アフター・エピソード《後編》推しはいつだって、俺達の光だ。
《桐生和人 何者?》
凛の「推し活」を言い当てた高校教師、桐生だったが。
この問いの答えは、かなり、はやくに得られた。
桐生和人は高校では漫研の顧問であり、学校でも有名なオープンオタクだったからだ。一部では「腐男子先生」略して「ふだせん」とも呼ばれているらしい。どういうことだよ。
先日の授業では突然「今日からでも出来る! エンタメを守るデモ活動」について熱弁をふるっていた。なにか問題になるのでは? と凛は思ったが、怒濤の早口のあと、最後に桐生は言っていた。
「……とまあ、こういうわけで先生は無所属エンタメ最高教として週末現場でペンラを振ってきますが、俺達大人がするべきは、君達生徒が、そういうことを、しなくてもいい国にすることです。君達が、すこやかに、勉学及びエンタメを支える経済活動が出来るように!! 任せてくれとはいえないけど、今ある自分の生活を、大切にしてください。今日の授業は、以上です」
……真面目だ、と凛は思った。
案外、真面目だな。
真面目に、めちゃくちゃ、オタクだ。
つまり、彼の中ではお金を稼ぐというのはエンタメのための経済活動らしい。……バイトをするということ自体が広く推し活のためだと思われているのでは? というのが凛の結論だった。いや、本当か?
ちょっとよくわからないが、このまま、V推しだということはバレないように過ごそう……と思っていた。
凛の新学期は、慌ただしく過ぎた。
塾にも行かずに、成績優秀を維持するのは大変だった。宿題に加えて夜遅くまで予習と復習、もちろんアルバイトもある。
近所の店の中でも、カラオケボックス、しかも22時までの夜間帯にしたのは、中学時代の先輩からの情報で、控え室での休憩時間がかなり自由だったからだ。呼び出しブザーに応えられれば、いくらでも自分のスマホで配信を見てもいい、最高の神バイトだ。
すぐに控え室に戻りたいので、業務も鬼の早さで覚えた。
もちろん配信をしていない時間は、勉強をしていてもいい、のだが。
「深山さん、大丈夫? 顔色悪いわよ~」
交代のパートさんが、そう言って凛に飴玉をくれた。凛は困ったように苦笑をして、休憩時間は控え室で勉強をしながらいつの間にか居眠りをしていた。
ピンポン、と呼び出しブザーが鳴って、慌てて凛が飛び起きる。
カウンターに出て行くと、騒々しいグループが、会計待ちをしていた。「レイトの時間は?」「あと二十分」「車を出しておいた方がいいじゃないか?」「和人、支払いよろしく~!」先に、男女らしき三人がエレベーターでおりていく。なにか、今、聞き覚えのある声が……と思った瞬間だった。
「退室お願いします」
差し出した伝票を受け取って、凛はぎょっとする。
「せ、先生!?」
「ん?」と相手が眼鏡を押し上げる。
「なんだ。深山くんのバイト先か、ここ」
遅くまでご苦労さま、と桐生が静かに笑う。よくわからないがすごく派手なアニメのTシャツを着ている。鞄には何本もペンライトが刺さっていた。デモとやらの帰りなのかもしれない。
桐生は驚きつつも支払いを済ませる。二時間の室料で四人。どうやら仲間と暇を潰していたのか。まとめて支払いをした桐生は、QRコードの決済を指定してきた。
「こちらのQRコードからどうぞ」
と凛が機械を差し出せば、桐生は手早くコードをスキャンするためスマホを差し出した、その時だった。
「た、誕生日メン限ステッカー!!!!!」
凛が思わず叫んでいた。
「え?」
桐生が顔を上げる。
「先生………………………KK推しなの!!???」
はしたなく指差して言ってしまった。だって、桐生のスマホのカバーに挟まれていたのは間違いなく、去年のKK生誕限定デザインのステッカーだった。
凛も、親に頼みこんで購入させてもらったもの。黒い羽の生えたミニキャラのKKが、ケーキを食べている。
もったいなくて使えず大切にKK専用のシール帳に挟んでいる、それが、なぜか、桐生のスマホに。
「あーー……」
自分のスマホを見直して、少し桐生が目を泳がせた。
「KKが、好き、では、ある」
なんだそれ、と凛が思う。なにその言い方!!
「……けど、もっと、好き、なんだ」
「え、なにが?!」
KKより好きって、なにが!? と思わず凛が身を乗り出す。
次の瞬間だった。
どん、と桐生が寄り身を乗り出して言った。
「この…………絵師」
「えし」
「正しくは神絵師。イラストレーター、ではない、俺の、最高の同人作家!!!!!!」
ぱぴりお先生をご存知ない!? と言われる。ない。
「ない、けど……このステッカーは、私もめっちゃ好きで……」
「そうだろうそうだろう、KKの愛らしさを十全に表現したフォルム、見る度に視線があう完全な仕上がり……!!」
かざして見ている。ちょっとキモかったが、人のことはいえない。
「えっじゃあ、だから、わかってたの!? わたしがKK推しだって……」
ぐい、と桐生は自分の眼鏡をおしあげながら言う。
「基本的に生徒の鞄についたチャームは最初にチェックする。市場調査だ」
市場ってなんのだよ、と思わなくも、なかったが。「現場被りがあるからな……」とぶつぶつ言っている。その姿に少し、呆れながら、ぽつりと凛は呟いていた。
「…………先生は、言わないんですね」
「ん?」
「Vとか、推しとか、そんなん意味ないって」
Vになんて課金しても、グッズ買っても、子供が、そんなの無駄遣いだって、言わないんですか。そう、ちょっと顔を伏せて凛が言えば。
きょとん、と目を丸くして、桐生は言った。
「意味は……あるが?」
え、と凛が顔をあげる。桐生は、いつもの、授業みたいに真面目な、「先生」の顔で言った。
「推し活がその人にとって無駄か無駄じゃないかなんて他人にどうこう言われることじゃないだろう。少なくとも、深山くんは推しのために成績優秀も維持してるんじゃないのか。推し以外に誰が、俺達にそんなことをさせてくれる?」
意味はある、と桐生は続けた。
俺達の声だって、ペンライトだって、課金だって、全部意味がある、と。
そう言われて、凛はなんだか……泣きそうになってしまった。
ぶ、と桐生のスマホが揺れると、「まずい」と彼は呟き、帰りのエレベーターのボタンを押す。
「あ、けど、本当にあんまり無理はするなよ! 健康は推し活の基本!!!! 健やかな推し活はすこやかな心身から!」
じゃあまた学校で、とエレベーターに乗り込む桐生が、とじかけたドアを一度開いて、言った。
「ちょっとでも疲れたら、推しにそう、もらしてみたっていいんじゃないか」
推しはいつだって、俺達の光だ、とよくわからないことを言い残して、今度こそ去って行く。
(推しはいつだって、私達の、光、か……)
わかるような、わからないような、と思いながら、凛はその日も、バイトと勉学に励んだ。
くたくたになって帰宅をした風呂上がり、スマホに通知。
(KKのおやすみ配信、珍しい!!)
みれば、コメントも沸いている。『こんな遅くまでどうしたの?』というコメントに。
『レイトの映画だよ』
と流行のアニメ映画の名前をあげた。名探偵のやつ。
『みんなは? こんな時間までなにしてた?』
ポンポンポン、とコメントが入る。
凛も気づいたら、コメントを書き込んでいた。
《バイトと勉強、疲れた~》
ふと、雑談をしていたKKが、
『RIIN、いつも頑張ってるね。無理しないで』
と言った。ぶわっと凛が、風呂上がりだからではなく耳まで赤くなる。へなへなとすわりこみながら、
「推し、ひかり………………………」
と誰ともなしに、呟いていた。
好きなものがあって、いけないことなんて、あるはずない。
その夜中、桐生は頃合いを見計らい、リビングで一本の電話をかけた。
相手は、今日一緒に映画をみにいった、古い友人。
「キング、今日は悪かったね」
『いいけど。なんなら、直接出向いたってよかったよ』
こたえる声は静かなハスキーボイス。かつての人気コスプレイヤー《キング》は、今の趣味はV配信らしい。収益化もうなぎ登り、相変わらず秋尾が金に糸目をつけずにサポートしているようだ。
「それはいいよ。あの子にとっては、神はまだ、神のままがいい」
桐生の言葉に、キングは少し呆れ声で。
『お前がいうか、それを』
と静かに言った。すかさず桐生が続ける。
「ぱぴりお先生の身バレでいらない虫がついても困る」
『……………………結婚しても、それなのか?』
そう言われて桐生は、先に寝室に向へかった自分の伴侶を思った。
「死ぬまでこうだよ。俺はずっと」
結婚しても、神様で、俺の光。
スマホを持つ、男の指には、銀の指輪が光っていた。
番外編の更新でした!!!! なお、新作シリーズを、近日公開予定です。
明日(22日)は活動報告を更新させていただきます。
また遊んでくれたら、嬉しいです。




