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24. わたくしの夢(2) 【マーガレット】

 午後の鐘が鳴る頃に、作戦を決行。


 その一。王宮の前で馬車から降りて、慌てて出迎えるメイドを捕まえる。


「わたくし、アルフレッド様にお会いしたいの。すぐに応接室に案内して頂戴」



 その二。応接室に二人が現れたら、わかりやすくアルフレッドに色目を使う。


「まぁ、アルフレッド様。お会いしたかったですわ」


 マーガレットは黄色い声を上げながらアルフレッドの腕をつかんで、強引に引き寄せ、エメラルドグリーンのソファーに座らせた。

 アルフレッドはぎょっとした顔でマーガレットを見る。


 先ほどまでアルフレッドの隣に立っていたダリアは、ソファーの向こうの白い戸口の前で呆然としている。

 マーガレットはクスリと嘲るように笑ってみせた。


 そこで驚いた。

 ダリアは上品な薄紫のドレスを着て、パサついていた髪も艶やかになっている。

 控えめながらも可憐な装いは、菫のつぼみのような佇まいであった。


 なにより顔つきが変わった。

 目元には生気が生まれ、以前よりずっとリラックスした表情をしている。


 若草色の壁紙の前に立つダリアは、どこからどう見ても若く美しい王妃だった。


 どどどうしよう、ダリアお姉さまが麗しすぎて、目がつぶれる。

 絵姿も良かったけど実物は違うわ。

 恋する乙女は綺麗になるって事象は証明できたのよ――! 


 もっともマーガレットを見た途端に、ダリアの顔色はすっかり失われ、目を開き切ったまま瞬きもできない様子であったが。


 マーガレットは頭を切り替えて、熱っぽい瞳でアルフレッドを見つめる。


「話には伺っておりましたが。アルフレッド様がこんなにお美しい方だったなんて」


「……マーガレット嬢。いつかはご挨拶に行きたいと思っていたが、こんなに急に来るとは、驚いたな」


 アルフレッドはすでに警戒マックスらしい。

 注意深くマーガレットの腕をほどこうとする。


 ダリアは少し俯き、マーガレットに声もかけられない様子だ。


 マーガレットはいかにも無神経にアルフレッドの腕にしがみつく。


「ええ、皆様を驚かせたかったんですの」


 今日のマーガレットのテーマは「媚びる以外能のない、頭お花畑のご令嬢」だ。


 そこまで考えて、マーガレットは自嘲する。

 まさに自分のことではないか。


 その三。シラー公爵と二人っきりになる。


「ダリアお姉さま。お姉さまがお持ちになった水晶のブローチ、わたくしずっと羨ましかったの。どうしても欲しいの」


「……分かったわ、部屋から持ってくる」


「ダリアちゃん」


「アルフィー様、大丈夫です」


 立ちっぱなしだったダリアは、静かに応接室から出ていく。


 しばし部屋に沈黙が下りる。


 春の日差しが金縁のアーチ窓からさんさんと降り注ぎ、壁際に飾られた東洋の青磁の壺の表面で反射する。


 マーガレットは計算する。

 そろそろダリアが自室から出てくるころだろうか。


 さて、ぶっこんでみよう。

 ここで賭けなきゃ勝負師じゃない。


「アルフィー様、わたくしもアルフィー様とお呼びしてもよろしいですね」


「……君」


「わたくし、アルフィー様をお慕いしておりますの。どうか、お姉さまとの婚約を破棄して、わたくしと結婚していただけませんか」


 マーガレットは目に涙をためて、アルフレッドにしなだれかかる。


「アルフィー様だって、あんな地味で頭でっかちな女より、わたくしの方がずっと良いと思うでしょう」


「……その呼び方、」


「わたくし、あなたに会った時に確信したの。ダリアお姉さまより、わたくしの方がずっと、アルフィー様にふさわしいわ」


 ――君がどれだけ僕の仕事をフォローしたって、頑張って社交界の人気者になったって、ご両親に本当の意味で愛されることはないし、ダリア嬢と仲良しになれるわけではないよ。


 確か先日、ナルシスはこう言ったものだった。


 最初から分かっている。

 余計なお世話だ。


 あの男は何もわかっちゃいない。


 アルフレッドが弾かれたように応接室の扉を見た。


 絶妙なタイミングだったらしい。

 手にブローチを持ったダリアが、青ざめた顔をして立っている。


 その四。ダリアの方に詰め寄る。


「ダリアお姉さま、いいでしょう。ダリアお姉さまも、わたくしの方がアルフィー様にふさわしいって、分かっているでしょう。あなたみたいな可愛げのない、頭でっかちで、地味な女より」


 ダリアは視線を落とし、マーガレットより高い位置にある肩を震わせた。

 紫色がかった唇を嚙みしめている。


 どれだけ貶められても、人を傷つけようなんて思いもしない。


 姉はどこまでも善良でいてくれる。

 だから彼女の進む道の先には幸せしかないことを、マーガレットは心から願うことができる。


 それがどれほどの救いかなんて、誰にも理解できまい。


 マーガレットは悪趣味なふりふりドレスの裾を揺らしながら、軽いステップを踏むようにダリアに詰め寄った。


 どの姿勢が、どの角度が、自分を一番かわいらしく見せるか知っている。


「ダリアお姉さまだって、自分が選ばれないこと、分っているでしょう」


 もちろん、マーガレットこそが選ばれないのだ。


 かわいい面をして親たちに擦り寄るのは、馬鹿馬鹿しいとは思うが、確かにマーガレットにとってはやりがいであるし、生きやすい。


 きっとこの二人は、こういう生き方をしているマーガレットを選ばない。

 そのことが、マーガレットには嬉しくて、誇らしくて仕方がないのだ!


「マーガレット嬢。アルフィー様って呼び方、やめてもらえないか」


 アルフレッドが立ち上がった。


「その呼び方は、ダリアちゃんに、大切な人たちに呼んでもらうものだから。勝手に使われるのは嫌いなんだ」


 ダリアの頬にわずかに赤みがさした。

 目には生気が戻り、こぶしを握り締める。


 窓から差し込む午後の日光がダリアの顔を淡く照らす。


「……譲らない」


 勝った!

 勝負師にかかればこんなものだ。


「わたくしはマーガレットに譲らない」


 ダリアは肩を震わせたまま、顔を上げてマーガレットを見る。

 ダリアの桃色の瞳が、陽光を反射して宝石のように輝く。


「初めて認めてもらえたの。初めて居場所ができたの。どれだけマーガレットが欲しがったって、わたくしは誰にも譲らない」


 マーガレットはノリノリだ。

 意気込んだように言ってみる。


「もう、わがまま言わないで。ダリアお姉さまより、わたくしの方がずっと王妃にふさわしいんだから」


 後悔は多いが、マーガレットはこういう生き方が好きだし、向いていると思う。

 社交界モテに全てを費やして本性を隠すのも、好きな人のために戦うのも、なんだかんだ楽しいのだ。


 本当にそれだけでよかったのだ。


 だから馬鹿王太子がマーガレットの分も泥をかぶったことに、憤って仕方がない。


 あの男は何にもわかっちゃいない。


 貴様が人生ぜんぶかけて守ろうとしたって、わたくしの些細な憧れと劣等感で、世界はぶっ潰れるのだ。


「そうね。あなたはいつだって誰よりもかわいくて、誰よりも愛されるから。わたくしなんかより、よほどアルフィー様にふさわしいのかもしれない。でも――」


 ダリアは白目を少しずつ赤く染めながら、唇を噛みしめてマーガレットを睨みつける。


「譲らない」


 あれ? ダリアお姉さまが譲らなかったのって、多分これが初めてよね?

 初めて執着したものが、お義兄様っていう解釈でオーケー!? オーケー!?


「ダリアちゃん、大丈夫よ」


 アルフレッドはダリアに寄り添うように立ち、ダリアの肩に手を置く。


 マーガレットは幸福の絶頂である。

 鼻血とか鼻水とか出ていないか気を付けた方が良い。


 その五。ヒステリーを起こす。


「あり得ない、あり得ないわ。あなたみたいな女が、わたくしより優れているとでも――」


 廊下に重い靴音が響き、応接室の扉が荒々しく開いた。


「陛下に近寄るな、マーガレット・フライベルク!」


 応接室にばらばらと兵が入ってくる。

 兵の一人が懐から紙を取り出し、高らかに叫ぶ。


「ダリア様の元へ逃げ出してきた『烏』の告発により、フライベルク一家の罪状が明らかになった。貴様はすぐさま王宮の牢へ収監する」


 マーガレットはわざとらしいくらい目を丸くして、口をはくはくさせてみせる。


 どうやらクロエは完璧に仕事をこなしてくれたらしい。

 不出来な主のマーガレットとは大違いだ。


 最後に見たクロエの赤くなった目を思い出して、マーガレットはさすがに強烈な罪悪感に襲われる。


 しかし目の前の二人に仕える方が、クロエは幸せになれるに違いないとも思うのだ。


 ハレルヤ!

 お幸せに!

 みんなお幸せに!


「ダリアお姉さまのくせに、信じられない! お父様とお母様も怒るに決まっているわ!」


 マーガレットは最後に捨て台詞を吐いて――きっちり後ろ足で両親に砂をかけることも忘れない――兵たちに牢へと引きずられていく。


 楽しいな。

 うっかり小さく笑い声を漏らしてしまい、マーガレットは兵たちに慄いたような目で見られる。


 マーガレットは妄想する。


 マーガレットが去った応接室で、お姉さまとシラー公爵は抱き合い、何ならチッスしちゃうかもしれない。


 ――これこそが、誰にも引き裂けない「真実の愛」。ラブラブ選手権優勝よ。わたくし良い仕事したわ。生きててよかった――


 やはり悪役令嬢的な「真実の愛」の当て馬とは皆、こういうことを考えているのだ。

 マーガレットの推測通りである。


 我ながら最高の道化芝居だわ。


 牢屋が見えてきたころに、マーガレットはようやく笑いつかれて息をつき、こぼれた涙をぬぐった。

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