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第四三章 自分でしか解決できないこと

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

スポーツ用品店『高橋スポーツ』の看板の明かりが落ち、年越しの特別番組もあらかた放送を終えていた。


シャッターが半分まで下ろされた店内に、身を屈めて慣れた足取りで入ってくる人影があった。カウンターにいた店主は、閉店後の店に無断で侵入してきたその男を見ても咎めることはなく、男の方も謝る代わりにこう言った。


「あけましておめでとう」


男は持参した保温バッグから日本酒を取り出し、高く掲げて店主に尋ねた。


「例年通り、一杯どうだ?」


店主はチラリと一瞥しただけで、肯定も否定もせず、ただカウンターを指差して酒を置くよう促した。そして短く言い放った。


「学生の頃からこそこそ裏口から入るのが好きやったが、歳食っても本性は変わらんもんやな、高橋たかはし


店主が呼んだその男の名は、阪海工はんかいこう野球部の前監督・高橋城之たかはし しろゆきだった。高橋元監督は、自分と同じように白髪交じりで皺の刻まれた店主の顔を見て笑った。


「ははっ、元から大して良い人間じゃないからな、俺は」


「自分でそう言う奴は、たいてい大して悪い人間でもないもんや」


「そうか? なら、その『大して悪くない人間』を先に座らせてくれないか?」


「勝手にせえや」


招かれざる客である高橋元監督に対し、店主はそう言いながらも、近くにあった小さなテーブルを引き寄せた。高橋も適当な丸椅子を引き寄せて腰を下ろす。


店主が用意した二つの小さな猪口ちょこには、「祝・甲子園初出場!」という文字が印字されていた。店主がわざとこれを選んだのか、それともたまたま手に取っただけなのか、高橋には判断がつかなかった。


テレビではNHKの『年の初めはさだまさし』が放送されており、さだまさしが新年の葉書を読み上げている。店主は高橋が持参した酒瓶を見て頷いた。


「やっぱり『呉春ごしゅんの本丸』に限るな」


「日本人の正月といえば熱燗あつかんだ。外国人がクリスマスにホットワインを飲むのと同じ理屈さ。もっとも、京子きょうこによれば、熱燗を好むこと自体がすでに時代遅れのジジイの証拠らしいがな」


「ふん。あのババアは酒も飲めんくせに偉そうに。最近の流行りか知らんが、甘酸っぱいジュースみたいなもんは日本酒と呼ぶ資格もないわ。本当の日本酒ってのはな、こういうスッキリとしたキレのある味で、刺身の邪魔をせんやつのことを言うんや」


「ははは! まったく京子の予想通りだ。あいつ、『あのおっさんは絶対に文句を言うわよ』って笑ってたぞ。若い頃からお前と京子は顔を合わせるたびに言い争ってばかりだったからな。……ああ、なんだか懐かしいよ」


高橋元監督は、テレビの横に飾られた色褪せた古い写真に目をやった。そこには、若き日の自分と、かつての阪海工野球部の教え子たちが写っていた。


「教え子が多くなると、ふと『あいつら、今はどうしてるだろう』って考えることがある」


高橋はそう言いながら、額縁に入れられたその写真に手を伸ばそうとした。しかし、店主が猪口を突き出してそれを遮り、半ば強引に熱燗を飲ませた。


「くだらん」


店主は、高橋の懐古に浸るような表情を冷たく切り捨てた。


「お前はそうやって、いつまでも過去に縛られとるから、今のそのザマなんや。過ぎたことは過ぎたことや。懐かしんで何になる? ほんま、くだらんわ」


店主の袖口から覗く伝統的な和彫りの刺青いれずみを見て、高橋は彼がなぜ自分の感傷を「くだらない」と一蹴するのか理解できた。


山と海に挟まれ、和歌山と大阪の境界にあるこの小さな田舎町。かつて二人は「いつかこの魚臭い町を出てやる」と語り合っていた。しかし結局はここに戻り、これが人生だと言わんばかりに、大回りをして原点に帰ってきた。


何も残せなかったばかりか、多くのものを背負い込んだ。そう考えると、確かに「くだらない」どころか、ひどく虚しいものだった。


「お前のところの孫、もうすぐ卒業だろ? 中学三年だったな」


高橋が尋ねた。


「ああ。あいつ、最近反抗期でな。『うっさい』だの『ほっとけ』だの、たまに汚い言葉まで使いよる。態度が悪すぎて、監督に試合を外されそうになったくらいや。特に親父の話を出されると、カッと頭に血が上りよる。この前、俺も堪忍袋の緒が切れてキツく怒鳴りつけたら、少しはおとなしゅうなったわ。でも嫁はんの話じゃ、布団被って泣いとったらしい。いっちょ前に粋がっとるくせに、ほんま情けない奴や」


「思春期なんて、そういう多感な時期だろう。……まあ、お前には理解できないかもしれないが」


高橋は店主の刺青をちらりと見て苦笑した。現代っ子の繊細な感情は、この古い友人の気性には到底合わないだろう。


「唯一マシなんは、小さい頃にお前が野球の試合に連れて行ったおかげで、野球にどっぷりハマっとることやな。卒業した先輩らみたいに、高校でも野球を続けるつもりらしいわ。……でもな、悪い血は争えん。うちの親父の代から、俺も、あの子の親父(俺の息子)も、ろくな人間やない。あのバカ息子が刑務所に入って数年、ようやく反省し始めたようやけどな。嫁はんが逃げもせんと、血の繋がらんあの子を育ててくれとるのは、あいつの人生で唯一の幸運やろな」


店主は身内の恥をぼやき始めた。これらの話は、高橋も店主から何度も聞かされている。だが、正月の夜に熱燗を飲み交わしていると、こうした千篇一律の昔話が自然と口をついて出るものなのだ。


城之しろゆき。変なこと聞くようやけど……今の阪海工(野球部)、どう思とる?」


「どうしたんだ、急に」


古い友人が母校の野球部について尋ねてきたことに、高橋は少し驚きつつ答えた。


「昔と比べたら、今の生徒はずっと可愛いもんさ。みんな真面目に練習に打ち込んでるし、先輩後輩の仲も、指導者との関係も悪くない。俺が監督だった頃のあの荒れ模様に比べたら……」


「……いい場所になったよ」


「そうか」


店主は清酒をあおって言った。


「うちのアホ孫がな、阪海工はんかいこうに行く言うとんねん」


高橋たかはし元監督の反応を待たずに、店主は続けた。


「元々はお前に預けよう思とったのに、急に辞めくさりおってからに。ほんま、京子きょうこも呆れとったやろ、辞める言うて急に辞めやがって」


「こってり絞られたよ。『年寄りの男っていうのは本当に身勝手な生き物ね。自分勝手な上に、いつも周りに迷惑ばかりかけて』ってな。そうやって散々文句を言われた後で、俺の好物を作ってくれて、『長年お疲れ様でした』って言ってくれたよ」


高橋は、どこか自慢げな響きを帯びた声で笑った。


「やめえや、吐き気するわ。あの凶暴な京子のそんな一面、これっぽっちも知りとうないわ。お前、わざと俺の酒を不味うしようとしとるやろ」


店主は、古い友人の夫婦円満な惚気のろけ話など聞きたくないとばかりに吐き捨てた。


「今日、お前のところの阪海工野球部の生徒が、うちの店に来よったで」


「ほう、生徒が? ここを見つけるとは珍しいな」


「元々は、あんな不良学校がどれだけ変わるもんか思とったんや。せやけど、うちの孫の先輩になるかもしれんその生徒らを見てな、まあ、悪くないかもしれんと思い直したわ。直感やけどな、あの二人はなかなかええ目ぇしとった。この店も、もうちょっと開けといてもええかもしれんな」


「おいおい、人の店を勝手に畳まないでくれよ」


高橋元監督は苦笑した。


この『高橋スポーツ』というスポーツ用品店は、元々高橋元監督の実家の店舗だった。現在の店主は名目上、この店を「手伝って管理している」ことになっている。とはいえ、責任者の名義から、朝の開店から夜の閉店、仕入れ、経費や売上の管理に至るまで、今や高橋城之たかはし しろゆきはこの店と「完全に、一切」無関係と言っていい状態だった。


「『どうせ暇になったんだから、店を一つ頼む』やて? 人の気も知らんとからに。京子にしろ、お前みたいな野球バカにしろ、最後まで自分勝手でマイペースな、ほんま腹立つ夫婦やで」


「それじゃあ、今年もよろしく頼むよ」


高橋元監督は笑い、あの「甲子園」と書かれた猪口を高く掲げて言った。


「あけましておめでとうございます、岩崎いわさき先輩」


「おう、あけましておめでとう」



※※※※



年越しが終わると、すぐに二日間の『岬阪漁火祭みさきざか いさりびまつり』が控えていた。しかし、規則正しい寮生活から急に環境が変わったせいか、友達ヨウダは正月明けの翌日に風邪を引いてしまった。


悪化させないため家(姉の家)で休養を余儀なくされ、今年の漁火祭への参加は絶望的となった。短い冬休みを終えて学生寮に戻ると、まだ新学期は始まっていないものの、阪海工野球部のメンバーはいつもの練習漬けの日々に戻っていた。


「祭りに参加できなくて残念だったな、友達」と、流星りゅうせいが残念そうな顔を作った。


「ほんとだよ。友達が六尺褌ろくしゃくふんどしで走り回る姿、すげぇ楽しみにしてたのに」流星の家にいたれんも便乗して言う。


「お前ら、ただ俺の恥ずかしい姿を見たいだけだろ?」


全く心配しているようには見えない二人に友達がツッコミを入れると、このお調子者コンビはゲラゲラと笑った。画面の奥には宇治川うじがわの姿も見え、この三人は本当に四六時中つるんでいるなと友達は呆れた。そういえば、台湾にいた頃の自分も、馬耀マヨウ福定フディンと三人でいると、周りからは流星たちのように「いつもセットの三人組」に見えていたのかもしれない。


学校はまだ冬休み中のため、監督も寮でのスマホ使用時間を少し緩和してくれていた。友達や南極なんきょく、そして二年生の先輩たちも、普段よりスマホを見る時間が増えた。


祭りが終わる頃には、友達の風邪もすっかり良くなっていた。一年生のグループLINEや野球部のグループには、祭りの写真や動画が大量にアップされていた。


蓮や流星たちが六尺褌一丁で飛び跳ね、伝統的な祭りの太鼓に合わせて踊る姿は、友達の目にも新鮮で面白く映った。しかし、やはり自分がみんなの前でこんな格好をして踊るなんて、想像するだけで落ち着かない。


「面白そうだな、日空ひぞら。……日空?」


「えっ、あ、ん? あ、なに、友達」


声をかけても反応がないため、友達がベッドの下を覗き込むと、南極は友達の視線に気づいて異様に慌てふためき、大きなコアラのように布団を抱きしめてしどろもどろになっていた。


その奇妙な様子に友達は問い詰めようとしたが、まあいいかと思い直し、話題を戻した。


「お前も祭りに行ったんだろ? どうだった、面白かったか?」


「うん、すごく面白かったよ」


言葉ではそう言いながらも、南極の顔は「面白かった」という表情ではなかった。しかし友達はそれに気づかず、ただこう告げた。


「来年は俺も行ってみたいな。岬阪漁火祭」


「えっ、本当? でも、六尺褌を着なきゃいけないんだよ」南極は驚いたように言った。「友達って、肌を見せるような場所は嫌いなんじゃないの?」


「嫌いってわけじゃないけど……その、なんていうか、人に見られるのは恥ずかしいだろ。流星や中西なかにし先輩みたいに、いきなり裸になってふざけたりはできないし。でも、せっかく岬阪の祭りなんだから、一回くらいは挑戦してみようかなって思って」


それを聞いて、南極は目を丸くした。


「意外だな。友達が一緒に裸になりたいなんて」


「裸じゃないだろ、ちゃんと穿いてる(六尺褌)んだから!」


南極の頓珍漢な解釈にツッコミを入れつつ、友達は少し申し訳なさそうに言った。


「でも、悪かったな。俺が風邪を引いたせいで、お前も姉ちゃんたちと少しだけ祭りを見た後、すぐ帰らなきゃいけなくなって。大した風邪じゃなかったんだから、気にしなくてよかったのに」


「ううん、気にしないで。どうせまた来年もあるんだし! それに、来年は『一緒』に行けるからね」


「……ああ、そうだな」


気のせいだろうか。来年は一緒に祭りに参加しようと約束した時の南極の笑顔は、以前よりもずっと眩しく見えた。その笑顔に思わず視線を奪われ、友達は突然、体の中に熱がこもるのを感じた。それはまるで、ウォーミングアップを終えていざ練習に臨む前のような、不思議な胸のざわめきだった。


野球部の冬の練習は続いている。ウエイトトレーニングの成果もあり、今日友達が試した投球は、以前よりもずっと安定していた。変化球のキレも増し、ストレートのボール球の割合もかなり減っている。


それは確かに喜ばしいことだったが、友達の最大の悩みは一向に解消されていなかった。投手にとって最も気になる「球速」が、全く伸びていないのだ。彼の最速は相変わらず132km前後で止まっている。これでは、中学時代から全く進歩していないのと同じではないか。


しかし、友達以上に悲惨な状況にあるのが南極だった。


彼は相変わらずコントロールが定まらず、ボール球を連発していた。暴球を受ける練習台にされている佐久間さくまでさえ、ついに堪忍袋の緒が切れかけていた。


「お前、本当に俺の言ってること分かってるか? おい、日空南極。何度も言ってるだろ、力任せに投げるだけでコントロールがなきゃ、ただの暴投なんだよ。もしバッターボックスに人が立ってたらどうなるか考えてみろ。お前は延々とデッドボール(死球)になるような球を投げ続けてるんだぞ。おい、本当にお前、まともに投げる気あるのか?」


その顔は、明らかに怒りが爆発する寸前だった。


「本当に……申し訳ありません」


南極は深く頭を下げ、練習に付き合ってくれている佐久間先輩に真剣に謝罪した。


一方は球速が伸びずに悩み、もう一方はコントロールが定まらずに苦しむ。二人の投手は、それぞれの壁にぶつかっていた。


這一段情節巧妙地將視角切換到了管樂部的青木陽奈身上,透過旁觀者的眼睛,點出了南極對友達情感上的微妙變化。那種從「單純的喜歡/想抱」到「意識到性吸引力而感到無措」的青春期轉變,描寫得非常細膩。


我延續了分段排版,並精確翻譯了關於管樂部(吹奏楽部)、首席小號手,以及南極那份青澀的「情竇初開」。


第四十三章 自分でしか解決できないこと(変化の兆し)

南極なんきょく友達ヨウダは、それぞれの課題を抱えたまま冬のトレーニングを終え、第三学期を迎えた。


彼らとは対照的に、同じクラスの青木陽奈あおき ひなは、再び音楽教師や先輩たちから高い評価を受け、二年生にして三年生のレギュラー陣に混ざり、「首席しゅせきトランペット奏者」として迎えられることが決定した。


この抜擢は吹奏楽部内でも満場一致だった。陽奈の整った容姿と持ち前の巧みなコミュニケーション能力も手伝って、飛び級で首席になることに異議を唱える者は皆無だった。


だが同時に、「陽奈の中学時代の彼氏が阪海工はんかいこうにいるらしい」という奇妙な噂も、ますます尾ひれをつけて広がっていた。


(好きに言わせておけばいいわ)


今更そんな噂を否定したところで、「何か隠している」と勘繰られるだけだ。陽奈はそう割り切っていた。特に、先輩たちや女子が圧倒的多数を占める吹奏楽部や女子寮において、こうした色恋沙汰の噂が自然発生するのは避けられない。


例えば、「陽奈と同じクラスで野球部の日空ひぞら南極は付き合っている」という噂も、いまだに消えずに囁かれ続けているように。


「あっ、陽奈」


「久しぶり。あけましておめでとう」


朝練を終えた友達と南極が廊下を歩いていると、同じく楽器ケースを抱えて朝練から戻ってきた陽奈と、吹奏楽部の女子生徒たちに遭遇した。


陽奈の隣にいた女子生徒は、友達たちの姿を見るやいなや、「私たち、先に教室行ってるね」と、わざとらしく野球部の二人のために陽奈を置いて立ち去った。


「おはよう。お互い冬休み中も練習してたのに、全然会わなかったわね」


陽奈はそう挨拶した後、友達の体つきを見てふと言った。


「そういえば友達、少しガタイが良くなったんじゃない?」


「そうか?」


友達は聞き返しつつも、「体が大きくなった」と言われて嬉しさを隠しきれない様子だった。すかさず南極が無邪気に付け加える。


「友達、腹筋も割れてるし、お尻の筋肉もすっごいんだよ!」


「えっ、見てみたい! お願い、見せてよ友達」


「えええええっ!? そ、それは……いや……!」


「冗談よ」


からかわれて狼狽える友達を見て、陽奈はフッと笑った。


部活での張り詰めた緊張感が、このやり取りだけで少し解けるような気がした。陽奈にも気の置けない女友達や部活の仲間はいるが、それでもやはり、友達や南極の二人と他愛のない会話をしている時が、一番肩の力を抜いてリラックスできるのだった。


しかし、陽奈はある「異変」に気づいていた。


以前なら隙あらば友達に抱きついていた南極が、最近妙に自制しているのだ。


放課後、友達が少し席を外した隙を突いて、陽奈は南極に尋ねた。


「最近、あんまり友達に抱きつかないわね」


「うん。……前みたいに抱きついたら、困らせちゃうような気がして」


南極は鞄に教科書を詰めながら答えた。


「昔は、友達がどんなに嫌がってもお構いなしに抱きついてたじゃない」


「うん。でも、今は違うんだ」


「違う?」


陽奈が小首を傾げると、南極は今まで見せたことのない、いかにも年相応の少年らしい青臭い表情を浮かべた。


「お正月に、友達のお姉さんから一緒に年越ししようって誘われてさ。お姉さんの家に泊まった時、友達が和服(着流し)に着替えたんだ」


最初はただ、和服姿の友達が新鮮で「かわいいな」と思っただけだった。しかし、感情がコントロールできなくなったのは、友達が軽い風邪を引いた時だった。


症状は軽かったが、友達は熱っぽさで少し火照っていた。祭りの見物から早く戻った南極が、様子を見ようと友達の寝室に入った時だ。


暖房の効いた部屋で、友達の和服の襟元が少しはだけていた。太陽に焼かれた褐色の肌と、服に隠れていた真っ白な肌の境界線がくっきりと見え、そこに薄っすらと汗が滲んでいた。


その無防備な姿を見た瞬間、南極の胸の奥で、今まで感じたことのない「奇妙な欲望」がドクンと跳ねたのだ。


それ以来、友達を見るたびにあの時の光景がフラッシュバックしてしまい、自分でもどうしていいか分からなくなってしまった。


「……こんな変な目で友達を見るの、すごく申し訳ない気がして」


南極は俯き加減で告白した。


「……そう? 私はごく普通のことだと思うけど」


「えっ! 陽奈もそんな風に人を見ることあるの!?」


陽奈のあっさりとした返事に、南極は驚いて顔を上げた。


「あるわよ。好きな人があんなに無防備な姿を見せたら、そう思っちゃうのも普通でしょ? ……というかそれって、南極が友達のことを『好き』だからじゃないの?」


陽奈は少し意地悪な笑みを浮かべて言った。


ストレートに愛情表現をするタイプだと思っていたが、意外にもこんな純情で青臭い大型犬のような一面があるとは。陽奈は少しだけ、南極のことが微笑ましく思えた。


「うん、でもこのままだと友達ヨウダを困らせちゃうだろ?」南極なんきょくが言った。


「さあ、どうかしらね……」


もしかしたら、友達自身もその「好き」という感情に戸惑っているのかもしれない。陽奈ひなは心の中でそう思ったが、その言葉を南極に伝えることはしなかった。


廊下から足音が聞こえ、鞄を背負った友達が教室の外から南極を覗き込んで言った。


「何やってんだよ、日空ひぞら!」


「何って?」南極はきょとんとして友達を見た。


「さっさと片付けろよ。流星りゅうせいたちはもう出たぞ。これ以上モタモタしてたら練習の時間に遅れる!」


「あ……ああ、分かった、すぐ行く!」


(まだ、そういう時期じゃないのね。)


友達が慌てて教室に入ってきて南極の腕を掴むのを見ながら、陽奈は思った。この親密な距離感がどこまで続くのかは分からないが、陽奈は南極と自分がどこか似ているような気がした。部活、学校、そしてこの少しばかり複雑で微妙な感情に思い悩んでいるところが。


こんな青臭い恋心に比べれば、自分の恋愛はまるで熟しすぎたリンゴジュースのようだ。酸味も甘味も少し強すぎる。そう考えると、青木陽奈もまた南極と同じように、「好き」という名の一筋縄ではいかない感情に苦悩しているのだと感じた。


1月から2月にかけての野球部のオフシーズン。体力作りと個々の課題克服が部員たちの主な目標となるが、それ以外にも、友達は二年生から始まる「専門科目のコース分け」という現実と向き合わなければならなかった。


昔から阪海工はんかいこうは生徒のアルバイトを禁止していないが、その代わり、バイトをするなら関連する資格を取得することが条件付けられていた。


そのため、一年生のうちにガソリンスタンドで働くための「危険物取扱者 乙種第4類」や、ゲームセンターの筐体修理や配線工事のための「第二種電気工事士」の資格を取ることは、この学校の伝統のようになっていた。


「たぶん昔の不良たちは金に困ってたんだろうな。資格を取らないとバイトできなかったからさ」と、クラスメイトが冗談交じりに友達に教えてくれたことがある。


これは同時に、こうした入門レベルの資格を取得した後、二年生からはより高度な専門分野へ進むことを意味していた。船舶、工業、あるいは遠洋漁業など、クラスメイトや友人たちと全く違う専門分野を学ぶことになるかもしれない。その時になって初めて、友達は担任や白井しらい先生が、留学生である自分に対してなぜあんなに勉強に厳しかったのかを理解した。


もし他人に頼って赤点を回避しているだけなら、二年生になって頼る人がいなくなった時、あるいは自ら予習復習をして日本語の専門用語に慣れる習慣をつけていなければ、野球どころか日本で学業を修めることすら危うくなる。


友達は「工業デザイン(インダストリアルデザイン)」の専攻を選んだ。そして、南極も同じだった。


「あーあ、これで二年生になったら友達と一緒じゃなくなるのか」


流星が少し残念そうに言った。


「専門科目の教室が違うだけで、共通科目のクラスは同じだろ? 何バカなこと言ってんだよ。れん、こいつの面倒しっかり見とけよ。ただでさえ野球部は人数が少ないんだ。二年生になって脱落するようなチームメイトなんて御免だからな」


宇治川うじがわはそう言うと、流星の坊主頭を小突いた。


一年生から二年生に進級する際の専門科目のコース分けで、宇治川うじがわは実家の家業に少し関連のある「遠洋漁業科」を選び、流星りゅうせいれんは「船舶工業科」を選んだ。これら二つは、阪海工はんかいこうにおいて昔から最も人数の多い花形の職業コースだ。


一方、友達ヨウダ南極なんきょくが選んだ「工業デザイン・製図科」は、比較的新しい分野のコースだった。


「こりゃ、新入生から新しい部員を探した方が早いかもしれんな」


蓮が流星を見やりながら、わざとらしく困った顔を作った。それを聞いた流星は慌てて反論した。


「俺を見捨てんなよ! とにかく赤点さえ回避すりゃいいんだろ?」


「さあな」「どうだか」

「おいおいおい! お前ら冷たすぎるだろ!」


三人はまた寸劇を始めていた。半年も付き合っていれば、友達にもこの三人の「大阪風のお笑い」のテンポが分かってくる。基本的には流星がボケて、蓮と宇治川がツッコミを入れたり囃し立てたりする役回りだ。ずっと見ていると、このふざけ合いもなかなか面白いものだった。


青木あおきは、二年生の専門コース決めた?」


野球部の男子たちの横を女子の集団が通り過ぎようとした時、友達がふと、その中にいた青木陽奈あおき ひなに尋ねた。陽奈は立ち止まって答えた。


「うん、『観光推進科』を選んだわ」


「あ、私も!」「私もだよ! 陽奈もこれを選ぶなんて意外だったな」


クラスの女友達たちが驚いた顔をするのを見て、陽奈は笑った。


「私がこれを選ぶの、そんなに意外?」


「うん、すごく意外」

「だって陽奈は吹奏楽部だし、学区外から来る吹奏楽部の子って、普通科を選ぶことが多いじゃない」

「正直、陽奈が私たちみたいな地元の女子と一緒にいるだけでも意外だもん」


女子たちの言葉に、陽奈は苦笑した。


「大げさね。音楽以外にも、単純に観光事業に興味があっただけよ。地元とか学区外とか関係ないわ。……というわけで、二年生になってもよろしくね、友達、南極」


「え、どういう意味?」


陽奈の言葉の意図が分からず、友達がきょとんとしていると、周りの女子たちがクスクスと笑い出し、友達はますます戸惑った。


「友達、観光推進科と工業デザイン科の教室は同じなんだよ」南極が笑顔で教えてくれた。「合同で受ける授業がたくさんあるんだ」


「あ、そういうことか!」


友達はここでようやく合点がいった。


「友達くんが話す時のイントネーション、台湾なまりがあってすごく可愛いよね」

「特に南極くんの隣にいると、余計に小さく見えて。二人が並んでると『シロクマとタヌキ』みたい」

「あはは、分かる分かる!」


「シロクマ?」「タヌキ?」


友達と南極は顔を見合わせた。まさかクラスの女子たちから、そんな風に見られていたとは思いもよらなかった。



※※※※



この日の練習から、二年生のメニューは一年生と正式に分けられた。


中西なかにし先輩や藤田ふじた先輩と仲の良い友達は、実は少し前からこのことを知らされていた。一年生が体力作りを中心にこなすのに対し、二年生は基礎守備からより実践的な応用練習へと移行する。また、過去の持久走中心のメニューから一新し、片岡かたおか先生は二年生の体力メニューをすべて「ダッシュと瞬発力」のトレーニングに切り替えていた。


細部の調整は、白井しらい先生に一任されている。


「思春期の男子生徒だし、女性指導者とスキンシップが多すぎると、変な気を起こさせても困るからね」


片岡先生はそううそぶいたが、白井先生はその言い訳に懐疑的だった。「スキンシップが多すぎる」と言うなら、彼女が藤田、佐久間さくま田中龍二たなか りゅうじの三人に行っている直接指導はどう説明するのか。あの熱の入り方は、言葉や身体的な接触を全く気にしていないように見える。


要するに、白井先生は気づいていた。片岡先生が「見込みのある生徒」と「そうでない生徒」の間に、明確な『特別扱い(エコヒイキ)』の壁を作っていることに。


この偏りは、他の選手にとって不公平であることは間違いない。しかし、「試合に勝つ」という目的においては、白井先生も彼女のやり方を全否定することはできなかった。価値ある選手に的を絞って個別指導を施す。他の選手たちの実力も安定して伸びてはいるが、突出しているわけではない。ならば、チームの中で勝敗の鍵を握る数名の選手を重点的に育成し、強豪校に対抗できるシステムを作り上げるしかない。


片岡先生はそう考えていた。自分の偏愛的なやり方が、白井先生の不満を買うことは百も承知だ。だが、そもそも二人の指導方針は根本的に異なる。彼女には、誰もが平等に輝く「仲良し野球部」を作っている時間などないのだ。


「たまには他の選手も見てやってくれ。村瀬むらせ日下くさか、他の生徒たちだってここ数ヶ月ですごく進歩している。片岡、君は一部の選手だけに重心を置きすぎだ。チーム全体の底上げが必要だって、前に君自身も言ってただろ。それに、一年生の方にもたまには顔を出すべきだ。これはただの提案だが……君が熱心に指導している選手たちがチームの核になることは分かっている。だけどな……俺たちは所詮、『高校野球』なんだぞ」


「……言いたいことは分かっているわ」


片岡先生自身も、自分の特別扱いが度を越していることには気づいていた。


白井先生が今のタイミングで忠告してきたのも、これ以上放置すれば取り返しがつかなくなると判断したからだろう。正直なところ、試合の時期が近づくにつれて、普段は感情的な白井先生よりも、片岡先生の方がよほど焦燥感に駆られていた。


「日下はボールの処理も想定も無難にまとまりすぎているわ。村瀬は中継ぎ投手として技術も判断力も問題ないけど、肝心なのはメンタルよ。それに木村きむらの焦り癖……ふとした瞬間にスイングが崩れるあの問題も……」


「片岡里子」


片岡先生が選手の状況を立て続けに分析し、解決策を模索しようと早口になった時だった。彼女より古くからこのチームを見ている先輩として、白井先生はすべてを察した。彼は片岡先生のフルネームを呼び、彼女がハッとして口を閉ざしたのを見て、ただ一言だけ言った。


「今日の練習が終わったら、一杯どうだ?」


「いいの? 新学期が始まって、白井先生もいろいろ忙しいんじゃない?」

「片岡、自分を追い込みすぎるな」

「…………そうね。一杯だけ付き合おうかしら」


もしかすると、片岡先生は他の選手を熱心に指導したくないわけではないのかもしれない。「全員に全力で向き合う時間がない」という現実に対する妥協案として、今の白井先生の目には「主要選手にだけ手をかけている」ように映っているだけなのかもしれない。チーム全体のレベルを効率的に引き上げるための、彼女なりの苦肉の策だ。


だが、それはあくまで白井先生の推測にすぎない。今の彼には、片岡先生のやり方が正しいのか間違っているのかを断言することはできなかった。


指導者とて万能ではない。残酷な言い方だが、教え子たちの世代交代を繰り返しながら、指導の方向性を模索し、微調整していくしかないのだ。


そしてその成否は、生徒たちの努力の裏で、常に「運」と「才能」という不確定要素に左右されているのである。


一・二年生で練習メニューが分かれたことで、友達ヨウダ南極なんきょくは再び一緒に投球練習をする時間が増えた。しかし友達は、南極のボール球の多さが以前と全く変わっていないことに気づいた。全く進歩していないとは言わないが、このままでは実戦で一イニングも持たないだろう。南極の四死球フォアボールとデッドボールだけで、味方の野手二十人全員がマウンドから引きずり下ろしたくなるに違いない。


「結局のところ、ボディバランスの問題なんだよな」


同じく投手である宇治川うじがわが、南極の奇妙な投球フォームを指差して友達と議論していた。


「子供の頃から野球をやって指導を受けてきた奴と、全くの素人から始めた奴の決定的な違いがこれだ」


確かに宇治川の言う通り、南極の投げ方は決してオーソドックスではなかった。


林友達と宇治川翔二の基本フォームは「スリークォーター(斜肩投球)」だ。腕の角度が45度から60度の間で、球速が安定しやすく、肩や肘への負担も少ない正統派の投げ方である。もちろん、投げる球種によってフォームは微調整される。例えば、宇治川や藤田ふじた先輩が得意とするスライダーを投げる時は「サイドスロー(側投)」気味になるし、友達がストレートで勝負する時は「オーバースロー(高圧式)」に近い角度になり、肩と腕を安定させることで変化球のキレも増す。


さらに特殊な例としては、二年生の村瀬むらせ先輩がいる。彼は過去の怪我が原因で「アンダースロー(低手側投)」、いわゆるサブマリン投法を採用しており、中継ぎや抑えとして打者のタイミングを狂わせる役割を担っている。


しかし、南極のフォームはそのどれにも当てはまらない、非常に奇妙なものだった。


振りかぶる動作ワインドアップは伝統的なオーバースローのように両手を高く上げるのだが、足を上げる(レッグアップ)瞬間に不自然な「タメ(頓点)」があり、そこから体が前へ突っ込むように倒れ、リリース(投球)の瞬間にはバランスの崩れたスリークォーターへと突然変化するのだ。


宇治川から見れば、それはただの「無茶苦茶な投げ方」であり、ボール球になるのは当然だった。しかし、実際に南極の球を受けたことのある友達は違った。


「でも日空ひぞらは、時々すごいストライクを投げるんだ。あの球速と軌道は、本当に恐ろしいぞ」


「軌道? ただのストレートだろ、友達」


「ストレートなんだけど……なんか、ボールの入り方が変なんだよ」


友達はうまく言葉にできなかった。確かにボール球は多いが、ストライクゾーンに決まった時のボールは、ミットでの捕球感がひどく奇妙なのだ。ストライクのはずなのに、一球一球「ちゃんと捕れていない」ような錯覚に陥る。それは不思議というより、恐怖に近い感覚だった。


150km/hに迫る怪物ルーキーのストレート。捕球した瞬間に得体の知れない衝撃をミットに残すその球について、友達はふと疑問に思い宇治川に尋ねた。


「宇治川、今まで誰か、南極の球をバッターボックスに立って打ったことあるか?」


「…………そういや、ないな」


「ってことは、まだ誰も『打者』としてあいつの球をまともに見たことがないんだ」


「当然だろ。あんなノーコンの球、俺がバッターなら怖くて立てねえよ。監督だってそう思ってるに決まってる」


「あああああっ! なんでボールばっかりなんだよぉぉ!」


二人が話していると、マウンドから南極の悔しそうな叫び声が聞こえた。どうやら本人も、自分の四死球の多さに焦っているようだ。


友達と宇治川が駆け寄り、基礎的なアドバイスや自分の経験を語ってはみたが、根本的な解決には至らなかった。


逆に、友達が球速の伸び悩みを相談した時も、南極から返ってきたのは「思いっきり腕を振って投げるんだ!」という脳筋なアドバイスだけだった。確かに南極の言う通りに全力で投げれば136km/hは出たが、宇治川が指摘した通り「そんな全球全力投球じゃ、スタミナが持たないだろ」という結論に達し、結局は「球数制限」と「基礎体力」という元の課題に戻ってしまった。


一方、宇治川自身も投手としての弱点を抱えていた。それは「球種の少なさ」だ。藤田先輩直伝の厄介なスライダーを持っているが、一年生で最も打撃センスのある豊里流星とよさと りゅうせいからは、こんな評価を下されていた。


「宇治川の球は嫌らしいけど、何回か打席に立てば、俺なら打てると思うぜ」


友達の球は「お行儀のいい球(優等生ボール)」。

宇治川の球は「嫌らしいけど打てる球」。

そして南極の球は「恐怖の殺人ボール」。


「殺人ボールってひどくない!? 僕、球が速いだけで人なんて殺さないよ!」


流星の評価を聞いた南極が、流星の胸ぐらを掴んで抗議した。


「あんな球当たったら死ぬって! 南極、お前の球は時速140キロだぞ! 40キロじゃないんだ! 免許取り消しレベルのスピード違反の球をぶつけられる身にもなれよ! これ以上バカになったらどうすんだ!」


「ブッ!」


流星の「これ以上バカになったら」という切実な叫びに、近くで給水していた部員たちが思わず水を噴き出した。本人は大真面目に心配しているのだが、なぜか流星が言うと狙ったギャグにしか聞こえないのだった。


1月からの新学期と新メニュー。友達は、野球部で悩みを抱えているのは自分だけではなく、皆それぞれが自分の課題と向き合っていることに気づいた。


夜、寮の部屋で南極が自分のグローブを磨きながら真剣な顔で見つめているのを見て、少し微笑ましく思ったが、やはり自分から気の利いたアドバイスをすることはできなかった。


「あ、お疲れ様です、藤田先輩」


入浴のため脱衣所に入ると、大浴場からタオルを首にかけた全裸の藤田先輩が出てきた。そのコワモテな顔立ちと鍛え上げられた肉体が、浴場の湯気を背負って現れると、まるで極道映画の兄貴分のような迫力だった。もちろん、口を開けばただの優しい先輩なのだが。


「おう、友達、南極。お疲れ。悪いな、俺の風呂が長引いて」


藤田先輩は、入浴時間をオーバーしてしまったことを素直に謝った。


「大丈夫ですよ、藤田先輩。この時間はもう誰もいませんから」と南極が笑顔で返す。


「そういや友達、もう大浴場には慣れたか?」


「ええ、南極と一緒に入るようになってから、少しは……」


「そりゃよかった」


藤田先輩は笑いながら、全く臆することなく友達の目の前で全裸のままTシャツを着始めた。逆に、服を脱ごうとしていた友達の方が、先輩の堂々たる裸体を前に視線のやり場に困ってしまった。その後ろでは、南極がすでにすっぽんぽんになり、何の躊躇いもなく立っている。


「最近、部屋で佐久間がよくぼやいてるぞ、南極」


パンツを穿きながら、藤田先輩が光る尻を出したままの南極に言った。佐久間先輩から不満を漏らされていると聞き、南極はシュンとした顔になった。


「やっぱり、佐久間先輩に嫌われちゃいましたかね……」


「どうしたんだ?」友達は最後の下着を脱ぎ、前を小さなタオルで隠しながら尋ねた。


藤田先輩と南極から事情を聞き、友達は初めて、自分のウエイトトレーニング中に、南極の暴球のせいで佐久間先輩が相当ストレスを溜めていたことを知った。しかし、それを聞いたところで友達に良い解決策があるわけでもなかった。野球のルールや基本を教えるのとは違い、これはもっと深く個人的な問題だ。


「藤田先輩、何かいい方法はないですか?」


「うーん……ないな」


友達の問いに対し、藤田先輩は少し考えてから正直に答えた。


「同じ投手だけど、こういう壁は結局、自分で考えて乗り越えるしかないんだ。周りがあれこれ口出ししすぎると、かえって混乱することもある」


藤田先輩によれば、佐久間曰く「投手なんてのは基本マイペースで、チームを自分に合わせさせるようなワガママな生き物」だという。だが同時に、その「ワガママ」を貫くからには、チームの勝敗に対する最大の責任を背負わなければならないのだ。


「だからお前らも、もうすぐ二年生だ。後輩も入ってくる」


誰かに頼るばかりではなく、いつか頼られる存在にならなければならない。自分で向き合うべき問題があるのだ。


「とにかく、頑張れよ」


そう言い残して去ろうとした藤田先輩を、友達は慌てて呼び止めた。


「あ、あの! 先輩! パンツ……穿くの忘れてます」


「おっと、忘れてた」


さっきまであんなにカッコいい先輩風を吹かせていたのに、服だけ着て下着を穿き忘れるという痛恨のミス。やはりこの人は「いつもの藤田先輩」だった。


「でも、先輩の言う通りだな」

「うん。自分の悩みは、最後は自分で解決するしかないんだね」


風呂から上がり、部屋に戻る道すがら。


南極は、自分の前を歩く友達の小さな背中を見つめていた。日本人とは少し違う、彫りの深い横顔。無性に抱きしめたくなったが、以前のように「ただ好きだから」という純粋な気持ちだけで抱きつくことは、もうできないような気がした。


「南極、ボーッとしてどうした?」

「えっ? あ、ごめん。ちょっと考え事してて」

「なら寝る時に考えろよ。電気消すぞ。おやすみ」

「うん、おやすみ」


どんな気持ちで友達を抱きしめればいいのか。どうすれば野球が上手くなるのか。そして何より、友達が「投手」として見つめる先には、いまだに藤田先輩しかいないという事実。友達の目を自分だけに向けさせたい。


(僕って、欲張りなんだな。いろんなものが欲しくてたまらない)


でも……。


(今は、これでいい)


床に敷いた布団の中で、南極は暗闇に浮かぶ友達の寝顔の輪郭を見つめながらそう思った。


野球も、友達も。どちらかを選ぶなんてできない。僕はどっちも手に入れるんだ。

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