アフター・エピソード《前編》きりゅせん……なにものなの?
お久しぶりです。みんなの「今」を、書きたくなって、書きました。
好きなものがあるって、いけないこと?
今年、都立鈴川高校には評判の新入生がいる。
新入生代表を果たした深山凛は、派手ではないが整った容貌、すらりとした身体つきで、何より学業の成績がいい。そうでなければ、新入生代表にはならないだろう。
そんな、ごく普通の高校一年生の凛には──誰にも言えない秘密があった。
「バイト申請? もちろん深山なら文句はないが……」
新学期の放課後、慌ただしい職員室で凛の担任は申請書に目を落とした。
凛の通う高校ではアルバイトは原則禁止されているが、学業に障りがなく、学校側に申請が通っていれば問題がない。
実家の手伝いや期間限定の公的なアルバイトなどが特に通りやすいが、凛の提出したのは近所のカラオケボックスのアルバイトだった。
普段なら厳しく見られるところもあるバイト内容だが、担任は、
アルバイト申請理由:家計を助けるため
の文字を見て「今時感心だな。無理をするなよ」と励ましてくれた。
(よ……………)
職員室から出た凛は思う。
(っしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!)
申請書の控えを握って、思わずガッツポーズをしたいところだった。しない。
衝動を抑えるように身体を反転させて、立ち去ろうと、した、時。
「うわっ!!!!」
ファイルの束を抱えて歩いてきた男に衝突した。
ばさささささ、とファイルに挟んだ書類の束が職員室前の廊下に落ちる。
「あー……」
「ご、ごめんなさい!」
ぶつかった相手は白衣を着た、その学校の教師だった。
凛の担任ではないが、担当教科があったはずだ。たしか……生物。
「怪我なかったか?」
やわらかい声で聞くその教師の名前はすぐには思い出せなかったが、あだ名の方が頭に浮かんだ。「きりゅせん」──だから、苗字はそう、桐生、だっただろうか。
三十は超えているようだが、若々しい容姿が、分厚い眼鏡をしていてなお女子生徒にモテそうだった。
ただ、校内に姉がいるという教室の誰かが言っていた気がする。
「きりゅせんはさ~『ざんねんないきもの』なんだって~」
その《ざんねんな生物》教師こと桐生は、凛と一緒にファイルを集めながら言う。
「1年の深山くん、だよな? 今年の新入生代表」
「あ、ハイ」
覚えてるんだ、と凛は思った。
まだ新学期がはじまって10日ほどだけれど。授業もろくにしてないはずなんだけど。
桐生は一見、ざんねんなところはない感じだった。が、紙のファイルの間に挟まっていたクリアファイルが、どうみても人気のアイドルアニメのものだった。
(……?)
凛がけげんな顔をしていると。
「……アルバイト?」
ファイルと一緒に桐生が拾い上げたのは、凛のアルバイト申請の控えだった。
「あっ!」
と凛が声をあげる。
「そ、そうなんです! 家計の助けになるように、頑張ろうと思って!」
「……なるほど、家計ね」
控えを返した桐生は立ち上がりながら、ぽん、とファイルで凛の頭を叩いて言った。
「推し活もほどほどにな」
ーーーーーーーーーーーーーーー!!?
凛がしゃがみこんだまま硬直する。
なんでばれたなんでばれたなんでバレた!!?????
誰にも、言ってないはずなんだけど!!?? 自己紹介ではもちろん言ってないし、グッズだって普段使いできるロゴものしか使ってないはずなんだけど!?
ぴろん、とその時、スマホが震えた。
凛はぱっとスマホを取り出して、近くのトイレに走りこむ。
個室の中で、ワイヤレスイヤホンを耳につっこみ、スマホを操作し配信アプリの画面をあけた。
【メンバー限定配信】と表示されている。リアタイいける! と凛がタップした。
ぽん、と画面に現れたのは、黒髪の美少年キャラクターだった。
スマホを握る手が震える。
(あ~~~KK~~!!!!!!!! 今日も最高プリチーだよ~!!!!)
高本凛には秘密があった。
彼女はとある、人気Vチューバーの、強火オタクだった。
凛が『KK』という名前の人気Vチューバーにはまったのは、中学校の半ば。
何の気なしに見ていたショート動画でドンピシャに恋に落ちてしまった。
KK。ダークゴシック系の個人勢。個人とは思えない完成度の高いLive2Dを持ち、「うたってみた」ではしれっと3Dまで出してくる。
ラブソングの神様、とも呼ばれる《ラブカ》の曲をカバーした動画は100万再生を越えていた。
歌声は、ぞっとするほど綺麗な少年声。
性別はKK、とコメントのやまない、超絶美少年Vだった。なお、「中の人」の存在は一切謎に包まれている。
『ふぁ~~、みんなおはよ。夕方だって? ボクは今目が覚めた』
!!!!!!!
凛がトイレの個室で配信画面を開き、スタンプみたいに勢いよく反応を打った。
(KKのおはよう、命が、助かる!!!)
書き込む指の動きはガチめだ。
恋におちた、といってもリアコではない。あくまで担当。推し。強火でオタクである。しかしVにハマった凛は、つのる欲求をおさえることが出来なかった。
もっと、推しに、課金を、したい!!!!!!!!!!!!!!!
スパチャをしたいグッズが欲しい記念ボイスも全回収したい!!!!!
けれども義務教育期間中の凛には、自由に「投げ」られる金なんてなかった。
課金としていちばん手軽なのはキャリア決済だが、スマホの利用明細は親に握られている。そんな使い方、バレたら終わる。
(お金を投げたいって、なにバカなこと言ってるの)
(曲を買ったり、ものを買うならわかるわよ、でも、構ってもらうためにお金を払うの?)
(騙されてるんじゃない?)
親は厳しかった。そして実際、その通りだとも、凛は思った。
しかしながら、凛は諦めなかった。
だってそこに推しがいたので。画面の向こうにしかいないけど!
今、「いる」ので!
がむしゃらに勉強をし、成績優秀者として高校に入って、アルバイトをさせてもらう許可を得た。そのバイト代でスマホの代金を払いたい!! と親も納得させた。推しへの信念岩をも通す。彼女は首席入学という形で親の信頼を勝ち取り、同時にアルバイトの許可も得たのだ。
これからは、HAPPY推し活ライフが送れる!
学校ではオタクを隠して真面目な生徒として生きて行く!
と思っていた、のに。
(『推し活もほどほどにな』)
配信を聞きながら、凛は思うのだった。
きりゅせん……なにものなの?
後編も22時頃更新予定です。




