第四五章 大河先輩の練習法
台湾出身の陸坡と申します。
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
ビュッ──バーン! ビュッ──バーン!
ビュン──バシッ!「あっ! しまった。」
南極の指先から放たれた快速球は、ネットに描かれた九分割の的から大きく外れ、ストライクゾーンの軌道を大きく逸脱した。
球速は約146キロ。もしバッターボックスに打者が立っていれば、太ももを直撃していたであろう、完全な大暴投のデッドボールだ。
このボール球を投げてしまった南極は、地面を転がる白球を見つめながら慌てた表情を見せた。「落ち着け、落ち着くんだ」と自分に言い聞かせるように呟き、深呼吸をして次の投球に向けてリラックスしようとする。
数秒かけて体勢を整え、日空南極は再びボールを投げ込んだ。先ほどのような暴投ではなかったが、やはり明らかなボール球だ。しかし、スピードガンが弾き出した球速は148キロ。それは、阪海工の二年生エースである藤田迅真でさえ到達していないスピードだった。
「ボール球とはいえ、毎回南極のピッチングを見るのは迫力があるよな。本当にすげぇ。これがよく記事で言う『天性のピッチャー』ってやつなのかな?」
田中廉太が感心したように言った。
「確かに、南極がピッチャーをやりたがるのも頷けるわ。あの球速は、今の阪海工じゃ誰にも出せないもの」
柴門が同意した。
今日、ブルペンの整備を担当しているのは一年生の柴門玉里と廉太だった。二年生が使用を終えた後の一時間、投球練習をしたい一年生は監督に申告して投げることができる。
ただし、一人一日上限60球まで、かつ連投は禁止という厳しい球数制限が設けられていた。これは片岡先生の方針だ。彼らはもうすぐ二年生になるとはいえ、この時期に投球による怪我や故障で戦力を失うことは、野球部にとって致命傷になりかねない。何より、二年生の村瀬智也という生きた教訓が目の前にあるのだから。
「そういや、柴門も中学の最初はピッチャーやってたんだろ?」
廉太が尋ねた。
「なんで続けるのをやめたんだ? 球速が上がらなかったからか、それとも別の理由?」
「大した理由じゃないわ」廉太の問いに、柴門は事も無げに答えた。「確かにピッチャーはチームのへそ(中心)だけど、私は投げるより捕る役割の方が自分に向いてると思ったの。自分の反射神経だけで、相手の打球を華麗に捌く。それって、すごくカッコいいじゃない?」
「へえ、だから柴門はショート(遊撃手)なんだな。なるほど」
田中廉太は納得したように頷いた。
「3号(田中廉太)、あんたも一時期はエースピッチャーになりたがってたんじゃないの?」
「あ、そのことか。なんか恥ずかしいんだけどさ、長男(一番上の兄)がピッチャーだったから、その影響でつい……」
廉太は頭を掻きながら答えた。そして、再び南極が力いっぱい球を投げ込むのを見た。今度は惜しくもネットの九分割の枠の縁に当たり、またしてもストライクゾーンには入らなかった。
「ふーん、なるほどね。じゃあ、高校に入ってからバッティングに力を入れてるのは、2号(田中龍二)の影響ってわけ?」
「あいつとは全然関係ないね!」
廉太はムキになって反論した。なぜか、一番上の兄である田中央一の真似をしていると言われるのは平気なのだが、次男の田中龍二と比較されることに対しては、廉太は異常なほどの反発心を抱いていた。
「俺はただ、お前と同じように、投げるより打つ方が好きなだけだ」と廉太は言った。
「へえ、そう」柴門は感情を昂ぶらせる廉太を見ても、特に表情を変えることなく淡々と言った。「影響を受けてようが受けてまいが、どっちでもいいじゃない。自分がやりたいからやってる、それで十分でしょ」
「それはそうなんだけどさ……」
柴門の言葉を聞いて、廉太は自分が少し感情的になりすぎたことに気づいた。彼はブルペンのフェンスを両手で掴み、しゃがみ込んでぼやいた。
「兄弟だからって、いつも比べられるのが嫌なんだよ。兄貴たちがやってるから俺もやりたいんだろって思われるし、どうせ何を言っても比べられるんだ」
「はぁ……田中、あんた自分が何言ってるか分かってる?」
「なんだよ、俺がなんか間違ったこと言ったか?」
くだらない兄弟コンプレックスを並べ立てる田中に呆れ果て、柴門玉里は立ち去ろうとした。そして、しゃがみ込む廉太の横を通り過ぎる際、冷たく言い放った。
「自分で野球をやるって決めた以上、誰かと比較されるのなんて当たり前でしょ。言い訳して逃げてんじゃないわよ」
「なんだと!」
柴門の言葉に、田中廉太は勢いよく立ち上がった。通り過ぎようとする柴門玉里を睨みつけると、柴門は肩越しに振り返り、歩みを止めずに続けた。
「そんなウジウジした態度じゃ、2号どころか、流星にすら劣るわね。流星はバカだけど、少なくとも野球をやってる時は、あんたみたいに哀れっぽい泣き言は言わないわ」
「そういう意気地のない男は、女の子にモテないわよ、3号」
「うるせえ! この女装ババア!」
田中廉太が負けじと暴言を吐くと、柴門はただ軽蔑するような、しかしどこか面白がるような笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、怒ってる時の方がよっぽど元気があっていいじゃない」
ビュッ──バーン!
「あっ! すっげぇカッコいい! 今の球!」
響き渡る快音と南極の歓声。それに釣られて、柴門との口論を続けようとしていた廉太も視線を向けた。廉太は、南極の今の球がストライクゾーンのど真ん中に決まったのを見た。そして、スピードガンに表示された数字は……
「15……150キロ?」
こいつ、まだ一年生だぞ? 野球のルールを覚え始めたのだって、つい最近のことなのに。
一般の高校生を遥かに凌駕する球速を目の当たりにして、田中は数秒間呆然と立ち尽くし、やがてゆっくりと拳を握りしめた。
(もし、俺が南極のあの快速球を打ち返して、内野や外野を抜けるヒットにできたら……)
もっと頑張らなきゃな! 田中はそう決意し、ついさっき柴門に「女の子にモテない」と言われたことなど、すっかり忘れていた。
「60球中38球がボール……小学生の方がまだマシなコントロールしてるぜ」
南極のボール球の数を聞いて、宇治川がそう辛口の評価を下した。南極は悲しそうにため息をついたが、それでも自己弁護しようと即座に言い返した。
「で、でも! 球はすごく速いんだよ。これってすごいことでしょ?」
「ストライクゾーンに入らなきゃ、いくら速くても宝の持ち腐れだろ。それに、デッドボールの危険もあるし。今の強豪校の強打者たちは、ピッチングマシンを150キロ以上に設定して打撃練習をしてるんだ。わざとボール球を打つ練習までしてる奴らもいる。本当に厄介なんだぜ」と宇治川は言った。
確かに南極の快速球はプロレベルに近い。しかし宇治川の言う通り、「ストライクゾーンに投げる」という基本すらできなければ、全く使い物にならない。
実はこのことについて、南極が言われるのは初めてではなかった。高橋元監督、白井先生、片岡先生の三人からも同じことを注意されている。「バランスを保ち、力を維持し、滑らかに体を伸ばして球をリリースする」。その理屈やアドバイスは頭では理解しているのだが、実際に体現するとなると、それはまた別の次元の難しさだった。
南極の暴投に比べ、宇治川の投球は60球中わずか7球がボールと、非常に安定していた。スライダーやカーブなどの変化球の練習を交えればボール球の割合は少し上がるが、それでも正常の範囲内だ。球速は130キロ前後を維持しており、南極には及ばないものの、総合的に見れば計算できる安定感があった。
「うぅ……」
南極は言い返せなかった。彼自身も宇治川の投球を見ているからだ。自分のノーコン連発とは違い、宇治川の安定したピッチングは白井先生たちからの評価も高い。さらに佐久間先輩も、藤田先輩の参考にするため、好んで宇治川の球を受けていた。
ビュビュッ──バシッ! ビュビュッ──バシッ!
一時間というブルペンの使用時間。監督からは投げ込みすぎないよう言われているが、一年生にとってボールを投げられるのはこの時間だけだ。誰かがブルペンを使っている空き時間を利用して、数人が交代でマウンドに上がる。もちろん、一人が投げられるのは20球にも満たないが、それでもみんな、このわずかな投球機会を大切にしていた。
「さすがは教科書通りだな」
林友達のピッチングを見ながら、宇治川が感心したように言った。
チームメイトの豊里流星は友達の球を「お行儀のいい球(優等生ボール)」と呼び、宇治川は「教科書レベル」と表現するが、その理由は同じだ。友達の球速はやや遅いが、コントロールは抜群に正確だった。例えばインコースのスライダーならナイングリッドの7番に、アウトコースのスライダーなら9番にピタリと決めることができる。落ちる球は5番と8番の間にコントロールする。
まさに完璧だが、その「完璧なピッチング」には明確な弱点があった。
投球のテンポやタイミングを読まれてしまえば、彼の球は打者にとって全く脅威にならないのだ。
友達自身もそれを自覚していた。
だからこそ、台湾で投げていた頃、捕手のサイン(配球)を参考にしつつも、友達は常に打者の狙いを観察し、首を振るべきかどうかを考えていた。時には監督の指示にさえ躊躇することもあった。
打者の習性や打球の確率を予測し、推測を重ねることで、自分自身に「狙ったコースに完璧に投げる」ことを強いていた。それはボール球(遊び球)であっても同じだ。
田中のように打席で思考を巡らせるタイプの打者なら、観察で対応できる。しかし、流星のような天性の感覚と圧倒的な野球センスを持つ強打者が相手となると、友達は苦戦を強いられる。
厄介なことに、強豪校には流星のような天性のセンスを持つ打者がゴロゴロいる。そういった打者たちとどう渡り合うかが、投手・林友達にとっての最大の課題だった。
「どう? 流星」
一通り投げ終え、ボール球はゼロ、コントロールの狂いもなし。友達は、バッターボックスに立って打者のシミュレーションをしている豊里流星に尋ねた。流星は少し考えてから言った。
「ごめん、友達。でも俺、たぶん今の球ならヒットにできると思うぜ。俺、インコースの球が好きだし、あの球速なら余裕で打ち返せる」
「流星、お前見栄張るなよ」宇治川が突っ込む。
「本当はもう、友達に三振させられてるんじゃないの?」南極も横からからかった。
「マジだって! 本当に友達がインコースにストレートを投げてくる気がしたんだよ! 嘘じゃねえって!」
友人たちのからかいに、流星はブルペンの外にいる南極と宇治川に向かってムキになって言い返し、絶対に打てると豪語した。
「流星、頼む! もう一球いくぞ」友達が言う。
流星は「分かった」と答え、再びバットを構える真似をして、友達の投球に合わせてスイング(素振り)をした。
(やっぱり、流星の言っていたことはでたらめじゃなかった。もし本当にバットを振っていたら、俺の球は確実に打ち返されていただろう)
友達はそう痛感した。さっき流星が「インコースに来る気がした」と言ったのは、完全に図星だったのだ。流星はただの直感で動いているだけだが、こういう『感覚派(直感型)』の打者こそ、友達にとって最も厄介な相手だった。
いくらコントロールが良くても、多彩な変化球を操れても、捕手のサイン通りに正確に投げられたとしても。コースを読まれ、ヒットを打たれてしまえば、すべては徒労に終わる。
(えっ? この球……危ない!)
友達の投じた球を見た瞬間、流星はコンマ数秒の判断で咄嗟に身を躱した。流星のその判断は正しかった。友達の投げたこの落ちる変化球は、軌道が外れたボール球だった。ストライクゾーンの隅をかすめてはいたが、そのままいけば足に当たっていたかもしれない。だからこそ、打者としての本能が働き、無意識に避けたのだ。
スピードガンの表示は「134キロ」。これが、今日友達が投げた初めてのボール球だった。
「ごめん! 流星、大丈夫か?」
自分の想定した軌道から外れてしまったことに気づき、友達は投げ終えるとすぐに駆け寄って尋ねた。外へ逃げるように避けた流星は、手で自分は平気だと合図した。
「あっぶねー! でも平気平気、友達、気にすんなって」と、いつもの間の抜けた笑顔を見せた。
「ごめん、今のはちょっと指が滑ったんだ」
友達はすまなそうに言った。無意識に力が入りすぎて、リリースのタイミングがほんの少し早まってしまったのだ。まさかボール球になるとは自分でも思っていなかった。
「おーい! 先輩たち着替えに行ったぞ。そろそろ時間だ」
その時、遠くから田中廉太の声が響いた。ブルペンの整備に向かってくる廉太と柴門の姿を見て、友達たち四人も今日の部活の時間が終わったことを悟った。
結局のところ、これまでの課題はそのまま残されている。南極は相変わらず深刻なノーコン問題を抱え、友達は様々なタイプの打者をねじ伏せられるよう球速を上げなければならない。一年生の三人の投手の中では、やはり宇治川が最も安定していた。
これは彼ら三人だけの自己評価ではなく、指導陣の評価も同じだった。そして、これこそが今後の大きな課題となる。「阪海工一年生のエース投手」をどう育成していくか、という難題だ。
「3月中旬の合同合宿と練習試合は、主に二年生の調整と強化に重点を置くつもりだけど、一年生の参考にもなるかもしれないわね」
片岡先生が言った。「向こうの学校の一年生も合宿に参加するだろうし、夏の大会で当たる可能性もある。お互いに情報収集の場になるのは間違いないわ」
「それよりも、まずは連中に学業に専念させるのが先だ」
白井先生はそう言って頭を抱えた。各クラスの担任や専門科目の担当教員から提出された野球部員の成績表を見るたび、寮に集めて補習を開く必要性を痛感していたのだ。
「うちの選手たちが無事に試合に出られるように、お勉強の指導はよろしくお願いしますね、白井先生」
「まるで俺だけの責任みたいに言うな」
「仕方ないじゃない。体育教師の私が、あの子たちの学力向上に何か貢献できると思う? 私にできるアドバイスなんて、『適度な運動は学習効率を高めるわよ』くらいしかないわよ」
片岡先生は笑って言った。その開き直った物言いに白井はムッとしたが、反論のしようもなかった。
「でも、その分私は野球部と選手たちに全力を注ぐわ。前からずっと思っていたんだけど、日本の高校野球って、他校との実戦経験が少なすぎるのよ。自校での紅白戦ばかりやって閉じこもってる。そういうやり方じゃ、選手の本当の姿を理解したり、相手と正面から対峙する経験値を積んだりするには、あまりにも不十分だわ」
片岡の持論を聞き、白井は尋ねた。
「……で、どうするつもりだ?」
「どうするって……さすがに、私たちと交流戦を組んでくれるような強豪校を見つけるのは無理だけど。でも、この前の秋季大会で近畿大会まで進んだ実績を交渉材料にすれば、中堅クラスの学校なら練習試合を受けてくれるはずよ」片岡先生は言った。「テストが終わったら、春休みまでひたすら他校との交流戦を組みまくるわ」
「……なら、交渉の件は任せる」白井先生は短く答えた。
言葉にするのは不適切かもしれないが、男性指導者が交渉するよりも、女性である片岡先生が他校へ赴いて練習試合の打診をした方が、成功率が格段に高いという事実がある。
思いがけないところで発揮される「女性という性別のアドバンテージ」。片岡が以前言っていた「男たちの高校野球」という言葉の通り、こういう裏方の交渉の場においてさえも、野球界全体が未だに良くも悪くも「男の世界の思考」で回っていることを、白井は痛感し始めていた。
これが果たして良いことなのか、悪いことなのか。今の白井には判断が難しかった。
「唸れど出ぬ、暗雲低迷」
「え? 日空、何言ってるの?」
夕食後、先輩たちの入浴が終わるまでの少しの空き時間。友達と南極は男子寮の簡易トレーニングルームにいた。設備は少し古いが、先輩たちと一緒に定期的にメンテナンスをしている。筋力と体幹を鍛えるため、野球部の部員たちが常に頻繁に出入りする場所だ。
「黒川軍曹の真似だよ。あの人、難題にぶつかるといつも険しい顔をしてこう呟くんだ。『唸れど出ぬ、暗雲低迷──』ってね」
南極は、黒川軍曹が怒っている時の恐ろしい顔を真似しながら言った。
「でも……何が雲から出ないの? 天気の話?」
言葉の意味がさっぱり分からない友達は、適当な解釈をした。
「『いくら頭を悩ませても解決策が出ず、状況が悪くて先行きが不安な状態』って意味だよ」
横でマッサージボールを使って筋肉をほぐしていた、二年生の吉岡大河先輩が解説してくれた。友達と南極がそちらを見ると、大河先輩が「豹柄のヨガマット」の上で、自分の体をあり得ない方向に折り曲げているところだった。
「南極のそのセリフ、なんだか昭和のおじさんの独り言みたいで面白いね」
大河先輩は笑いながらそう言ったが、体は極限まで筋を伸ばす過酷なストレッチをしている真っ最中だ。それなのに顔にはリラックスした笑みを浮かべており、その完全に一致しないちぐはぐな様子が、友達と南極に強烈な違和感と不気味さを抱かせた。
(大河先輩は、いい人なんだけど……)
(大河? 悪い人じゃないんだけど、ただ……)
(答えにくいな。大河先輩って……)
『考え方がちょっと奇抜な変人』。
普段一番図太い流星や、めったに他人を悪く言わない栄郎でさえ、彼のことをそう評価している。南極と友達も、寮でこの二年生の吉岡大河先輩と二人きりで話すことは滅多になかった。しかし、突然先輩から話しかけられた以上、一年生の後輩として何も答えないわけにはいかない。
「吉岡先輩、何をしてるんですか?」と友達が尋ねた。
「ヨガだよ。本で読んだんだけど、体をリラックスさせて柔軟性を高めるのにすごく効果があるらしいんだ。どう? 南極と友達もやってみる?」
「すみません、吉岡先輩。俺の名前、『友達』って読むんです」
「あ、ごめん友達。じゃあ、友達からヨガを試してみようか! すごく気持ちいいよ」
「え? ええっ、俺ですか?」
友達が反応する間もなく、大河先輩はベンチに座っていた友達をヨガマットの上に引きずり込み、一度お手本のポーズを見せた。友達が助けを求めるように南極を見ると、それを察した南極が慌てて割って入ろうとした。
「先輩、あの、俺たちは……」
「あ、南極もヨガやりたいの? ごめんごめん、忘れてたよ」
大河は満面の笑みで、南極までも引っ張り込んだ。こうして友達と南極の二人は、なし崩し的に吉岡大河先輩のヨガ教室に巻き込まれてしまった。しかし、先ほど不気味に見えた動作も、実際にやってみると、練習後のクールダウン(整理体操)に意外と似ていることに友達は気づいた。
「先輩はどうしてヨガを始めたんですか?」友達が尋ねた。
「どうしてかって? いつだったかな、メジャーリーグの山本由伸選手がヨガを取り入れている動画を見てね。面白そうだなと思って真似し始めたら、ウエイトトレーニングよりもこっちのリラックス効果の方が面白くなっちゃってさ。……おお、友達、君は体がすごく柔らかいね。とても初心者とは思えないよ」
「え……ありがとうございます」
大河先輩に褒められたものの、その口調は確かに称賛しているのだが、どこか背筋がゾクッとするような奇妙な不気味さを伴っていた。
「痛い、痛いっ!」
「おや、南極は筋が硬いね。もっとリラックスしないと」
股関節を楽々と動かせる林友達に比べ、南極は長座体前屈のポーズでピタリと止まり、それ以上前へ倒れなくなっていた。大河先輩がゆっくりと体重をかけて南極の体を押すと、南極は痛みに耐えかねて悲鳴を上げた。そして這うように逃げ出し、友達に泣きついた。
「殺されるかと思った……」
「君の体は柔軟性が足りないね。柔軟性が高いと、君たちのピッチングにもすごく役立つんだよ」
「えっ、マジですか?」
逃げ出したはずの南極が、「ピッチングに役立つ」と聞いて即座に戻ってきた。
「本当だよ。さあ、今度は一緒に背筋を伸ばして座って。深呼吸するよ。手は胸とおへその上に置いて。鼻から吸って、口から吐く。ゆっくり吸ってお腹を膨らませて……ゆっくり吐く。リズムに意識を向けて、すべてをゆっくりと。吸って──吐いて──吸って──吐いて──。いいね。じゃあ、自分が大きな木になったと想像して……」
大きな木に?
友達と南極は、大河先輩の言う通りにやってはみたものの、自分が木になるイメージなど全く想像できなかった。
「呼吸に合わせて、ゆっくりと体を伸ばしていくよ。木の枝が伸びていくように……胸郭を縮めて、肩はリラックスさせたまま……自分の体に、ふさふさの葉っぱが茂っていくのを感じて」
葉っぱが茂る?
大河先輩の指示が抽象的になればなるほど、友達と南極は「本当にこの動きがピッチングに役立つのか?」と疑念を深めていった。それでも二人は、大人しく先輩の言う通りに「吸って、吐いて」の動作を続けるのだった。
「……お前ら、何やってるんだ?」
トレーニングルームに大河を探しに来た二年生の川原慎が、部屋の中で一年生の友達と南極に奇妙なポーズを取らせている大河を見て尋ねた。
「川原先輩……」
「先輩、大河先輩が野球が上手くなる動きを教えてくれてるんですけど……て、手が届かなくて……」
南極はそう言いながら、背中に回した上下の手をなんとか繋ごうと悪戦苦闘していたが、指先すら触れず、バランスを崩して転びそうになっていた。その異様な光景を見て、慎は深いため息をつき、大河に言った。
「大河、後輩に変なストレッチを教えるなよ。筋でも痛めたらどうするんだ」
「え? そうかなぁ。二人とも筋がいいし、上手にできてると思うけど?」
大河は不思議そうに首を傾げた。
「とにかく、お前らストップだ。まったく……大河、後輩のためを思ってやってるのは分かるけど、基本お前がやってるのはヨガの見様見真似と、野球のバラエティ番組でかじった知識のちゃんぽんだろ? 違うか? そんな中途半端な知識で後輩が間違った動きをしてケガしても、お前は責任取れないんだぞ。やる前に少しは結果を考えろ」
慎はそう叱りつけ、南極と友達に向かって、さっき大河が真似しようとしていたのは山本由伸選手の「BCエクササイズ」だと説明した。
これは日本の国家資格を持つ柔道整復師・矢田修氏が、山本選手のために考案した「体の正しい使い方」にアプローチするトレーニング法だ。従来のウエイトトレーニングとは異なり、「筋肉の連動性」を重視し、体全体を連動させて可動域や柔軟性を高めることを目的としている。だが、そこに吉岡大河本人のクリエイティビティが加わったせいで、わけのわからない代物になっていたのだ。
「僕が編み出した『大河流BCエクササイズ』だよ」
「ヨガのポーズを勝手に足しただけだろ。さも自分が開発したみたいに言うな」
慎はそう言い捨てると、一年生をこれ以上実験台にさせまいと、大河の首根っこを掴んで連行していった。
こうして、二年生の大河先輩にすっかり振り回された南極と友達だったが、この一件で友達は「南極の体がかなり硬い」という事実に気づくことになった。
入浴と風呂掃除を済ませて部屋に戻ると、南極はまだ大河先輩に教わった、片手を肩から下へ、もう片方の手を腰から上へ伸ばして背中で繋ぐストレッチに挑戦していた。
「お前、まだそれやってたのか?」
タオルを置いた友達は、悪戦苦闘する南極のそばに行き、彼の体を支えながら言った。
「焦らないで。力ずくで急いでやろうとすると、逆に体がこわばって硬くなるから。もっとリラックスして、日空……」
しばらく格闘した末、結局南極の両手はしっかりと組むことはできなかったが、それでも指先が少し触れるくらいには進歩した。次に、南極が友達にも同じポーズをやらせてみた。すると友達は、右手が上でも左手が上でも、いとも簡単に背中で両手をしっかりと繋いでみせた。
それを見た南極は感嘆の声を漏らした。
「友達、サーカスに入って、体を小さな箱に詰め込む手品とかできそうだな」
「何だよそれ。箱になんか入りたくないぞ」
南極の思考回路も大河先輩と大差ないなと呆れつつ、友達は南極の体の硬さを思い出し、ふと言った。
「お前がいつまでもコントロールが定まらないのって、体が硬すぎるのも関係してるんじゃないか?」
「えっ、それって関係あるの?」
「あるよ。俺たち、小学生から野球やってるけど、コーチからいつも『体が硬すぎると筋肉痛になりやすいし、ケガもしやすいから柔軟性をつけろ』って言われてた。南極、普段から筋肉ほぐしてるか?」
「筋肉痛になった時はほぐしてるよ」
「日空、それじゃダメだ。筋肉をほぐすのは毎日やらなきゃいけないことなんだぞ。どうりでそんなに体が硬いわけだ。俺がほぐし方を教えてやるよ」
そう言うと、友達は自ら南極の手足を引き寄せ、姿勢を正そうとした。その無防備な接近に二人の距離はぐっと縮まる。恥ずかしくなった南極は思わず身をよじって避けようとしたが、逃げた先からすぐに友達に捕まえられてしまう。
その瞬間、南極の鼻先に、友達からお風呂上がりの爽やかなハーブの香りがふわりと漂ってきた。
「逃げるなよ。ちゃんとやらないなら、もう教えてやらないぞ」
友達は、南極がストレッチの痛みを怖がって逃げているのだと勘違いしてそう言った。
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……」
南極はブツブツと呪文のように呟いた。
「ふざけてないで、真面目にやれよ」
南極の口にしたアニメの元ネタが通じない友達は、軽くポンッと南極の頭を叩いた。
一年生にとって三学期最後の期末テスト。過去二学期と比べて、学業に苦しんでいた友達の状況は明らかに好転していた。ここで初めて、彼は「復習」の重要性を身をもって知ったのだ。
しかし、この事実は日本の先輩や同級生たちを大いに驚かせた。普段から成績の良くない中西先輩でさえ、友達がこれまで一度も復習をしたことがないと聞いて、「台湾の中学校、一体どうやって卒業したんだよ?」と呆れ顔で尋ねたくらいだ。
友達は少し気まずかった。どうやら自分の過去の学習態度は、日本の学生から見れば「少し不真面目」というレベルでは済まされないらしい。
専門科目についても、友達は相変わらず努力を続けていた。成績優秀な青木陽奈や、野球部の他の同級生たちはインダストリアルデザイン科ではない。唯一同じコースなのは、同室の日空南極だけだ。
しかし、いざ南極を頼るとなると、友達はどうしても素直になれない「気まずさ」を感じていた。自分でも理由はうまく説明できないが、とにかく「自分の情けない部分」を南極には見せたくないのだ。
ともかく、野球と学校、練習と学業の板挟みの中、友達はついに期末の総合成績表を受け取った。
不安を抱えながら開くと、ようやく胸のつかえが取れた。決して良い成績とは言えないが、赤点を回避し、補習なしで野球を続けられる点数だった。とはいえ、隣の席の南極や陽奈の成績と比べれば、完全に圧倒されてはいたが。
「まずは、野球部の全員が基準点をクリアし、補習を免れたことを褒めてやろう。……喜ぶな、お前ら。いつもギリギリになってから勉強会を開いたり、我々指導陣に教えを乞うのはやめろ。普段から一般科目も専門科目も、しっかり復習しておくんだ。特に専門科目はな。卒業後、実家の仕事を継ぐにしろ、就職するにしろ、すぐに仕事で使う知識になる奴も多いんだからな。二年生、よく聞け! 野球は……残りの数ヶ月、死に物狂いで全力でいけ!」
高校野球は、もうこの夏しか残っていない。
白井先生のその言葉を聞いて、友達は二年生の中にいる藤田先輩の方へ視線を向けた。
もうすぐ三年生になる彼らにとって、これが最後の夏。藤田先輩が高校生としてマウンドに立ち、投球する最後の一年だ。そう考えるだけで、友達は少し緊張した。秋の大会で藤田先輩が「すまん、負けた」と口にしたのを聞いたことはあるが。
でも、三年生になった藤田先輩なら、絶対に勝てる。友達はそう信じていた。
なぜなら、藤田先輩が負ける姿を、もう二度と見たくないからだ。
「藤田先輩、スクイズボトルとタオルです」
「おう、サンキューな、友達」
手渡されたタオルとボトルを受け取り、藤田先輩は汗を拭い、水を数口飲んでから再びマウンドへ戻り、牽制と投球練習を再開した。
まずはインコース。その後、佐久間先輩はさらに厳しいインコースを要求し、打者の目に残像を植え付ける。そして次の球はアウトコースか、急激に落ちるフォークボール。もしインコースがファウルになれば、佐久間先輩は低めのボール球を要求して空振りを誘う。あるいは逆に、高めの釣り球を投げて外野フライに打ち取るか。
先輩バッテリーの配球をずっと観察しているうちに、友達は佐久間先輩のリードのロジック(配球の組み立て)が少しずつ予測できるようになっていた。この思考プロセスは、将来自分が捕手とどう配球を組み立てるかの参考になる。
しかし、一年生の正捕手は誰になるのだろう? なんとなく、どのポジションもそつなくこなせる田中廉太になりそうな気がするが。
「友達のやつ、ずっとお前のこと見てるな、迅真」
マウンドへ駆け寄った佐久間が、遠くから視線を送る友達を見て言った。
「あいつ、お前のこと大好きだからな。俺たちの配球のクセをすっかり見抜いてるかもしれないぜ。もし敵に回ったら、配球を読まれてて相当厄介だぞ」
佐久間の言葉に、藤田も遠くの友達を見て言った。
「友達は細かいところまで気を配れるし、投げながら常に思考を巡らせている。だからこそ、どんな変化球でもあんなに安定したコントロールができるんだ」
「そのことなんだけどさ。お前、あいつ『向いてる』と思わないか?」
佐久間が探るように言った。
「向いてるって何が? ……おい圭一、マウンドで長話が過ぎるぞ」
藤田はそう言って、話を打ち切るように投球モーションに入ろうとした。
「……まあいい」
藤田がこれ以上語りたがらないのを察し、佐久間は再びホームベースへと歩いて戻った。
話題を逸らしたとはいえ、藤田が林友達に関する「ある可能性」について意図的に言及を避けたことで、佐久間は薄々気づいていた。
藤田も自分と同じように、友達の抱える「投手としての限界」と、もう一つの「隠された才能」に気づいているのだ。しかし、何らかの理由があって、そのことについて議論するのを拒んでいる。
(やっぱり、藤田迅真……お前は結局のところ、他の後輩よりも友達に対して特別な『私情』を挟んでるな)
ビュッ──バーン!
キャッチャーミットを激しく叩く音。美しく、そして鋭い、藤田の最大の武器──インコースのスライダーが決まった。
やがて3月中旬。冬が過ぎ去り、対外試合の解禁と共に、阪海工野球部の練習試合と合同合宿がいよいよ始まろうとしていた。
実は足の神経障害により、この二ヶ月ほどは激痛で歩くこともままならない状態が続いておりました。
その痛みのあまり、小説の更新をお休みしてしまい、読者の皆様には大変申し訳なく思っております。




