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ヴラシオの世界より~遙かなる時空の彼方に新人類はクラゲの中で揺蕩う~  作者: あかつきp dash
第十五話 黄昏より入り、夜明けより出ずる国
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■空の巻 帰還のエピローグ

 広大な戦場から天玉照はケイトの都市部へ足を向ける。

「スラスターはすべて切り離し。機体の廃熱を優先」

「了解」


 天玉照から背面の翼型のスラスターを中心に各所の噴出口部分が切り離されて地面に落ちる。それとともに各所が開き強制廃熱される。


「これで御所まで行くには問題なくなったけど……」

「爺ちゃんが待っている、ほら」


 行く道を遮るように蘇芳色の機体――熱田大上が光振刀を地面に突き刺して待っていた。

『……きたか』

 ヒズルとの会話がはじまる。


「ああ、おかげでこっちは丸腰だよ」

『それはお前の未熟さ故。手加減する理由にはならんな』


 天玉照は装甲を一部切り離したこともあり金色の装甲から銀色の装甲が露出して、スラスター部分がなくなった分だけすっきりしたような印象を受ける。


「爺ちゃんどうしてもやろうっていうのか?」

『儂は十分に生きた。あとは戦士として生き様を達成するのみ』


「そのために父の因習に俺を巻きこむのか?」

『死は諦観へ誘ってくれる。結局のところ生きていれば必ず諦めなければならない。だが、その中で譲れんこともある』


「つまり戦場で戦って死のうというのか」

『無論、生き残ることもあるだろう。その場合は次回に期待させてもらう』


 熱田大上は光振刀を引き抜くと黒い刃が白銀の粒子をまとうと天玉照に向けて構える。

「ポリム、対策はあるか?」

「そんなのあるわけ……いや待って。くるよ」


 上空から金色の粒子が降りそそぎ、天玉照の足元のほうに収束していく。それはやがて一本の見覚えのある光振刀の姿をとる。


「霞じゃないか……!」

 キリは愕然とした。これがここにあるということをすぐさまに理解したからだ。


「援軍が間に合ったようだね」

「ああ……!」

 天玉照が霞を引き抜く。


「悪いが、押し通らせてもらう。ヒズル、あんたには負けない!」

『言葉など、もはや不要』


「勝負だ……!」

 戦うことでお互いを語り合うこともある。


 一条の閃光がきらめく。星屑が輝いて瞬くが如し。光振刀でつば競り合いが起こる。

 熱田大上からは鬼気迫る如く圧が天玉照を押し流そうとするのを天玉照は踏みとどまる。


「俺は一人じゃない。この霞を通してルディ、アズミ、ホノエ、ハクトを感じる! 仲間たちの意志を――!」


 天玉照が熱田大上の刃を打ち砕き、光振刀を振り抜く。そして逆方向へ切り返して機体を切り裂く。


「爺ちゃん脱出してくれ!」

『ふっ。何を今更』


「こんな役目を押しつけておいて。俺をこれ以上悲しませたいのか?」

『……それはすまなかったな』


「あんたと親父の記憶が流れてきた。どうして、そう不器用なんだよ」

『長生きしたとて性など変わらんよ』

「そうだとしても!」


『これでいい。これでいいのだ……。儂は自分の満足のために罪を重ねた罪人よ。当然の結末でしかない』

「大馬鹿野郎だよ、あんたは」


『それについては否定しない。さあ、そろそろ往くといい。待たせているのだろう』

「……さようならヒズル」


『さらばだ……』

 キリを乗せた天玉照は御所へ向けて走りはじめる。


 それから嵐が巻き起こり、天玉照の姿はたちまち見えなくなった。


 ――コウカよ。お前の息子は立派に育った。たしかに見届けたぞ。思い残すことはもうない。


 熱田大上の機体が肩から胴にかけてずり落ちる。それから機体は黄金の粒子へと変わり、やがて風に吹かれて流れていった。


    ――◇◇◇――


「黒い炎が封じられた小瓶……」

 万が一の時は使用するといいとミキナが使用人を通じて渡された。ニィナは自分の手が震えるのを感じていた。


 すると引き戸を無造作に開ける音。そこには全裸のガレイがいた。

「もう手段を選んでおれぬ!」


 外は雨が激しい風に晒されている音が聞こえる。

 ニィナは察するのだ。要するにこの男にされるがままになるのか、それとも――。

 瓶の蓋に触れる手の平から冷たい感触を感じとる。


 ふと浮かぶのはティユイの顔だった。姉が自らを犠牲にしてまで守ろうとしたものは果たして何だったのか。それを思い出したニィナから迷いは晴れてすぐに瓶の蓋を開放する。


「黒い炎だと? まだ残っていたのか……」

 驚愕と共に黒い炎は天井まで立ちのぼり、それは一瞬にしてニィナを包みこむのであった。


 ――これで約束は守れたよね?

 ニィナは意識が遠のく中で口だけが動いた。


   ――◇◇◇――


 御所への道中。もう街中へ天玉照は入っていた。

「キリ、お別れだよ」


「ポリム、行くのか?」

「僕はティユイとの約束を守るつもりだ。君は自分の生きる道を歩むといい」

 ポリムの言葉にキリは頷く。


「生きるとは自分は一つではなく、すべては繋がっているという実感を得ることだよ。それだけでいいんだ」


 キリの目の前をポリムが羽ばたくと全身に炎をまとっていく。

「僕はこれからも君を――君たちを遠くて近いところから見守っていよう。新たな海皇よ、君には改めて天玉照を託そう。本当によく頑張ってくれた」


 再度、ポリムが羽ばたくとコックピットをすり抜けて飛び去っていく。

「いままでありがとう。ポリム――鳳凰と呼ばれしあらゆる世界を巡り繋ぐ者よ」

 キリはぽつりと一言つぶやき、ポリムを見送る。


 それからしばらくして嵐が嘘のようにピタリと止む。その雲の合間から陽光が御所までの道を照らす。


 建礼門が開くのがこちらからも見えた。目的の地は間もなくである。


   ――◇◇◇――


 ――どうすれば? とガレイは思考するも焦燥感がすべてを台無しにする。

 建礼門が開いてキリが入ってくる姿が目に入る。本人は知ってか知らないでかその背後には幾多の白い人影を連れ立っている。


 ガレイが驚愕したのはその白い影の中にダイトの姿があったことだ。


 ――ダイトにまで裏切られた。それはもう自分に味方は誰もいないことを証明していた。


 もはや行くべき場所は決まっていた。地下室だ。ガレイは外聞も気にせずに走りだした。


 地下室へ到着するとガレイが入れるくらいのカプセルがあった。ガレイはコンソールを叩いてから慌ただしくカプセルへ入る。


 カプセルが閉じると内部に黄色い液体が満ち満ちていく。

「これで誰も俺を裁けぬ。裁くなどさせるものか。俺はこの世界を統べる王となるのだ」


 ――どうして? どうして王になりたいの?


 そんな問いかけが耳を風のように通り過ぎた気がした。そして、ガレイは気がつく。カプセルのガラス一枚越しに見つめてくる少年の姿に。間違いないキリである。


「あなたはきっとここにくると教えてもらった」

 怒るでもなく、悲しむでもなく、さりとて憎んでいるという様子もない。静けさを讃えた瞳で見つめてくる。


「小僧、貴様のような人間に海皇の役目が務まると思うなよ」

「どうしてそう思う?」


「俺のように能力のある者こそが支配者としてあるべき姿だからだ」

「能力とは何だ? 能力があるというのなら、ここに残って自分が有能であると証明すればいい」


「残れば貴様らは俺を罪人として裁くだろうが!」

「あなたは海皇と皇后を異界送りにした。虐殺の首謀者でもあるだろう。それはあなたにとって罪ではないのか? 罪だから逃げようとしているのではないか?」


「何とでも言えばいい。貴様らのように血統で権威を維持しようなど古い時代の因習を変えようとしたのがソウジ家なのだぞ」


「血統で維持するということは能力は関係ないということだろう。能力とは状況によって求められるものが変わっていく。短期的な維持には向いてはいるが、長期的に見るとぶれやすい。だから血統による維持が選ばれている。そもそもあなたは何が優れていたんだ? 気に入らないものを消し去り自分の都合のいいようにできる状況を優れた者ということなのか?」


「そうだ! その通りだ! この世界を意のままにできる者こそが支配者だ」

「そうか。他者の干渉があって思い通りにはならず、時には寄り添い離れる。それが世界の有り様ではないのか? あなたの言う世界が俺にとっては矮小な世界に映るが、あなたには素晴らしい世界なんだな」


「ふん。何とでも言うがいい。俺はもうこの世界を去るのだからな」

「そうだな。ならば行くといい。あなたの一族は我々が丁重にお奉りしよう。よき護国の神として。安心して旅立つといい。あなたに罰を与えるのは我々ではない。さようなら、ソウジ・ガレイ。さようなら最後の人類(ホモサピエンス)


 ガレイは何かを言おうとしたが、そこで意識は暗転した。


   ――◇◇◇――


 ガレイは目を開くと全身に炎をまとった紅の鳥がいた。

「目が覚めたかい、種を蒔く者よ」


「何だ、貴様は? 俺はこれから別世界で王となり君臨するのだ。邪魔をするな」

「残念だけど、その予定は変更になったよ。とある少女たっての希望により君はあらゆる世界を巡ってもらう」


「何だと?」

「僕はこれから君に因子を与える。あらゆる世界で君に接触した者に何かが起こるという因子だ」


「ほう。悪くないな」

「勘違いしないでほしい。君は因子を与えるだけで、どこへ行っても常に平凡な役まわりだよ。その代わり、君は常に人間として転生して巡っていくことになる」


「俺にあらゆる世界の出来事が蓄積されるということだろう。成功が約束されたようなものだ!」


「いや。君には常に虫けらのような人生を送ってもらう。それが彼女より君に与えられた罰だ」


 ――君は私の遣い。


 ガレイの視界はぐにゃりと歪む。


 ――あらゆる世界を私は駆けよう。あらゆる姿であなたたちを見守ろう。私は炎を纏いし鳳凰。世界は繋がり、やがて一つになるのだ。


 ガレイの中にあらゆる瞬間が流れこんでくる。


 ――あるとき誰かの腹をナイフで刺した。


 ――別の生ではトラックに乗っているときに居眠りをして人を轢いた。


 ――ある人が落としたハンカチを拾って届けた。


 自分はどんな人生でも平凡ですらなく、うだつのあがらない生き方をしていた。そして自分がそうした人間たちは異世界へ転生をしたり、あるいは独裁者になったり、戦争を引き起こす原因であったりした。


「私の人生の汚点はあなたという人間に出会ってしまったこと。だから、あなたの前で自殺するの。自殺って悪い思い出を殺すってことなのよ。自殺は不幸な人の行為なんかじゃない。幸せを掴むための行為なのよ」

 そう言って彼女は言葉通り自死をした。


 ――もういい! もうたくさんだ! 俺はこんな人生を望んでいない!


『ダメだよ。君は永久に繰り返すんだ。あらゆる世界で因子を蒔きながらね。君はどの世界でも前世の記憶を何一つ生かせないまま死んでいくんだ。そんな君を永遠に見守ることが僕の役目さ』


 様々な人生が地獄のように押し寄せてくる。もうたくさんだと思っても逃れられない。それがいつまでも続くのだ。


 いつまでも――。


   ――◇◇◇――


 ニィナにはうっすらと意識が残っていた。キリが入ってきたのを少しだけ顔をあげて確認する。

「ごめんなさい……。こんなことしかできなくて」


 黒い炎は確実にニィナを蝕んでいた。命は風前の灯火だろう。

 キリは立て膝になってニィナ右手を握る。


「この命はティユイから預かったものだ。この時のために俺はずっと生きてきたんだ。だから、この命を返すよ」


 キリはニィナに迷わず手を伸ばす。

「君がクラバナの家にきたときからずっと好きだった。愛しているよ」


 ニィナの手に触れた瞬間、キリの全身に黒い炎が行き渡り黒焦げにしてしまって、そのまま意志もなくパタリと倒れこむ。


「キリ!」

 ニィナは自身から黒い炎が消失したのを感じた。先ほどまでの刺すような痛みは既になかったからだ。


「だからって自分に黒い炎を移すなんて……!」

 でも、どうすればいいのだろうか? 彼はもう死んだのではないか。まとまらない思考がぐるぐるとまわる。


「間に合わなかったか!」

 すると部屋へヤシロがユミリ、リルハ、それにカリンを連れだって入ってくる。


 瞬きすらできず瞳孔は開きっぱなしで視点も定まらない。絶望が張りついていた。

「そんなこと言われたって返事を聞いてもらえないと……」

 嗚咽が治まらなかった。


「ニィナ、こっちを見て」

 リルハが両膝をついてニィナに視線を合わせる。


「リルハ……」

「ひどい顔してるから。私より痕が大きくなってしまって」

 リルハの首あたりまで黒ずんだ痕が見えた。対照的にニィナは左半身に同じような痕が刻まれてしまっていた。


「キリはもう死んだん?」

 ユミリは口に手を当てている。キリは実際に微動だにしていない。とてもではないが生きているように思えなかった。


「何とかなったりはしないんですか?」

 カリンは懇願するようにヤシロを見つめる。


「僕だって万能ってワケじゃない――と言いたいけど、まだ何とかなるかもしれない」

 その言葉に一同の視線がヤシロに集中する。


「僕らは死ねば光の粒子になるはず。なのに彼の体はこうして留まっている」

 ――これが意味することは何か?


「まだ彼の魂はここに留まってはいる。それは周囲の願いによってだ。でも彼は自身のために死んでいく人々を目にして、自分はその価値と見合わないのではないと思ってしまったんだ」

 

 ――だから彼に自身の命がどういうものかを知らせる必要がある。

「死は終わりじゃない。生を繋いでいくバトンだ。だから僕らは死を持って世代を重ねる選択をした。だから僕と祈ってほしい」


 ――彼が此方まで生き抜くという意志を持てるように。

 ヤシロが両膝をついて両手を合わせて目をつむる。それにつられてユミリが、カリンが、リルハが、少し戸惑っていたがニィナも同じく祈りをはじめる。


 すると周囲に金色の綿帽子が幾多と現出して、黒焦げになったキリの体に降り積もっていく。黒焦げになった部分に吸収されるとその部分は活力を取り戻しはじめる。


 やがてキリはその本来の姿を取り戻すと目を醒ましてゆっくり起きあがる。

「俺は生きているのか?」

 キリはヤシロ、ユミリ、カリン、リルハ、そしてニィナの顔を見まわす。それぞれ泣きそうになっていたり嬉しそうにしていたり表情はそれぞれだ。


「奇跡だ」

 ヤシロが思わず誰にでもなく言葉に出す。

「いえ、これは奇跡などではありません。愛が生んだ――いわば必然なのです」


 キリたちの前に炎を纏ったような大きな鳥が現れる。

「……鳳凰」

 キリがうわごとのようにその名前を口にする。


「生きなさい、いまあなたの姿がそこにあるのは託された分があるからです。その半身に刻んだ痕を胸に」


 キリは自らの右半身が黒い炎によってできた痕が残っていることに気づかされる。

「もう行くのか?」


「ええ。ですが、私はずっとあなたたちを見守っています」

 鳳凰は羽ばたきはじめて、それから声音が変わる。それは懐かしい響きであった。


「キリ君、ありがとうございます。メイナちゃん――妹を守ってくれましたね。あなたになら安心して託せます」

 鳳凰は羽ばたきを強めて天井を突き抜けていく。


「さようなら、ティユイ」


   ――◇◇◇――


 キリが紫宸殿を出るとそこには戦友たちの姿があり、皆が安堵の表情を浮かべていた。

 ふと、ルディ、アズミ、ホノエ、ハクトの姿が目に映るもすぐにゆらりと消える。


 キリはニィナの手を取り建礼門を出る。正面には片膝立ちをしたヴラシオの姿。そして御所を囲うようにして多くの人々が集まっていた。


 口々に彼らは海皇の帰還に祝福の言葉を贈ってくる。海皇が帰還を果たした瞬間であった。


 群青が広がり、陽光が降りそそぐ。


 思えば、あの日もこうだったとキリは空を見あげて思い返すのであった。

あと一話だけ投稿して終わりになるかと思いますのでよろしくお願いします。

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