08. 推し、愛し、お姉さま(語彙貧) 【マーガレット】
紳士淑女が集うパーティー会場。
「お前の悪行は明らかなものとなった。お前との婚約は破棄だ」
凛々しく叫ぶのは美しい王子さま。
隣に寄り添う少女はヒロイン。
「私は『真実の愛』を見つけたのだ」
微笑みあう王子と少女を眺めながら、わたくしこと悪役令嬢は涙をこぼす。
――これこそが、誰にも引き裂けない「真実の愛」。ラブラブ選手権優勝よ。わたくし良い仕事したわ。生きててよかった――
執務室の中央で語り終えると、マーガレットは机に向かうナルシスのほうを振り返った。
「寝る前にこういう妄想をしておくと、いい夢が見れます。乙女ってそういうものでしょう」
「乙女じゃないから分からない」
「いずれわたくしにも婚約者ができれば、婚約者の恋人を虐めて、こんな風に『真実の愛』の礎になるつもりだったの」
「要らぬ狸の皮算用だね」
「どこかのクソ王太子のせいで、配役は狂ってしまったけれど。わたくしは諦めないわ。死ぬ前に一度は『真実の愛』の当て馬になっておきたい」
マーガレットはうっとりと頬に手を当てる。
「問題はどこまでやるかよね。わたくしは温室育ちだから、牢屋はちょっと怖いけど。国外追放までなら耐えられる気がする」
「君は本当に後先を考えないよね」
「だぁれかイケメンが、わたくしをこっぴどく振って、それをダシにヒロインといちゃついてくれないかなぁ」
呑気に呟いたのち、マーガレットはコホンと咳払いをすると、執務室の隅に置かれた小さな椅子を中央に引き出す。
これはマーガレットが諜報活動の報告をする際に、いつも使っているものである。
侍従がカーテンを開けると同時に、ナルシスの背後の窓から春の朝日がさんさんと差し込んだ。
マーガレットは埃っぽい空気を吸い込む。
気合は十分だ。
「じゃあ、というわけで」
「どういうわけで?」
「ダリアお姉さまのラブラブ生活調査結果を報告します」
「余所でやって……」
「見届けた日がわたくしたちの最期の日なんですから、黙って聞きな」
マーガレットは報告書に目を落とす。
すぐにフ――と長く長く息をつくと、両目を覆った。
ナルシスが書類から目をそらさずに問いかける。
「どうしたの?」
「やらしいんだわ……」
「何が」
「ダリアお姉さまよ」
マーガレットは顔を真っ赤にして、椅子をひっくり返しながら立ち上がる。
鼻息あらく報告書の一枚を取り出すと、ナルシスに向かって突き出した。
それは「烏」によって描かれた、シラー領の屋敷に到着し、まさに馬車から降りるところのダリアの姿絵だった。
「男装――男装なのよちょっと! ほら、長い黒髪を高く結い上げて、首筋が! ズボンに着替えて、脚線美が! やだ、凛々しい! 何故わたくしはナマで見ていないの、やだ運が悪い! なんていうかもう……」
マーガレットはその場に膝をつき、神に祈る修道女のようなポーズをした。
侍女兼「烏」のクロエが、窓から注ぎ込む日光と鏡を使って、手作りのスポットライトをマーガレットに当てる。
「やらしい……」
ナルシスは気のない相槌を打つ。
「よかったね」
「しかし今日帰ってきたこの密偵、素晴らしい絵心だわ」
「とはいえ、この密偵は新人です。今回の諜報は研修も兼ねているので、あまり信用しすぎない方が良いかと」
クロエの言葉に、マーガレットは「そーね」と生返事をする。
姿絵を見つめながら意味もなくかくんかくんと頷き、椅子を後ろ手で立て直して座る。
「この絵はわたくしが責任をもって永久保存するとして、次に移ります。報告書によると、お姉さまは無事シラー公爵邸に着いたそうです」
「よかったね」
「そして、馬車を降りてすぐ、シラー公爵と――」
マーガレットはそこまで読むと、息を止めて目を閉じた。
ナルシスは耳半分に聞きながら仕事をしている。
マーガレットはようやく目を開いて、報告書を読みだした。
「チッスをぶちかましたらしいです」
「……はぁ」
マーガレットはまた目を硬く閉じて天井を仰ぎ、俯いて頭を抱える。
しばらく繰り返した後、執務室の壁に裏拳を加えた。
王宮が少し揺れた気がした。
「審議ッ!」
「はぁ」
「出会い頭にベーゼ。そこに、愛はあるんか?」
ナルシスは手元の書類仕事を続けながら発言する。
「まつ毛が抜けていた、とかじゃない? 角度的にチッスに見えただけで」
「初対面でいきなりチッスぶちかますなんて、普通に考えたら変態よね」
「押しかけておいて無視とは、いい度胸だね」
クロエが恐る恐る告げる。
「とはいえ、メグ様。何か理由があるのかもしれません」
「そうなのよ」
マーガレットは額を押えた。
「お姉さまにずどーんと一目ぼれして体が勝手に、とか。実はずっと前からお姉さまに惹かれていて、この対面に感極まって思わず、とか。恋愛小説の展開よね。でもここは小説の世界じゃない――現実」
マーガレットは叫びながらうずくまった。
「常識的な行動ではない。でも、恋愛小説みたいなカップルが現実で爆誕している可能性に思いをはせてしまう。その場合、シラー公爵は王子様よね。ヒーローよね」
「王子様で、思わず初対面の人にチッスしちゃうの……? 恋愛小説の展開って大丈夫? 国が亡びない?」
「貴様が……この前……まさに……そんな感じのムーブメントを、起こしなすったんですよ」
「そうだっけ」
「つまりは」
マーガレットはあごに手を添え難しい顔で、部屋の中をいったりきたり歩き出す。
巨大隕石がどこに落下するのか予測する天文博士を思わせる気迫だった。
「つまりは、シラー公爵は変態か王子様、あるいは変態かつ王子様ってわけね」
「業が深いね」
半笑いを浮かべてから、ナルシスは黙って宙を見た。
定まらない瞳でぼんやりと虚空を眺めている。
――マーガレットは見たものを疑う。
ナルシスが手を止めているのだ。書類も見ずにぼんやりしているのだ。
「え、あ、あの。どうしたの。大丈夫ですか?」
動揺しながらマーガレットは声をかける。
このワーカーホリック王太子の仕事をしない瞬間を見るのは、マーガレットは初めてだった。
「君さぁ」
「は、はい」
「出会ってすぐにチッスしてくるような男が好きだったの?」
「はぁ……まあ、もっとやれ、とは思いますね。一番理想、とまではいかなくとも」
「一番理想、ね。誰?」
「え?」
ナルシスは机に肘をついて、首をもたれかけながらマーガレットを見た。
「どういうのが、一番の理想なの?」
「はぁ……強いて言えば、あなたですかね」
執務室に沈黙が流れる。
ナルシスががくっと首を手から滑り落とす。
「……僕?」
ナルシスは信じられないものを見る目でマーガレットを見る。
心なしか目元が赤い。
何だこいつは。
書類を棚に片づけていたナルシスの侍従も、口をぽかんと開けながらこちらを見ている。
マーガレットは眉間にしわを寄せながら続ける。
「ええ、そうです。銀色の髪に水色の瞳、容姿端麗で成績優秀。さらに武道もしっかり修めて文武両道。王族は魔力をたっぷり持つとはいえ、その中でも魔力保有量が抜きんでている。ちょっと仕事馬鹿だけど、まぁつまり真面目で努力家。王太子だから権力も言うこと無し」
「は」
顔をじんわり赤くしながら目を彷徨わせるナルシスに、侍従が「落ち着いてください、ナルシス殿下! こいつ、完全に上っ面しか見ていませんよ!」と肩を掴んでがくがく揺らす。
二人の様子を眺めながら、マーガレットは盛大なため息をついた。
「わたくしがあなただったら、どれだけ良かったでしょう」
「あ、君は僕になる側なんだね」
「カップルに横恋慕して、男との決闘にボロ負け。抱き合う男女の姿を、血だまりの中から見るの。そういうのはイケメンであればこそよね」
マーガレットはあらぬ方向を見つめながら、うっとりとため息をつく。
ナルシスもため息をつく。
「なぜそこで夢見る眼つきになるのか……心底、君が分からん。謎」
「目の前にある、あれこそが『真実の愛』……うふふ……そしてわたくしは死ぬ」
「死んじゃったじゃないか」
「あなたもそういうことしたら? イケメンの無駄使いですわ」
「それ有効活用なのかなぁ」
「思えば、あなたがイケメンらしくダリアお姉さまとバカップルになってくれれば、全ては丸く収まったのよ」
「知らないよ」
「現在のあなたのレートは最低。二度とバカップルになどしてあげません」
「願ったりだよ」
「ああ、思い出し怒りがふつふつ湧いてきた……」
円錐型のスカートの下から長分銅鎖を取り出すマーガレットを見て、侍従が泡を喰って声をかける。
「とはいえ! とはいえですよ、シラー公爵も評判の良いイケメンです」
マーガレットははっとして侍従を見る。
「そうよね」
「彼らに集中しましょう、マーガレット嬢。目の前の喜びに惑わされ、大局を見失うところがあなたの良いところです」
「その通りよ! 今はダリアお姉さまとシラー公爵のラブラブよね」
「納得しちゃったよ」
マーガレットは満面の笑みでナルシスに向かって長分銅鎖を突き出した。
窓からの木漏れ日がマーガレットの顔を明るく照らす。
「カプ厨は五月の鯉の吹き流し、口先ばかりではらわたなし。さっぱりとした気性と口先だけの意気地なしという特徴を誇ります」
「誇るな誇るな」
「確かにわたくしの最終目標はナルシス殿下の殺害ですが、目の前に『真実の愛』の可能性があるなら共同戦線もやむなし。わたくしは深く考えることを好みません。建設的な作戦より目先の欲です」
「君の仕事が諜報なの本当に怖い」
「陰からお姉さまの幸せも確認しなければいけませんしね。一石二鳥です」
マーガレットはスカートの下に長分銅鎖をしまい直す。
そしてまさに雛菊のように可憐で、かつ喜びにあふれた顔をして報告書を構え直した。
「では、報告を続けます。きゃー、楽しくなってきちゃった!」
「帰って……」




