4話
水晶玉が光るたびに次の場面に飛ばされては飛ばされ。いくつかの記憶をたどり――最後はアメリアが死ぬところだった。
不思議な体験をしている自覚はあるが、もしかしたら私はとんでもないことに巻き込まれているのではないかという予感に似た何かがあった。いくつも見てきた場面がすべてあのおとぎ話に関係あることだったこともある。そこまで考えて、思考をいったん捨てる。
まずは見極めることだ。
この頃は魔女裁判というものがやはりいい加減だったらしい。有無を言わさず死刑になり、しかもアメリアがかなり上級の水魔法使いであることがわかって、じゃあその得意な属性によって殺そう、という流れらしい。
いくら水魔法使いでも、魔法を使えないようにして水に沈めれば溺死するからだ。
ひどい。ひどすぎる。
既にアメリアの天文学的数字で起こる悲劇を何度も見てきてしまったため、私は泣いてばかりいた。家族は殺され、ラスティ王子には信じてもらえず冷めた目で見られ、民衆には蔑まれ石を投げられ、グリティシアには陰で笑われいたぶられる。兵士たちにも、幸いにも慰み者になることはなかったがあざ笑われるのは序の口で殴られ叩かれ、死刑執行のときには見るに堪えられないくらいボロボロだった。
「魔女なんか殺してしまえ!」
アメリアと婚約破棄した王子の、新しい婚約者も魔女と内通してるよ。それに魔女の定義が悪なら、グリティシアだって魔女だ。
「やぁね、皺枯れた声だわ」
あれだけ殴られたら普通の声なんて出せないよ。喋るだけでも辛いのに、それでもアメリアは自分の無実を訴え続けてるんだよ。
「血の色の髪……やはり魔女だ」
隣の国じゃ青や赤はめずらしくない。それに、グリティシアはピンクじゃんか。
いくら私がやめてよ、と叫んでも今まで誰にも届くことはなかった。追体験していた時間はどの位かわからない。一時間程度なのかもしれないし、もしかしたら一ヶ月くらいは経ってるかもしれない。
でもそんなことはどうでもよかった。毎回声を張り上げても報われないアメリアを救えるはずもなく、私は言葉通り見つめるだけだった。
「今から魔女の死刑を執行する!」
城からかなり離れた港で、刑は行われるようだった。
王子のお気に入りの部下が声高々に宣言する。アメリアの家族や、アメリアを助けた罪で殺された人たちのときとは違う。あの部下はそこそこ地位が高い。ということは王子が見に来てるのだろうか。
見渡すと、民衆を押しとどめる柵の反対側に、豪華な建物――城の所有物だったのか――そこの屋上にグリティシアと鎮座していた。元婚約者だからか見世物なのか、見届けようってか。クソが。グリティシアは少し楽しげな表情を浮かべている。
火あぶりほど見ててショッキングでもないっていうのもあるんだろうか。だとしたらほんとに王子とグリティシアはクズだと思う。
「やめ……て……!」
「うるさい魔女め!おとなしくしろ!」
ゴッと鈍い音がする。今アメリアを殴った兵の顔を目に焼き付けて、アメリアのそばに寄る。何もできなくてごめんね。
しかし私が泣いている間にも刑は進む。アメリアの右足に、上がってこれないようアメリアの体重の二倍もありそうな鎖が付いた重りを取り付ける。既に赤くはれ上がった傷だらけの足首が目に映りまた涙がこぼれた。
「では――突き落せ!」
手は連れてこられる前から鎖で後ろにぐるぐる巻きにされていた。どうやっても生き残る方法はない。水魔法を使おうにも、宮廷魔術師によって封印されているらしかった。
宮廷魔術師がいるなら魔女がいてもおかしくないだろうと思うが――ここの世界では男が魔法を使えるのは名誉であるらしいが、女が使うと異端、魔女だ殺せというおかしな考えが根付いている。
下っ端が戸惑いながらも桟橋に立たされたアメリアに近づく。あぁ、たしか……レニーだったっけ。唯一アメリアを悪女ではないと思ってくれていた兵士だ。近寄れば顔色が悪い。
「ごめんなさい王女様、ほんとにごめんなさい」
レニーはそばにいる私でも聞こえないような謝罪をうわ言のように呟いていた。まさか自分が殺せと言われるとは思っていなかったんだろう。ちらりと王子のお気に入りの部下を見ると、口元がニヤニヤと笑っていた。もしかしたらレニーが気にかけていたのを知っていたのかもしれない。
それでもレニーはアメリアを殺さなければならない。上の命令に逆らえば次に沈められるのはレニーだ。震える手がアメリアの背にそっと触れた。民衆の歓声はだんだん大きくなる。
「あり、がと、レニィ」
アメリアが無理やり喋るようにして言った。レニーには聞こえていたのだろうか。
――ドボン!
その答えを考える間もなく、アメリアは突き落された。キッと周囲を見渡せば、今にも泣きそうなレニー、耳をつんざくような歓声、安心したような顔の兵士たち、ウソっぽい涙を浮かべ微笑んでいるグリティシア、そんなグリティシアに優しげな表情で寄り添うラスティ王子。
許さない。
悔しさをぶつけることもできず、私はアメリアの後を追いかけた。私も息ができないのではないだろうか、と思ったがそんなのどうでもいい。あの空間にいたくなかった。
――ポチャンッ
てっきり音はしないと思っていたが、なぜか飛び込んだときだけ音がした。アメリアとは違う、小石を投げたような軽やかな音だ。
水の中はとても綺麗だった。不思議なことに呼吸もできる。まるで魚のようだった。
泳いでアメリアを探す。ひときわ大きな泡の下にアメリアはいた。
「アメリア!」
そばに寄るともう、うつろな目をしていた。思わず人工呼吸をしようとするが例にもれず通り抜けてしまい、私の悔し涙が水の中に溶けて消えた。ああ、アメリアも私みたいに涙を流したんだろうか。確かめる方法はなかったけど。
許さない。アメリアにこんな仕打ちをした人を私は許さない。
愛する人とアメリアを引き離した人を、私は許さない。
なんとなく、記憶を巡るうちに私がどうするべきか、どうなるのか薄々感づいていた。むしろ、そうするしかないだろう。
神様、どうか報われないアメリアに、それに見合うだけの幸せを――
「アメリアが幸せになれるよう、チャンスをください」
気づけば綺麗な済んだ水色は、光の量を増していた。水晶を探すが見当たらない。なんとなくこのシーンが追想の最後だろうと思った。
アメリアの口からコポリと小さな泡がでてきて、まるで水晶のように綺麗だった。
補足:
Q.宮廷魔術師はなんでいるの?
A.なぜか女性の魔法使いだけ異端と忌み嫌われています。悪しき風習ってやつでしょうか。
Q.なぜ水の音がしたの?なぜ物質を通り抜けるのに泳いでるの?なぜ呼吸ができないと思っていたの?
A.実は主人公は水との相性がすごくよかったんです(適当)。詳しくはのちのち。