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ヴラシオの世界より~遙かなる時空の彼方に新人類はクラゲの中で揺蕩う~  作者: あかつきp dash
第十五話 黄昏より入り、夜明けより出ずる国
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■八岐災禍との決着

「レイア、背は私のほうが追い抜いたぞ」

 海皇に即位してコウカは宣告通りにレイアを妃にした。


「わかっています」

 レイアはあれからコウカの熱烈な求愛を受けた。結果的にそれをレイアは受けたのである。


 もちろんレイアのほうに打算はない。デメリットの方が多いとむしろ何度も諫めたのをコウカが押し通したのである。


 思えば皇位を継ぐ者としてこれが唯一通せる我が儘であろう。それについてはレイア以外は概ね寛容であった。


「シンクまで後押ししてくれるとは思えなかった。彼が私に言ったのだ。『レイアを頼む』とな」


 それがレイアにとっては少し驚きであった。それからシンクはレイアのことを説得するほうの立場になり、レイアも外堀を埋められてしまい現在に至る。


「どうやってあの男を丸めこんだんですか?」

 だから聞いてやりたくもなる。


「うむ。同じ女性を愛する男同士ゆえにすべてをレイアには語れん」

「……そうでございますか」


 その返答はレイアにとって納得できるものではなかった。そういえばシンクからもはぐらかされたことを思い出す。


「そうだな。シンクはこう言っていた――『自分とレイアのいる時間はほぼ無限だろう。だが、その時間の中で彼女に自分がしてやれないこともたくさんある』と」


 ――きっとあなたならそれを成してくれるだろう。だからコウカに任せたいと言ったそうだ。


「レイアの長い生にとって私とともに過ごした時間はきっとすぐに過去になるかもしれない。だが、私は思うのだ。それは一瞬であるかもしれないが、その記憶に閃光のような煌めきを遺せるのではないかと。それはきっと永遠に等しい瞬きではないだろうか――」


   ――◇◇◇――


 黒い炎がキリの身を浸食していく。彼の体を包んでいた包帯は炎によってチリチリと燃えカスとなり消失していく。


 包帯がなくなった露出した肌には黒い斑紋がキリの体をのたうつように蠢いていた。脂汗が滲み苦悶の表情を浮かぶ。


「これはまずい……」

 ポリムの声には焦りが感じられた。


『お前は天玉照の神使か』

 通信が入るとそこにはダイトの姿があった。その全身を黒い斑紋がキリと同じく蠢いている。


「恐れ入ったよ。卓越した精神だ。黒い炎を身に宿して動けるなんてね」

『皇子と同じだ。彼が陥った状況と同じになればよい』


「なるほど。君もまた愛の傘を使ったのだね。キリはティユイが守っている。ところで君は誰の傘を使ったのかな?」


『ふっ。私に愛情を注げるものなどそうはいない。まして自らの命を捨ててまでなどな』

「うっ……ぐ。ミキナか……」


 キリが息を荒げながら名前を呟く。

『そうだ。私が尽きるが早いか、それとも皇子のほうが早いか。根比べだ』


 天玉照を捕らえた八岐災禍が向かう先、そこはケイトである。


   ――◇◇◇――


 ハクトの気配を感じたヤシロが顔を見あげる。

「何か用かな?」


「五〇〇年前に八岐災禍を封印したと聞いた。対抗手段はそうないだろ」

「だからそれを再現しようと?」

 ハクトがコクリと頷いた。

「そうだ」


 するとヤシロが大きくため息をつく。

「黒き炎とは闇夜を指すもの。暁とともに去るものだ」

「黒き炎を祓うには太陽の輝きが必要だと?」


「あまりの長夜にはかつて祭り囃子(ばやし)で騒ぎ立てることで太陽を起こしたという伝承がある」

「つまり騒いで踊れということかい?」


「……四つの魂を合わせて燃やし尽くす」

 ヤシロの口が震える。


「その時、太陽の放つ光と同等の輝きが生みだされる。その光を持って黒い炎を打ち祓う」

「そうでなければ黒い炎を放つ八岐災禍にすら近づけないか」


 ハクトは目を細めて一息つく。

「結局、黒い炎を断たなければキリどころかお前さんの命すら危ういワケだ」

「それは差しだすに足るものか。ひょっとしたら他に手があるかもしれない」


「その可能性を探っている時間はあるのか?」

 ヤシロは静かに首を横に振る。


「俺はあんたに出会えてよかったぜ。姉上の声が聞けたんだからな」

 ハクトは顔を伏せて静かに笑みを浮かべる。

「……だから、いいんだ」


   ――◇◇◇――


移火(うつりひ)の儀と呼ばれる秘技だ。火を灯し、次へ繋いでいく。つまり、ここにいる四人で魂の火を繋ぎ、最終的に四人分の炎を結集させる」


 ハクトの説明をホノエ、アズミ、ルディは黙って聞いていた。しばらくシンとした張り詰めた空気が漂い、ホノエが口を開く。


「要するに天玉照を解放するには我ら四人の生命が必要ということでいいんだな?」

 ハクトが黙ったまま頷くとアズミが「フム」と顎に手を当てる。


「それに加えてキリくんも黒い炎に蝕まれ、彼の命も風前の灯火か。彼が黒い炎に焼き尽くされるということは、その炎を分かち合っている妹のリルハ――他の三人の姫巫女も危ういか」


「指揮官として失格だが、やってくれるか?」

 これが犠牲を最小限に抑える手段でもあった。


「もちろん我らの答えは決まっている」

 ホノエが答える。


   ――◇◇◇――


「行かれるのですね」

「ああ」


 ハクトとマコナは損傷した機体を下から眺めていた。これ以上の修理は次の戦いまで間に合わないので損傷した部分に簡単な施術だけをしてそのままにしている。


「迷惑をかける」

「……本当にどこまでも」

 マコナは少しだけ自分のお腹に視線を落とす。


「実感が湧かねぇな。自分で言っておきながらよ」

「各国の軍がケイトへ集結しつつあることは把握していますか?」


「……知っている」

 だからこそだった。


「そろそろ持ち場に戻らないとな」

「ええ」


 二人は短く口づけを交わすのだった。


   ――◇◇◇――


「久方ぶりです閣下」

 レイアは司令室から通信でケイトにいるソウジ・ガレイに呼びかけた。拒否をしてくる可能性もあったが、虚勢かもしれないが尊大な態度でそれに応じた。


『奥の院が軍を率いて押し入ってくるとはな。武力を用いて再び権力を手中に収めようとでも言うのか?』

「奥の院はもうないのよ。あなたの一族がなくしたでしょ。だから軍に戻っただけ」


 これはあくまで事実でしかない。それに対してガレイはどう受け取るのか。

『まるで私が悪いとでも言わんばかりだな』


「少なくともこの状況はあなたが作り出したものよ。もうケイトは包囲されている。セイオーム軍すらあなたに従わないわ。逮捕状も出ている。――ソウジ・ガレイ、降伏なさい」

『やれるものならやってみろ。こちらには八岐災禍がある。皇女は我が手中にあるのだぞ』


 わかってはいたが、やはりとレイアは口の端を横一文字にする。

「では、存分に」


 ケイトが戦場になることを意味していた。


   ――◇◇◇――


 ケイトに各国の軍が集結していた。対してセイオームの正規軍もダイトの指揮を離れており、ソウジ・ガレイの牙城を守るのは実質的にダイトの八岐災禍のみであった。


 それでもその機体が放つ黒い炎は多くの者を道連れにすることは予想に難くなかった。ハクトはその中にあって周囲に呼びかける。


「聞け! 決着は俺たち四人の四霊機と八岐災禍でのみ決着をつける! よって各軍はその場で次の指令があるまで待機をしておけ!」


 気がつけばとでも言うのだろうか。各国からケイトヘの軍の派遣が決まって結果として集結することになった。


 各々の目的はソウジ・ガレイによる戦争犯罪の追求であった。最終的にどこの国がソウジ・ガレイを捕らえるのかという別の争いが場合によっては生じることとなる。


 これは最低でも避けなくてはいけなかった。戦後が見えている状況下で戦力の消費は極力避けなければならない。


 故に四機でのみ八岐災禍を抑えるという作戦であった。


   ――◇◇◇――


『損傷した機体でやるつもりか?』

「問題ないね」


 ダイトの言葉にハクトが切り返す。

『容赦はせんぞ』

 八岐災禍が黒い炎をまといながら複数の蛇がのたうちまわるように襲いかかってくる。


「そっちこそな……」

 ハクトがダイトとやりとりをしているとマコナから通信が入る。


『ハクトさん』

「……まさか止めにきたんじゃねえよな?」

 ハクトの表情は神妙な面持ちの一方で、マコナは言葉を必死で飲みこんでいるようだった。


『いえ……』

『あとのことは頼む』


『また、お会いできますか?』

『当然だ。それじゃあ、また後でな』

 ハクトがフッと微笑を浮かべる。


『私が先行させてもらう』

 ホノエが言葉通り先陣を切る。それと同時に焔朱雀の全身は金色を放つはじめ、それに呼応するように他の機体も同様のことが起こる。


『ホノエさん、生きてください!』

『カリン王女、過分な心遣いに痛みいります』


『どうしても行くというのですか?』

『友が往こうとしているのにどうして私だけが残れましょうか。妻と子にはよろしくお伝えください』


『嫌です! 自分でちゃんと伝えてあげてください』

『私にはできそうもないので、お願いしているのです。大丈夫、またお会いできますよ。きっとね』


 カリンにホノエは笑顔で返した。

『ハクト、短い付き合いだったな』


 襲いかかってくる黒い炎に投げ斧を当てて吹き飛ばす。


 別の黒い炎が蒼天龍のほうへ向かおうとするのに盾を投げつけて注意を引きつけて動きを止める。


「いや、案外とそうでもなかったぜ……」

 ハクトが答えるとともに焔朱雀がその炎にめがけて槍斧の時鳥で振りかぶる。


『では、またな……』

 ――この光は俺たちにはまぶしすぎるな。


 時鳥が振り抜かれると黒い炎は打ち消される。それから焔朱雀は微動だにしなくなる。


「野郎、先に逝きやがってよ……。アズミはルディを八岐災禍に接近させる手助けをしろ」

『ああ、任せてくれ』


 白雫虎は金柑を迫りくる黒い炎へ投げつけて圧壊させる。


『何故だ? どうして黒い炎に取りこまれない?』

 ダイトは戸惑っているようだ。


「それがまだわからないってんなら。俺たちの勝ちだぜ――」

 山茶花の刃が黒い炎を打ち消すと白雫虎の動きが止まる。


   ――◇◇◇――


『ルディくん、決着はつけられなかったな』

「別の機会があるだろうさ」


 嶺玄武が蒼天龍を守るように同時に襲ってくる黒い炎を槍――三日月で突き刺す。

『いつか再戦が叶えばな』

「再戦があれば勝つのは俺だ」


『言い切ったな。忘れるなよ――』

 最後の黒い炎を嶺玄武の三日月で貫くと機体が動かなくなる。


『おのれ……!』

 八岐災禍が刃先に眼球のような鉄球が嵌めこまれた大剣を構えて蒼天龍を迎え撃つ。


 蒼天龍は霞の柄を握り直してと、三機から舞いあがる黄金の粒子が収束していく。

 

 八岐災禍の大剣が黄金色になった霞がかち合うも、蒼天龍がじりじりと押される。


重眼剣(じゆうがんけん)を片手で受け止められるか?』

「やってみるさ」

 

 霞とかち合う重眼剣の腹からぴしりとヒビが入る。

「ダイト――貴様は八岐災禍がどういう機体であるのか理解しているのか?」

『理解しているとも』


「ソウジ・ガレイは自分の意に沿わない者を八岐災禍の装甲に取りこんで現在も苦痛を与えている」

『それが八岐災禍の力だ!』


 意に沿わぬ者がいるのは世界の広がる可能性を示唆するものだ。それを否定して自らの都合のみで生きようとするから例え大きな目標であっても矮小化する。


「そのために自らの悔恨を拭わないまま戦うというのか?」

『……それでもあの方は私の父上なのだ』


「そうか。ならば、あなたには最後まで俺たちに付き合ってもらう」

『何?』

 その瞬間、重眼剣は霞によって砕かれる。


「悪しき源、その根源を絶つ!」

 蒼天龍が霞を少し引いたあとに、勢いをつけて八岐災禍の胸板を貫く。


『や、やめろっ!』

 八岐災禍の装甲が淡雪のように白く変貌すると、やがて機体がぼろぼろと崩壊をはじめてクエタの海に溶けていく。


 そして霞は金色の粒子へとなりながら拘束が解けた天玉照ヘ向けて飛んでいく。それを見送るように顔をあげたあと蒼天龍は微動だにしなくなった。 


   ――◇◇◇――


 ダイトは目が覚めるとすべてが漂白の中にあった。

「よう。目が覚めたかい」

 

 目の前には手を差し出してくるハクトの姿があった。

「私は死んだのか?」


 自分は敗北したはずだが、不思議と安らかな気分であった。

「妻や子には叱られるな。これほどの犠牲を払いながら結果として負けてしまった。いや、最初からすべてが間違っていたのだ。私は父を諫める立場でありながら、ただ付き従うしかしてこなかったのだから」


「心配すんなよ。謝ればいいだろ。悪かったってな。何なら俺が付き合ってやる」

 ダイトはハクトの手を取り立ちあがる。


「さて、俺は行くぜ。あいつらが待っている」

 ハクトが親指で指す方向にルディ、アズミ、ホノエの三人がいる。


「俺たちは加勢に行く。あんたはどうする?」

「私は罪人。どう顔向けができようか」


「それはこれまでの話しだろうが。俺はこれからの話をしている。悔恨があるなら、やるべきことはすでに決まっているんじゃねえのか」

 

 ――じゃあな。それだけ言い残すとハクトは仲間のもとへ歩みを進めていく。


 するとダイトの背中をふと誰かが押したような気がした。

「よいのか。私も彼らと共に戦っても。許されるというのか……」

 ダイトの頬に涙が伝う。気がつけばハクトの進んでいく方へ足が動いていた。

あと2回の投稿で終わる予定です。

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