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第四六章 春のセンバツと合同合宿

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

厳しい冬が過ぎ去り、少しずつ春の訪れを感じる頃。三月中旬から下旬にかけて開幕する「選抜高等学校野球大会」——通称『春のセンバツ(春季甲子園)』は、高校球児たちにとって新年度最初の大舞台である。


しかし、秋の大会や明治神宮野球大会の結果をもとにした「選抜制」であるため、すべての学校に出場資格が与えられるわけではない。秋季大会で敗退した阪海工はんかいこうは早々に選考対象から外れており、センバツの出場校が発表された時も、部内ではそれほど大きな話題にはならなかった。


世間では3月と8月の大会をまとめて「春の甲子園」「夏の甲子園」と呼ぶことが多いが、この二つは主催者が全く異なる。どちらも日本高野連が関わっているものの、3月のセンバツは『毎日新聞社』が主催し、8月の全国高等学校野球選手権大会は『朝日新聞社』が主催する。つまり、全く別の新聞社が開催している別個の全国大会なのだ。


白球を追う球児たちにとって、試合に出られるならどちらも等しく大きなチャンスだ。しかし、公立高校の野球部は、やはり「夏の甲子園」に特別な重きを置いている。グラウンドに汗を流しながら一戦一戦這い上がり、いつか来る「自分の高校野球の終わり」を告げられるその瞬間まで戦い抜く。それこそが、高校生活のすべてを懸けた真剣勝負であり、青春の証だからだ。


夏とは異なり、センバツの出場枠は選考委員会の推薦によって決まる。明治神宮大会で優勝した学校の所属地区に出場枠が一つ追加される「神宮大会枠」のほかに、毎年大きな話題となるのが、2001年に設けられた『21世紀枠』という推薦枠である。


「21世紀枠」とは、野球の強豪校や名門校ではない地方の公立校にも、夢の舞台に立つチャンスを与えるための制度だ。部員不足や練習環境の悪さといった困難を克服し、他校の模範となるような努力を続けている学校が選出される。かつては東日本、西日本、そして地域を問わない枠から計3校が選ばれていたが、2024年の選考基準改定以降は、全国から地域を問わず「2校」のみが選ばれるという狭き門になっている。


強豪校ではないとはいえ、決して実力がないわけではない。秋の都道府県大会でベスト16やベスト8に進出するなどの確かな実績が求められる。「弱小校」というレッテルを覆したい学校にとって、センバツの21世紀枠は間違いなく実力を証明する絶好の機会だ。公立校の中でもそれなりに名の知れている阪海工にも、推薦されるだけの実力は十分にあるはずなのだが……。


「推薦されて選ばれるのが、かえって良いことばかりとは限らないんだよな……」


「えっ、なんでですか? 甲子園に選ばれるなんて、最高じゃないですか?」


3月、阪海工は他校の野球部との合同合宿を迎えた。合宿とはいえ、場所は阪海工である。男子寮の空きスペースを合宿所として提供するため、寮生の二年生たちは、他校の選手たちが雑魚寝ざこねするための掃除や準備に追われていた。


一年生の友達ヨウダ南極なんきょくもその手伝いに駆り出されており、中西なかにし先輩と一緒に他校生用の布団を運んでいる最中に、このセンバツの「21世紀枠」の話題になったのだ。台湾出身の友達にとって、この制度を耳にするのは初めてのことだった。


友達と南極は、なぜ中西先輩が「推薦されても良いことばかりじゃない」と言ったのか不思議だった。三人とも、三〜四組の予備の布団カバーを抱えて階段を下りていると、中西先輩が説明してくれた。


「大抵の場合、21世紀枠でセンバツに出場した学校の成績はあんまり良くないんだよ。ほとんどが初戦敗退で、その日のうちに地元にトンボ返りすることになる」


「マジですか? 嘘でしょ!」

南極は中西先輩の言葉が信じられなかったが、普段の先輩の適当な性格を思い出し、疑いの目を向けた。

「中西先輩、また話盛ってるんじゃないですか?」


「盛ってないってば! 他の奴に聞いても同じこと言うぜ」

中西先輩は自分がいかに真面目に話しているかをアピールしようと真剣な顔を作ったが、それがかえって友達と南極の疑念を深める結果となり、先輩としての威厳は完全に地に落ちていた。


「たぶん八割くらいだろうな」


今回の合宿準備の責任者である、副主将の佐久間さくまが言った。

話題は相変わらずセンバツの「21世紀枠」についてだった。先ほど終わったはずの話が、数分後にまた持ち上がったのだ。


佐久間は南極なんきょく友達ヨウダに、ホールにある合宿参加校の選手たちの名札を割り当て、それぞれのロッカーと床に敷く布団を綺麗に並べるよう指示しながら、推薦枠についての話を続けた。


「ネットの統計データによれば、21世紀枠の学校の初戦敗退率はだいたい八割だ。最高成績でもベスト4くらいまでだな。中西なかにしはバカだが、少なくともその点に関する認識だけは正しいってことだ」


「バカは余計だろ!」


佐久間の言葉に中西が抗議の声を上げた。しかし、佐久間がギロリと一瞥しただけで彼はすぐに縮み上がり、抗議はあえなく却下された。それどころか、三人は佐久間先輩から、田中たなか先輩が担当している大浴場の清掃を手伝うよう命じられてしまった。


浴室に着くと、ズボンの裾を捲り上げ、上半身裸の田中龍二たなか りゅうじと、浴槽をゴシゴシと磨いている木村陸斗きむら りくとの両先輩がいた。さらに、ボディソープやシャンプーの補充をしている村瀬むらせ先輩もおり、彼と同室の中西がやって来るのを見るや否や、二人はすぐにじゃれ合いを始めた。


一方、木村先輩は友達と南極に、どうすれば浴槽がピカピカになるか、その磨き方を教えてくれた。この時になって初めて友達は知ったのだが、木村先輩の実家は有名な船舶内装専門会社の下請けで、船内の日本式大浴場を手掛ける職人の家系なのだという。だからこそ、浴槽の磨き方には並々ならぬこだわりがあり、大浴場の清掃は表向きは田中が責任者だったが、実質的に主導権を握っていたのは木村先輩だった。


「でも初戦敗退ってのは、実際のところどうしようもない部分もあるんだよな。選抜されて出てくるような学校は、どこも怪物レベルの強豪校ばかりだ。健大高崎けんだいたかさき敦賀気比つるがけひ青森山田あおもりやまだ……やっぱり公立校じゃ太刀打ちできないよ」


21世紀枠の話を聞いて、木村は少し感傷的に呟いた。自分が野球を始めてからというもの、毎年少なからず「公立校の逆転劇」や「下克上」を心のどこかで期待してしまう自分がいた。おそらく自分自身がずっと公立校の生徒だからだろう。だが、その期待は得てして裏切られることの方が多かった。


「おいおい! そりゃいくらなんでも弱気すぎだろ、木村」


田中龍二は、洗剤の泡を洗い流したばかりの冷たい手で木村の頬をつねった。上半身裸の二人の肉体が、前後にピタリとくっついている。


龍二は言った。

「公立校だって、死に物狂いでやれば勝てるさ。金足農かなあしのうだって帯広農おびひろのうだって公立校だろ!」


「俺の顔で遊ぶな。でも、あいつらは農業高校だ。俺たちは工業高校だろ」

木村は抵抗しながら言い返した。


「甲子園に行った熊本工くまもとこうも工業高校じゃないか! 戦う前からビビってたら、それこそ試合前に負けを認めてるようなもんだろ! 分かってんのか? 陸斗。男には胸襟(器のデカさ)と気迫が必要なんだよ!」


「分かった、分かったから! 龍二、離せってば!」


友達と南極は、二人の先輩が目の前の浴場のタイル張りの床で転げ回ってじゃれ合うのを見ていた。


正直なところ、公立だろうが私立だろうが、明治神宮大会枠だろうが21世紀枠だろうが、そんなものはどうでもいい。結局のところ、誰もが「絶対に負けたくない」と思っているのだ。だが、いくらそう強く願っても、思い通りにならないのが現実というものだ。


「友達はどう思う? 21世紀枠のこと。先輩たちはああ言ってたけど、俺は推薦されて甲子園でプレーできるだけでも、すごくいいことだと思うんだよね!」


一日の準備作業を終え、部屋で夕食の時間を待っている間、南極なんきょくは再び21世紀枠の話題を持ち出した。


「確かにその方が楽だし、運がいいなって感じはする。でもな、日空ひぞら……」


突然「甲子園に行けるぞ」と告げられるのと、シーズンを通して努力し、実力で甲子園の切符を勝ち取るのとを比べたら。


やはり、その心境は全くの別物だと思うのだ。


「三年生の田中たなか先輩(田中央一たなか よういち)がまだ寮にいた頃、話してくれたことがあっただろ。大阪桐蔭おおさかとういんが明治神宮大会で優勝して、近畿地区の推薦枠が一つ増えた時のこと。あの時、たまたま準優勝の学校で不祥事(問題)が起きて、三位だった阪海工はんかいこうが運良く繰り上げで春のセンバツに出場できた。でも、結局初戦で負けて、他の学校からは『日帰り旅行(観光出場)』なんて笑われた。『棚ぼたで出られただけだ』なんて言われて、三年生の先輩たちは絶対すごく悔しかったはずだよ」


友達は、以前三年生の先輩がそのことを語っていた時の、あの悔しそうな表情を思い出していた。


「でも、ベスト4まで勝ち進んだ推薦校だってあるわけだし。運良く推薦されたにせよ、実力で甲子園に行ったにせよ、最終的な結果として、みんな同じグラウンドで一緒に野球をするってことには変わりないだろ?」


南極の楽観的な意見を聞いて、友達もある意味では納得した。しかし、台湾でずっと野球を続け、厳しい挑戦の道を歩んできた自分にとっては、同じく幼い頃から野球をしてきた先輩たちの気持ちが痛いほどよく分かった。


友達は言った。「確かに結果から見ればそうだけど。でも、先輩たちはやっぱり『自分たちの実力』をみんなに認めてもらいたかったんだと思う」


「大会から推薦されること自体が、認められたってことじゃないの?」


「あぁ……言われてみればそうだけど、でもなんかちょっと違うんだよな……」


友達は南極の言わんとしていることは理解できた。しかし、これまで一切の「競争」に触れず、ただ純粋に「野球が好きだから遊んでいた」だけの日空南極には、おそらく理解し難いのだろう。小学生の頃から試合を重ねて這い上がり、途中で脱落していく仲間を見送り、あるいは監督や周りの人に認められたくて必死にアピールする……そんな泥臭い感情が。


南極も、ボール球を連発して先輩や監督に説教されれば困った顔はする。だがそれはあくまで「自分が良い球を投げたいから」という自己完結した思いからくるものだ。今回の21世紀枠についての会話を通して、友達は気づいてしまった。南極には野球における「競争心」という概念がすっぽりと抜け落ちているのだと。ただ純粋に試合がしたい、野球がしたいという欲求しかないのだ。


その純粋さは羨ましくもあったが、同時にとても危うく、心配になるものでもあった。


「心配になるのも無理ないわ。だって、南極はそういう人間なんだから」


青木陽奈あおき ひなが言った。


休日の今日、南極なんきょく友達ヨウダに「川べりに釣りに行かないか?」と誘ってきた。おそらくクラスメイトのれん流星りゅうせい、それに宇治川うじがわたちからの誘いだろう。前に一緒に釣りに行って以来、友達は彼らと何度か釣りに出かけ、海釣りにも挑戦した。そして、なぜ人々が魚が針にかかるのを待つことにあれほどの時間を費やすのか、少しずつ理解できるようになっていた。その「待つ時間」は、切羽詰まった焦燥感を和らげてくれる。魚が釣れるのをただ期待している間だけは、野球や勉強のプレッシャーから少しだけ離れることができたのだ。


だが、いつまでも現実逃避しているわけにはいかない。友達は結局、その誘いを断った。


今日は青木あおきと約束があり、商店街の近くにあるファミレスでテスト勉強の復習をすることになっていたからだ。もともとは彼の方から陽奈ひなに頼み込んだ勉強会だったが、もちろん二人が一緒に勉強することは、事前に南極には内緒にしていた。


日空ひぞらのやつ、俺が家を出る時まで、俺たちがこっそりデートに行くんじゃないかって疑っててさ。ずっと不機嫌な顔してたよ」


「あら、南極くん、ヤキモチ焼いてるのかしら?」


「そうじゃないって! 青木も南極も同じだな。なんでいつもそういう方向ばっかり考えるんだよ」


友達は慌てて弁解し、少し目を逸らした。青木はそれ以上追求せず、友達が混乱して焦る姿をどこか楽しんでいるようだった。実際のところ、ファミレスで勉強を始めてから途中で、すでに南極から彼女のスマホにメッセージが届いていたのだ。『友達の勉強、順調?』と。どうやら南極も、友達本人に直接勉強の進み具合を聞くのは気恥ずかしかったらしい。


お互いを気にかけながらも、一線を越えて相手を踏み込んでしまうことを恐れる、二人の十六歳の少年の初々しさ。その二人に挟まれている陽奈からすれば、それはとても微笑ましく、面白い状況だった。陽奈は手を伸ばし、友達のノートの一箇所を鉛筆で丸く囲むと、彼に向かって言った。「ここの単語、間違ってるわよ……」


「『等角投影図とうかくとうえいず』。ここは『す』じゃなくて『ず』よ。それに、日本の漢字の書き方は『図』だけど、あなたの書いたこの画数の多い字は、台湾の漢字の『圖』でしょ? ノートを取るだけならいいけど、テストの時は誤字扱いになるわよ。正面図しょうめんず断面図だんめんずもそう。できるだけ日本語の用語を使うようにしないと、たくさん出てきた時に混乱しちゃうわよ」


南極の教え方とは違い、陽奈は細部の正確さを非常に重視していた。中国語の書き癖や、直感的な発音による間違いをその都度指摘してくれた。陽奈曰く、こういう部分は台湾人である友達自身が慣れて覚えるしかないのだという。なにしろ日本人である彼女たちにとっては、幼い頃から染み付いている語感であり、「なぜ『す』ではなく『ず』なのか」「なぜ『ぼ』ではなく『ぽ』なのか」を理論的に説明するのは難しいからだ。


勉強が一区切りついた後、二人はファミレス名物のサンドイッチを軽くつまんだ。友達は以前監督から「食べる量が少なすぎる、もっと食べて体重を増やせ」と言われていたため、思い切って小遣いをはたき、顔の大きさほどもある「特製フライドチキンサンド」を注文していた。食事をしながら、二人は再び日空南極と、センバツ甲子園への選抜出場についての話題になった。


「他校の部活と一緒に合同合宿かぁ。吹奏楽部ではあんまり見ないわね」


「え? 音楽系の部活ってそういうことやらないの?」


「他の学校は分からないけど。吹奏楽はお互いの連携や息の合い方、それに音色の協調性が求められるからね。他校の部員と音を合わせることに時間を割くくらいなら、自分の部活の先輩や後輩とアンサンブルの精度を高めた方がマシなの。もっとはっきり言っちゃえば、吹奏楽のコンクールってのは……」


相手の演奏がどれだけ優れているか分かったところで、どうすることもできない。さらにネガティブな話をすれば、自分たちより遥かに上手い演奏を聴かされすぎると、かえってチーム全体の士気が下がってしまうこともあるからよ。


「でも、それって私たちみたいに、昔から部活にどっぷり浸かってる人間の経験則でしょ? 吹奏楽にしろ野球にしろ、何年も仲間と一緒に努力したり競争したりしていれば、自然とただ楽しむだけじゃいられなくなる。もっと現実的なことを考えるようになるわよね? 部活の成績が進学に有利になるかとか、プロの世界を目指すかとか。でも、高校に入って初めて吹奏楽に触れたような初心者にとっては、みんなと一緒に一曲を最後まで吹き切れただけで、十分に満足なのよ。今の南極くんの心境って、まさにそれなんじゃない? どうしても勝ちたい友達と違って、南極くんはただ『みんなと一緒に試合をやり遂げたい』って気持ちの方が強いのよ」


「でも、勝てなきゃ、一緒に試合をやり遂げても楽しくないだろ」友達は言った。


「確かに、試合に勝てたらすごく嬉しいわよね。でもね、友達。私、野球のことはあまりよく分からないし、ある理由があって野球はちょっと嫌いなんだけど。それでも……」


甲子園に選抜されたチームは、やっぱりすごく嬉しいはずよ?


だって、高校生活はたった一度きりなんだもの。たとえ運が良かっただけだとしても、周りからあれこれ陰口を叩かれたとしても。


選ばれたことは事実なんだから、それでいいじゃない?


「運やメンタルだって試合の一部よ。『ボールは丸いんだから(何が起きるか分からない)』——あなたたち野球バカが、よくそう言ってるじゃない」青木陽奈はそう言いながら、まるで良家のお嬢様のような上品な仕草で、小さなスプーンを使ってクリームソーダのアイスをすくって食べた。


「なんかさ、青木って口では野球が嫌いって言いながら、いつも冷静に分析してて、すげーよな」


「あんなやつの彼女やってれば、知りたくなくても勝手に知識が入ってくるのよ。自分から進んで知りたかったわけじゃないわ。友達」陽奈はそう言って、「あいつ」のことを口にした途端、心底嫌そうな冷ややかな目を向けた。


青木陽奈あおき ひなの彼氏である神谷蒼士かみや そうしは現在、野球の強豪校・大阪桐蔭おおさかとういんに「野球留学」という形で進学している。


本来ならそのまま阪海工はんかいこうに内部進学するはずだった神谷は、青木に何の相談もなく野球のために桐蔭高校へ進んでしまい、彼を追って阪海工の吹奏楽部に入った青木を完全に肩透かしに遭わせたのだ。この怒りは、おそらく神谷を試合で負かさない限り収まらないのだろう。


ここで林友達リン・ヨウダは、以前青木から「桐蔭を倒して」と依頼されたことを再び思い出し、心底無茶振りに感じていた。


野球部の面々がずっと「21世紀枠」の話題で持ちきりだったのは、単に春のセンバツの時期だからという理由だけではない。


今回、阪海工と合同合宿を行う相手が、どこの馬の骨とも知れない学校ではなく、和歌山県でも公立の野球名門校として知られる『向陽こうよう高校』だからだ。向陽高校は2010年に21世紀枠の選抜校として春季甲子園に出場し、しかも初戦敗退することなく、二回戦まで勝ち進んだ実績がある。


「まさか、あの向陽高校を説得して合同合宿を組んでくるなんてな」


合宿の前日になっても、白井しらい先生は片岡かたおか先生が向陽高校を招待できたことが信じられない様子だった。掃除や準備、そして合宿に対するあらゆる確認を徹底的に行ったのも、和歌山の公立強豪である向陽高校に対して絶対に失礼があってはならないからだ。実力や野球の伝統・文化という点において、阪海工と向陽のような名門校との間には、依然として埋めがたい差がある。


「一体どうやって承諾させたんだ? 片岡」

白井先生が尋ねると、片岡先生はただニッコリと笑って見せた。


時々嫌気が差すこともあるが、コネを使って交渉が円滑に進むのであれば、片岡先生は「中日ドラゴンズのプロ野球選手・片岡和義かたおか かずよしの妹」という肩書きを使って他校と交渉することも厭わなかった。正直なところ、近畿大会への出場や春のセンバツ云々よりも、阪海工のような無名の地方校が実力のある学校を合同合宿に誘うのは、本来なら至難の業なのだ。


そんな時、高橋たかはし元監督という大先輩のツテを頼るだけでなく、自分が「女性監督」であり、さらに「プロ野球選手の身内」であるというネームバリューを最大限に利用すれば、他校の野球部関係者の興味を惹きつけ、合宿のオファーを検討してもらえる確率が格段に上がるのだ。


どうせ関西で試合があった兄本人からも許可をもらっているのだから、使えるものは何でも使えばいい。


「すでに決まったこととはいえ、片岡和義選手に迷惑をかけすぎじゃないか? オフシーズンも終わり、今はプロの春季キャンプ終盤のオープン戦(熱身賽)の時期だ。そんな時期にこんな頼み事をしては、お兄さん本人にとって大きな負担になるんじゃ……」


「心配いらないわよ。あいつ、いかつい顔してるけど、プライベートじゃすごく子供好きなんだから。特に学生に野球を指導できるなんて、兄貴はノリノリよ。午前中だけの短い時間だけど、現役のプロ野球選手から直接指導を受けられるなんて、阪海工にとっても向陽にとってもウィンウィンの関係でしょ?」


「向陽の田中栄たなか さかえ監督は、『考える野球』を重視していて、生徒の自主性を育む指導方針なの。彼にあなたの指導理念についても話したら、ぜひ交流したいって言ってくれたわ。もちろん、彼自身も現役プロ選手が高校球児に与える好影響を高く評価しているわ。あなたも知っての通り、監督がいくら口酸っぱく言っても、生徒はなかなか真剣に受け止めないことが多いからね」


確かに片岡先生の言う通り、土壇場になって「現役のプロ野球選手が合宿に来る」と知らされた野球部の面々は、完全に浮き足立っていた。何しろプロの選手から直々に指導を受けられるのだ。一大イベントである。日本のプロ野球選手に会えるということで、友達や南極でさえも、密かに胸を高鳴らせていた。


そして、和歌山・向陽高校との合同合宿の日がやってきた。工業高校である阪海工の伝統的な学ラン(詰襟)とは違い、向陽高校の生徒たちは、ネイビーブルーのブレザーという西洋風の制服に身を包み、水色と紺色が交差するネクタイを締め、胸元には「K」のエンブレムが輝いていた。


向陽高校野球部の選手たちを案内するのは、阪海工の主将・藤田ふじたと副主将の佐久間さくまだ。残りの二年生たちは夕食の準備や状況確認に回り、向陽高校の生徒たちをサポートしている。合宿初日ということもあり、今日は両校の親睦を深めるための簡単な歓迎会が開かれる予定だった。


「来た来た! 向陽高校野球部だ」

「おお、ブレザーじゃん! いいなぁ、俺もああいう制服着てみたいぜ」


その日の朝、すでに荷物を持って男子寮に集まっていた野球部の一年生たちは、大部屋の小さな窓から、下へ到着した向陽こうよう高校の選手たちを見下ろしていた。


多くの部員が、向陽高校の西洋風のブレザー制服を羨ましそうに見ていた。今の高校生にとって、阪海工はんかいこうのような伝統的な学ラン(詰襟)は古臭く感じられるし、何より阪海工の伝統である「軍帽」と「黒の革製学生鞄」は、まるで昭和時代のおじさんのようでダサいと思われているのだ。


到着時の混乱を避けるため、片岡かたおか先生は友達ヨウダたち一年生に、二年生の指示があるまで大部屋で待機するよう命じていた。副主将の佐久間さくまからは、向陽高校の生徒たちが使う大部屋を最終チェックし、名札の名前と学年が間違っていないか確認するよう指示されていた。もし名前や学年を間違えれば、他校の野球部に対して大変な失礼にあたるからだ。


しかし、れん流星りゅうせい、それに南極なんきょくたちはどうしても好奇心を抑えきれず、窓にへばりついて様子を盗み見ていた。田中廉太たなか れんたも口では「怒られるぞ」と言いながら、結局誘惑に勝てずにその輪に加わっていた。


幸い、気配りのできる栄郎えいろうと、マメにメモを取る小林こばやしのおかげで、これらの簡単な作業はすでに終わっていた。


宇治川うじがわ柴門さいもんは、窓際に群がる連中を見て、どうツッコミを入れればいいのか分からなかった。まるで、初めて他の野球チームの選手を見た小学生の野球少年のようだ。


そんな彼らに比べ、一番興味津々になりそうな台湾出身の林友達の方が、よほど落ち着いていた。


「俺たちの学校(台湾の中学)でも、アメリカンスクールの野球チームと交流試合をしたことがあるよ」と友達は言った。


台湾では昔から、アメリカの地方の小中学生と野球で交流する活動やリーグが存在している。友達の記憶では、中学二年生の時のことだ。彼と馬耀マヨウ、そして数人のチームメイトは、初めて台湾に来たアメリカの学生たちと、たどたどしい英語でコミュニケーションを取った。お互いに何を言っているのか分からないことも多かったが、身振り手振りで野球の話をすると、なぜか相手の言いたいことが伝わってくる不思議な経験をした。


「外国人との交流試合!? 友達、すげぇな!」


友達がかつてアメリカンスクールの選手と交流し、試合までしたことがあると聞き、栄郎は羨望の眼差しを向けた。そして、その隙に乗じて友達の頭をそっと撫でた。小柄な友達に対して、栄郎はずっとこうしてみたいと思っていたのだが、怒られるのではないかと恐れて、今まで遠慮していたのだ。


だが友達は、自分より体の大きな南極に撫でられ慣れていたせいか、栄郎が礼儀正しく撫でてくることに対して特に嫌がる素振りは見せず、むしろ突然褒められたことに少し照れたように言った。

「た、台湾じゃよくあることだよ。そんな大したことじゃないって」


「日本だと、大抵は近隣の学校同士の交流だな。俺たちも岬阪みさきさか中学の時は、和歌山や大阪北部の学校とよく練習試合をしたよ。でも、向陽みたいな公立の名門校とやるのは初めてだ」と宇治川が言った。


「じゃあ、向陽高校ってすごく強い学校なんだ?」友達が尋ねた。


「かなりの実力校だよ。甲子園で連覇したこともあるし、すげぇピッチャーの伝説も残ってる」

柴門がそう言って、隣でノートをめくっていた小林に視線を送った。小林は期待通りに眼鏡をクイッと押し上げ、補足説明を始めた。


「向陽高校の前身は『海草かいそう中学校』といって、夏の甲子園で二連覇の記録を持っている。当時のエース投手だった嶋清一しま せいいちは、甲子園の全試合を『完封シャットアウト』で抑えるという大記録を打ち立てたんだ」


「それ、超すげぇじゃん!!」


甲子園の打者を全試合完封したと聞いて、友達は目を丸くして驚いた。そして一瞬のうちに小林のそばまで歩み寄り、無防備な小林の顔のすぐ横からノートを覗き込んで言った。


「小林くんのノートって、なんでも書いてあるんだな。まるでGoogleみたい! ……えっ、ええっ!? 小林? なんで逃げるんだよ。俺、なんかした?」


(近すぎる!!)


友達が突然パーソナルスペースを破って接近してきたため、常に一定の距離を保ってきた小林の脳内は一時的にパニックを引き起こしていた。顔のすぐ横から友達の体温を感じ、システムがフリーズしたようになった小林は、距離を取ろうとした結果、慌てて後ずさりして逃げ出してしまった。


取り残された友達は頭にハテナを浮かべていたが、それを見ていた栄郎は(小林にもあんな風に動揺する一面があるんだな)と意外に思っていた。


「もしかして、照れてるのかな?」と栄郎が言った。

「照れる? なんで?」友達にはさっぱり分からなかった。


「あいつは昔から、自分の好きなものや興味のある対象とは『適度な距離を保って観察する』っていう変な癖があるのよ。逆に近づかれすぎると、キャパオーバーで受け止めきれなくなるのね」

柴門が解説すると、宇治川も頷いた。同じ中学の野球部出身である彼らにとって、小林芝昭こばやし しばあきのこの奇癖はとうに日常茶飯事だった。


それは、柴門玉里の「女装」についても同じだ。昔は奇異に感じていたが、今ではすっかり見慣れている。しかし宇治川は、今日になってようやくあることに気づいた。今日の柴門は珍しく「男装」をしており、長い髪も一つに結び上げていたのだ。


「今さら気づいたけど、お前、今日は女装してないんだな?」


「当たり前でしょ。合宿なんだから、監督だって他校の生徒の手前、私に男装してほしいはずよ」


ここ数年、柴門の女装姿に慣れきっていた宇治川にとって、これほど男らしい格好をした柴門を見ると、かえって違和感があった。だが、むさ苦しい野球部の男たちと比べると、柴門はやはり顔立ちから目つきに至るまで、スポーツ少年らしからぬ艶やかさを漂わせており、全体的に「妖気」のようなものすら感じさせた。


「なんか、人間に化けた狐の妖怪みたいだな」

「それ、ものすごく失礼な言い方ね」


宇治川の率直な感想に柴門は白い目を向けたが、二人はすぐに話題を野球へと戻した。柴門が宇治川に尋ねた。


「二年生が交流試合をやるように、私たち一年生も向陽の一年生と交流することになるはずよ。向こうは誰にマークをつけると思う?」


「俺が向陽の生徒なら、真っ先に『あいつ』に注目するだろうな」

「私も同感ね。あれだけ目立ってたら、隠そうにも隠しきれないわ」


宇治川と柴門は窓際へ視線を向けた。そこには日空南極の後ろ姿があった。あの体格と野球のポテンシャルを見れば、一年生はおろか、二年生でさえ警戒するに違いない。その話題に触れ、柴門はさらに分析を続けた。


「あくまで私の見立てだけど、最近、監督たちも南極の球速とノーコンぶりをかなり気にかけてる。あなたや友達ヨウダと比べても、やっぱり南極の『球速』を最大の武器ジョーカーとして使いたいと思ってるはずよ」


宇治川翔二うじがわ しょうじは認めたくなかったが、柴門の言う通りだった。自分や友達よりも、監督陣は日空南極のピッチングに大きな期待を寄せている。


もし南極がマウンドに立つことが確実だとしたら、残る「二番手投手セカンドピッチャー」の座を巡って、自分と友達が争うことになる。いや、あるいはもっと先を見据えて、将来の阪海工の「エース」の座を南極から奪い取るための競争になるのかもしれない。


「……あいつが『ストライク』を投げられればの話だがな」


宇治川はそう吐き捨てた。その言葉には、決して負けを認めないという強いライバル心が滲んでいた。


「負けず嫌いね。でも確かに、チームのショートのポジションだって、二年生の先輩たちと競うことになっても私は絶対に譲りたくないわ。その点については、友達ヨウダ南極なんきょくも同じはずよ。今回の交流試合は……監督がチームのエースを決めるための、一種のテストになるかもしれないわね」


宇治川うじがわに向かって話しているにもかかわらず、柴門玉里さいもん たまりの視線は友達のそばにいる金井栄郎かない えいろうに向けられていた。その表情は次第に真剣みを帯び、最後に宇治川へ向かってこう言った。


「宇治川……私たちが二年生になった時、本当に全員が今の先輩たちみたいに、一緒にグラウンドに立ってプレーできるのかしら? 今の監督は高橋たかはし元監督じゃない。学年単位でのチームの完成度よりも戦力をシビアに求めるなら、試合に出られない人間も出てくるんじゃないか……私はそう思ってるの」


「実際、先輩たちの過去の試合を見れば、片岡かたおか監督の考え方は容易に想像がつくわ。夏の大会で、監督は三年生の田中先輩(田中央一たなか よういち)を降板させて、二年生の藤田ふじた先輩をリリーフに送ったじゃない。戦術と学年のまとまり、どちらを選ぶかと聞かれたら、誰だって『試合に勝てる戦術』を選ぶでしょ?」


「その点については、俺もお前と同意見だ。でも、俺の考え方はちょっと古臭いかもしれないけど……」


私は、同じ学年のチームメイト全員で、一緒にグラウンドに立ちたいのよね。柴門は静かにそう言った。


「おーい! 突っ立って見てないで、こっち来て手伝えよ! 一年!」


その時、大部屋のふすまが勢いよく開き、二年生の中西なかにし先輩が顔を出した。彼は一年生たちを急き立てて言った。

「下に行って、ご飯をよそったり箸を並べたり、メシと飲み物を運ぶのを手伝え! 合宿の歓迎会が始まるぞ。ほら、早く早く!」


阪海工はんかいこう向陽こうよう高校との合同合宿を迎えた第一日目の夜。


明日からは、いよいよ両校合同での本格的な練習が始まる。


「ん? あの選手……」


食堂の席で、向陽高校の一人の生徒が阪海工の生徒たちの方を眺めていた。彼は、大柄な選手たちに紛れている小柄な林友達を見つけ、目を引かれていた。


(阪海工に、あんな小さい選手がいるなんてな。それに、顔立ちが大阪や和歌山の人っぽくない……?)


(もしかして、沖縄か北海道の出身か?)

その向陽高校の生徒はじっと見つめているうちに、口の中におかずとご飯を詰め込んだまま飲み込むのを忘れ、両頬をリスのようにパンパンに膨らませてしまっていた。隣に座っていたチームメイトに「何やってんだお前」という呆れた目を向けられ、彼は慌ててご飯を飲み込んだ。


「飯食う時くらい集中しろよ、一睦いちむ」チームメイトが呆れ果てて言った。

「ごめん、ごめん」向陽高校一年生の廣瀬一睦ひろせ いちむは謝った。


だが、彼の視線は再び友達に向けられた。他の選手たちが、背が高く「南極」という珍しい名前の選手に注目する中、なぜか一睦は、その隣にいる小柄で彫りの深い顔立ちをした選手のことが気になって仕方なかった。


一睦はまたしても、ご飯を口に放り込んだまま咀嚼そしゃくを止めてしまった。その小柄な選手の名前を知りたくてじっと観察していると、あの南極という大柄な選手が、彼の名前を呼ぶのが聞こえた。


(ユウダイ? ユウ……ユウタ? ん……ユウ? トモダチ? ……友達ヨウダ?)


どれが正しい発音なのか頭の中で整理しきれないまま、一睦は再びチームメイトにジロリと睨まれた。ゴクンと喉を鳴らし、慌てて口の中のものを飲み込む。


その小柄な阪海工の選手が視界から消えて初めて、一睦は自分のペースを取り戻したような気がした。

野球漫画『僕らには僕らの言葉がある』5月26日発売の第3巻にて完結を迎えます。

聴覚に障がいを持つ投手・真白と、寡黙な捕手・野中というバッテリーが織りなす野球の物語。

王道の野球作品とは一線を画し、バッテリーの心理描写に焦点を当てたこの作品に強く惹かれています。

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