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2 芽生え

 私には幼馴染がいる。隣の家の同い年の男の子。誰よりもかわいくて、なによりも大切な。

 かわいい、なんて男の子に下す評価ではないかもしれないけど、本当にかわいいの。

 困ったことがあると、飼い主とはぐれた子犬みたいな目で見てくるところがかわいい。苦手な食べ物を端に寄せるところがかわいい。朝に見せてくれるとろんとした目がかわいい。手を繋ぐと恥ずかしそうにしながら握り返してくるのがかわいい。


 そんなかわいい宗を迎えに行くところから私の一日は始まる。宗の両親は仕事の都合で朝が早い。そのせいで、朝に弱い宗は困ってるみたい。朝に起きれなかったり、起きれたとしてもご飯が食べれなかったり。

 だから、私がお世話をしてあげなきゃ。宗には私が必要なのだから。

 

 インターホンを押す。宗が起きていれば階段を慌てて下る音がするはずだけど・・・、した。私のために頑張って歩いている、その事実に既に私の脳は幸せに侵される。そして扉から姿を現したパジャマ姿の宗は、毎日見ても飽きることのないかわいさを誇っていた。

 宗の匂いが混ざった空気を肺一杯に詰めながら、今日の朝食を温める。宗は電子レンジすらまともに使えないから、これも私の重要な仕事だ。


「いただきます」


 本当なら私も一緒に朝ごはんを食べたいけど、そこまでお世話になるのは宗の両親に申し訳ない。それに、宗がハムスターみたいに一生懸命に口を動かす様を眺めるだけでも幸せいっぱい。たまに宗の苦手なものを口に詰めてあげながら、私と彼の楽しい時間は流れていく。

 本当は宗の着替えも手伝いたいけど、それだけは恥ずかしいからって断られてる。もう、恥ずかしがり屋なんだから。仕方ないから、身だしなみだけは整えてあげている。私が宗をコーディネートしてることを皆に知らしめるために。


 宗の体温を感じながら道を歩く。彼の方が背が小さいから、必然的に歩幅を合わせてゆっくり歩くことになる。


「お、おはようございます」


 聞き慣れた女の声だ。江藤叶、いつの間にか宗の近くにいた雌、そしてどうゆうわけか中高とずっと同じクラスでもある。こうして私と宗の二人きりの時間の邪魔をしてくる私の敵だ。でも、宗が受け入れているみたいだから仕方なく受け入れる。

 

 ・・・確かに宗はかわいい。けど、


 彼と共に教室に入る。

 粘っこい視線だ。宗を狙っていることがあからさまな、不愉快な視線。こんなのに晒されて、か弱い宗は震えている。

 学校はあまり好きじゃない。席が離れ離れで、授業中は宗と離れ離れになってしまうから。それに、邪魔者がごまんといる。


「ちょっといいかしら」


 ことあるごとに宗と話そうとするクラス委員、高見澤葵。


「ごめーん、教科書見せて」


 馴れ馴れしく宗と話す彼のいとこ、明星ゆあん。


 彼女たちだけじゃない。このクラス全員が宗を狙っていることは火を見るより明らかだ。宗を毎日お世話しているアドバンテージがあるとはいえ、女と楽しそうに話す宗を見るのは正直辛い。私がいなくてもいいんじゃないかって、胸が締め付けられる思いだ。

 邪魔者なんていない世界で宗と一緒に過ごせたらいいのに。

 そんなことを思っていたら、急に視界が光に包まれた。





 異世界、フィクションだけの存在だったそれは急に私達の眼前に現れた。勇者、英雄、モンスター、力。いかにもな単語が並べ立てられる中、私は宗の手をぎゅっと握りしめていた。不安だった。怖かった。これから先、何が起きるか分からなかったから。モンスターに殺されるかもしれないし、役立たずは用なしだと追放されるかもしれない。

 でも、宗もきっと同じ気持ちのはず。なら、私が守ってあげないと。宗を害そうとするありとあらゆる事象から。



 私の魔法は炎属性らしい。それはどうでもいいから彼の魔法属性が知りたかった。私と同じ炎でもいいし、かっこいいから聖でもいい。期待と共に、彼が宝石に触れるのを見逃すまいと目を見開く。

 ・・・小さな、あまりにも儚い光だった。ある意味では宗らしいかもしれない。彼は優しくて、弱くて、何かと戦うなんて以ての外。私に守ってもらわないと生きていけない存在だから。そう、むしろ都合がいい。だって、宗の事を守れるんだもの。


 それなのに


 あいつらは


 馬鹿にした


 日本に居たときもそうだった。宗はおっちょこちょいだから、たまにドジってしまうことがある。そんな彼を、あいつらはただ嘲笑っていた。しょんぼりする宗を慰めながら、あいつらを殴り飛ばしてやりたいと常々思っていた。宗のことを傷つけるやつを一人残らず排除したかった。

 私には力が無い。体格差、筋量差、そんな生物学的にどうしようもできない壁が立ちふさがっていた。


 ここなら?

 私には力がある。この世界でも最高峰と称される魔法が。この力があれば、あいつらを灰に帰すことだってできる。いや、男子だけじゃない。宗を付け狙う女どもも、この力があれば殺せる。


 その事実に、私の心は安堵に包まれていた。






 歓迎会の宴の席は、果てしなく豪華だった。某魔法学園の映画でしか見たことないような長い机の上には、見たこともないような果物がうずたかく積まれ、それぞれの席には煌びやかな光沢を纏った肉が並べられている。みんなはこの光景に浮かれ、一心不乱にそれらに喰らいつく。

 でも、宗の視線はちょっと違う所に向いていた。具体的には皿に乗ったニンジンらしき野菜に。


「・・・今日くらいは食べてあげるね」


 宗は疲れているから無理なんてさせてられない。私は宗の皿からそれを取り、口に頬張る。うん、ニンジンだ。宗はバツの悪そうな笑みを浮かべているけど、障害物がなくなって一安心したのか、やっと肉を切り分け始めた。


「相変わらず仲いいねー。まるでお姉ちゃんと弟みたい」


 向かいの席に腰を据えるゆあんがそう茶々を入れてくる。お姉ちゃん、か。確かに私と彼の関係を客観的にみればそうなるのだろう。宗は私にべったりだし、私もお世話するのが好きだし。だからこそ、この神聖な関係に割り込んでくる奴らに余計に腹が立つ。


「し、宗くんは肉が好きなんですね。私のも一つ、どうぞ」

「私は肉はあまり好きじゃないからね。よかったら一つあげるよ」

 ほら始まった。好意の押し売りなんて、宗が断れないじゃない。困ったように眉を寄せてるけど、彼は優しいからそれを受け入れる。


 

「勇者諸君、食事は口に合っているだろうか?」


 王の言葉は良く響く。それまで楽しそうに歓談していたクラスメイト達が、頷きながらも一気に静かになる。


「満足したようでなにより。さて、諸君のこれからの生活について話そうと思う。一方的な通達になることは許してほしい」


 それから王は、皆には一人ひとり個室が与えられるだとか、明日から訓練が始まるとかについて話し始めた。


「・・・また、勇者諸君にはこれらの決まりを守ってもらう。一つは、許可なく王城の外に出ることを禁ずる。もう一つ、訓練場以外での魔法の行使を禁ずる。これらの決まりを破った際は、いかに人類の希望たる勇者と言えど厳正な罰を受けてもらう。ここまでで、質問がある者はいるだろうか?」


 ぽつぽつと手があがる。お風呂はどうなんだとか、着替えはちゃんとあるのかとか。それらのサポート体制に抜かりはないようで、お風呂は一日中入れるし、着替えも最高品質の衣服が支給されるらしい。


「我々は勇者諸君には最高の環境で過ごしていただく。それこそが我らがしうる贖罪なのだから」


 贖罪、なんていうなら今すぐにでも返してほしい。けど、召喚するための魔法はあっても送り返す魔法は存在しないらしい。無責任だ、なんて何人かの男子生徒は憤りを見せたけど、王女に頭を下げられたらすぐに黙ってしまった。


「最後に、加賀美宗殿」


 いきなり名前を呼ばれて肩を震わせちゃう宗。一斉に全員の視線が愛しの幼馴染に集まり、私はそんな不躾で彼を傷つけるモノから守るべく肩を寄せる。


「本来であれば、勇者たちと共に訓練をし前線に立ってもらう予定だった」


 王は少し困ったような顔をしながら続ける。


「しかし、彼の魔力量を考慮すると危険が大きすぎると判断した。故に戦闘訓練及び実戦を免除する。以上」


 宗は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 そうだよね、苦しいよね。自分だけ戦力外だなんて、消えちゃいたいほど恥ずかしいよね。

 でも、大丈夫だよ。


 私が守るから。


 小刻みに震える彼の手を強く握りしめ、いつものように頭を撫でる。昔から泣き虫の宗を慰めるのにこうしていたっけ。

 そう、私だけが彼を癒せる。他の誰でもない、この私が。

 だから、安心して私の胸の中で泣いていいんだよ?


 みんなが見てるから恥ずかしいんだ。なら、部屋に帰ってから一緒に泣こ?


 一人で過ごしたいんだ。うん、そうゆう時間があってもいいよね。ゆっくり心を落ち着かせるんだよ。困ったことがあったらいつでも私を呼んでいいからね。




 彼を見送って、私も案内された部屋へと向かう。そこはまるで高級ホテルのように広々としていた。ベットには天蓋が付いており、壁には額縁に納められた絵画が存在感を示している。縦長の窓からは夜の城下町が一望出来て、なんだかロマンチックな雰囲気にさせてくれた。


 宗も今、同じ景色を見ているのかな。

 ちゃんと眠れるかな。

 朝はちゃんと起こしてあげないとね。


 ふかふかのベッドは私を天使の羽のように包み込み、そのまま眠りへと誘ってくれた。






 翌朝、私の焦りは最高潮に達した。この世界に来たことを後悔した。こんなにも深い憎悪が私の中にある事を理解した。




 宗が、王女の部屋から出てきた。

 いつもの困ったような顔で、メスの顔をする王女を隣に侍らせながら。


 敵が増えてしまった。飛び切り強力で、強大で、厄介な敵が。

次回は明日までに投稿します

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