お行儀を習いました・裏(天光降教教皇レヴァン・ベルヌーイの場合)
ずいぶん間が空いてしまいました…
ひっそりと投稿…
今回はYKさんからのアイデアを参考にして、希望にあった閑話となっております。
「たしか、今日からミリィ様に行儀見習いの教師が付くはずだったな。手配は済んでいるのか?」
レヴァンはそばに控えていた枢機卿に尋ねた。
「はい。教皇猊下のご指示通り、ミリィ様には行儀見習いの教師を手配済みです。ちょうど今の時間帯なら行儀見習いの最中かと」
「それならばよろしい」
レヴァンは枢機卿の返答に頷いた。
レヴァンは今、王都から離れている。
今いる場所は王都からそれなりの距離は慣れている都市だ。
現王即位と同時に臣下へと降り、公爵位となった王弟が封じられた都市であり、それゆえ王都の姉妹都市、第2の王都などとも呼ばれている。
この国において、公爵位とは臣下に降った王族にしか与えられない爵位であり、爵位としては最上位である。ただ、最上位の爵位である公爵ではあるが、所領は与えられず法衣となる。
古い時代においては公爵もその爵位に見合った所領を与えられていたのだが、かつて、数ある公爵家数家が結託、王位簒奪を目論み、公爵領内で軍備の拡大などを目論んだ。
ただでさえ広大な公爵領が数家結託したのだ。
その支配面積は王領直轄地を軽く上回り、その上、当時の公爵領の配置もまずかった。
公爵とは元王族という事もあり、王城を中心とした王都と王領直轄地をぐるりと囲むように配置されていたのだ。
あっという間に王城は孤立。
外側から攻めるにも、多くの貴族が日和見を決め込み袋のネズミ状態であった。
まあ、最終的には簒奪に加わらなかった数家の公爵家と、忠臣であった貴族家などの活躍により、形勢は逆転し、王位簒奪の危機は逃れたわけなのだが、当然ながら当時の王は激高した。烈火の如く怒り狂い、簒奪に加わった公爵家はお取り潰しどころの話では無く、当主はもちろんの事、次期当主候補である息子たち、娘、はては生まれたばかりの赤ん坊まで斬首となった。
領民は大丈夫ではあったが、公爵家に勤めていた家臣や使用人、侍女まで死罪となった。
日和見を決め込んでいた貴族家にも大粛清の嵐が吹き荒れ、数百あった貴族家はその数を半数以下にまで落とし込んだのであった。
この王位簒奪未遂を期に、公爵位には所領を与えず法衣とする事が国法で決まった。
さて、現代に戻り、法衣となったとはいえ、無役と言うわけにはいかない。
現代においては、王の近親者に限り、法衣である事は変わりないが大都市の長を任せる事になっている。
この王弟が治める都市は王都からかなり離れているので、天光降教としても王都とは別の教区と言う形で区切っている。
各教区をそれぞれ統括するのが枢機卿。
そしてその枢機卿全員を束ねるのが、教皇であるレヴァンと言うわけである。
教皇ともなると、その仕事量は膨大となる。
教皇から枢機卿。各司教、司祭と作業を分担させているが、上の者になればなるほど、事務仕事も多くなっていく。下から上がってきた案件を承認し、判を押す…ただそれだけでもかなりの時間を要する事になるのだ。
ましてや、教皇、枢機卿ともなると、関係各所への顔出しやら接待やらなんやらと、色々移動する事も多く、その移動にも多くの時間が掛かるのだ。
「大丈夫だと判断したから、お前に手配を任せたが、教師役には誰を?」
ミリィの教育係の手配を、レヴァンから頼まれた、この男。教会内での地位は枢機卿である。
枢機卿も、それなりの数がおり、地位としては皆同じ枢機卿なのだが、その枢機卿内にも力関係は存在する。
例えば、10年間枢機卿としてその務めを果たしてきた者と、枢機卿1年生では発言力に差が出るのは当然ともいえる。
彼は教皇の右腕として、枢機卿内では一番の発言力を持っており、教会のNo.2の有能な人物であった。
レヴァンとしては、ミリィの教育係の手配も、自分で行いたかったのだが、如何せん、教皇と言う立場はこれでいて忙しい。
ミリィだけに構っているわけにはいかないのだ。
それゆえ、自身の右腕とも呼べる枢機卿に手配を頼んだのだ。
ただ、これは、なにもミリィを蔑ろにしているわけではない。
「分かっているかと思うが、ミリィ様はこの教会においてなくてはならないお方。その教育もしっかりとしたものでなくてはならんぞ?」
「ええ、そのあたりは抜かりなく。教師役にはグレイス殿をーーと、打診し、無事引き受けていただけました」
「グレイス殿……ベイコール男爵夫人か。ああ、あの方ならミリィ様の教師役にはうってつけだな。流石だな」
レヴァンは枢機卿を褒めた。
ベイコール男爵夫人、グレイス。
ベイコール男爵家は爵位こそ下級貴族ではあるが、代々、王立学院の教師や家庭教師などを輩出してきた教育者の家系ともいえる。
教育者として優秀な人材を婚約者とし、また、養子にするなどしており、連綿と受け継がれてきたその膨大な、行儀作法やしきたりなどの知識は他の追従を許さないほどであった。
その中でも、現ベイコール男爵夫人のグレイスは、特に貴族令嬢の行儀作法を教える事にかけては、現、王国において最高峰ともいえ、その温和な性格も相まって、様々な貴族家から「ウチの令嬢の教育係に!」と引手あまたの人物である。
とは言え、グレイスはすでに数多くの令嬢に行儀作法を教えている最中なので、通常であればグレイスに支持するのは不可能ともいえる。
しかし、グレイスは敬遠な天光降教の教徒であった。
そのうえ、教える相手が聖女である。
最近、貴族の間に出始めたばかりの『聖女』の噂。
しかも単なる噂では無く、教会のNo.2ともいえる枢機卿自らが足を運んでの依頼。
教会から正式な発表こそないものの、それは教会が『聖女』を認めている事に他ならない。
自他共に認める天光降教の敬遠な信徒である自分が聖女の教育に打診されている。
グレイスは喜びに舞い上がり二つ返事で了承した。
すんなりとグレイスから了承の意が取れた枢機卿としても、一息付けたと言える。
レヴァンの言葉ではないが、ミリィは、これからの教会に必要不可欠の人材である。
天光降教の教祖の生まれ変わりでは? とも言える治癒の能力。
噂の域を出なかったその治癒の力を確認する為、王都にいる怪我人を数人集めミリィに治癒を行わせた。
もちろん、その怪我人の選定には誰でもよかったわけではない。
始めこそ半信半疑であったが、最初にその治癒の能力を目の当たりにした司祭は、その力がもたらす結果を簡単に予想できた。だからこそ、後は、王都の怪我人の中でも特に天光降教の信心の篤い人物を選んだ。
司祭から司教へ。その後の枢機卿へと話が上る度に、怪我人の人選は行われ、その結果を見た司祭、司教、枢機卿もその力がもたらす事態をしっかりと判断出来たからこそ、ミリィが現状、大騒ぎになっていないとも言える。
ミリィの能力。教祖と同じその能力は、教会に大きな力を及ぼす。
怪我を直された怪我人にはしっかりと口止めを行った。
もはや治りそうも無かった重傷を直してもらえた。その感謝の念に、敬遠な信徒である彼らは、教会からの口止めに、喜んでその口を閉ざした。
噂の始まりとも言える、冒険者には口止めを行わなかった。
完全に緘口令を敷くと、こういうモノは逆に大きく絶対に拡がる。ある程度の拡がりは許容していた。
そこまで考えられるからこそ、この男は教皇の右腕まで登り詰められたとも言える。
「下手な人物をミリィ様の教育に充てるわけにはいきませんからね」
「ミリィ様は教祖の生まれ変わりともいえる。下手な貴族に囲われる前に教会に保護出来た事は幸いだ。教祖様もご自身の御業を受け継いだ少女が、下手な貴族に囲われて不幸になるのは忍びないだろう」
誰とは言わない。
この国は、周辺国家に比べて腐った貴族は多くはないが、それでも一定数存在する。
貴族と言う特権階級故に、堕ちる貴族はいるのだ。
初代が優秀であっても、代を重ねるごとにその質は落ちていく事がある。
時折現れるアホ息子、放蕩息子と言うのもいる。
そう言う腐った貴族に目を付けられた者は哀れだ。
ちなみに、代を重ねる事に優秀になっていく貴族家も存在する。
ベイコール男爵家が正にそうだ。
「ミリィ様はこのまま教会の最高権威、アイドルとなっていただく。その為には、人前に出る為に行儀見習いは必須だ。とは言えミリィ様はまだ幼いからな」
「ええ。そういう意味でもグレイス殿に教師役を引き受けていただけたのは幸いでした」
ミリィはまだ5歳。
自我も形成されてきて、イヤと言う感情もあるだろう。教義見習いを押し付けて、教会自体、天光降教事態に嫌悪感を抱かれては目も当てられない。
この年頃に感じた悪感情は、後年の人生まで影響を及ぼす。
厳しすぎる教育、そして体罰する事に悦を感じる教師などは絶対にあてがう事は出来ない。
体罰に体罰を重ね、恐怖で縛る方法もあるにはある。
だが、今回それをするわけにはいかない。
皆の前で手を振るだけの人形ではマズいのだ。
教祖と同じと思われるその力は、現状知られている魔法では説明が付かないのだ。
精神を壊しては治癒の力が使えなくなる可能性が高い。
そう言う意味でもグレイスは優秀な教育者なのだ。
飴と鞭の使いこなしが絶妙なのだ。
生徒に合わせて、飴と鞭の配分を行っており、そのグレイスの教育はデビュタント前の令嬢や婚約、結婚の決まった令嬢の貴族家に絶大な支持を得ている。
「ミリィ様の治癒の御業は、はっきりと目に見えますからね」
「怪我が実際に治る。頭の固い一部の貴族家も、怪我が目の前で治るのだから文句もつけようも無いだろう」
「信心の篤い貴族家はもちろん、確かにそれは、信仰に否定的な貴族家も文句は付けられませんね」
この国は名目上は政教分離されてはいるものの、国教でもあり、世界的にも最大宗派でもある天光降教の聖地でもあり、お膝元。教会本部の大聖堂もあるので、教会は政治に対して確かな発言力があるのだ。
とは言え、政治を取り仕切る王宮側からすればそれは面白くない。
王宮側も教会側も、互いに反目し合ってはいないものの、そこにはわずかとは言え摩擦が存在するのだ。
最近は王宮側が優勢で、教会側が押されている。
そこに現れたのがミリィ。
ミリィは間違いなく教会の権威を取り戻せる存在たり得るのだ。
「貴族家からの寄進も増えるでしょう。特に騎士を始めとする士爵勢からは絶大な支持が得られるでしょうね」
「うむ。ミリィ様の治癒の力があれば、つまらない怪我で引退せずに済むからな」
「寄進額により優先順位でも付ければ、なおの事、寄進額も増えるでしょうし、王宮側の軍閥勢にも恩を売れます。もちろん、神殿騎士が最優先ですが」
「後々、ミリィ様の治癒の御業を詳しく調べなければならん。どの程度の怪我まで治せるのか。抉られた怪我は? 欠損した指や腕は? 欠損したまま治りきった場合は? 調べる事はいくらでもある。その為にも、ミリィ様が教会に不信感、嫌悪感を抱かれるわけにはいかん。教育もそうだが、日常生活でも不自由なく過ごしていただけるよう、徹底しておけ」
「現在、教皇様が手配した侍女にミレッタと、護衛として神殿騎士団から移動させたコニーを引き連れる形で外出も許可されていますが、どのあたりまで許容範囲ですか?」
「基本的にはすべてを与えろ。王都の外にだって外出させて構わん。何か食べたいと思う物はすべて与えろ。ドレスや装飾品も必要であれば教会の品位を落とさない限りすべて許容範囲だ。
ただ、外出の際は必ずミレッタかコニーに事前に報告させ、所在を知っておくように手配しろ。護衛もミレッタとコニー以外にも秘密裏に付けておけ。
幸い、ミリィ様はあのお歳で、しかも寒村出身にしては頭が良いようだ。人攫いの存在もその危険性も理解しているようだから、勝手に一人で飛び出す事は無いだろう」
「ミレッタとコニーには懐いているようですので、2人からそれとなく伝えるよう手配いたします」
レヴァンは、自分の意をはっきりと口にすることなく理解し、実行できる自身の右腕に満足そうに頷き、歩を進めた。
この後はここの教区の枢機卿に会い、この近辺の在地貴族との面会がある。




