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十二話『救世主たちと威力偵察』

同シリーズ内の別作品、「野良猫と少女」とのクロスオーバーになっております。併せてお読みいただけると嬉しいです。

 ◆ノワール・ブランシュ視点◆


 ここ、ハイラキア王国と、隣国、ブリッシュ王国との国境にあるトリア山脈。そこへ出現した魔王について、道中に男から説明を受けた。


 曰く、異世界からの漂流者。


 曰く、この世界の救世主をも凌駕する、理をその身に纏った者。


 曰く、全てを食らう捕食者。


 呼称名を、「悪食」。


「滅びの黒勇者、魔弾の二名にノエル様とノワール様を加えた、四名の救世主で討伐に当たっていただきます。つきまして、具体的な戦術の検討をご当人様方で行っていただきたく存じます」

「わかった」


 ノエルが短く応じ、それだけで会話が終了した。元より情報を完璧に得ようなどとは思っていないのか、彼女は男との会話に頓着していない様子だった。


 いやむしろ、ノエルが珍しく嫌な顔を向けていたし、今だって声が硬い。まるで男との関わりそのものが嫌なものだと、そう言わんばかりである。


 ……なるほど、「厄介事」と言ったのは間違いじゃないらしい。


 ノエルにしてみれば、疎まれる直接の原因である救世主の力を求められる仕事だ。しかも端々が薄気味悪い。嫌な気分を覚えるのは当たり前か。


「――まずは亜竜の鎮圧から、ですよね? 亜竜は討伐してしまって問題ないんですか?」


 俺も正直、愛しのノエルとの一日を邪魔されたので同じ気持ちだが、とはいえ真面目にやらなくてはならない。気になったことは、素直に男に問いかける。


「はい。亜竜は討伐していただいて構いません」

「そうですか。……ノエル、念の為控えててもらいたいんだけど、そっちは俺に任せてもらえるかい? 肩慣らしがしたい」


 俺も手短に男との会話を打ち切って、ノエルとのそれに切り替える。


 俺の初めての戦闘、言わば初陣。それが悪食とかいう魔王とのものになるのはリスクが高そうなので、手頃なものから試していきたい、という話である。


 この肩慣らしでさえも予言者に仕組まれたことに思えてくるし、実際その可能性が高いので、本当にいい気分はしないのだが。


「……。……うー」


 ノエルは難しい顔で黙り込んだ。そのまま不満そうな雰囲気で俺のことを見据え、不機嫌に唸る。


 俺が心配……なのだろうか。自意識過剰だったら恥ずかしいが、それ以外に思い当たらない。なのでノエルを安心させるべく、俺は意識して微笑みを作る。


「大丈夫、いざとなればノエルが守ってくれるだろう? それに俺の魔法の実力は、今まで見てもらった通りだよ。亜竜くらい、どうってことはないんじゃないのかい?」


 正しくは、「今でも飛竜くらいなら倒せるんじゃないのか?」であるノエルの発言だが、少し誇張して亜竜に格上げしてみた。


 ちなみに竜種とは、生物としての上位種と呼ばれているすごい生物。その中でも、「救世主でない人間が、軍隊を作れば辛うじて対抗できる弱い竜」を亜竜や飛竜と呼び、飛竜は飛べるだけのでっかいトカゲ、亜竜は飛竜より少し頑丈でちょっぴり頭のいい竜、だそうだ。以前、王子としての再教育の中で習った覚えがある。


 当然、亜竜などとは比べ物にならない高位の竜種もいて、創世の頃から存在している、なんていうおとぎ話もあったりする。他にも竜種に関するアレコレはたくさんあるが、ここでは割愛だ。


 ――正直、亜竜の実物を見たことがないので俺の言葉はただの強がりだが、しかしその虚勢は的を射ていたようだ。ノエルは不満そうながら、「それはそうなのだが……」と理解を示してくれる。


 ……亜竜、俺でも相手になるくらい弱いのだろうか。ドラゴンなのに。


「……私一人でやると言っても聞かないのだろう?」

「うん、もちろん」


 俺が即答すると、ノエルが小さくため息。けれども悪感情はなく、「しょうがないなぁ」という呆れのため息だ。


「はぁ……わかった。危なくなったら私が割って入るからな?」

「うん、お願い」


 幾分か不機嫌が抜けたようにも見えるノエルに、俺もそこは強がることなく素直にお願いして――それきり車内に会話がなくなったけれども、つつがなく目的地へ到着した。


 ◇


 朝方出発し、長い間馬車に揺られ、到着する頃にはお昼時。ノエルに気を使って長めの食事をとると、終わる頃に亜竜が現れる。


 ――そして俺と亜竜との戦闘。結論から言うと、割と呆気なかった。


 現れた亜竜は五体。遠方から見るとそうでもないが、近くに来れば威圧感がすごい。空を覆い尽くすほど、とはよく言ったものだ。


 亜竜たちは気が立っていて、いかにも住処を追い出されましたといった感じ。図体も大きく、火は吹かないらしいがやはりドラゴンだった。


 ……まあ、初めは俺だって尻込みした。というか、普通に膝が笑っていた。


 情けない話、亜竜はそれほどまでに怖かった。……いや、正しくは〝おぞましかった〟。亜竜を見た瞬間に本能的に悟ったのだ、これと自分は生物としての〝格〟が違うと。


 もちろん亜竜が上で、単純に肉体的な強さや頑強さではない、理屈抜きの〝高み〟を亜竜から感じたのだ。


 なるほど、ドラゴンとはそも、地球でもかなり高尚な扱いをされているものである。東洋で龍と言えば神様扱いで、西洋でも尋常ならざる怪物扱い。人間との格が違い、それを悟って恐ろしく思うのは仕方ない。


 ――けれどそんなことではノエルを守れない、と、恐ろしく思った次の瞬間に身体に鞭を打つ。


 その結果の戦いが、割と呆気なかったのである。


「……じゃあ、行ってくる」

「ああ、いってらっしゃい」


 並び立つノエルと、最後にそんな会話を交わして。俺は身体に魔力を纏わせて、飛行魔法を発現。亜竜の真下へ飛んでいく。


 万が一魔法が途切れたり、姿勢が崩れたりした時のために、速度は全力疾走より少し早い程度。高度もたかが知れている。


 ――そうして上空の亜竜を射程圏内に収め、俺は地に足をつけて飛行魔法を解除、即座に次の魔法を。


 思うのは、巨大な剣。俺が初めて見たノエルの精霊魔法のように、気高くも尊い、美しい光の剣……は無理だし、一本だけでは五匹もいる亜竜の相手が出来ないので、劣化版を五本分。


 虚空に生み出された巨大な剣。それは剣というより、辛うじて刃のようなものを形成した朧気な棒であったが、亜竜を攻撃するには必要充分だ。


『――!?』


 亜竜たちは、突如虚空に現れた巨大な剣に驚き、回避行動を取ろうとする。俺は追加で、剣たちに自動追尾機能もつけてやり――号砲は心の撃鉄で、現れた剣は俺の意志に従った。


 一本目は、一番前の亜竜の翼を掠める。根元を深く切りつけることに成功し、墜落し始めたところを同じ剣がまた襲う。


 二本目、先の亜竜とは違って初撃は躱される。しかし俊敏な動きで亜竜を追尾し、翼で空を飛ぶ亜竜はそこまで小回りが利かない。すぐに翼の皮膜を破られ、落下し始めたところを串刺しに。


 三本目、四本目、五本目と、同じように亜竜たちを撃墜していき……やがて俺の眼前に、倒れ伏した亜竜たちが山をなすこととなった。


 ――実感のない、命を奪った感覚。ゲームのように現実味のないそれが、作業のように思えて。


 それが、酷く恐ろしくて――


「…………」


 生命力が豊富と言われる竜種だけはある。まだ息のある亜竜たちに、細心の注意を払いながら近づく。


「……じゃあね」


 再度、今度は手に持てる大きさで、亜竜の抵抗の外から攻撃できるだけの長さを持つ細長い剣を手元に発現する。


 ――それを俺は、亜竜の首に振り下ろした。


 ……鱗を切り裂く硬い感触、肉を切り骨を断つ生々しい感触、そして――


「…………」


 ――命を絶つ、恐ろしい感触。


 可能な限りそれを記憶に焼き付けながら、されど囚われすぎないように割り切りながら。俺は、依然作業のように、残る亜竜も順に殺していった。


「…………」


 ……残心だとか、黙祷だとか、そういったつもりはなかった。


 ただ、現実味のないそれに呆然として、なにも考えられなくなって……俺は、その場に棒立ちになっていた。


「――――」


 そんな俺の横に、いつの間にかノエルが立っていた。彼女は無言で俺の手を取ると、キュッと力を込めて握ってくれる。


 ……少し、心がほぐれた。


「……見ててくれてありがとう、ノエル。どうだったかな?」


 言葉を話す余裕もできたので、俺はノエルにそう問いかける。ノエルは大袈裟なほどに明るく笑いながら、上機嫌に言ってくれた。


「ふふ、さすがノワールだ。とてもかっこよかったぞ。君が私を守ってくれるなら安心だ」


 ……俺もド直球に愛をぶつけたりするが、結構ノエルも直接的だ。ちょっと照れる。


「……ありがとう」


 しかし今はそれがありがたいので、ノエルに握られた手に力を込めて握り返し、俺は今一度お礼を言うのだった。


 ◇


 ――それが終わると、また馬車に乗せられて場所を移し。


 ハイラキア王国、ブリッシュ王国を隔てるトリア山脈の麓。そのハイラキア王国側にある宿場町に連れていかれた。


 そこでは、滅びの黒勇者と魔弾の二人の救世主が待っており、此度の魔王の攻略会議を行うとのことだった。


 ――そこで俺は、


「……アンリ=ルイ・カース。滅びの黒勇者だ」

「ノエル・ブランシュ。精霊魔法使いだ」

牧瀬(まきせ) (てつ)、牧瀬が苗字で哲が名前だ。魔弾と呼ばれている」


 ――思いっきり日本人の特徴を備えた人物と、邂逅を果たした。


「……ノワール?」

「っ、す、すみません。ノワール・ブランシュです」


 高級宿と思われる建物の中。食事をとるスペースと思しきテーブルについて順々に皆が名乗っていく中、俺だけ名乗らないのにノエルが怪訝な顔をした。慌てて俺も名乗り、自己紹介がひと段落。


 がしかし、やはり牧瀬と名乗った彼に、視線が吸い寄せられる。


 ――容姿は黒髪黒目、顔立ちも肌色も見慣れた黄色人種のもので、名前は明らかに日本人。


 それを言うなら滅びの黒勇者の方も黒髪黒目だが、彼は名前や顔立ちが日本人のものではないし、こちらはなんというか黒すぎる。墨を塗ったような髪に、漆黒を落とし込んだような黒目で、単純な黒色というよりも、感覚的に訴えかけてくる〝黒〟の気配が滲んでいる。さしずめ闇から滲み出た漆黒だ。


 滅びの黒勇者は、そんな風に日本では逆に見ないほどの黒すぎる色。しかし魔弾の方は、見慣れた故郷の風情である。


 やや長めの黒髪に黒目、胴長短足で些か童顔の顔立ち。それはなんとも既視感を煽るもので、思わずジロジロと不躾に視線をぶつけてしまう。


「……なんだ?」

「あっ、いや……」


 当然と言うべきか、魔弾――牧瀬さんから警戒の眼差しが返ってきた。ごまかしながら、必死に頭を回す。


 明らかに同郷で、この世界でそれはあまりに貴重。しかし俺が日本出身であることをバラすとなると、当然第三王子の死亡や経緯についても触れることになる。国家機密レベルの話だ、本来は俺と、首謀者の国王と兄上たちしか知らない事柄。ノエルは例外中の例外なのである。


 ……話せない。ごまかし通すしか、ない。


「……すみません。御髪の色が珍しかったもので」


 であれば滅びの黒勇者――アンリさんの方も見ていなくては不自然だが、実際この世界で黒髪が珍しいのは本当だ。牧瀬さんはごまかされてくれたようである。


「……あまり見ないようにしてくれ。慣れてはいるが、視線があると落ち着かない」

「はい、すみませんでした」


 これにて一件落着である。それを見て、ノエルが口火を切ることで会議が始まった。


「では、作戦会議を始めたいと思う。まず、今回の魔王の情報を確認するぞ」


 意外にテキパキと、ノエルが司会進行役を行って会議は進んでいく。牧瀬さんは時折発言するものの、アンリさんの方は初めの自己紹介以後は一言も喋っていないのが気になった。


「――今回の魔王については以上だ。齟齬はないか?」

「大丈夫」

「ああ」

「…………」


 悪食についての確認が終わり、俺と牧瀬さんが返事をし、アンリさんが無言で頷いてから次の話題へ。


 俺やノエルのように、彼らの方も案内人から事前に聞いていたのだろう。ここも段取りがよく、ただ単に気配りができているだけなのだが、未来が視える予言者の手配したことだと思うとやはり薄気味悪い。


「それでは作戦立案の前に、まず救世主としての力を開示してもらいたい。初めは私からだな」


 味方の戦力を把握するのは当然だ。ノエルが椅子から立ち上がって、全員に見えるよう、少し離れた場所に向けて手を突き出す。「乞い願う――」といつもの詠唱を行えば、ノエルの手の先に光が集まった。


 俺が初めて見た、飛竜を倒した光と同じようなものだろう。


「――これだ。見てもらえたらわかると思う」


 続くノエルの説明は、言葉だけはそれだけだったが、しかして充分でもある。


 ノエルの精霊魔法は、見た者が本能的に本質を悟るもの。かく言う俺も、精霊魔法を見てその本質を理解している。


 ――精霊魔法とは、世界を創った精霊王に似た力の集合体。言わば、世界から認められた特権とも言える、世界の理そのものだ。


 世界創造を成した創造主、その力。これほど単純明快なものはない。


 ――曰く、なにをしても逆らえないとわかる、絶対的で冒涜的な力。


「次は……ノワールを見てもらった方がわかりやすいか。ノワール、頼む」

「あぁ、うん」


 精霊魔法を見て、無意識に身体が強ばっていた。それを無理やり解しながら、俺もノエルのように魔法を見せることにする。


 ノエルが精霊魔法を発現していた場所へ、俺も手を向けて魔力を放出。牧瀬さんが眉をひそめたのが、視界の端に映った。


 ――発現するものは、小さな炎。日本で言う人魂に似た形状の、空中に浮かぶ火だ。


「……えっと、俺のも見てもらえたらわかると思います。生まれつきの体質で、精霊に似た魔力を持っているんです。既存の魔法と同じ要領で、ノエルの精霊魔法のようなものが使えます」


 俺がそう付け加えると、牧瀬さんは感心したように眉間のシワを解いた。魔法を使う救世主である牧瀬さん、やはり一目見るだけで俺の魔力の異質さを理解していたのだろう。


 ちなみに「生まれつきの体質」とさり気なく嘘を言ったのは、事前にノエルと示し合わせたことである。まさか異世界から魂だけ召喚云々の経緯を語るわけにもいかないのだから、サラリと嘘が吐けるように心構えをしていたのだ。


 ……ここまで見せて、大した反応を示していないアンリさん。彼は無口なのだろうか?


「――次は俺の番だな。俺は魔法を使う。……そうだな。ノワール、と呼んでも構わないか?」

「はい、なんでしょう?」


 次は牧瀬さんが名乗り出て、彼も実演をするつもりらしく協力を依頼された。魔法で、空中に的を作ってほしいらしい。


 早速俺の魔法の実力を見込まれたようで、ちょっと嬉しい。その感情を込めながら丁寧に的を作り、少し離れた位置に浮かべる。


 ――魔弾と呼ばれる所以を、牧瀬さんは見せてくれた。


「――――」


 彼に、特に目立ったアクションはなかった。けれども突然、牧瀬さんの眼前に筒が――否。やけに細長く、トリガーやグリップもない代物だが、銃身が現れた。


 ――パァン!


 その銃身から、銃声と共に銃弾が放たれる。その速度は銃の名に相応しいだけの速度で、目にも止まらぬほど。気づけば的が撃ち抜かれ、的の中心が銃弾によって凹んでいた。


 ポロリと、的に命中した銃弾が落ちる。そのまま虚空へ塵に変わるように弾が消え、それと同時に牧瀬さんの出した銃身も消失した。


 俺も倣って的を消す。牧瀬さんが補足の説明を始めた。


「これが〝魔弾〟だ。要は遠方からの射撃で、威力は今のものよりも上げられる。今のサイズを目いっぱい展開したり、大きいものに変えてより威力を上げたり、着弾すると爆発する弾も撃てる。他にも自由度は高い」


 「以上だ」と締めくくり、牧瀬さんは椅子に座った。


 魔弾というより、もはや一人軍隊と言えるだけの火力だ。それも、彼の魔力が続く限りは用意し続けられるバ火力である。


 魔法ということもあって人間が持つ必要もなく、彼一人がイメージするだけで虚空に浮かんだそれらが猛威を振るう。絨毯爆撃や十字砲火、洒落にならない規模の斉射……そんなのも、彼一人だけで可能なはずだ。


 救世主に数えられるだけはある、その魔法の苛烈さ。もちろん手札を全て開示したというわけでもないだろうし、今のが全力ということもないだろう。


 ――底が知れない、と思った。


 ノエルを見ても実感が湧かなかったが……俺はこんなのと、救世主と呼ばれる者と、並び立たなければならないのか。


 なまじ牧瀬さんと俺のスタイルが似ているからこそ、彼我の差が顕著で――だからといって諦める理由にはならないので、仰ぎ見て憧れるだけに終わるつもりにもならない。


 俺は、ノエルを守ると決めたのだから。


 ――最後に、アンリさんの番。


「……俺の力はこれだ」


 言葉少なに、アンリさんは机の上に手を出し、掌を上にした。


 その掌の上に、〝黒いなにか〟が生み出される。


「――――」


 ――背筋が、寒くなった。


 なるほどこれは、ノエルの精霊魔法と同じように、見ただけで本質を悟るタイプの力だ。世界から認められた特権とも言える、単純明快なそれだ。


 ――滅びの黒勇者とは、言い得て妙である。


 彼の力は、憎悪や敵意といった負の情念の、その究極。


 悪感情をこれでもかと凝縮し、その結果世界に現れるまでに至ったおぞましい力。


 ……亜竜の命を奪った時に覚えた恐怖が可愛く思えるくらいの寒気が、俺の背筋を襲う。


 ――この力は、なにかを害することにかけては精霊魔法をも超える。


 感情を持つ者ならば誰しもが行える、〝誰かを憎む〟という〝最も簡単な呪い〟なのだ。最も簡単であるが故に、精霊魔法とは別の意味で最強である。


 これならば確かに、救世主に相応しい。敵を討ち滅ぼし、災厄を撃滅するのなら、この力以上に優れたものなどないだろう。


 ――しかし、この力の使い方を誤れば、それこそ隣人さえ滅ぼしてしまう。


 だから、滅びの黒勇者。


 敵に――なにもかもに滅びをもたらす、真っ黒な勇ましき者。


「…………」


 沈黙が場を覆う。進行役だったノエルも言葉を失い、その重い沈黙はアンリさんが黒いなにかを消した後もしばらく続いた。


 ――踏んだ場数の違いか、年の功か。


 沈黙を破ったのは、牧瀬さん。


「……ああ、それなら頼もしいな。早速この後、悪食の討伐に向かうか?」

「い、いや、それはまだ早い」


 ハッとなって、ノエルが彼に答える。


 アンリさんは、再び黙り込んで静観の構えをとった。


「予言者から事前に情報は聞いたが、私たちはまだ実物を見ていない。撤退を視野に入れた威力偵察に留めるべきだ」

「道理だな。異論はない」


 牧瀬さんが同意し、俺もアンリさんも頷いてノエルの意見が可決される。


 自己紹介、悪食の情報の確認、各々の力の開示、方針の決定――それらを経て、俺たちは行動を開始した。


 ◇


 ――トリア山脈は、深い森に覆われた山脈である。


 ハイラキア王国、ブリッシュ王国を隔てる国境にして、長い間人の手が入ることのなかった深い森林だ。


 この世界の空気中には魔力が漂っており、その濃度は地域によって異なって、濃すぎる場所は怪物が生まれたりする「魔族領域」なんて呼ばれていたりもするが……ここ、トリア山脈も、魔族領域に片足を突っ込むくらいには魔力の濃度が高い。


 そのせいかはわからないが、亜竜の巣があるだけでなく巨人や魔狼と言った怪物と呼ばれる異形種がうろつくこともあり、奥地では虫型の怪物もいるとか。


 詳細は省くが、それらの怪物はすべからく人間の脅威となるもの。ハイラキア王国とブリッシュ王国がトリア山脈で国境をわけているのは、こやつらのせいでお互いに侵攻が難しかったのが一番の要因である。


 今でもそれは解決されておらず、開拓もろくに進んでいない。かろうじて通れるだけの寂れた街道が敷かれた、深い森が広がっているのみだ。


 ――その森の中、いると言われていた怪物の姿を一切見かけないまま、俺たち四人は奥へ進んでいく。


「……静かだな」


 牧瀬さんが、ポツリと呟いた。この森へ入る前に言っていたが、彼は両国間を行き来する隊商の護衛に就いたこともあるそうで、この森は初めてではないのだとか。


 空気中の魔力濃度が違うと多少なり魔法の使用感に影響が出る、これには慣れるしかない――なんてアドバイスをくれたりもしたが、その牧瀬さんから見てもこの森は異常らしい。


 この静寂は、どう考えても悪食の影響である。ここにいた怪物たちは、亜竜のように逃げ出すなり、悪食に食われるなりしたのだろう。


「…………」


 先頭を歩いていたアンリさんが無言で振り返る。なんとなく、言葉を紡がずとも彼が「このまま進むのか?」と聞いてきたような気がした。


 俺と牧瀬さんを挟んだ最後尾にいるノエルが、難しい顔で数秒沈黙。その後、「……進もう」と発言した。異論は出ない。


 元々、ここへは威力偵察をしに来たのだ。撤退することを前提にもしており、それなのに目的の魔王に接触する前から、森が静かだからと帰ることはできない。


「――――」


 緊張感を強めながら、一行は森の奥へ進んでいく。延々と続く登り坂、その風景に少し見慣れてきた頃――


「――いた」


 アンリさんが呟く。引き締めた心持ちはそのまま、俺たちはアンリさんの視線の先へ揃って目を向ける。


 ――確かにいた。


 ここよりもう少し登り、街道から外れた木々のただ中。そこに、ボロボロの白い服をまとった、痩せぎすの男がヨロヨロと歩いている。


 髪色はノエルのように真っ白。しかし彼女のそれとは違い、随分くすんでいて手入れもろくにされていない。あれは生来のものではなく、生気が抜けたが故の脱色なのではないかと、そうも思えてしまう。


 頬は少し窪んでおり、目は虚ろでぼんやりと目の前を眺めるのみ。格好は薄汚く、まとう雰囲気も正しく〝浮浪者〟だ。


 場所が場所なら、単なるスラムの住人だと言われても納得したような装い。住処がなく、食べるものもない、見るからに貧しい〝いかにも〟な風体。


 ――だが、ノエルやアンリさんという超常の救世主が今も横にいる状態で、〝アレ〟の異質さを見間違えるなどありえない。


 〝アレ〟が、件の悪食だ。


「……あれだな」

「手筈通りに」

「ああ」


 牧瀬さんとノエルが、短く小声で会話する。事前の打ち合わせ通り、まず牧瀬さんが魔弾で小手調べだ。


 この面子の中では、実力の水準はともかく、能力の性質は牧瀬さんが最も一般的である。


 生まれ持った超常の力を使うノエルでもアンリさんでも、変質した魔力しか使えない俺でもない、普通の魔法を使う牧瀬さん……ひとまずの小手調べとして、彼の魔法が選ばれたのはそのためだ。


 牧瀬さんが、ノーモーションで手元に銃身を展開する。体外への魔力の放出から魔法の発現まで、タイムラグが極めて少ない。年季を感じさせる展開速度、もちろん弾だって無音で即座に放たれる。


 ――だというのに。


「――?」


 無音で放たれた、瞬速の銃弾に――悪食は、こちらに振り向いただけだった。


 いや、正確には、こちらを向いて口を開いた、それだけだった。


 ――それを見て、寒気を通り越した痛みが、虫の知らせとして背筋を走る。


「ノエル――ッ!」

「ノワ――」


 悪食のアクションを見ることなく、俺は咄嗟に不完全な飛行魔法を展開。背後のノエルを抱き抱えて〝アレ〟から距離をとることだけ考え、一方向への推力のみを飛行魔法に命じてその場から離脱した。


「――ッ!?」


 同じように、牧瀬さんもその場を離脱する。まるで銃の反動のみを極限まで大きくし、それによって回避行動を行ったかのように、銃声を残して牧瀬さんが吹っ飛んだ。


「――!!」


 アンリさんは己の身体能力のみで、魔法を使った俺たちに遅れてその場から飛び退く。アンリさんを最後に、小手調べとして牧瀬さんが展開した銃身だけがその場に残され――


 ――その銃身が、なにかに潰されるようにしてその場から消失した。


「――あれは」


 ノエルが、俺の腕の中で呆然と呟く。着地のことを考えていなかった俺は咄嗟にノエルの下敷きとなって彼女を庇ったが、その痛みがどこか遠いことのようにも感じられる。


 それくらい、悪食の攻撃は理不尽かつ唐突だった。


 ――消えた銃身は、〝食われた〟のだ。


 俺は、もちろんノエルや他の二人も、それを本能で悟る。


 悪食は先の場所から動いていない。もちろん彼の口は、俺たちのところになんか届いていない。ただ、口をその場で開けて閉じただけ。


 ――なのに、銃身は食われた。もしあの場から離脱していなければ、きっと俺たちも一緒に食われていた。


 実感は遅れてやってくる。今しがたの咄嗟の行動が命を救ったのだと、その事実は激しい身体の震えに変換される。


「ッ――牧瀬さんッ!」


 しかし、悪食は待ってはくれない。再び悪食の行動の予感、生存本能の全力の警鐘……それは、牧瀬さんの周囲に向かって。


 悪食は牧瀬さんの方を向いていた。今度は先ほどより大きく、あんぐりと口を開ける。


 標的は、もちろん牧瀬さん。


「――ッ!!」


 俺の叫びと同時、牧瀬さんは先ほどの緊急離脱と同じく、身体に連動させた銃を撃った反動で吹き飛び、立ち位置を急激に変える。


 俺は咄嗟に、悪食に向かって魔力の塊をぶつけた。固めた魔力の礫をぶつけるだけの、石を投げるかのような魔法攻撃。それでも妨害くらいにはなるはずと、そんな希望的観測で。


 ――俺の魔法は悪食に命中した。けれど、悪食は怯むどころか、微動だにしなかった。


 それはまるで、俺の魔法による影響を、全く受けていないかのように。


「――――」


 俺の魔法を無視し、悪食が口を閉じる。


 牧瀬さんが先ほどまで立っていたところに、直感がなにかを感じ取った。その出来事を遅れて理解する。――外れたけれど、また悪食が食った。


「ぐ――!」


 牧瀬さんが、着地と共に苦しげな声を漏らす。当たり前だ、成人男性の身体を急激に吹き飛ばすだけの銃の反動をまともに食らって、三半規管が無事であるはずがない。むしろ、この短時間に二度も繰り返して、今も立っているのがすごいくらいである。


 ――これはまずい、手立てがない。


 俺が現状を見限り、撤退の判断を下した瞬間。


「――撤退だ! 逃げるぞッ!」


 ノエルも同じようにそれを口にして、俺は即座に逃亡のための魔法を発現した。


 使うのは飛行魔法。亜竜の時と違い、今度は安全性など言っていられない。なにもかもを手加減抜きで、とにかく速度を優先する。


 着地のことは飛んでから、クッションかなにかを魔法で作ればいい。高く打ち上げれば、それだけ着地までの時間が稼げるのだから。今はただ、無理やりにでもここから離脱する――


 ――ノエルのことは力いっぱい抱きしめて落とさないようにし、俺とアンリさん、牧瀬さんを魔法の紐で繋いで固定。


 牧瀬さんにはまたしても無理をさせるけれど、今この場で死ぬよりはマシだ。


「やば――ッ!」


 しかし、そこで再びの警鐘。悪食が口を開いたのだ。まるで俺の魔法に〝返事〟をするかのように、打てば響くタイミングである。


 もはや一刻の猶予もない、捕食の標的を確認するだけの余裕もない。俺は悪食とは反対側の上空に向かって、俺の身体を弾き飛ばす激しい推力を発現させる。


 俺と紐付けられていたアンリさん、牧瀬さんも、タイムラグなしで俺についてくる。ノエルは腕の中だ。


「――ッ!」


 身体が激しく揺さぶられる感覚で魔法が途切れそうになるのを、歯を食いしばって必死に堪える。


 ――まだ、まだ安心できない。最低あと二回、ダメならもっと、魔法を使わないと。


「う、ぐ……うぁあ……!」


 警鐘を鳴らす生存本能に、うるさいと怒鳴り返すつもりで咆哮を上げて。俺は脳内のイメージを無理やりまとめ、作戦会議を行った街の方向に向かって、またしても手加減なしの推力を発現させた。


 空中に打ち上げられた俺たちが、今度は真横に打ち出される。


 ――もう悪食の射程範囲からは抜け出せたはず。今度は、空中に投げ出された俺たちの着地をどうにかしなくては。


「……ぁ、あぁあ……!」


 今一度、今度は無理をするための空元気の咆哮を。


 魔法の紐を発現した時の記憶を頼りに、ヤマカンで牧瀬さんとアンリさんの位置を割り出して、落下方向を掠れる視界で確認。空気をかき集めたクッションを森の木の上に展開し、最低限落下の勢いを殺せるだけの準備を整えて即座に発現。


 それだけしてから、自身の飛行魔法とアンリさんたちへ向けた魔法の紐を解除。並行して、木の間に落下することになる現状を嫌い、腕の中のノエルを庇うために空中で体勢を整える。


 ――ノエルの小さな体格が、今はありがたかった。


 それを最後に、ふわりとしたなにかに背中が受け止められる感覚があって――数瞬後に、無数の木の枝が身体中に当たる激痛の後、最後に地面に落下した。


 ドサッ――!


「ごふッ……!?」


 死ぬほど……本当に死ぬほど辛いし痛かったけれども。


「……ぐ、いッた――のえ、ノエル、だいじょうぶっ?」

「あ、ああ、私は大丈夫だ、ノワール! なんでこんな無茶をするんだ、バカ! 穏便にどうにかできなかったのか!!」


 腕の中のノエルに、目立った傷がないのを見て。なにより、即座に俺を案じてくれるだけの余裕が彼女にあるのだと見てとって、頑張った甲斐があったと俺は安堵した。


「いや、ああするしかなかったのはわかるが……! っ――君はっ、君はバカだ! 私を庇ったりなんかしなくてもいいんだ、大馬鹿者!! そのせいで君はこんな無茶をしたんだろう!? そこに怒っているんだぞ、私は!!」


 戦闘中の緊張感がまだ抜けていないのか、それとも二人揃って命の危険に立たされたせいで平静を失っているのか……いずれにせよ、俺はノエルに組み敷かれたまま、彼女の罵声を大人しく聞き続けるしかない。


 そんなノエルの怒りが、表面的にしろ収まったのは――一番被害が少なかったアンリさんが、牧瀬さんを担ぎながら合流してきた時であった。

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