25. 疑惑 【ダリア】
壁も床も真っ白な王宮の廊下を歩く。
夕日が差し込む大きなアーチ窓の前で、ダリアは足を止めた。
手に握りしめている水晶のブローチを、もう一度眺める。
先ほどマーガレットが「欲しい」と言ったものだ。
マーガレットが牢に収監されてすぐ、ブローチを部屋に片づけようと思い、応接室から出てきた。
しかし、何となく足が止まってしまう。
水晶のブローチはごく小さな安物だ。
マーガレットもすっかり忘れていると思っていた。
日は沈みゆく。
ほのかに橙がかった日光が、規則的にカットされた水晶の上で鈍く反射する。
「わたくしの方がアルフィー様にふさわしいって、分かっているでしょう」と言われた。
頭が真っ白になったのは、おそらく図星だったからだ。
しかし国王を私欲のために誘惑するなど許されない。
おそらく両親の差し金である。
裏付けるように、「烏」の密告でフライベルク一家の罪を知った。
家族で結託して国の安寧を脅かすなんて、いったい何を考えているのだろう。
ダリアは水晶のブローチを握りしめる。
冷たい石の感触が不思議なほどに肌に落ち着かない。
「譲らない」とマーガレットにようやく言うことができた。
こういうときは、もっと清々しい気持ちになるのだと想像していた。
腹のあたりにほのかな不安が残る。
何の不安なのかも分からない。
ダリアは廊下を引き返すと、国王の執務室の扉をそっと開いた。
***
「腑に落ちない!」
執務室の中央では、机の前に座って考え込んでいたアルフレッドが、勢いよく立ち上がるところだった。
金色のシャンデリアや家具類は、明るい日中は返って輝きを失って見える。
「何がです? ダリア様が告発するとはいえ、不始末を出したフライベルク家の娘を王妃にするのはどうかと、いくつかの家がごねるだろうことですか」
家令が首をかしげる。
優秀な彼には、混乱が収まるまでしばらく王都で働いてもらう予定である。
「それは仕方のないことでしょう。何にだって文句を言いたいやつはいるし。ダリアちゃんに何かしようとする奴は、私がねじ伏せれば良いだけだし」
「では、何のことです」
アルフレッドは椅子に座り直すと、人差し指を立てた。
「あまりにも出来過ぎているって言いたいのよ」
「それは、わたくしも気になっていました」
ダリアは思わず室内に入った。
「アルフィー様の暗殺騒ぎが起こるタイミングで、アルフィー様と懇意になさっている公爵様に証拠書類が届きました。王宮に着た途端、ナルシス元王太子の罪状が明らかになったり」
「そういう、ちょっとびっくりするくらい都合の良いことは、アルフィー様には起こりがちなんです。高すぎる人望の賜物というか」
「それでも」
家令の言葉に、ダリアが声を荒げる。
話すうちに何故だか顔から血が引いて行く。
「わたくしは昔のナルシス殿下を知っています。努力家というか、何事にもそつがない方で……この短期間であそこまで杜撰になるとは、どうも考えにくいのです」
「私も同じことを考えていたのよ」
アルフレッドは両肘を机の上につき、顎を両手の上に乗せる。
「私の甥――ナルちゃんは、もっと出来の良い子だった。もちろん、主観じゃないわ。多くの友人たちが同じ意見だった。そしてそれ以上に気になるのが――」
「マーガレットですか」
ダリアは呟くように言った。
水晶のブローチを硬く握りしめる。
白い壁は夕焼けで徐々に赤く染まっていく。
家令が不審げな声を上げた。
「お言葉ですが、マーガレット・フライベルクがアルフィー様を訪ねた時の様子を、私は外から拝見していました。わかりやすい性悪な馬鹿令嬢……ダリア様の妹君をこのように申し上げるのは気が引けますが。ここで温情をかけた方が、あとあと厄介が降りかかると」
「私、最近髪がつやつや、お肌もぷるぷるなのよ」
アルフレッドが不意に宣言した。
「は?」
「恋をすると綺麗になるっていう俗信は、本当らしいわね」
「いきなり何の話ですか」
胡乱な目をする家令に向かって、アルフレッドは滔々と続ける。
「ダリアちゃんに告白をOKされてから、私ったらすっかり頭が冴えちゃって、鋭さが最高潮……つまり絶好調よ」
「だから?」
「マーガレット嬢に会った時、妙な違和感があったの。マーガレット嬢のダリアちゃんを見る目はやたら熱っぽいのに、私を口説くときの目は若干死んでいたのよ」
「は?」
ダリアは思わず目を点にした。
同じ表情をした家令がなおもつのる。
「いやいや、あれはどう見てもアルフィ―様に横恋慕している様子でしたよ」
「周囲の目はごまかせても、初恋の実った私はごまかせないわよ。あれは十中八九、私のことなんっとも思ってないわね」
「で、では何故わざわざ」
家令は困惑しながらモノクルを直す。
そうだ、それが不安なのだ。
あの二人には、決定的なところで何を考えているのか分からないところがある。
「わたくしは、直接マーガレットに嫌なことを言われたのは、今回が初めてです。何故あのタイミングだったの?」
「ダリア様……」
「物を取られた時も、悪口を言われた時も……思えば、妹との悪い対話はずっと両親やほかの誰かを通していました。わたくしたちは一度も、面と向かって話し合ってこなかったし、機会もなかった」
ダリアはきゅっと顔を上げる。
夕日が壁の鏡面で真っ赤に反射し、目に痛いほどだった。
「わたくしは、あの子と話してみたいです」




