↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/25

14. 新たな恋人たちに祝福を 【マーガレット】

 口の中を宮廷自慢の冷たい氷で冷ましながら、マーガレットはつかつかとナルシスの執務机の前に歩み寄る。


 ナルシスは珍しく仕事の手を止めて、書類から顔を上げる。


「特技は」


「媚売り」


「十八番は」


「裏切り」


「頭は」


「空っぽ」


「いけいけ」


「マーガレットちゃん!」


 そしてマーガレットとナルシスは、「いえーい」と叫びながらハイタッチする。


「何やっているんですか。あと何でそんなに息ぴったりなんですか」


 叫ぶ侍従に、ナルシスが言う。


「キブンテンカン、キブンテンカン。君もやる?」


「やりません」


 マーガレットは咳ばらいをすると、いつもの椅子に座り直して、紙束をめくる。


「では、ダリアお姉さまのラブラブ生活調査結果の報告を始め……でーと回だよ!」


「え、なに? デ?」


「今回はでーと回なんだよ!」


 マーガレットはまた椅子をひっくり返しながら立ち上がった。


 そろそろ椅子の修繕が必要かもしれない。


「二人で! お忍びで! 町にお出かけ! ダリアお姉さまは、希少な町娘姿! 何故今回は姿絵がない! ああっ、わたくしがあの絵の上手い隠密を、交代させたからだ。体力や補給の問題で――畜生、諸刃の剣ってこのことね!」


「違うと思うよ」


 マーガレットはナルシスの言葉などまるで聞かない。


 顔を真っ赤にして口は半開きに、鼻の穴を大きく広げてフガッと鼻息を噴射する。


「街に慣れないダリアお姉さまを、自然にエスコートするシラー公爵! ああっ、ベンチにハンカチを二枚敷いたのね。確かに一枚だったら、ダリアお姉さまは絶対に彼を座らせて、自分は地べたに座るものね。よき判断だわ」


 マーガレットはフーッと長く息をつくと、ナルシスの机の隅に紙束を置く。


 そして机の周囲を意味もなく歩き回り、手で片目を覆うと、もう片方の手で紙束を指さした。


「ここで賭けなきゃ勝負師じゃない! シラー公爵、今日からあなたのことを、『お義兄様』と認めるわ」


「だから何目線?」


 マーガレットは紙束を手に取り直すと、勢いよく椅子に座り、ご機嫌に足をぱたぱた揺らす。


「ダリアお姉さま、シラー公爵の買った食事を食べる……そうよ、ダリアお姉さまは沢山美味しいものを食べて、幸せにならなきゃいけないのだもの。分かっているわね、お義兄様」


 そこまで顔をでれでれに緩めながら語ると、マーガレットは眉を吊り上げて叫んだ。


「大量の悪漢が現れる?」


 ナルシスは一瞬、書類から目を離してマーガレットを一瞥したが、やがて何事もなかったかのように仕事に戻った。


「マーガレット嬢、続けて」


「はい。シラー公爵は火属性の魔術や体術で応戦」


 マーガレットは頬に手を当てて、うっとりとため息をついた。


「来ちゃったのね、スリルある展開が」


「マーガレット嬢、続き」


「おっと。そうでしたね。シラー公爵が何か毒のようなものを浴びせられ、その場に倒れる」


 マーガレットはハンカチで目元をぬぐうと、大きく鼻をすすった。


「お姉さまをかばって……そうなのね、身を挺して、ダリアお姉さまをかばったのね。愛する人の危機を前にして、体が勝手に動いてしまったから。自分よりも、彼女を助けたいと、思ってしまったから……ッ」


 マーガレットは天井を仰ぎ、両目の上に手を重ねてうめいた。


「そこにあるのは、『真実の愛』、なのかしら」


「マーガレット嬢、続きを」


「おっと。そうね、ダリアお姉さまの『真実の愛』候補なら、死なれちゃ困るわ。記述者がダリアお姉さまを保護しようとした時、彼女は突然自らに身体強化魔法をかけて、袋から大きな東洋の刀を取り出す。家によじ登って屋根を渡り、シラー公爵が連れ去られた路地裏へ飛び込んだ。止める暇無し」


 マーガレットは息をのむ。


「ダリアお姉さまの戦闘は精度・速さ共に凄まじい。ある者は骨折するほどの打撃を受け、ある者は炎にまかれて全身に火傷を負い、ある者は舌を切られかけ」


 マーガレットは顔を真っ赤に染めると、口元に手を添えた。


「これって、あれじゃない。普段は控えめな少女が、恋人の危機を前に勇気を振り絞り、健気にも巨悪に立ち向かう、恋愛小説の王道じゃない。まさか、こんなところでお目にかかれるなんて」


「そんなかわいい感じではなくない?」


「確定です。『真実の愛』確定です」


「気に入ったんだね」


「決意しました。わたくしは一生涯をかけて彼らを推し……もとい応援します」


「分かるから。このオチ分かってたから」


「そして、ダリアお姉さまは悪漢の一人から解毒剤をもぎ取ると、お義兄様に無理やり飲ませる……」


 そこでマーガレットはフ――と長く長く息をつくと、また紙束に目を向けた。


「ここは、我々の『テクストの読み』……読解力が問われる局面ですよ」


「読解力も何も、それただの報告書」


「『無理やり』……著者が何故、この忙しい状況で、わざわざこの単語を入れたのかということを、我々は考えなければならない」


 マーガレットは難しい顔をして腕を組んでしばし黙ると、やがて両手で顔を覆った。


「口移しかしら」


「明らかな論理の飛躍」


「やっぱり、口移しかしら」


「欲望による事実の捏造」


 マーガレットは鼻から真っ赤な血を二すじ垂らしながら、椅子から立ち上がる。

 執務室の中心でドレスの裾をひるがえし、くるくる回って踊りだす。


「恋人の命の危機に、恥じらいを忘れて口移しで薬を飲ませるダリアお姉さま……意識を取り戻し、微笑みかけるシラー公爵に、ダリアお姉さまが泣きながら抱き着く……そして、お義兄様は弱った片手で、そっとダリアお姉さまを抱きしめ返す……」


 そこまで一気に語り終えると、マーガレットは執務室の床に、ごろんと仰向けに寝そべった。


 埃っぽい絨毯の毛足は、風に揺れる草むら。

 豪奢な天井は、どこまでも広がる青空。


 草原の上で寝転がり、流れていく雲を眺めながら、日向ぼっこをするかのような心地だ。


「『真実の愛』って、いいな」


 くふふ、くふふと土の付いた床の上で気持ち悪く笑い続けるマーガレット――「社交界の雛菊」と呼ばれる淑女である、恐ろしいことに――をちらりと見て、ナルシスは小さく呟いた。


「これでピースはそろった。少し危うかったが」


「何ですって?」


「何でもない。仕事の話」


 マーガレットはむくりと起き上がると、ナルシスの机の前につかつかと近づいた。


 ナルシスも書類から目を離してマーガレットに顔を向ける。


「あなたって、自分の仕事の話は、ほとんどわたくしや侍従殿にしてくれませんよね」


「しないんじゃなくて、できないんだよ。時間がないから」


「ふーん」


 マーガレットは胡乱な目でナルシスを見る。


 ナルシスも静かな目でマーガレットを見据える。


「朝だよ」


「仕事」


「昼だぞ」


「仕事」


「夜だね」


「仕事」


「いつでも」


「仕事」


「時間空いたぞ」


「仕事入れちゃえ」


「国の家畜は」


「略して国畜」


「それいけ」


「王太子ナルシスくん!」


 そしてマーガレットとナルシスは、「いえーい」と叫びながらハイタッチする。


「やめてください、ちょっと泣きたくなってきました」


 淹れたての紅茶を持ってきた侍従も叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。