15. 力を合わせて 【ダリア】
屋敷の中庭に縛り上げられた男たちがうずたかく積み上げられ、隣には首の斬られた竜の死体が並べられた。
眠気を誘う春の昼過ぎの陽光が、竜の血の上でてらてらと反射する。
ダリアはその光景を背中に、正座しながら項垂れている。
アルフレッドが淡々と問う。
「町中で二人で行動することの意味って分かる?」
「一人は対処、一人は通報できることです」
「ダリアちゃん、私は逃げろと言ったわよね」
「はい」
「危ないから、深追いするなとも言ったわよね」
「はい」
「しかし、ダリア様のおかげで、アルフィー様は助かったんです。そんなに怒らないであげてください」
アルフレッドの背後から、家令が困ったように口を挟む。
「あそこで戦って負けたら、誰もダリアちゃんを助けに行けなかったわ。狙いは私だったのだから、ダリアちゃんはすぐにその場を離れて、救援を求めるべきだったのよ」
「でも……」
ダリアが口ごもると、アルフレッドはなおも眉を顰める。
「ダリアちゃんのおかげで、私の命が助かったのは事実よ。でも、あそこで竜を追う必要はあった? 何人か捕まえたから、犯人はもう特定できるのに」
アルフレッドは怒ると静かに諭すタイプらしい。
いつも明るく優しくかわいらしい彼がそういう言動に出ると、なにか精神的にくるものがある。
アルフレッドはぐしゃりと前髪を搔き上げると、忌々しそうに言った。
「でも、そうね。確かに今回は、私の落ち度の方が大きいわ。あの毒を持ちだされるなんて思いもしなくて、警戒を怠っていた。ダリアちゃん、危ない目に合わせて、本当にごめんなさい」
「そんな」
ダリアは立ち上がると、ちらりと積み上げられた男たちを見た。
「こいつらは、何なんでしょう」
「後で聞きだすけど、間違いなく王家の手のものね」
「何故わかるんですか」
「あの毒は『名無しの毒』と呼ばれているけれど、要するに王家の秘術よ。王家に生まれた人間以外は、誰も知ってはならないという掟なの」
そこまで語ると、アルフレッドはじっと悪漢たちの顔を見る。
「それに、あの男たちの顔ぶれには、見覚えがあるわ。兄上に仕えている者のはずよ」
「ほらごらんなさい。やはり国王陛下は何か考えておいでると、私は何度も」
家令が声を上げる。
アルフレッドが疲れたようにうなだれる。
「そうね……私はすぐに野に下ったのに、まさか実の弟にここまでするなんて。私が甘かったわ」
「その通り、甘すぎですね。シラー領に来させられたときに、殺されそうになっているって口実で、蹴落としてしまえばよかったのに」
「証拠なんてなかったのよ」
「捏造しちゃえばよかったんですよ。アルフィー様にはこの地に来る以前から、結構な数の味方がいるんですから」
「適当なこと言わないの」
犯人は国王だと聞いた瞬間から、ダリアの頭は真っ白になっていた。
全血液が沸騰した気がする。
「殺しましょう」
「……ダリアちゃん?」
「国王という立場にありながら、アルフィー様のような素晴らしい弟の殺害をもくろむなんて蛮行、言語道断。わたくしが国王を殺せば、アルフィー様は安全。何も悩む必要はありません」
「落ち着いて。あなた一人で国王を倒すつもり? それに、殺したら処罰されるのはあなたよ。もう少しよく考えなさい」
「考えています。わたくし一人で王城に乗り込みます。王城の地理は把握しているので、夜なら三十分ほどで国王の居室まで到達できます。護衛を倒して国王をサクッと殺し、そのまま国外へ逃亡します。アルフィー様は、わたくしとの関りの一切を否定すればよろしい」
「ダリアちゃん、一回深呼吸よ。そんなスムーズに事が運ぶわけがないでしょう」
「できますよ」
ダリアは桃色の澄んだ目を瞬かせて、少し首を傾げる。
「できます」
アルフレッドは口をつぐむと固く微笑み、額に手を当てて首を振った。
「終わりよ。この話は終わり。さて、対策を考えましょう」
「あの、本当にできます」
「次に同じことを言えば、ダリアちゃんといえど、しばらくお部屋から出さないからね」
「でも――」
「できるから! 多分、私が対処できるから!」
アルフレッドは無表情であごに手を置くと、家令に言った。
「ダリアちゃんが動く前に、事態を収めなければ。味方を全員呼んで、夜会を開きましょう」
「かしこまりました」
家令は一礼すると、背後の屋敷に向かって駆け出した。
アルフレッドはダリアに背を向けて、走っていく家令を眺めている。
春風が強く吹き、太陽に雲がかかる。
ダリアの髪や小花柄のスカートが大きく揺れた。
「アルフィー様、味方とは?」
「王都にいた時、一部の諸侯が私の友達になってくれたのよ。彼等なら力を貸してくれるでしょう」
アルフレッドは振り返って、ダリアに向かってにこりと笑いかけた。
「ダリアちゃん。私、陛下に歯向かうわ」
「はい」
「こんなことで戦争を長引かせて、『名無しの毒』まで持ち出して。さすがに目を瞑っていられないわ。巻き込んでごめんなさいね。すぐにでもあなたを安全な場所に送るよう、手はずを整えるわ」
ダリアは首を振って、アルフレッドの隣に歩み寄る。
「アルフィー様のために、わたくしにできることはありますか」
アルフレッドは大きく目を見開き、やがてくしゃりと顔を歪めた。
「私と一緒に、いてくれる?」
ダリアは目を丸くする。
「もちろんです。それだけですか?」
「それだけって、あなたねぇ……失敗すれば、シラー公爵家は取り潰し、一族郎党斬首よ。あなたを逃がせるかも分からないわ」
「何を言っているんですか」
ダリアはきっぱりと断言した。
「アルフィー様を死刑になんて、させるわけがないでしょう」
***
その日のうちに、シラー邸で夜会が開かれた。
もちろんひどく質素なものだが、当日午後の招待にもかかわらず大勢の権力者たちが集まった。
広間の大きな木製テーブルを立ったまま囲む面々は、ダリアすら緊張する程の顔ぶれである。
薄暗い広間の中央で、テーブルの上の細い燭台の火が揺れた。
アルフレッドの説明を聞くや否や、彼等は一様に眉を顰めた。
「そりゃあ、クーデターだろう」
「クーデターしかないな」
「クーデターしかありえません」
「クーデターっすね」
アルフレッドは額を押さえながら言う。
「ちょっと、全員軽すぎない?」
「軽いのはお前だろう。以前から国王のお前に対する扱いには、目に余るものがあったのに。ここに来て暗殺騒ぎなんて、もはや許せるものじゃない」
「そもそも、今代の国王は調子に乗りすぎました。馬鹿ばかり自分の周りに集めて、好き勝手しているから、諸侯の不満は高まっています。アルフィー様が声を上げれば、相当の数の兵が集まるでしょう」
「というか俺たちが声をかけて回れば、王都は孤立するんじゃないっすか」
「お前ん家の騎士団がこっちから攻めてだな」
「王都の騎士団はどうやって制圧する」
広間のテーブルに地図を広げながら、諸侯たちはがやがやと騒ぐ。
「待て待て、王都にはダリア・フライベルクがいる」
一人があげた声に、その場のほとんどが「あ――っ」と叫びながら頭を抱える。
「ダリア・フライベルクかぁ」
「そうだ、そいつを忘れちゃいけない」
「あれをどう制するかだよな」
アルフレッドがきょとんとして、隣を示す。
「ダリアちゃんなら、ここにいるけど」
「あっ、はい。ダリアです」
会話の邪魔をしないようにと存在感を消していたダリアが、慌てて手を挙げる。
周囲はぽかんとして黙り込む。やがて叫び出した。
「ダリア・フライベルク!? えっ本物だ」
「王太子の婚約者、ダリア・フライベルクが何故この領地にいる?」
「まさか、あの噂って」
諸侯の一人が蒼白な顔をして言った。
「ナルシス王太子がダリア・フライベルクと婚約破棄した噂って……ガチ?」
「ガチよ」
アルフレッドがうなずくと、周囲は雄たけびを上げだした。
「この戦、もらった――!」
「何よ急に」
「アルフィー、お前、ダリア・フライベルクを知らないのか? 騎士団の脅威を越えて七不思議のひとつ、ダリア・フライベルクを」
「そうそう。剣豪と知られた祖母のツテで、ふらりと騎士団の練習場に現れては、鍛錬だとか抜かして、騎士も宮廷魔術師もまんべんなくちぎっては投げちぎっては投げ、礼儀正しくお礼を言っては、またふらりといなくなる化け物」
アルフレッドが青ざめてダリアを見る。
ダリアは「許可もらってます、許可もらってます」とぶんぶん首を振る。
諸侯たちはなおも言い募る。
「騎士団ではダリア嬢を神格化していて、ダリア嬢と試合すると筋肉がつくとか、出世するとか、見るだけで腰痛が治るといった噂が広まり、狂信者がぞくぞくと増えていく」
「呼んで曰く、将軍令嬢、武神、覇王、影の騎士団長、むしろお前が騎士団長」
「ダリア嬢が制作した剣術お守りは即日売り切れ、闇オークションにて高値で取引されている。家宝として持っている奴は鼻高々だ」
「なになに、すごく優秀だとは聞いていたけれど。ダリアちゃんってそんなにすごい人だったの。一言くらい話してくれてもいいじゃない」
アルフレッドが声を上げると、ダリアは顔を真っ白にして首を振った。
「知りません……」
周囲が顔を見合わせる。
「そういえばこういう噂が流れるのはもっぱら運動場だな」
「なんで社交界には流れないの?」
「みんな分かってないな。狂人とは慎ましやかなものなんだ」
「こっそり『キャー素敵!』って大騒ぎするんだよね」




