16. 悪事の露見 【ダリア】
「名目は陛下の断罪でいいかもな。被害者に声をかければ味方に加わるだろう」
それまで黙っていた老齢の公爵が、机の隅から口を出した。
「陛下は他にも何かしていたの?」
アルフレッドの言葉に、公爵は目を丸くする。
「これを作ったのは、お前じゃないのか」
公爵は鞄から分厚い封筒を取り出し、テーブルの上に中身を並べ始めた。
ダリアは書類を覗き込み、目をむいた。
諸侯たちはしばらく黙りこむと、やがて騒ぎ始める。
「他の領土の農奴をごっそり奪って、奴隷として売っぱらった?」
「弱小貴族から娘を誘拐して妾にした?」
「権力を笠に着て握りつぶし、被害者一族は泣き寝入り?」
「麻薬を市民に広めて収益を得た? 戒律違反なのに?」
「え? うちの国王と王都の貴族がやったのか?」
「ああ。証拠と被害者リストだそうだ」
「こんなに詳細に、丁寧に……誰が作ったんだ」
「だから、わしはアルフィーがこれを送ったものだと思っていたんだ」
老齢の公爵は呟く。
「陛下にはこれだけの罪状がある。いずれ断罪するから、そのつもりでいろという意味かと。今回の夜会でその計画を立てるのかと思えば、まさかこんな理由だとは」
一同は目を合わせる。
「つまり、アルフィー殿のほかにも、国王を糾弾したかった奴がいるということ」
「誰なんだ、送り主は」
「しかし、これで分かった。国王には敵だらけだ」
「王都の騎士団も、このこととダリア嬢の名前を合わせれば、懐柔できますよ。僕は去年まで騎士団にいたから、分かります」
「いけるな、無血開城」
「しかしダリア嬢は何故、こんなド田舎に嫁いできたんだ。あそこの騎士団で、ダリア嬢を家に引き入れたくない者なんていないだろう。引く手あまただったろうに」
ダリアは首を振りながら答える。
「ナルシス殿下に婚約破棄された時、新たな嫁ぎ先として紹介されたんです」
一同はぽかんと口を開く。
アルフレッドが「本当よ」と言って頷く。
諸侯たちは顔を見合わせた後、やがてどっと笑いだした。
「なんだ。あいつは切れ者だと思って警戒していた俺が、馬鹿みたいだ」
「わざわざアルフィー殿のもとに送り込んで、手はずを整えさせてくれたと」
「いやはや、ありがたい野郎です」
「その馬鹿は、どうやって始末をつける。残党がナルシスを王に据えろと騒ぎだすかもしれん」
「ナルシスも国王の罪に加担していたとかなら、ついでに断罪できて楽なのですが」
「城を調べたら、証拠がわんさか出てきたりしてな」
「わははははは」
***
「思っていたより、何とかなりそうでよかったわぁ」
もはや宴会状態になった夜会を抜け出して、アルフレッドはバルコニーの石造りの柵に肘を置き、深くため息をつく。
気がついた頃には夜はすっかり更けていた。
「だから、申し上げたでしょう。死刑になどさせないと」
ついてきたダリアが頷く。
「ダリアちゃんの言ったとおりになっちゃったわね。ありがとう」
「わたくしもなんだか嬉しいです」
ダリアはほっとしたように顔をほころばせる。
「わたくしが思っていたより、わたくしにできることって多いのかも」
深夜の庭は、夜会から漏れる灯りにほのかに照らされている。
花壇にすみれやクロッカスなど素朴な花が見えた。
装飾はやや時代遅れだが、丁寧な仕上がりが使用人たちの忠誠をうかがわせる。
アルフレッドは肘をついたまま、庭を眺めつつぼそぼそと言う。
「国内で起こっている奴隷売買や麻薬取引……私も調べてはいたけれど、国王になんてたどり着けなかった。いや、身内だからか、知らないうちにあり得ないと思い込んでいたのかも。こんなぼんくらに、国王なんてつとまるのかしら」
ダリアは隣で柵に手をつくと、アルフレッドをまっすぐ見据えて言う。
「アルフィー様の周りの人は皆笑顔で、アルフィー様を心から信頼しています。アルフィー様の周囲には善人が集まります。わたくしはアルフィー様に、国王の素質が十分にあるように思えます」
アルフレッドはダリアを眩しそうに見つめると、やがて微笑んで言った。
「私達が初めて会った時のこと、覚えてる?」
「え? はい、この屋敷に出迎えてくださいました」
「その前に……八年くらい前に、私達、会ってるのよ。あの時も夜会で、こんな月のない晩に、たまたま二人で庭に閉じ込められちゃったのよね」
ダリアはしばらく考えると、顔を引きつらせた。
「まさか、あの時のフィーナ様は、あなたでしたか」
「そうなの、私女装してたのよね。社交の場に出ると、お兄様がめちゃくちゃ怒るし。かといって、どうしてもどうしても友達欲しかったし。変装にしては、なかなか様になっていたでしょう」
「じゃあ、その言葉使いも」
「ああ、フィーナでいる時間が長すぎて、染みついちゃったのよ」
アルフレッドは夜闇に沈む庭に目を戻す。
「結局、朝になるまで出られなかったけれど、あなたは泣きもしなかったわよね。冷静に庭師を探して」
「アルフィー様はずっと怖がっていましたよね」
「そうそう。虫が頬に張り付いて、泡食って炎魔法を繰り出しそうになったところを、あなたに止められて」
「庭が丸焼けになるんじゃないかと、本気で焦りました」
「こんなにしっかりした子が次の王妃なら、この国はまだ大丈夫だと思ったわ」
アルフレッドはくすくすと笑った。
「それで、せっかく出られて、あなたは親御さんにさぞ心配されているだろうと思ったら」
ダリアは黙ると、アルフレッドに頭を下げた。
「あの時は巻き込んでしまって、すみません」
「何を言うの! 一晩中外に閉じ込められていた子供を、ビンタする親の方がおかしいのよ。思わず口を出しちゃったけど、あなたはあの後叱られなかった?」
「フィーナ様が散々脅してくださったおかげで、何も言われませんでした。味方をしてくれて、ありがとうございます」
アルフレッドはバルコニーの柵についた肘をもぞもぞと動かす。
首だけダリアのほうを向いて、気恥ずかしそうにほほ笑んだ。
「過酷を極める王妃教育を完璧にこなして、沢山のことを我慢している子なのに、優しい両親に恵まれなくて。私、あなたが来てくれたら、思いっきり甘やかして、頼りがいのある婚約者であろうと決めていたのよ。なのに、あの庭でも、この前の暗殺者騒動でも、今も」
夜会の灯りが銀色の髪の上で反射して、きらきらと輝く。
アルフレッドは情けなく、しかし今まで誰からも見たことがないくらい、ものすごく優しく笑った。
「あなたといるときの私って、何だかいつも駄目だわ」
ダリアを映す美しい青色の眼に、何か熱のある感情が見える。
ダリアはそれを見極めたくて、無意識にアルフレッドの瞳を見つめた。
トクン、トクン、トクンと、刻まれる音が少しずつ速くなる。
トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン……
アルフレッドが眉をひそめて振り向いた。
「さっきから何かしら、この音」
「どこからかトクントクンと響いてきます」
「別にそんなにうるさい音じゃないけれど」
「妙に神経に触ります」
「ちょっと様子を見て来るわ」
屋敷に向き直るアルフレッドに、ダリアが「待ってください」と引きとめる。
「微かにですが、視線を感じます。こちらを伺っているような」
アルフレッドが低い声で問いかける。
「侵入者?」
「確証はありませんが」
「まずいわね、広間で王都反逆の密談をしている真っ最中よ」
アルフレッドが顔を近づけて「ダリアちゃん、目を閉じて顔を覆ってくれる?」と言うので、ダリアは言われたとおりにする。
次の瞬間、顔を覆っても目がチカチカするようなまばゆい光が発生した。
「松明代わりの照明魔法よ」
「閃光弾ではなく?」
「魔力調整が苦手なのよ。でもこれで、こっちを見ていた人は動けないはず」
「屋敷の皆さんゴメンナサイ」
「音はこっちからだったわね」
二人は屋敷の中に入ると、足音を忍ばせて廊下を渡る。
誰も滅多に入らない物置の扉の前で、顔を見合わせて頷く。
黒ずんだ木戸をそっと開くと、闇の中に農具や武器が雑多に収納された粗末な棚が並んでいた。
かすかに埃っぽい空気に、ダリアは眉をひそめる。
床に木製の打楽器のようなものが落ちている。
「うちの領土の名産の太鼓ですね」
「じゃあ、やっぱりここに」
棚の陰に、目元を押さえて蹲っている黒い人影があった。
「ダリアちゃんは動かないで」と囁くと、アルフレッドはゆっくりとにじり寄り、素早い動きで押さえつけた。
さすが戦地、やたらと手慣れている。
「ぎゃあっ、すみません」
人影はアルフレッドの体の下でばたばたともがくが、やがて諦めて大人しくなる。
ダリアは目を見開いた。
「あなた、まさか――うちの『烏』?」
男は俯いて黙る。
「えっ、どういうこと」とアルフレッドがダリアと男を交互に見る。
ダリアは眉を吊り上げると、屋敷が震えるほどの声で叫んだ。
「フライベルク家長女の名において命じる。全員、出てきなさい」
すると、黒服の男たちが「はぁーい……」と言いながら、ぞろぞろと現れてきた。




