↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

お行儀を習いました。

「はい。そう! そうです! そこでゆっくりと止まります」

「すばらしいですわ、ミリィ様。そう、そう…そうです!」

「良いですね。そう、そこでさっきの手順で……そう。完璧ですわ、ミリィ様!」


 初老も通り越して結構なお歳になってると思われる老女が、わたしの動作に合わせてほめてくれます。


 彼女の名前はグレイス・ベイコールさん。


 わたしの聖女としてのお披露目が決まったので、わたしにお行儀を教えに来てくれた先生です。

 わたしはこの世界のお行儀なんてさっぱりなので助かります。

 マール村は単なる寒村だし、村娘Dのわたしが行儀や礼儀作法なんて習うわけないし。

 というか、村で一番偉い村長さんだって礼儀作法なんて知らないんじゃないのかな?

 村にいる以上、礼儀作法なんて必要なさそうだし。


 ぱん。ぱん。ぱん。ぱんーー

 リズムをとる為にグレイスさんが手拍子を打ってくれる。

 ゆっくりと振り向いて、そのまま一度立ち止まり、また歩き出すーー


「ええ、ええ。そうです、その間が大事ですよ。ミリィ様」


 前世のわたしなんて、小学校の卒業式での卒業証書授与の時くらいしか、みんなの前で壇上とかに上がった事無いよ?

 中学校の卒業証書授与はクラス委員長が代表でクラスみんなの卒業証書受け取ってたしね。


 グレイスさんが教えてくれるのは大勢の人の前での歩き方とか、お辞儀の仕方とか。

 いわゆる立ち居振る舞いってやつ?

 スカートの裾をちょんとつまんでお辞儀するあれ。『お嬢様』のお辞儀。

 あんなお辞儀、前世も合わせて初めてやったよ。

 カーテシーって言うんだってね。グレイスさんに教えてもらった。


 にこっと微笑んで、カーテシー…

 あっと、手が滑って左手でつまんでいたスカート部分が落ちちゃった。


「あら、ミリィ様。お疲れですか? ではもう一度だけ同じカーテシーを行ってから、ちょっと休憩しましょう」


 わたしの失敗に合わせて、グレイスさんからそんな言葉がかけられた。


「ミリィ様はまだお小さいですからね。疲れちゃいますよね。ええ、ええ。大丈夫ですよ。疲れたら誰だって失敗しますもの。無理してもいけませんわ」


 グレイスさんの一言で、休憩です。


 わたしのお披露目が決まり「お披露目ですから多少はお行儀と礼儀作法が無いといけませんので…」ミレッタはそう言いました。

 それで次の日に来てくれたのがグレイスさんだった。

 お披露目が決まってすぐ次の日って、早い気もするけど、たぶん事前に連絡が行ってたんでしょう。


 グレイスさんは、すごくおっとりしたカンジで、やさしいお婆ちゃんってカンジ。

 ただ、わたしにお行儀とかを教えてくれる先生なだけあって、その立ち居振る舞いは、なんて言うのかな…そう、優雅。

 落ち着いた、シックな色合いのドレスで、結構なお歳みたいだから動きもゆっくりなんだけど、よぼよぼなお年寄りみたいなカンジじゃなく、動作の一つ一つがすごく綺麗。

 誉めて伸ばす教え方みたいで、わたしの事をすごく褒めてくれます。


 グレイスさんは教え方がすごくうまいです。

 怒らないから…とかじゃなく。

 たとえば、カーテシー1つにしても、グレイスさんが初めに手本をやって見せてくれる。

 後は、出来るまでやれ。1時間後にまた見に来ますのでそれまでに出来るようになっておきなさいーーなんてことは無く、そばで見ててくれます。

 間違えても「ここは、こうですよ」と手を添えて治してくれます。

 何回かやって上達してる時は、キチンと「上達してる」と言ってくれます。その上で「上達していますよ。でも…ほら、ここをこうすると、もっと素敵ですよ」と教えてくれる。

 ただ単に「そうじゃない! こうだ!」って言われるよりずっといいよね。

 立て続けに失敗したりして集中力が切れそうな時は、あっさり休憩しようって言ってくる。

 しかもすぐに休憩と言うわけじゃなく、何気にさらにあと1~2回させてから休憩になる。

 モチベーションを上げて、それを引き延ばすのがすごくうまいです。

 グレイスさんの手の平ですっかり転がされていますね、わたし。ころころころ。


 休憩という事で、部屋に備え付けられているテーブルに向かいます。


「グレイスさん。どうぞ」


 わたしはグレイスさんに席を勧めます。

 これもグレイスさんに教えてもらった事です。

 立場はわたしの方が上でも、わたしが主催(ホスト)なのでお客を先に座らせるのがマナーらしいです。ましてやグレイスさんはわたしにマナーを教えてくれる先生なわけだし。


「ありがとうございます。ミリィ様」


 ミレッタがグレイスさんの椅子を引き、グレイスさんの着席をサポートします。

 椅子を引き、グレイスさんが椅子とテーブルの間に身体を入れる。

 それに合わせてミレッタが椅子を押し出し、グレイスさんが腰を落とす。

 うん。グレイスさんって、ほんと動きが綺麗ですね。


 グレイスさんが着席したことを確認した後、ミレッタがわたしの椅子を引っ張り、わたしはそれに合わせてテーブルと椅子の間に立つ。

 ここからがわたしはグレイスさんと違います。

 ミレッタはわたしの両脇に手を入れ持ち上げます。

 そして椅子へ座らせます。


 …しょうがないじゃん!

 5才児じゃ椅子に届かないんですよ!


 よじ登れば出来ない事は無いと思うけど、最初にそれをしようと思ったらミレッタにやんわり注意されました。

 いわく、貴婦人のする行為じゃないーーと。


 貴婦人て……


 それ以来、ご飯の時もお茶の時もミレッタに持ち上げられています。物理的に。


 あ、ちなみにコニーも側に控えていますよ。

 ただ、コニーは護衛と言う立場が強いので、お茶のサポートとかはしないで護衛に徹するんだそうです。


「だいぶ(さま)になっておりますよ」


「椅子に座るのにもマナーがあるなんて知りませんでした」


 ふふ。とグレイスさんは微笑みます。


「実は、席に着くこと自体に明確な手順やマナーと言うのは無いのですよ」


「え? そうなんですか?」


 グレイスさんの言葉にわたしは驚きます。


「テーブルに着く時とか、椅子を引いてもらったり、スカート部分が捲れないように抑えたりとかやってますよね?」


「スカート部分が捲れないようにするのはレディとして当然ですよ」


 それは…まあ、そうね。

 いくらわたしでもぱんつ丸見えはイヤです。

 女の人相手でも。


「椅子を引いてもらったりは、正直なところ、殿方の為なんですよ」


 うん?


 ふふ。とグレイスさんは笑います。


「殿方が女性を大切にしていますーーというアピールの為なんですよ。貴女の事を大切にしていますーーといった女性へのアピールですね。あとは、わたしはか弱い女性を大切にしているーーといった周りの者への意思表示ですね。いわば殿方のマナーです」


 なんとまあ…

 確かにそう、あらためて言われるとそうかなーって思いますね。


「殿方が自分を良く見せようとしているマナーとは言え、女性側からしても悪い事ではありませんからね。女性を大切にしていること自体は確かですし。実際、自分で椅子を引いたりして座るより優雅に見えるでしょう?」


「たしかに…そういう風に言われると、そう…ですね」


「それに、椅子を引いてもらったりして良くしてもらえれば、こんなお婆ちゃんでも嬉しいですからね」


 歳を取っても、女は女という事ですね。

 グレイスさんの柔らかな微笑みは落ち着きます。


「いつ始まったかわからないほど古い所作ですが、実際、優雅に見えるので殿方のサポートが当たり前になって、女性が座るときは椅子を引いてもらう…と言う風になって、それが使用人や侍女(メイド)もするようになったのですよ」


 グレイスさんは、こういう所がすごいと思います。

 単に『こういう風にマナーが決まっているのだから黙ってやれ!』って押し付ける事無く、なぜそうなのか、色々説明してくれますし、色々脱線したりして小話してくれたりします。


「ああ、そうそう。殿方が椅子を引いてくれたりするのを断ってはいけませんよ?」


「それは分かります。せっかく良くしてくれているわけですものね」


「ええ、そうです。もちろん中には、この人にやってもらいたくない…と言う人も出てくるでしょうけど、それは言わずにぐっと堪えてにっこりと微笑んで相手を立てるーーこれは重要ですよ? わざわざ自分から自分の印象を下げるなんてばかばかしいですよ」


 そうですね。

 貴族なんて、まだ国王陛下のアレックス様と、騎士様のロッソさんしか知りませんけど、貴族なんてプライドの塊でしょうしね。

 わざわざ喧嘩吹っかけるなんて馬鹿げてます。

 聖女として良くされてますけど、単なる村娘Dなんて簡単にひねられて終わりですよ。こわいこわい。


「ミリィ様はまだ会っていないからわからないでしょうけど、そのあたりを勘違いして、高圧的になったり隷属を強要するご令嬢も多いのですよ」


「わかりました」


「歳若い殿方からのサポートには特に気を付けてくださいませ」


「と、言いますと?」


「歳若い殿方と言うのは、サポートした女性にほぼ確実に気があるのですよ」


「まあ」


「気がある女性に少しでもお近づきになって、自分を良く見せたい…可愛らしいですよ」


 ふふふ。とグレイスさん。

 いつの間にかミレッタが淹れていた紅茶を口に運びます。

 相変わらず綺麗な動作ですよね。


 休憩時間という事もあってグレイスさんは、マナーの話なのに、かなり砕けた感じです。

 この流れはマナーと言うより、ガールズトークですか?


「そのあたりの年頃の殿方は変な方向にプライドが高かったりしますからね。それなりのお歳になれば落ち着いてくるのですけど、なぜそこで意地になるって言うのがありますから」


 あー…あるある。

 あれ、見ててあほか! って思いますよね。

 真冬なのに半ズボンはいて「全然寒くねぇ!」とか小学生の頃クラスにいたなぁ…いや、あなた、ぷるぷる震えてるよ? なんでドヤ顔でわたしたち女子の方を見るの?

 クラスで一人誰か特別な事したり出来たりすると「それくらい俺にだって出来るっ!」ってやたらと競い合ってたりもしたなぁ…とりあえず牛乳の一気飲みは止めてよね。絶対誰か吐き出すし、それ掃除するの絶対わたしたち女子じゃん!

 中学の時は夏休みデビューとか居たなぁ…髪染めたり。茶髪が多かったけど金髪ってのも居た。衝撃的なのが緑。M・I・D・O・R・I・!

 大事な事なので2回言いました。

 緑だよ?

 なぜに緑?

 何をとち狂ってその色にした?

 ぜひともその心情を聞きたかった…いや、ほんとに聞きはしなかったけどね。

 髪染めた全員に共通してたけど、生え際、地毛の色だよ?

 それに頭髪は染めてるのに眉毛とかまつげは黒のままじゃない。髭とかも。だっさ。

 で、すかさず先生に怒られて黒に染め直すんだよね。あほだよね。

 しかも金髪とか茶髪がカッコイイとか言う割には、黒髪の女の子は素敵だ…とは平気で言うんだよね。


「とりあえずにっこり微笑んで、殿方の自慢話を、すごいですね。さすがですね。と誉めていれば気を良くした殿方が勝手に私たち女性に良くしてくれますよ。そういうご令嬢はモテますよ。基本的にその年代の男の子はバカですので」


 オトコノコには哀れとしか言いようのないグレイスさんの言葉。

 ミレッタの方を見れば苦笑はしているけど、否定はしていませんね。



「殿方を立て、自身は常に控え目。あまり口を出さず、何か聞かれたら殿方にとって心地良い言葉、言ってほしい言葉を掛ける。それによって、あたかも殿方が自分でそれを考えそれに賛同してもらえたという(てい)をとるのです。自分は動かず言葉だけで殿方を動かして、それを殿方に気付かせないーーそれがイイ女と言うモノですよ」


 こわっ!

 怖すぎるよグレイスさん!

 5才児に言う事じゃないよ。いえ、賛同出来る事は多いけどさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。