睦は迷わず腕を伸ばし、ダイビングキャッチで捕球すると、そのまま前転して立ち上がり、何事もなかったかのようにボールを素早く送球した。


「ナイスキャッチ!」チームメイトが声を掛けた。

さっきまで廣瀬が完全に上の空で、練習に集中していなかったことなど、誰も気づいていなかった。


(あっぶねー。エラーしてたら絶対に先輩に怒られてた)

廣瀬はそう思い、自分の頬をペチペチと叩いて気合を入れ直そうとした。しかし、どこからか「友達ヨウダ──!」と叫ぶ大きな声が聞こえると、我慢できずにまたそちらを振り向いてしまった。


そして、カキィンという打撃音を聞いて再び我に返り、必死に走って打球に飛びつき、捕球するや否や急いで立ち上がって送球した。廣瀬は大きく息を吐き出した。またしてもギリギリで間に合った。自分の反射神経が良くて本当に助かった。


他の誰も気づいていなかったが、別のグループで同じく遊撃手ショートの練習をしていた柴門玉里さいもん たまりだけは、向陽高校の廣瀬一睦のその妙な様子をしっかりと観察していた。

しかし、常に上の空であることよりも、柴門はむしろ「こいつ、ただ者じゃない」と直感していた。


明らかに間に合わないと思われるタイミングの打球でも、この向陽高校のショートは、いつも最後のギリギリの瞬間に捕球してしまうのだ。


柴門の直感が告げていた。この廣瀬という一年生は、向陽高校野球部の中でも、相当厄介で侮れない存在になるだろう、と。


「監督、見てください。ハム君、またボーッとしてますよ」

少し離れた場所で記録をつけていた向陽高校のマネージャーが、廣瀬がダラリと腕を下げたまま、またどこか一点を呆然と見つめているのに気づき、思わず監督に言った。

「少し注意した方がよくないですか?」


それを聞いた田中栄たなか さかえ監督は、二遊間にいる廣瀬に目を向けた。案の定、ポカンとした顔をしている。しかし、少し観察した後、監督は手を振って笑いながら言った。

「問題ない。廣瀬はちゃんとボールを見ている」


「本当ですか?」

マネージャーは意外そうに首を傾げた。どう見ても、彼が捕球に集中しているようには見えなかったからだ。もっとも、これまで一球も捕り損ねていないのは事実であり、そこがまた不思議なところなのだが。


「廣瀬という選手は実に面白い」と田中栄監督は語った。「あいつはいつも上の空だが、瞬時の判断力と、身体の瞬発力がずば抜けて高い。つまり、打球が飛んできたその一瞬で、『どう動けば捕れるか』を瞬時に判断して体が反応できるんだ」


「あれはショートとして非常に優れた才能ね」

その様子を観察していた片岡かたおか先生が言った。彼女と白井しらい先生は二年生の練習エリアにいたが、それでも一年生たちの動きには目を配っていたのだ。片岡先生は白井先生に尋ねた。


「うちの柴門は、果たしてあいつの凄さに気づいているかしら?」


「あっ! 悪い!」


片岡かたおか白井しらいが話していると、バッティング練習中の二年生がボールを打ち損じたのが見えた。学生同士の練習ではよくあるアクシデントだ。ボールは柴門さいもん廣瀬ひろせの中間あたりに飛び、二人ともそのボールを捕ろうと動いた。


廣瀬は身体に染み付いた捕球の感覚を頼りに、落下点に入ってステップを踏み、フライを捕球しようとした。しかし突然、しなやかな体が彼の目の前に割り込んできた。帽子を被った横顔だったが、柴門は視線を少しだけ廣瀬に向けた。その整った美少年の顔は、廣瀬からほんの拳一つ分の距離にあった。パシッ!という甲高い音とともに、ボールは柴門のミットに収まった。柴門はそのまま流れるような無駄のない動きでクルリと反転し、向陽高校の一塁手へ向かって矢のような送球を放った。


なんて綺麗な捕球動作だ。廣瀬が呆気に取られていると、柴門は帽子の位置を直し、礼儀なのか挑発なのか分からない微笑みを廣瀬に向け、そのまま横を通り過ぎていった。


(この阪海工のショート……まるでテレビに出てる芸能人みたいだ)


廣瀬一睦は心の中でそう思った。


「ははっ、どうやら柴門は引く気がないみたいね」片岡は笑顔を見せて言った。

「積極的にアピールするのはいいが、あれは少し挑発的すぎるんじゃないか」と白井が言う。「まだ練習の段階だし、学校同士の練習試合はこれからなんだぞ」


「ハム君、大丈夫か?」


昼食の時間。両校が休憩エリアで弁当を食べている中、廣瀬一睦は相変わらず自分のチームメイトと話している林友達リン・ヨウダをチラチラと盗み見しながら、両頬をパンパンに膨らませていた。チームメイトに声をかけられ、慌ててお茶で飲み込み、プハーッと息を吐いて言った。「何が大丈夫なの?」


「その食い方、なんとかなんねぇのか? ハム君、見てて気持ち悪いんだけど」チームメイトが言った。「さっきの練習の時、あの阪海工のショートに挑発されてただろ?」


「挑発?」廣瀬はそれを聞いて、朝の練習でのワンシーン——二人で一緒にボールを捕りに行ったあの場面を思い返した。チームメイトの顔を見つめ、数秒間の沈黙の後、こう言った。「……あれって、挑発だったの?」


廣瀬の言葉を聞いて、周りの一年生たちは一斉にため息をつき、どうしようもない無力感に襲われた。それを聞いた小早川こばやかわはイライラした様子で廣瀬の額を指で小突いた。「お前、昔からいじめられっ子みたいな顔してるくせに、人にからかわれてる自覚すらないのかよ。もっとしっかりしろ!」


「お、おう、分かった」廣瀬が頷き、ふと顔を向けると、弁当を食べ終えた林友達が席を立つのを見つけた。彼は慌てて弁当の残りを全部口に詰め込み、「ごちそうしゃま!」とモゴモゴ言いながら、急いで林友達の後を追いかけた。


「ハムのやつ……全然話聞いてねぇじゃん……」小早川は、またしても阪海工の輪に向かって走っていく廣瀬を見て、盛大にため息をついた。もう勝手にしてくれという顔だった。


「ユウダイ! えっ……ヨウダ? ユウタ?」

「うわあっ! おっ……ハム君!? びっくりした……」


昼食後、グラウンド裏のトイレ(小便器)で用を足していた林友達は、背後から突然廣瀬一睦の声がして飛び上がった。手が震え、あやうくおしっこを外にこぼしそうになった。


「あっ、ごめん! 驚かせるつもりじゃなかったんだ、ユウダ」と廣瀬が言った。

「俺の名前は友達ヨウダだってば」友達は呆れ顔で言った。「まさかお前、トイレまでずっとついて来たのか?」


「うん」言い訳もせず、廣瀬は素直に頷いた。「友達くんにどうしても言いたいことがあってさ、それはね……」


「あ、あのさ、ハム君……」友達は困惑しながら、知り合ったばかりで自分の真後ろに張り付いている向陽高校のショート・廣瀬一睦に視線を向けた。廣瀬の目が小便器の方に向けられ、「ほほぅ」と謎の感嘆の声を漏らしているのを見て、友達は恥ずかしそうに言った。「近すぎて、おしっこ出ないんだけど……」


「えっ? あ、ああ……ごめんごめん!」廣瀬はようやく後ずさりし、トイレの外まで退避して言った。「じゃあ外で待ってるからな、友達くん!」


南極や流星たちなら、同室のルームメイトでありチームメイト、要するに気心の知れた友人だからこそスキンシップの境界線が緩いのだと理解できる。だが、友達は今日初めて知った。日本には、こういう「距離感が完全にバグっていて、平気で境界線を越えてくる高校生」もいるのだと。台湾人である彼が抱いていた「日本人像」が、またしても見事に覆された瞬間だった。


「友達?」

友達が用を済ませて出ようとした時、同じチームの豊里流星とよさと りゅうせいが小走りでトイレに入ってきた。友達に声をかけながら、体を揺らしつつユニフォームのズボンのチャックを下ろして用を足し始める。


「友達、向陽高校のやつが外に突っ立って、『友達を待ってる』とか言ってたぞ?」流星はニヤニヤしながら言った。「やるじゃん。早速他校の舎弟こぶんを作るとか、さすが俺たちヤンキー校の一員だな」


「何バカなこと言ってんだよ、流星」ちょうどその時、れん宇治川うじがわもトイレに入ってきた。


宇治川は、流星がまた友達にいい加減なことを吹き込んでいるのを聞いて思わず遮った。二人は流星の両隣の小便器に立ち、蓮が言った。「それにしても、なんで向陽のやつがずっとお前を追いかけ回してるんだ? 友達」


「俺にも分かんないよ」友達は頭を掻いた。実際のところ、彼自身もなぜあの「ハム君」こと向陽の廣瀬が、わざわざ自分を追いかけてまで「言いたいことがある」と言ってくるのかさっぱり見当がつかなかった。一体何の話なのだろう?


(まあ、外に出れば分かるか!)


友達はそう思った。もしかすると、野球についての真面目な相談かもしれない。さっき柴門が、同じショートである二年生の川原慎かわはら しん先輩と、廣瀬の捕球について議論しているのを耳にしたからだ。柴門が先輩とあそこまで直接的に話し合っているのを見るのは、これが初めてだった。


そんな期待を抱きながらトイレの外へ出た友達だったが、思いがけない光景に直面した。「外で待ってる」と言っていたはずの廣瀬一睦の姿が……。


どこにもない!? ただ頭にハテナマークを浮かべた友達だけが、その場に取り残されたのだった。


佐藤さとう先輩──! 本当ですって、邪魔しに行くんじゃなくて、阪海工の選手に言いたいことがあるだけなんです! 信じてくださいよ先輩、先輩、佐藤先輩! さ~と~う~先~輩~!」


トイレの外で待っていた廣瀬一睦ひろせ かずむは、同校の主将である佐藤先輩に見つかってしまっていた。自分より背は低いがガッチリとした体格の先輩に、脅しとなだめすかしを交えながら強引に集合場所へ引きずり戻されていく。


廣瀬は不満げな顔をしていたが、腰を先輩の腕でガッチリとホールドされているため大人しく従うしかなく、そのままグラウンドへと連行されていった。


「ハム、お前が何を言っても無駄だ。田中たなか監督が集合をかけてるんだぞ。お前一人だけ遅れたら、お前だけじゃなく野球部全員が大目玉を食らうんだ。だいたいな……ハム君、お前もたまには空気を読むってことを覚えろよ。いつもそうやって一人で勝手にどっか行くから、チームのみんなが心配してるんだぞ」


「勝手にどっか行ってません。俺は本当に、あの阪海工の選手に聞きたいことがあっただけで……」


「はいはい。練習が終わって合宿所に戻ったら、風呂の後は自由行動にしてやるから、その時は誰も文句言わない。だからハム君、今はとりあえず協力してくれ。な? いいだろ?」

佐藤先輩は、まるで小さな子供に言い聞かせるように廣瀬をなだめた。


「でも、佐藤先輩昨日もそう言ったのに、結局風呂上がりは大部屋から一歩も出るなって言ったじゃないですか。一年生はトレーニングルームにすら行かせてもらえなかったし」


「そうだっけ? 俺そんなこと言ったか?」

佐藤先輩はにっこり笑いながら、廣瀬一睦の腰をガシッと強めに掴んで言った。

「初日でみんな疲れてたから、早めに休ませただけだろ? きっとそうだよな? ハム君」


「いっっっだ(痛)!! 佐藤先輩、いっつもそうやって!」

廣瀬は抗議したが、佐藤先輩の笑顔で有耶無耶うやむやにされ、結局大人しく向陽高校の集団へと戻るしかなかった。


やはり廣瀬の抗議には一理あった。一日中のハードな練習で、食事や入浴といった休憩時間はあったものの、基本的には同じ学校の部員同士で固まって行動するため、廣瀬が単独で抜け出す隙は全くなかった。佐藤主将や田中監督の指示なのか、それとも廣瀬がまた何かやらかすのではないかと小早川こばやかわが常に監視しているせいなのか。合宿が始まって二日間、廣瀬一睦は友達と二人きりで話すチャンスを全く見つけられずにいた。


小早川をいたり、佐藤先輩の目を盗んで抜け出したりすること自体は不可能ではない。しかし……。


阪海工の男子寮の大浴場に浸かりながら、廣瀬一睦は考えた。たとえチームメイトや先輩の目を誤魔化せたとしても、林友達のそばにはいつも、あの熊のようにデカい奴(南極)がくっついているのだ。


向陽高校は和歌山県の公立高校であり、生徒は全員自宅から通学しているため、学生寮というものがない。だからこそ、古い温泉旅館を改築し、昔ながらの大浴場を残している阪海工の男子寮は、彼らにとって非常に新鮮で、少し羨ましくもあった。


「それにしてもいいよな、自分たちの寮に大浴場と専用グラウンドがあるなんて」

「でも、俺たちの学校(向陽高校)の近くにもいくつか銭湯はあるだろ?」

「杭ノくいのせの近くの銭湯には行ったし、この前は『幸福湯こうふくゆ』にも行ったな。でも、やっぱり『花山温泉はなやまおんせん』に行きたいよな。多くのアスリートもわざわざ通ってるらしいし」


チームメイトたちが温泉や銭湯の話題で盛り上がる中、同じ空間にいる廣瀬は目を閉じ、別のことを考えていた。そこへ、中学時代からのチームメイトである小早川が体を洗い終え、廣瀬の隣の湯船に浸かってきた。


「お前、またくだらないこと考えてるだろ?」

「んーん……違うよ。ただ、林友達のこと考えてただけ」

「林友達? あー、お前がここ数日ずっと付きまとってる、あの阪海工のピッチャーか?」


小早川は、阪海工にいたあの特に小柄な投手のことを思い出した。聞くところによると日本人ではないらしい。だが日本語は話せるようだし、ハーフか何かだろうか。しかし、ショートや内野手である廣瀬一睦が、なぜわざわざ他校の投手に執着しているのか、その理由がさっぱり分からなかった。


「もしかして廣瀬、お前そういう性癖(趣味)があるのか? 小柄な男の子が好きとかさ」小早川がからかった。

「俺たちだってまだ小柄な男の子(未成年)じゃん。大人になってないし」廣瀬が返した。


「確かにそうだけど……じゃあ、なんでお前はあいつに執着してんだよ?」

「小早川……高校に入ってからも、野球を続けるのはすごく楽しい。でも、時々考えるんだ……」


「もし、吉田よしだとまた一緒に野球ができたらなって」

廣瀬はそう言って、顔の半分を湯船に沈めた。


廣瀬のその言葉を聞いて、小早川は彼がなぜあの阪海工の投手に執着しているのか、大体の察しがついた。それでも小早川は言った。

「吉田自身が『高校ではもう野球はやらない』って言ったんだろ。それに、たとえそうだとしても、他校の生徒にちょっかいを出していい理由にはならないぞ、ハム」


「だって、友達くんが吉田にそっくりだから、つい……」


「ハム」

小早川は湯船から立ち上がり、座っている廣瀬を見下ろして言った。

「お前って時々、思い込みが強すぎるんだよ。前にも似たようなことをして、吉田を怒らせただろ? あの件、まだあいつに謝ってないんじゃないのか?」


「うっ……まだタイミングが見つからなくて……」


「お前、他校の野球部の奴にそんなこと言ったら、ただ怒らせるだけじゃ済まないぞ。下手すりゃ阪海工の連中に殴られるかもしれないんだからな。だから……」

小早川は廣瀬を睨みつけて言った。「頼むから、少しはおとなしくしてろよ」


「分かってるよ!」

廣瀬はそう言うと、まるですねねた子供のように突然立ち上がり、脱衣所へと向かっていった。


「まったく、高校生にもなって、まだガキみたいなこと言ってやがる」

小早川は呆れ果て、再び湯船に腰を下ろした。


チームメイトの小早川こばやかわにキツく説教され、廣瀬一睦ひろせ かずむは不満げにその場を立ち去った。何か言い返したかったが、小早川の言うことはすべて事実であり、反論できなかった。


だが、吉田よしだはもう野球をやめてしまったのだ。中学一年の時から毎日一緒に野球をしていたヤツが突然いなくなり、「もう野球はやらない」と言い出した。なぜ小早川は、吉田のあんな突然の身勝手な言い分を簡単に受け入れられるのだろうか。俺はただ、もう一度吉田と一緒に野球がしたいから、あんなことを言っただけなのに。


なぜ最後には吉田が怒り出して、俺が謝らなきゃいけないんだ?


廣瀬には理解できなかった。自分だけが悪者にされたようで、その感覚がひどく……落ち込ませた。

だからこそ、林友達リン・ヨウダに聞いてハッキリさせたかったのだ……。


「あ……」


廣瀬一睦が脱衣所に足を踏み入れ、素っ裸のまま服を取ろうとしたその時。そこに阪海工はんかいこうの生徒がいるのが見えた。数秒遅れて、廣瀬は相手が今日自分からボールを奪って見せつけた、あのショートであることに気づいた。そのことを思い出し、ちょうど腹の虫が治まっていなかった廣瀬は、あの横取りについて問い詰めようと近づいた。


ところが、廣瀬一睦が無防備な全裸のまま柴門玉里さいもん たまりに近づいた瞬間、柴門が結んでいた髪をほどいたのだ。肩まで伸びた美しい長髪が、手で払われるとともにふわりと宙を舞った。


文句を言ってやろうと息巻いていた廣瀬は、その光景に途中で呆然と立ち尽くしてしまった。その時、玉里が振り返り、女の子のように整った顔立ちで廣瀬を見つめた。廣瀬はどうしていいか分からず、無意識のうちに両手で小さなタオルを握りしめ、自分の急所(前貼り)を隠した。


「お、お前……お前、女、女の子なのか?」

廣瀬はどもりながら言った。


「はぁ、だから男装してたのに。事情を知らない人にいちいち説明するのって本当に面倒ね」

柴門はブツブツと文句を言ったが、呆けている廣瀬一睦に向かってこう告げた。

「安心して。私、あんたと同じ男だから」


「嘘だろ、だって髪がそんなに……」


「男が長髪にしちゃいけないなんてルールはないでしょ? それに、阪海工の野球部には坊主頭(髪型)の強制もないわ」

柴門玉里はそう言いながら、他校の生徒に向かって白目を剥くのを必死に堪えていた。


そこで柴門は、目の前にいる向陽こうよう高校の廣瀬一睦が、今朝のあの凄腕の一年生ショートであることに気づいた。あんなに上の空だったのに、飛んできた球には素早く反応してノーエラーで捕球していた男だ。


「あんた、今日一緒に練習した向陽のショートよね?」柴門は言った。「あんた、かなりやるわね」


「えっ……いや、その……ありがとう」

柴門に強いと褒められ、廣瀬一睦はどうしていいか分からず、最終的にお礼を言うことしかできなかった。柴門は再び髪を結び直しながら続けた。


「明日の先輩たちの練習試合、楽しみね。一年生が出られないのは残念だけど。じゃないと……」


あんたの実戦での実力が、練習と同じくらい凄いのかどうか、見てみたかったのに。


「それって……挑発してるのか?」

廣瀬一睦は柴門の言葉を聞いて、今日みんなから「阪海工のショートに挑発されていたぞ」と言われたことを思い出した。


「挑発? あんたがそう受け取ったなら、それでいいんじゃない? 私はただ、あんたの実戦の姿が見たかったって言っただけよ。弱いなんて一言も言ってないわ」

廣瀬一睦から見れば、その時の柴門は、まるでテレビドラマに出てくる悪女のような笑みを浮かべていた。


しかし、自分の目の前に突然現れ、ボールをかっさらって華麗に反転送球を決めたショートだ。

その実力は間違いなく自分に引けを取らないだろう。


先輩たちはよく、廣瀬のことを「捕球の天才」だの「反射神経が良すぎる」だの、はては「フライングディスクを死に物狂いでくわえに行く犬みたいだ」とまで言う。だが廣瀬一睦は、阪海工の柴門玉里を見て思った。身長も体格も自分より一回り小さいが、絶対に一筋縄ではいかない相手だと。


「ちょっと……話聞いてる?」

「あ、ああ? ごめん、何て言った?」


真剣に考え事をしているつもりでも、廣瀬はどうしてもポカンとした印象を与えてしまう。柴門は廣瀬一睦の返答を見て、呆れながらもう一度繰り返した。

「大浴場の使用時間は8時までよ。この後は阪海工の生徒が使うから、残りの時間はあと10分くらいってこと」


「お、おう。分かった」


「じゃあ、浴場の方にも伝えてくるわ。そうそう……」

立ち去ろうとした柴門だったが、ふと思いついたように、この向陽高校のショートに言った。


「ここ数日、あんたずっと林友達リン・ヨウダを探し回ってるみたいね?」


「えっ! ええっと、その……そんなことないよ」

突然図星を突かれ、廣瀬一睦はたじろいだ。


「明日の練習試合ならチャンスがあるかもね。先輩たちが試合をしてる間、私たち一年生は外野で混ざって観戦することになる。その時なら、タイミングを見計らって友達ヨウダに近づけるんじゃない? でも、距離感には気をつけることね。じゃないと……友達が他校の人間と親しくしてるのを見て、ヤキモチを焼く人がいるから」


「えっ? どういう意味?」


「おやすみ」

柴門は廣瀬の質問に全く答えることなく、そのまま会話を打ち切って去っていった。


向陽高校野球部のトラブルメーカーである廣瀬一睦。まさか自分が、同じようにマイペースで我が道を行く人間に振り回されて困惑する日が来るとは思ってもみなかった。まるで、チーム内での自分のわがままに対するしっぺ返しを食らっているようだ。


小早川には、吉田のことに執着して他校の生徒に迷惑をかけるなと止められている。しかし廣瀬一睦は、どうしてもあの林友達から何かを聞き出し、このモヤモヤに対する答えを見つけたかったのだ。


大部屋に戻り、自分の敷いた布団にダイブした廣瀬一睦は、大の字になって考えた。


(ごめん、小早川。俺、やっぱりさ……)


林友達が答えを知っているかどうか、どうしても試してみたいんだ!

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