11. 下町探検(1) 【ダリア】
青空に翼竜が飛び交い、大きく鳴く。
人に使役される、様々な姿かたちの魔物が通行人の間を闊歩する。
それ以外はシラー領の下町と王都の下町には特に変わりがない。
むしろ王都よりも人々の表情に活気と余裕があるように見える。
これも呑気村の成果であろう。
晴れ渡った南の空に金色の太陽が輝いている。
並ぶ露店からは陽気な客引きの声が聞こえ、ダリアとアルフレッドの間を花冠を付けた子供たちが笑いながら駆け抜けていく。
「あの」
「どうしたの、ダリアちゃん」
アルフレッドは振り返って微笑む。
「何故、わたくし達は市場へ?」
「そりゃあ、ダリアちゃんがどうしても、何かしたいって言うからよ。視察は嫌い?」
「いえ。でもこの格好はまるっきり、遊びに来ているようです」
ダリアは自らの服装を見下ろす。
厚手のシャツに、町娘らしいスカートは小花柄だ。
この服装に剣は似合わないとメイドのメアリは怒った。
しかしダリアがどうしても手放したがらないので、目立たない背負い袋に入れてくれてある。
アルフレッドは苦笑する。
彼もお忍びらしく村人のようなシャツと上着を着ているが、どうにも銀髪と精悍な顔立ちが浮いている。
「いいじゃない。私もちょっと休憩したかったもの」
「それならわたくしはお邪魔では」
アルフレッドは目をぱちくりさせると、わざとらしいほど寂し気に小首を傾けた。
「ダリアちゃんは、私とじゃ嫌?」
ダリアはうぐっと声を詰まらせると、俯いてぼそぼそと言う。
「楽しいです」
「私も! 楽しいわー」
アルフレッドはきゃっきゃっと笑うと――逞しい男性なのに、何処から声が出ているのかわからない笑い方である――顎に指をあてた。
「お昼ご飯も食べたいし、アクセサリーや服も見たいわね。おすすめの店があるのよ」
「アルフィー様―、ご飯ならうちの香草焼きですよ」と露店のおじさんが言う。
「アルフィー様―、うちの畑で取れた果物もありますよ」と降り売りの若者が言う。
「ありがとうね。じゃあ買っちゃおうかしら」
既にアルフレッドの存在が周知され、民衆があっさりそれを受け入れている。
お忍びとは何だったのか。
市場の人々がわらわらとアルフレッドの周りに集まってきて、人だかりができる。
通りの中央で、アルフレッドはころころ表情を変えながら、人々と楽しげに話をする。
ダリアは邪魔しないように、二階建ての家の日陰に寄った。
父親くらいの年齢の男性が何か食べ物を差し出し、アルフレッドは照れたように受け取る。
春とはいえシラー領はまだ肌寒い。
しかし通りには暖かい日が差し、アルフレッドの周囲だけ別の世界のように輝いて見える。
手持無沙汰になったダリアはぼんやりと剣の入った背負い袋を撫でる。
こんなにたくさんの人がアルフレッドのことが好きなら、ダリアの出る幕など一切ないのかもしれない。
積み上げてきた王妃教育や剣技の鍛錬に誇りを持っているが、それが誰かの役に立ったことなど一度もない。
冷えた風に、ダリアは少し寒気を覚えた。
重ねてきた努力に意味があると思っているのはダリアだけで、これがアルフレッドの役に立つことなどないのではなかろうか。
「ダリアちゃん、来て」
腕を引かれて我に返った。
アルフレッドが日陰に割り込んで、太陽のような笑顔を浮かべている。
銀髪が日光を反射して瞬いた。
アルフレッドの靴底が軽快なリズムのように石畳を叩く。
「この串焼き、すごくおいしいのよ。市場のみんなも紹介するわ」
アルフレッドは有無を言わさずダリアを人だかりの中央に引き入れる。
周囲の人がわっとダリアに話しかける。
「見ない顔立ちだな。もしかして王都出身かい」
「え、えっと、はい」
「アルフィー様、こんなきれいなお嬢さんを携えてデートかね」
「そうよ、いいでしょう。婚約者のダリアちゃんよ」
「ほえー、ダリア様は干し肉とか食べる? こんなの王都のお嬢さんは食べない?」
「えっと、えっと」
ダリアの両手にもりもりと干し肉が盛られていく。
アルフレッドは満面の笑みでささやきかけた。
「ね、とてもいい人たちでしょう?」
ダリアは目を瞬かせる。
本気で傭兵になるつもりだったのだ。しかしいつの間にか、ダリアはアルフレッドその人を支えたくなっている。
「ダリア様、アルフィー様を頼みますよ」
「ちょっと友達が多すぎるけど、浮気は絶対しないから」
「こんないい領主、他にはいないんですよ」
ダリアはほとんど反射のように「お任せください」と呟いた。
場がまたわっと沸き返る。
***
数代前の国王の石像が立つ広場に出ると、アルフレッドは人通りの少ない隅に向かう。
小さなベンチにハンカチを二枚敷き、一枚の上には自分が座ると、にこにこ笑ってもう一枚のほうをダリアに促した。
こんな扱いはされたことがないので、ダリアはいつも面食らう。
「ありがとうございます」
「いいえ。お昼ご飯を買っちゃった。ここの市場の人たち、人が良いのよ」
アルフレッドがにこにこ笑って腕一杯の食べ物を差し出す。
パンやらパイやら鮭やら香草のたっぷり乗った焼肉やらが、ふわふわと香りのよい湯気を出す。
「え? 食べていいんですか? 全部?」
「もちろんよ。二人で食べるために買ったんだもの」
ダリアは少し呆然として、そわそわと指を組む。
「いいんでしょうか。わたくしはよくお腹がすく方で、たくさん食べては両親に叱られたものですが」
アルフレッドが目を見開くと、頬に手を当てて叫ぶ。
「わかるわ――! 宮廷じゃ、遠慮なくご飯を食べると冷たいものね。兄上――国王様とか、うっかり目の前で食べたら『気色わるい』とか『面汚しの欠陥品』とか散々で」
「ああ、ありますね……」
「シラー領の屋敷に来たら、みんなニコニコ食べさせてくれるから、本当にびっくり」
「それはアルフィー様のお人柄ですよ」
「みんなが優しいのよ」
アルフレッドが硬いライ麦パンに勢いよくかぶりつくと、口元を押さえながら恥ずかしそうに笑った。
「駄目って言われたって、お腹は勝手にすくわ。仕方ないわよねぇ」
「アルフィー様、眩しい……」
ダリアは目を細めてアルフレッドを眺めながら、もりもりとニシンを頬張りだした。
「初めて食べたけれど、香ばしくておいしいです」
「あまり、こういうところ来ないの?」
「いつも家に居ました」
「インドア派ね。家では何を?」
ダリアは少し考える。
「勉強とか、領地運営とか」
「領地運営――ご両親のお手伝いもしていたのね。仕事があんなにできるわけだわ」
「お手伝いというか……全部というか。今は新しい家令が引き継いでいるはずだけど、大丈夫かなぁ」
アルフレッドはひくりと頬を引きつらせる。
「ご両親は、何の仕事を」
「社交です。パーティーとか。あとは文化活動として観劇とか。以前は領地運営もしていたのですが、わたくしが初めて担当した一件が、すごく上手くいってしまって。両親に不愉快な思いをさせてしまい、『そんなに出しゃばりたいなら全部しろ』と。わたくしの考えが至りませんでした」
アルフレッドが頭を抱えた。ダリアは慌てる。
「どうしましたか、お加減が」
「ああ、ごめんなさいね、大丈夫よ。ただ、ちょっとフライベルク家が……」
アルフレッドがむくりと起き上がると、満面の笑みで言った。
「ご両親とは、一度お話をさせてほしいわね!」
「顔合わせすらありませんでしたしね。来るかなぁ」
シラー領は戦地だ、荒れた地だとあざ笑う両親の姿を思い出して、ダリアは遠い目をした。




