投資と危篤と疑惑
4日後、昼休憩中に口座開設のメールが来ていた。やっと株が買える。
急にお金が増えたらどうしよう。いやそんな簡単にお金が増えるわけない。ずっと欲と自制の2つの感情を交互に繰り返している。
昼休みのうちにスマホでアプリを開いた。自分の銀行から、証券会社に30万円を入金する。独身の時の貯金の残りと、毎月少しずつ貯めていたのを合わせたお金だ。何かあった時のためにこっそりと貯めてきたものだ。
アプリから前園さんに教えてもらった株を検索する。迷ったが、通信機器関連の会社の株を100株買うことにした。注文のボタンをタッチする。売ってくれる人がいないと売買が成立しないので、すぐに購入とはならない。
スマホの画面を閉じて仕事に向かった。
「丸山さん、今日はなんだか元気ねぇ。いいことあったの?」
三田村さんが嬉しそうに私に聞いた。
今日の午後は三田村さんという独り暮らしのおばあちゃんの家事援助だった。掃除と食事の用意を依頼されている。
三田村さんは88歳と高齢で、年相応に軽い認知症症状がある。用意した食事や着替えのことを何度説明しても忘れていつも同じものを着ているし、話の辻褄が合わなかったり時系列がバラバラだったりして、何の話をしているのかわからないことも多い。近所に住む息子さんはグループホームに入所させたいが、三田村さんが断固拒否してどうにもならないので、こうやって介護サービスを利用したり、息子さんが手伝いにきたりしながら、なんとか独り暮らしを続けているのだ。
「そうですか?いいことってほどでもないんですけど。」
私もにっこりしながら三田村さんに答えた。
「わかるわよー。うふふふ。若い人はうらやましいわねぇ。」
何か勘違いをしているようなことを言っているが、いつものことだ。
仕事終わり、事務所に戻る車内で株アプリを確認した。赤字で約定と記入されていた。無事に株を買えたことを意味している。つまり私は株主となったのだ。しかも少し株が上がって、資産のところに赤字で+520円と表記されていた。私は株主になった。しかも、働いていないのに520円の利益が出ている。お腹の底から、ジワジワと高揚感が広がってくる。毎日必死に生きてきた人生の軌道修正ができると思った。人生の覇者になった気分だ。今まで私を見下して、セクハラ・暴言・暴力行為をしてきた利用者やその家族たち、新人いじめをしてきた先輩職員たち、理不尽だったその全員の上に立てそうな気になった。株主、自分はすごい人間になった気がした。
その日の夜、いつもなら疲れ果てて子どもと一緒に寝落ちするのだが、目が冴えている。子どもたちを先に寝させて、冷蔵庫にあった大輔のビールを飲んだ。とても気分がいい。何度も何度も株アプリを開いて資産のところを見た。
明日は2度目の保護者会会議がある。あんなに憂鬱で全身で拒絶していたのに、今回は少し楽しみな気さえする。あの役員たちの中に、株をやっているひとは何人いるだろうか。ふふふ。私はもうすぐお金持ちになる。ビールがとても美味しかった。
今回の保護者会会議は18時の開始時間にギリギリ間に合った。
教室に入ると、副会長の野々上理香子、年長組クラス役員の田中京子、年中組クラス役員の野中智子、年少組クラス役員の藤本絢がすでに、円形に机を並べて座っていた。
会計の村上さんがいない。
「おつかれさまです。村上さんがいないですね。何か聞いていませんか。」
会長らしく背筋を伸ばした。
「お仕事が長引いているのかも。前回も、少し遅れてきてましたし。」
年少組役員の藤本さんが答える。
副会長の野々上理香子は微笑んだまま何も言わない。彼女は今日も完璧だ。フワフワの巻き髪に、白色のパンツにベージュのツイードジャケット。正直気に食わないけど、とても似合っている。ただ、今日の私は負けていない。いつものジャージに髪もメイクもいつも通り崩れているけど、体も気持ちも軽い。自然と笑顔が溢れた。どんなことも許せそうな心の余裕がある。野々上理香子の完璧な笑顔より、今の私の笑顔の方が何倍も素敵に見えるはずだ。だって心から溢れてくるのだから。株主になっただけでこんなに自分が変わるとは。
「そうですか。じゃあ村上さんからの報告は私が代わりにお伝えしますね。今年の運動会も保護者会からは各学年へメダルのプレゼントを用意します。年少組へ銅メダル、年中組へ銀メダル、年長組へ金メダルです。毎年注文する会社の都合で今年は予算が少し上がります。詳しい金額は村上さんから連絡してもらいます。
当日の役員の動きですが、メダルを各担任から配布してもらえるようにメダルの準備と、各クラスの観覧席のテントの設置です。毎年ボランティアを募るのですが今年もそうしていいですか。」
そこまで話した時、扉がガラガラっと勢いよく開き、
「遅れてすみません!」
村上さんが到着した。
「大丈夫ですよ。先に進めているので。」
気にしないで良いよと言う気持ちを込めて言う。村上さんがすごく慌てて来てくれたのがわかる。村上さんはすみません、と小さく頭を下げながら、席についた。
「気にしないでください。早速で申し訳ないんですけど、昨日打ち合わせしたメダルの金額について村上さんから説明お願いできますか?」
そう言いながら、金額の資料を村上さんに渡す。事前にメールで打ち合わせしていたし問題ないだろう。実際、村上さんはスムーズに手渡した資料を読み上げたので、私はすぐに次のテント設営の議題へ会議を進めた。
テント設営については、ボランティア依頼の文面を会長の私が作成し、それを各クラス役員がSNSグループで全員に送信するということでまとまった。ボランティアが少ないクラスは他学年でカバー。今後の打ち合わせも、SNSグループのやりとりで行い、保護者会が集合するのは運動会の当日とした。
「副会長の野々上さん、これで特に問題ないでしょうか。」
会議中、野々上理香子は一言もしゃべらなかった。一応、肩書は副会長なので確認をした。
「会長さんが決めてくださって助かりますわ。」
笑顔のお面を貼り付けているみたいだった。それに、まるで私が独断で進めているみたいな言い方。野々上理香子の全てが癪に触る。
「ありがとうございます。じゃあ、あとはSNSグループで連絡しますね。」
今日の私は負けていない。今の私はむてきだ。
会議が終わったのは18時25分だった。予定より5分早い。野々上理香子が黙っていたおかげだろう。あの野々上理香子が発言しないのは、私への嫌がらせじゃないかと思う。どうして私を目の敵にするのかわからないけど、私だって彼女を気に入らない。
会長になってすぐ、園長先生から連絡があり、これまで保護者会は会議時間が延長することが多く、会議の回数も多かったのでなるべく減らして早く終わらせられないか、と相談があった。園の先生達もずいぶんと迷惑を被っていたのだろう。私には仕事があるし、康太がひとりで待っているので、園長先生と相談して去年より大幅に回数を減らしてもらった。時間も園長先生と事前に話し合いをして、SNSのグループ連絡を活用することで、会議内容を簡素化させた。園長先生もそれで問題ないと言ってくれている。
急いで教室を片付けて、家に帰る。家に帰ると、また怒涛の夜の日課が待っている。
株を買ってから1ヶ月が過ぎた。最初は嬉しくて何度もアプリを開いていたが、数百円の間を行ったり来たりするだけほとんど上がっていないが、いつ上がるだろう、とワクワクしながらアプリを見るのが日課になっていた。
その日の昼休憩の時、また株価のチェックをしようとアプリを開いた。いつものトップ画面の一番上に、見慣れない赤い文字が並んでいた。
「株価暴落・・・?」
嫌な予感がした。でも、前園さんに教えてもらった株だ。私の株が下がるわけがない。そう思いながら、保有株のアイコンをタップした。
「マイナス3万5000円?」
今まで赤い数字が並んでいたのが、緑色の数字に変わっている。一瞬で自分を取り巻く政界が止まった。頭が真っ白になるとはこういうことなのだろう。狭い部屋に閉じ込められてしまったみたいに周りの音が聞こえない。携帯の画面以外の者が見えなくなった。
ほとんど変わらなかった株価が、一晩のうちに3万5000円もマイナスになった。どうしよう。なんで。何があった?私が何した?頭の中がパニックになった。どうしたらいいかわからない。どうしようという言葉が、脳内をぐるぐるめぐるが、どうしたらいいのかはまったく思い浮かばない。
きっと何かの間違いで、明日にはすぐにまた元の株価に戻る。だってあの資産家の前園さんから聞いた株だから。大丈夫。そう自分に言い聞かせ、心は動揺したまま午後の訪問に向かった。
あの日の株価暴落から、3日が経った。昨日までに3万円ずつ株価が下がっていて、今は約10万円のマイナスとなっている。不思議なもので、一度暴落を経験すると、そのショックに慣れてきた。初めに3万円下がった時から、マイナス10万円になった今まで、絶対また上がってくる、と根拠のない自信すら湧いてきていた。
時計を見るともう午後の訪問に行く時間だった。今日の午後からは前園さんの訪問だ。株価について相談しよう。きっと大丈夫だと言ってくれるはずだ。きっと大丈夫。
「前園さーん、こんにちはー!」
今日も返事がない。きっと前園さんも株に夢中でパソコンを見ているんだ。私の株だって暴落しているんだから。
「前園さん、入りますよー!」
待っていても気づかないだろうと思って、返事を待たずに家に入る。自分の気持ちが急いているのがわかる。
「前園さん、株価見ましたー?」
前園さんの姿を確認するのが待ちきれず、ドアを開ける前から呼びかけた。
「前園さん?」
パソコンの前に前園さんがいない。在宅酸素の電源も切ってある。
「前園さーん?」
呼びながら、キッチン、トイレ、寝室、順番に探す。携帯ボンベを持って移動したのだろうか。前園さんが約束の時間に家にいないはずがない。返事がないのは少しおかしい。
他に探してない場所で前園さんが行く場所はー。
「お風呂?」
嫌な感じがした。
「前園さん?」
ドアを開けると、脱衣所でバスタオルを被っただけの前園さんが倒れていた。
「前園さん?!」
よく見ると酸素チューブが鼻からずれていて、酸素ボンベからぴーぴーと小さくアラーム音が鳴っている。ボンベの上に棚から落ちたタオルがかぶさっていて、アラーム音が聞こえにくくなっていた。
「前園さん!」
意識はないが呼吸はある。 急いで救急車を呼ばないと。でも、今この家には誰もいない。前園さんの息子さんは遠方で疎遠になっていたはず。この病状で前園さんが回復する見込みはあるのだろうか。和室の棚に奥さんの形見のジュエリーが沢山置いてある。生前に前園さんが贈った思い出の品ばかりでなかなか処分できないんだと、あのしわくちゃの笑顔で照れくさそうに話していた。こんな時何を考えているのだろう。自分が気持ち悪い。
私は急いで救急車を呼んだ。
「ああ、丸山が付き添ってくれたんだね。ありがとう。迷惑をかけたね。」
病院のベッドの上で、意識を回復した前園さんが小さなかすれた声で言う。
もともと前園さんは重度の肺炎を引き起こしていたそうだ。いつもより息が苦しいので酸素流量を最大にしてシャワーをしていたら、意識が朦朧として倒れ込んだらしい。前園さんのように、肺機能が低下している人は、急に酸素流量を上げると、肺が酸素を処理しきれなくて、逆に二酸化炭素が体の中に溜まり、意識障害を起こしてしまうのだと、救急の先生から説明を受けた。今、前園さんは体の中に溜まった二酸化炭素を排出させながら高濃度の酸素を吸入できる、特別な機械を使った治療を受けている。
体に溜まった二酸化炭素が徐々に減って前園さんは意識を取り戻し、なんとか会話ができるようになった。 意識が戻っても炎症が治ったわけではないので、入院をして治療することになった。
救急車の中では、私は意外と冷静だった。救急隊の質問に答え、合間で所長に連絡して午後の訪問を調整してもらった。息子さんが来るまで付き添う許可をもらった。
息子さんがきても、普段のことを何も知らないので医師や看護師からの質問には、代わりに私が対応した。
病院での対応に、時間がかかったので所長の許可をもらって、今日は事務所には寄らずにそのまま家へ帰った。家に着くと急にあ体が重くなって動けなくなった。ずっと気が張っていたせいだろう。何も考えたくない。なんとか康太と雄太にご飯を食べさせ、食器も洗わずに、布団に入った。
1ヶ月後、奇跡的に前園さんは回復して退院することになった。息子さんから報告と介護サービス利用再開依頼の連絡が入ったようだ。
あの日以来、株のことは考えないようにしている。アプリを開いて株価の確認はするが、マイナス10万円から変わることはなかった。
退院の付き添いには、息子さんは来られないそうなので、もともと前園さんを担当していた私が代わりに付き添うことになった。
病室に行くと、大体の荷物は整理されていた。担当の看護師さんが手伝ってくれたみたいだ。前園さんは酸素チューブをつけて、消灯台の上を片付けていた。
「あぁ、丸山さん。」
前園さんは息切れして、唇が真っ青になっていた。 今にも倒れそうだ。
「前園さん、私がやりますから座ってください。」
慌てて前園さんをベッドサイドに座らせた。
「大丈夫ですから、ゆっくり息を吐いてください。」
肺気腫を患うと肺胞がつぶれて酸素をうまく取り込めないので、すぐに息が苦しくなってしまう。人間、息が苦しいと酸素を欲してどんどん息を吸おうとしてしまうが、肺胞が潰れて酸素を取り込めないのだ、どんなに息を吸って楽になることはない。地獄のような病気だ。苦しくてどんなに息を吸いたくても、パニックにならずに落ち着かせる必要がある。
何度かゆっくり息を吐いてもらうとだんだん前園さんの顔色が良くなってきた。
「大丈夫ですか?」
明らかに、以前の肺の状態よりも悪化していることがわかる。こんな状態で退院するなんて、大丈夫なんだろうか。
「あぁ。医者からは、肺の炎症は治ったから退院は出来るらしい。ただ、体力がガタっと落ちちゃって。情けないね。足なんてこんなに細くなってしまった。もともと肺が悪かったしね。これでも昔はもっと筋肉があって逞しかったんだよ。女性からも良くモテたしね。はは。今回の入院でだいぶ弱ってしまったみたいだね。今まで自由にしてきたツケが回ってきたんだね。」
前園さんは、鼻に当てた酸素チューブからしっかりと酸素を吸い、時々、ふーっと長く息を吐きながら、休み休み、そして穏やかな笑顔で話してくれた。
「ケアマネージャーに言って、しばらくは訪問の頻度を増やしましょうか?」
「ありがとう、そうだね。頼めるかな。」
前園さんは苦笑いをした。ヘルパーに頼りたくないのだろう。だけど、この状態での一人暮らしは流石に無理だと自覚しているのだ。
「しばらくはヘルパーさんに毎日来てもらえるようにしましょう。私も担当しますし。退院してからの生活に慣れるまでは、人にたよりながら無理しないでゆっくり過ごしましょうね。」
「ありがとう。丸山さんは頼りになる。」
前園さんはシュー、シューと酸素を吸いながらにっこり笑った。
前園さんが退院した数日後、事務所の所長から話があると呼び出された。
誰もいない休憩室まで呼び出されるなんて、一体何の用だろう。なんとなく身構えた。
「退院されてから前園さんの調子はどうかしら?」
「前園さんのことですか?」
呼吸状態が悪かったから、何かあったんだろうか。
「退院の時にはADLがすごく落ちてしまっていたので、本人とケアマネさんに相談して介護サービスを増やしてもらいました。あと、宅配食も。訪問の頻度を増やしてもらうようにしたので、なんとか1人で生活はできるようにしましたが。」
「そう、ありがとう。呼吸状態は良くないみたいだけど、なんとかお家の中は自分で動けているみたいよ。丸山さんが退院の日にすぐケアマネに連絡してサービスを増やしてくれたおかげね。さすが、丸山さん!」
「いいえ、前園さんが無事に退院できてよかったです。」
前園さんが無事に生活できているみたいでほっとして笑顔で答えた。
「それでね、話は変わるんだけど、昨日、ご家族から連絡があってね。なんて言ったらいいのかな。あのね、前園さんのお宅ってあの辺りではすごく裕福なご家庭じゃない?お家にも高価なものがたくさんあるみたいだし・・・。」
確かに前園さんのお宅はあの辺りでは1番の資産家だ。所長は何のためにこの話を?なにが言いたいんだろう。
「そうですね、お屋敷も大きいですし。ご高齢なのにあんなに裕福なのは珍しいですね。息子さんがもっと頻繁に来てくれたら、前園さんも安心されるんでしょうけど。息子さん、全然来ないですもんね。」
「そうなの。その全然来ない息子さんから連絡があってね。それが、あったはずのアクセサリーや貴重品がいくつかなくなっているんですって。」
所長が私の目を見たまま動かない。
「え?」
声を出すのにしばらく時間が必要だった。
一気に心拍数が上がった。心臓が鈍器で殴られているように強く拍動している。荒れる心臓とは反対に顔から血の気が引いていく。
所長が続けて話し出した。
「ほら、前園さんって独り暮らしだし、入院されている1ヶ月の間、お家には鍵はかけてあったから誰も入ってないでしょう。外から泥棒が入った形もないみたいで。だから、ご家族の方が、うちの職員が怪しいんじゃないかっておっしゃっていて・・・。」
「つまり、私が盗んだって言われてるんですか。」
顔がこわばる。何を言っても怪しまれそうな気がした。どう振る舞うのが正解かわからない。指先が痺れて震えてきた。
「前園さんが倒れた時、あなた1人で付き添ってくれたでしょう。それでね、何か知らないかと思って。」
私が何か知っていると決めつけたような言い方だ。耳の裏から首筋、背中かけてじっとりした冷たい汗が滲んでいく感じがした。心臓がし信じられない強さでドクッドクッと拍動し、それが全身に響いて痛い。
「所長も私を疑っているんですか。」
そう尋ねた。
「そういうわけじゃないのよ。あなたのことを信じているに決まってるじゃない。ただ、事実確認はしなきゃいけないから。」
所長は取り繕うように笑って言ったが、目が笑っていない。事実確認って何だ。確実に私を犯人だと決めてかかっている。
「あの時は、倒れている前園さんを見つけて、無我夢中でした。すぐに救急車を呼んで、救急隊が到着するまでずっと電話したまま、救急隊の指示を受けて、酸素の調整をして体位を整えて。必死だったのに、それなのに私が物を盗むなんて。そんなことできるわけないじゃないですか。」
だんだん口調が強くなった。まるで自分が犯人なのを隠そうとしてるみたいになってしまった。
「そ、そうよね。」
所長は私の勢いにたじろいだようだった。
「疑うようなことを聞いてごめんなさい。ただね、ご家族が担当者を変えて欲しいって言っているのよ。」
あぁ、あの息子が私を疑っているんだ。病院での対応も全部私に任せて、前園さんのことは何も知らなかったくせに。普段も前園さんのことをほったらかして、家に来たことだってほとんどなかったのに。 無責任なくせに人を疑ってくる息子に腹が立つ。
「そうなんですね。ご家族の希望なら担当を変わるのは仕方ないですけど、私は何もしてません。」
所長の目をじっと見据えて言った。
「わかっているわよ。気を悪くしないで。今日の午後の訪問は、別の人に頼むから、あなたは午後は帰っていいわよ。有給にしとくからゆっくり休んでちょうだい。」
そう言って、所長は休憩室から出ていった。
本当に私のこと信じているのか。少ない有給をこんな時に消費されたことにも腹が立つ。それにここで休むと自分が犯人だと認めたみたいじゃないか。悔しくてたまらない。




