19. クーデター 【ダリア】
以下が「烏」からとった調書である。
――率直に聞こう。王家の手のものか?
「俺たちの潜入に、王家は全く関係ない」
――では、首謀者の情報を開示しろ。
「……言わない」
――情報を漏らすのなら、お前たちが裏切者として危険にさらされないよう、手はずを整えるつもりだ。
「雇用主を漏らさないのは、命令ではなく、俺たちの意志だ。故に、言わない」
――潜入の目的は何だ。
「目的、目的……本当に、俺たちは一体、なぜこんなことのために……ぐすっ」
「おいお前、泣くなよ。こっちまで情けなくなってくる」
「尋問官、あんまり俺たちを虐めるんじゃねえぞ。すべての諜報員が、ちゃんとした理由があって潜入しているわけじゃあないんだぜ」
***
「こんな感じです。やはりダリア嬢を呼んで直接聞いてもらった方が、いいのかもしれません」
尋問を担当した騎士が言う。
大きな窓の外の夕日はすっかり沈み、執務室は薄暗く冷えている。
領主たちは中央の机の前に座るアルフレッドを取り囲むように立ったまま、困惑したように眉をひそめた。
アルフレッドは額を押える。
「確かに、ダリアちゃんに聞いてもらえば効率的かもしれない。でも、『烏』はダリアちゃんを冷遇したフライベルク家のものでしょう。フライベルク家が彼女を監視していたのだから、聞き出す内容は、ダリアちゃんが傷つくものになるわ」
「過保護すぎません?」
アルフレッドと騎士の会話に、黙って聞いていた領主の一人が口を開く。
「まあ、何にせよだ。既に俺たちの動きが王都に注視されていたのなら、行動はすぐにでも起こさなければ」
諸侯たちがうなずき合う。
「俺たちが声をかけ合ったから、味方はどんどん増えていく」
「増えた仲間たちから、情報がどんどん集まってくる」
「国王や側近たちは、どんどん孤立を深めていく」
「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」
「それはまるで、このアルフレッド・シラーのためにあるような言葉だ」
「アルフィー、やるなら今だぜ」
アルフレッドは机から立ち上がると、扉に歩み寄り、冷えた取っ手を握った。
「行きましょう、王都へ」
***
騎士団長は、王都の執務室で頭を抱えていた。
「どうするんです、団長」
大勢の騎士達が部屋から溢れ出しそうなほど集まって、やかましく騒いでいる。
騎士団長は部屋の奥の机の前に座ったまま俯いていたが、しばらくして重い口を開いた。
「どうするって、なぁ。あのアルフレッド・シラーだぞ。あの人望オバケが宣戦布告したんだ。次々と仲間を集めている。仲間にならん奴らは中立だ。どう対処しろというんだ」
騎士団長は胃痛を覚えた。
彼は騎士団長という職にあるものの、権力が集中する王家との癒着が薄く、思うように采配が振るえない。
挙句の果てに、騎士団の練習場に現れる不審な令嬢ことダリア・フライベルクに「むしろお前が騎士団長」の名を奪われる始末。
「しかし、王都には我々騎士団のほか、えりすぐりの宮廷魔術師がいます」
「そうだな。それだけなら、戦っても勝ち負けは四分六分に落とせたかもしれない」
騎士団長のため息とともに、机を取り囲むように立っていた騎士達が静かになる。
「剣豪の孫、ダリア・フライベルクですね」
「この騎士団で、あの女を恐れていないやつがどれくらいいる? 狂信していない奴は? 最悪の場合、ダリア・フライベルクと戦えば、騎士団内部で抗争が起こりかねない」
深刻な話をしたつもりだったが、執務室の空気が明らかに緩んだ。
部屋の扉の前で三人の騎士たちが囁き合うのが、広い部屋に奇妙なほど響く。
「武官のアルフレッド様が国王で、武人のダリア様が王妃か。いいなぁ」
「ダリア様の部下になりたい。きっとご利益がある」
「ダリア様が貶められている今の状況、マジで面白くない。実に嬉しい展開だ」
「ダリア様の有能さが広まるように我々も励んだけれど、令嬢が武器を持つって段階でハイソな紳士淑女の皆様には失笑ものだった」
「これから全部うまくいくんだなぁ」
実は騎士団長はダリア・フライベルクが苦手である。
ダリアは悪意に鈍感だ。
そういう人間は得てして悪意が生じにくいという特性があるが、同時に悪意を持つ他人の神経を逆なでする節がある。
だが、部下の騎士たちにとってはそこが良いらしい。
嫉妬ややっかみなどをものともせず、ひたすら習練に打ち込むさまは、真面目な騎士であればあるほど魅力的に映る。
さらにダリアは自分の能力をおごるどころか、正しく自覚しているのかどうかすら微妙である。
騎士たちにとってはほとんどカリスマなのだ。
騎士団長はあきらめたように伸びをした。
「まあ、落ち着くところに落ち着いたんじゃねえか」
***
「何だ、お前達は。王太子たる僕に気安く触れるな!」
アルフレッド・シラーの軍が王太子の執務室に突入すると、窓枠に腰かけて一人で酒を飲んでいたナルシスは赤ら顔で怒鳴った。
みっともなく抵抗していたナルシスだったが、すぐさま兵たちに無力化される。
「また、高級な酒飲んじゃって」
「さすがはダリア様ですら足りないとおっしゃる、ナルシス殿下だ」
「ん? この引き出しは鍵付きだ」
兵たちが執務机に手を出すと、ナルシスは急に慌てだした。
「貴様ら、触るな。それは僕の机だ。誰の許可でそんな無礼を働く」
ナルシスを無視して鍵を破壊した兵たちは、目配せをしあった。
そこにはナルシスが加担した悪事の証拠書類が、丁寧にしまい込まれていた。
***
結果的に、国は三日でひっくり返った。
騎士団や宮廷魔術師たちは先を競うように降伏し、王城はすぐにアルフレッド一行に占拠された。
国王も側近も、逃げる間もなく次々に捕縛。
王宮からは、国王や側近含む貴族たち、王太子ナルシスの罪の証拠書類が出るわ出るわ。
アルフレッドの蜂起に反論していた貴族たちも、この証拠を突きつけられて沈黙。
法院も両手を上げてクーデターに賛成。
これから加担していた他貴族たちも検挙し、政治体制を大幅に入れ替える予定だ。
国の混乱も想像以上に起こらなかった。
「あー、また国王変わっただ?」
「クーデターだべ」
「なんてこったい、誰だべ、そんな恐ろしいことする奴は」
「アルフレッド・シラーじゃ」
「あー、なら安心じゃ」
「んだんだ」
これが国民のざっくりした総意である。
アルフレッドの妙な人望が功を奏した形だ。
間もなくアルフレッドは王家に籍を戻し、即位。
国はむしろクーデター前より落ち着いた状態となるほどであった――




