第35話「Ametiara」
ついに、ここまで来ました。
長い遠回りをしてきた四人ですが、ようやく一つの名前を持ち、同じ舞台に立つことになります。
それぞれ違う場所から音楽に出会い、迷い、ぶつかりながらも、少しずつ歩み寄ってきた四人。
その時間の先にあるのが、今回のステージです。
この話は「Ametiara結成譚」の締めくくりとなる回です。
四人がどんな音を鳴らすのか、最後まで見届けてもらえたら嬉しいです。
紫苑が戻ってきたことを確認した瞬間、
悠花は思わず駆け寄っていた。
「紫苑……!」
勢いよく抱きつく。
「……悠花、苦しいです」
そう言いながらも、
紫苑は小さく笑っていた。
刹那が、ほっと息を吐く。
「戻ってきてくれて、本当に良かった」
希愛は言葉を探して、
少し考えてからぽつりと言う。
「……よかった」
それだけだった。
でも、それで十分だった。
「よし!」
悠花が手を叩く。
「じゃあ次!」
「フェスだね」
刹那が頷く。
「……その前に」
希愛が小さく言う。
「名前」
その言葉で、
全員の視線が集まった。
大学近くのカフェ。
テーブルを囲んでいるのは――
悠花
刹那
希愛
紫苑
ゆきちゃん
そしてともちゃん。
「ついに来たね」
ゆきちゃんが笑う。
「ユニット名会議」
「運命を刻む儀式だな」
ともちゃんが腕を組む。
「……普通に決めよう」
希愛がぼそっと言った。
「じゃあ最初はシンプルに!」
悠花が言う。
「セツナバンド!」
「却下」
三人同時。
「早すぎない!?」
「しかもなんで私の名前なんですか」
「えへへ、なんとなく?」
「じゃあ……」
刹那が考える。
「Four Sound?」
「普通」
希愛。
「普通ですね」
紫苑。
「普通すぎるな」
ともちゃん。
刹那は苦笑する。
「じゃあさ」
悠花がふと思い出す。
「昔さ、話したよね」
「アメジスト」
紫苑がすぐに反応する。
「誠実の石」
ゆきちゃんが頷く。
「2月の誕生石」
刹那が言う。
「希愛以外、2月生まれだしね」
悠花が笑う。
希愛は肩をすくめる。
「……私は違う」
「でもさ!」
悠花の目が輝く。
「誠実に音楽届けたいって意味で、
アメジストって入れたい!」
紫苑が静かに頷いた。
「良いと思います」
「じゃあAmethyst Sound!」
「うーん」
「Purple Amethyst!」
「そのまますぎ」
「Amethyst Girls!」
「アイドルっぽい」
「Amethyst Crown!」
「なんか違う」
「Royal Amethyst!」
「惜しい」
全員が唸る。
「……決めきれないね」
ゆきちゃんが苦笑する。
悠花が言う。
「でもさ」
「やるならさ」
一度、全員を見る。
「トップ、目指したい」
刹那が、
静かに頷く。
「ええ」
「中途半端は嫌です」
紫苑も同意する。
希愛は小さく言う。
「……どうせなら」
「一番」
「じゃあ」
悠花が言う。
「キングとか?」
「Fast?」
「Queen?」
「Crown?」
「Throne?」
どれも、
しっくり来ない。
沈黙。
その時。
ともちゃんが、
ゆっくりと立ち上がった。
腕を組み、
遠くを見る。
「……なるほど」
低く、芝居がかった声。
「そういうことか」
「来た」
希愛が呟く。
「厨二モード」
ゆきちゃんが小声で言う。
ともちゃんは、
天井を指さす。
「誠実の石――アメジスト」
「そして」
「頂を戴く者の象徴――王冠ではなくティアラ」
ゆっくり振り向く。
「ならば答えは一つ」
指を鳴らす。
「誠実なる音を宿し」
「紫の輝きを冠に掲げ」
「音の王座を目指す者たちの名――」
一拍。
ともちゃんが宣言する。
「Ametiara」
沈黙。
全員が顔を見合わせる。
そして――
「……いい」
刹那が最初に言った。
「綺麗」
紫苑が呟く。
「覚えやすい」
ゆきちゃん。
悠花が立ち上がる。
「決まり!」
希愛も小さく頷く。
「……いいと思う」
こうして。
四人のバンドは、
初めて名前を持った。
しばらくして。
紫苑が、静かに言う。
「……一つ、お願いがあります」
全員が見る。
「フェスで歌う曲」
「Still, We Playですよね?」
刹那が頷く。
「ええ」
「私も」
紫苑が続ける。
「歌いたい」
悠花が目を丸くする。
「えっ」
「一緒に」
紫苑は微笑む。
「四人で」
刹那が少し驚いたあと、
ゆっくり笑う。
「……いいですね」
悠花が拳を握る。
「やろう!」
希愛も小さく言う。
「……四人」
その瞬間。
四人の視線が重なった。
バンド名も決まった。
曲も決まった。
あとは――
ステージに立つだけだった。
フェス当日。
春の風が、野外ステージの旗を揺らしていた。
大きな会場ではない。
けれど、音楽を愛する人間が集まるには十分な場所だった。
控室の外で、
悠花たちは機材を確認していた。
その時。
「――浅黄? 白鷺?」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、そこに立っていたのは――
「関根先輩!?」
「加隈先輩!?」
高校時代の軽音部の先輩たちだった。
悠花と刹那が驚いて駆け寄る。
「どうしてここに?」
関根が肩をすくめる。
「いや、たまたまこの音楽フェスに来たらな」
加隈が続ける。
「見知った顔と名前を見つけてさ」
悠花は目を丸くした。
「え、出演者リスト?」
「おう」
関根が笑う。
「Ametiaraって名前見てさ」
「浅黄悠花と白鷺刹那って書いてあったら、そりゃ来るだろ」
刹那は少し照れたように笑う。
「それにしても」
加隈が言う。
「バンドまで立ち上げてすごいな」
関根が頷く。
「白鷺の腕ならいけると思ってたしな」
「……ありがとうございます」
刹那は深く頭を下げた。
その時。
「悠花先輩ー!!」
元気な声が飛ぶ。
振り向くと――
「麻里奈ちゃん!」
「遥ちゃん!」
「美里ちゃん!」
高校時代の後輩三人が駆け寄ってきた。
「フェス出るって聞いて来ました!」
麻里奈が言う。
遥が希愛を見る。
「師匠!」
希愛が小さく手を上げる。
「師匠の初応援です!」
「いや逆」
希愛がぼそっと言った。
美里は目を輝かせている。
「Ametiaraって名前めっちゃかっこいいです!」
悠花が笑う。
「ありがとう!」
少し遅れて、ゆきちゃんとともちゃんも会場に姿を見せた。
「間に合った……!」
ゆきちゃんが肩で息をしながら手を振る。
「ふっ……運命の舞台に遅刻など、この私の美学に反する」
ともちゃんが前髪をかき上げながら、わざとらしく言う。
「絶対今走ってきたでしょ……」
悠花が苦笑すると、ゆきちゃんがすぐに頷いた。
「ともが“開演前に着けばセーフ”とか言うから!」
「結果として間に合った。ならば勝利だ」
ともちゃんは胸を張る。
紫苑は、そのやり取りを見て小さく笑った。
「……相変わらずですね、二人とも」
「紫苑」
ゆきちゃんは、その笑顔を見た瞬間、ほっとしたように目を細める。
「今日はちゃんと、楽しんでね」
「うん……ありがとう」
「さあ紫苑よ、今宵は貴様の宿命を鍵盤に刻む刻限……!」
ともちゃんが芝居がかった仕草で言うと、希愛が小さく頷いた。
「……いい……その言い回し……」
「わかるか?!」
「……うん……ちょっと、かっこいい……」
「希愛がまた妙に馴染んでる……」
刹那が思わず笑う。
ともちゃんは紫苑を見て、ほんの少しだけ真面目な顔になった。
「行ってこい。今度は、逃げないで鳴らしてこい」
その言葉に、紫苑は静かに頷いた。
また別の客席側で、
小さなざわめきが起こっていた。
「……あれ」
「もしかして」
「Silver Bulletの……?」
観客の一人が言う。
「白鷺隆二じゃない?」
「え、マジ?」
少し離れた場所に、
一組の男女が立っていた。
長身の男性と、
凛とした雰囲気の女性。
元「Silver Bullet」メンバー。
海外で有名なロックバンド。
その二人が、
静かにステージを見ている。
「……まさか」
音楽オタクらしき男が呟く。
「白鷺刹那って……」
一瞬、言葉を飲み込む。
「娘?」
ざわめきは小さい。
けれど確実に、
噂は広がり始めていた。
「悠花」
低く、落ち着いた声。
悠花が振り向いた瞬間、
目を見開いた。
「……おにいちゃん!?」
そこに立っていたのは、
背の高い青年。
「来てくれたんだ」
悠花が駆け寄る。
悠真は笑う。
「妹の初舞台に来ないはずないだろ」
紫苑たちが小声でざわつく。
「悠花のお兄さん初めて見た」
「カナダにいるって聞いてましたけど」
「……かっこいい」
悠真は軽く会釈する。
「妹が世話になってます」
刹那が慌てて頭を下げる。
「いえ、こちらこそ」
悠真は悠花の肩を軽く叩く。
「親父たちも悠花を見るために戻ってきてる」
「え?」
「客席にいるよ」
悠花の目が少し潤んだ。
「……ほんと?」
「だから」
悠真は言う。
「思いっきりやれ」
舞台袖。
そこには――
碧山凛一と凛子。
そして、希愛の両親の姿もあった。
凛子は腕を組みながらステージを見る。
「……」
凛一が小さく笑う。
「ずいぶん観客が増えたね」
「有名人の子どもがいるからでしょう」
凛子はそっけなく言う。
「それだけじゃないさ」
凛一は静かに答えた。
「音楽が、人を呼んでる」
少し離れた場所で、
希愛の両親が小声で話している。
「希愛、あんな大きなステージに……」
「昔からリズム感はすごかったからな」
母親が嬉しそうに笑った。
控室。
悠花が深く息を吸う。
「……すごい人数」
刹那が微笑む。
「ええ」
「でも」
希愛が言う。
「いつも通り」
紫苑が静かに頷く。
「四人です」
スタッフが声をかける。
「次、Ametiara準備お願いします!」
四人は顔を見合わせた。
そして――
同時に頷く。
いよいよ、
Ametiaraの初ステージが始まる。
ステージ袖。
ライトの光が、わずかに差し込んでいる。
観客のざわめきが、遠くで波のように揺れていた。
悠花はギターを抱えながら、深く息を吐く。
「……来ちゃったね」
刹那が静かに微笑む。
「ええ」
希愛はドラムスティックを指で回した。
「……いつも通り」
紫苑が眼鏡を軽く直す。
「四人ですから」
その言葉で、
全員の視線が重なった。
スタッフの声が響く。
「次、Ametiaraお願いします!」
悠花は振り返る。
「行こう」
ライトが点く。
観客のざわめきが、少し大きくなる。
「Ametiara……?」
「新人?」
客席には、
多くの知った顔があった。
関根と加隈が腕を組んで見ている。
「お、来た」
「成長したな」
麻里奈たち三人は最前列で手を振っている。
「悠花先輩ー!」
「刹那先輩ー!」
遥は希愛に向かって拳を握る。
「師匠ー!」
客席の奥。
白鷺刹那の両親が静かにステージを見ている。
「……似てるな」
父が小さく笑う。
母は誇らしそうに言った。
「ええ」
「私たちの音を継いでる」
少し離れた場所では、
悠花の兄・悠真が腕を組んでいた。
「やっとここまで来たか」
客席の一角では、
凛一と凛子が並んで立っている。
凛子は腕を組みながらも、
娘から目を離していなかった。
希愛の両親も、
少し緊張した様子でステージを見つめている。
すべての視線が――
四人へ向いていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この物語は、四人が「Ametiara」というバンドになるまでの物語でした。
海外から帰国して居場所を探していた悠花。
両親の音楽を背負いながらも、自分の音を探していた刹那。
静かな世界の中でリズムを抱え続けていた希愛。
母の期待と自分の意志の狭間で揺れていた紫苑。
それぞれの遠回りが重なり、ようやく四人は同じステージに立ちます。
ですが、これは終わりではありません。
むしろ、ここからが本当の始まりです。
Ametiaraがどんな音を鳴らし、どんな景色を見ていくのか。
その先の物語も、いつか描いていけたらと思っています。




