23. わたくしの夢(1) 【マーガレット】
クローゼットの中から、肩の露出が大きいピンクと白のひらひらのドレスを選ぶ。
かわいらしい上にいかにも頭空っぽそうで、ぎりぎりのラインを攻めたお気に入りの一枚だ。
窓から差し込む朝日の下で、ドレスに汚れやしわがないか点検する。
見ていろよ、お父様、お母様。
ついでに何でもかんでも一人で背負い込むどこぞの元王太子様。
「社交界の雛菊」の本気を見せてやる。
「メグ様。シラー公爵に訪問の事前連絡は」
「いらないわ」
着替えながら、マーガレットはクロエに向かってニヤリと笑って見せた。
「その方がずっとバカっぽいじゃない」
窓際の目が痛くなるほど華やかなクローゼットを背に、クロエは訝し気にこちらを見ている。
ピンクのベッドもぬいぐるみも、王都人らしい趣味の悪さだ。
父母はわざと姉の部屋と差をつけて、傷つくダリアを見ていい気分になっている。
しかしそういう穿ったことは考えるべきではない。
プレゼントは喜んでおくのが一番だ。
「わたくしが王宮へ着く数分前くらいに、王宮の兵のもとに行って、ダリアお姉さまに『烏』の主になってほしいと言いなさい」
ぽかんとするクロエに向かって、マーガレットは続ける。
「フライベルク家の悪逆非道な行いに耐えられず、逃げて来たと。地下室から色々かっぱらってきたから、これも持って行ってね」
「……そんなことを、するわけが」
「クロエ、これは命令よ」
クロエはひゅっと息をのんだ。
侯爵令嬢は役立たずの小娘のくせに、人に偉そうな言い方ができるので得である。
「クロエ。『烏』一同は、わたくしに隠しごとをしているでしょう」
クロエはわかりやすく黙りこくった。
マーガレットは窓に垂れるピンクのカーテンをつまむ。
戯れにカーテンを纏うように裏側に入り込み、ひょっこりと顔を出してみせる。
「我が家の悪事のことよ。ダリアお姉さまも知らないところを見ると、わたくしたち二人が知ることのないよう、手を打っていたってところかしら。こんな家のわたくしが、王妃になるお姉さまや、王太子殿下をお助けしようとしていただなんて、とんだ道化ね」
「あなたは何も、ご存じなかったから」
「そうよ。一つ屋根の下で奴隷になった人々が苦しんでいるのに、わたくしは何も知らずに、のうのうと暮らしていたのよ」
マーガレットは両親ともども断罪されるつもりである。
ダリアの出自に傷がつくのが不安だが、ダリア自身が三人を告発したという形にすれば、文句を言う輩も鎮まるだろう。
何よりアルフレッドたちが守ってくれるはずだ。
あのバカ王太子が変に情にほだされて手を抜いた分を、マーガレットが補ってやるのだ。
窓からの朝日がカーテンの隙間から漏れ出て、壁紙に光の模様を作る。
住み手のことを一分も考えられていないこの部屋が、マーガレットは好きだった。
「お姉さまとシラー公爵のこと、頼むわ」
クロエは口を引き結んでいたが、やがて少し早口で言った。
「メグ様、では最後に私の話を聞いてください」
「何?」
「あなたは無能じゃありません」
マーガレットは目を見開くと、ほとんど呆れたように言った。
「あなたって、実は本当に優しいわよね」
「優しいから言っているのではありません。客観的な事実だから言っているのです」
クロエが語気を強める。
「メグ様は人の顔色を見たり、情報を引き出すのがうまい。勉強は苦手だけど、それでも『烏』の司令官になれるよう血を吐くような努力をしてきた」
「何よ、いきなり」
「私たちはメグ様に付いてきたんです。ダリア様が優秀だとかどうでもいいんです。あの両親がどうなったって、私には関係ないんです。私はメグ様と働きたいんです」
大切な人との別れは怖いが、目前にするとますます恐ろしくなるのだと、マーガレットは今更ながら知った。
自分からこんなものにぶち当たっていくバカ王太子に至っては、全く理解できない。
「メグ様、よろしいですか。ご両親に従う必要はありません。この場だけしのぎましょう。私が「烏」一同を説得して、離反させます。メグ様は準備を固めて、ご両親を告発する。後で事情をお話すれば、ダリア様もシラー公爵も分かってくれるはずです。ダリア様と仲直りしましょう。ようやく仲直りできるんです」
「そうして、ナルシス殿下もお父様もお母様も追い出すのね」
マーガレットは目を見開いて口角を上げる。
カーテンを払って、クローゼットの前のクロエに歩み寄る。
「お姉さまはこれまでのことを許してくれるかもしれないわ。わたくしは情より真を優先した令嬢として、周囲に受け入れてもらう。これまでの分、わたくしも誰かと幸せな家庭を築く。ハッピー・エバー・アフター」
乾いた目がどんどん見ひらかれる。
瞬き一つできない。
マーガレットは眉を吊り上げて、薄い胸に手を当てた。
「冗談じゃないわ! わたくしが欲しかったのは、そんなものじゃない」
マーガレットはクロエの黒い胸元にむしゃぶりつく。
「わたくしはラブラブバカップルが見られたらそれでいいのよ。ナルシス殿下が気にする貴族の役目のことなんか、これっぽっちも考えていないわ。『真実の愛』に癒されて、家族が笑ってくれたら十分よ。他には何もいらないわ」
クロエが目に涙をためる。
悲しい顔をしないで欲しいと思う。
マーガレットは自分が好きなものを選ぶだけだ。
それは普通のことなのだ。
「お父様が花の髪飾りをくれたの。だから花が好きなのよ。簡単に捨てろって言わないでよ。どんなに非建設的でも、好きなものは仕方がないでしょう。ぜんぶお父様とお母様の言うとおりにして、ぶち壊してやる。それで二人に分かってもらうのよ。ナルシス殿下だって、何で一人で行っちゃうのよ。絶対に許さないわ」
涙が出れば化粧が崩れるので、マーガレットは笑った。
「何でも笑って耐える」とは、こういうところを言われたのだろう。
「悪く思わないでね、クロエ。わたくしは目先の欲のために生きるの」
壁際の鏡台に歩み寄って、自慢の巻き毛を整える。
特別大きな造花を二本選んで、両側頭部にピンで止める。
鏡の中の愛嬌のあるお人形のような少女を睨みつけて、準備は完了だ。
鏡台の上のアクセサリーボックスに手を彷徨わせて、ふとダリアの紫水晶のネックレスに目を止める。
ダリアから「奪った」数々の装飾品は、夜にぼんやり眺めるためにいつも手元に置いている。
返すタイミングは完全に逃してしまった。
この紫水晶も、マーガレットさえ何も言わなかったなら、ダリアの胸元で何よりも美しく輝いていたはずだったのだ。
戯れに紫水晶を胸元に置いてみせる。
「あーあ、全然にあわない」
今日の賭けは大仕事だ。
マーガレットのプライドを全額ベットする。
勝てばマーガレットの誇りが返ってくるだろう。
マーガレットは運命を憎む者である。
それは奇しくも姉を幸福にしたものと全く同様のものであった。




