表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失せ人の島  作者: 小鳥遊 愚香
第一章
PR
12/17

第十二話 大丈夫じゃない

 朝になると、熱は下がっていた。


 体の重さはまだ残っているけれど、昨日のように動けないほどではなかった。


 窓から差し込む光を眺めながら、私はゆっくりと上体を起こす。


「……起きたの?」

 声のした方を見ると、椅子に座ったままのリフィカがこちらを見ていた。


 夜通し看病していたのだろう。 髪は少し乱れ、いつもの彼女らしい元気の良さも薄れている。


「リフィカ、寝てないの?」


「誰のせいだと思ってるの」

 呆れたように言って、それから小さく息を吐いた。

「熱は?」


「もうないと思う」


 そう答えると、リフィカは立ち上がる。

「思う、じゃなくて測る」


 体温計を差し出された。

 素直に測っているのに、腕を組んだ彼女に監視されていた。

 時間になり、体温計を返すと、奪うようにして確認されて少し笑ってしまう。


「……本当に下がってる」

 リフィカは少し安心したような声を出した。


 けれど、次の瞬間には眉を寄せる。

「でも、今日は休み」


 ほとんど押し倒すようにして、ベッドに戻される。


「返事は?」


「……わかった」


 私が素直に答えると、リフィカは少し驚いた顔をした。


「本当に……熱がない時も、それくらい聞き分けがよければいいのに」


 昨日と同じ言葉。

 私は少しだけ笑った。


 目を閉じようとしたけれど、机の上に置かれた白い封筒が視界の隅に入った。


 ルペストリス家の紋章。


 視線が吸い寄せられる。


「駄目」

 リフィカは、すぐに気付いたらしかった。


「まだ何も言ってないのに」


「顔に書いてある」

 封筒を取ろうと起こした体を、リフィカが先に押さえる。


「ロビン」


 名前を呼ばれる。

 優しい声だった。


「昨日、倒れたばかりでしょう?」



「でも、水草の件で……」


「急ぎじゃないって書いてあった」

 言い聞かせるように、リフィカが言う。

「『ご都合のよろしい時に』ね?」


 リフィカは手紙の文面を思い出すように言った。

「それなら、今日じゃなくてもいい。もし仮にどうしても今日というなら、花屋さんのご夫婦が代わりに行くはずでしょう」


 分かっている。

 分かっているはずなのに。


 あの人の顔が浮かぶ。


 窓際で、嬉しそうに笑った顔。

ーー覚えておくわ。

 あの言葉が、なぜか引っかかっていた。


「……行かないと」

 気付けば、口から出ていた。


 リフィカの表情が曇る。

「どうして?」


 答えられなかった。


 仕事だから。

 依頼だから。


 そう言えばいいだけなのに。

 なぜか、それだけでは足りない気がした。


「……先に、依頼を済ませたら、あとはゆっくり休めるもの」


 自分でも分かっていた。

 これは理由であって、本当の答えではない。


「気になってしまうでしょう? それに、文面は優しいけれど、私、何か不手際があったのかも。それなら、自分で責任を取らなくちゃ」


 言い終えると、リフィカはしばらく黙っていた。


「……また、それ」


「え?」


「責任」

 リフィカは小さく息を吐いた。

「アンタ、いつもそうやって理由を探すよね。自分が無理してるって認めないための理由」


「違う」

 反射的に否定する。


「違わないよ」

 リフィカも即答する。


 怒ってはいなかった。

 むしろ、困ったような顔をしていた。


「ロビンはさ」

 一瞬、言葉を選ぶように、視線を彷徨わせた。

「自分が大事にされていいって、たぶん思っていないでしょ」


胸の奥の一番深いところを、見透かされたような気がした。


「……そんなこと」


 否定しようとして、呼吸が浅くなる。


「あるよ」


 リフィカは静かに言った。


「だって、昨日もそうだった」


 彼女は声を詰まらせていた。


「首に、手当てしなくちゃいけないほどの傷ができるまで黙ってた」


 その目が潤み始めている。


「熱が出ても大丈夫って言った」


 リフィカが、乱暴に自分の目元を拭った。


「今だって、まだふらついてるのに、仕事だから責任とるって言ってる」


 責める声ではなかった。

 ただ、本当に悲しそうだった。


「アンタが、自分を大事にしないから……」


 リフィカは、両手で顔を覆って俯いてしまった。


「こんなに、心配してるのに……」

 呻くような声が、漏れ聞こえた気がした。


 私は視線を落とした。

 返す言葉が見つからない。


 しばらく沈黙したあと、リフィカが小さく息を吐く。


「……傷、見せて」


「え?」


「首の傷」

 リフィカが、包帯へ手を伸ばす。


「大丈夫だから」

 反射的に払おうとした手を掴まれて、気をつけの位置に固定された。


「その“大丈夫”は禁止」


 顔を覗き込まれ、一段低い声で言われた。

 

「……薬塗ってもらったんでしょう?」


「うん」

 頷くしかない。


「でも、どのくらいの傷なのかアタシは知らない」


 リフィカは少し躊躇ってから続ける。


「見てもいい?」


 その言葉に、私は強く頷いた。

 おそらく何か誤解されている。


 リフィカの指が、包帯の端へ触れる。


 ゆっくり。 傷つけないように。

 白い布が解かれていく。


 現れた傷を見た瞬間、リフィカの表情が変わった。


「……これ」

 怒っているようにも、泣きそうにも見えた。


「本当に……こんなになるまで」


「でも、ヘンリエッタ様が……手当てしてくれたから、きっとすぐ治るよ」


 そう言った瞬間、リフィカの指が止まった。


「……そっか」

 少しだけ目を伏せる。

「その人には、ちゃんと頼れたんだね」


 私は、リフィカが何を言いたいのかがようやく分かりかけていた。


「アタシには言えなかったのに」


「違う」

 私はすぐに否定した。

「違うよ、リフィカ」


「じゃあ何?」

 優しい声だった。

「アタシでは、怖かった?」


 その問いに、言葉が詰まる。


「違う」

 今度は、もっと強く言った。

「心配されたくなかった」


 リフィカは何も言わない。

 私は続けた。

「迷惑をかけたくなかった」


 リフィカはしばらく黙っていた。


 そして、小さく笑う。

「それ、たぶん一番迷惑」


「え」


「心配させないようにって、隠される方が……ずっと苦しい」

 包帯を巻き直しながら、リフィカは呟く。


「……でも今は、少しだけ嬉しい」


「何が?」


「昨日、倒れた後……」


 包帯を巻き終えて、静かに離れる。

 そして、恥ずかしそうに視線を逸らす。

「アタシの服、掴んでたから」


 熱でぼんやりした記憶が蘇る。

「……ごめん」


「だから謝らないで」


 リフィカは困ったように笑った。


「だから、もう少し、そのままでいて」


 優しく促されて、ベッドに体を横たえる。

 布団が、肩まで包み込むように戻された。


「アタシに頼ってくれるロビンでいて」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ