78、殲滅 乱魔聖窟
薄明かりに照らされる洞窟を進む。
奥へ行くにつれて光属性や土属性の魔物は減っていき、その代わりにレイスと遭遇する頻度が多くなっていった。
常に全力で警戒し続けるのも疲れるし、なによりこの不穏な予感を放っておくのは危うい気がする。
それは俺よりも事態を重く見ているだろう二人も同じようで、すぐに探索のペースを上げた。
その甲斐あってか、聖水の泉と思わしきものを発見できた。
……ところまではいいものの………。
「これは……頻繁に襲ってくるハズだよ」
「気持ち悪いわね」
「さすがに多すぎよ」
泉の周りを、数百匹はいるのではないかという程の大量のレイスがぐるぐると渦巻くように周回していた。
まるで黒い竜巻のようなそれは、水族館で見た鰯の群れを彷彿とさせる。
しかしそこに美しさなどは全くなく、禍禍しさだけが吐き気に似たおぞましいものを沸き上がらせる。
様子を見るに、どうやら泉には近づきたくても近づけないようだ。
「どうする? ここから魔法で殲滅するのもありだけど」
「打ち漏らしが出そうね」
「気づかれたら捌ききれないよ」
「だよね」
一匹一匹は大して強くない。
でも、さすがに百匹単位となると対処は難しそうだ。
例えば、コキュートスで一面を凍らせても聖水を採れなくなってしなっては意味がないし、狙撃で一体ずつ撃破というのも隠密技術が足りずに現実的ではない。
俺やアストリアさん、アスタルテさんの現状持つスキルで殲滅に有効なものは魔法くらい。
それも威力や攻撃範囲などに問題があり、あれだけの数を対処するには一歩足りないだろう。
新しいスキルを取得するしかないかな?
ーー!!!
そう考えた瞬間のことだった。
数百匹のレイスによる周回がピタッと止まり、全ての無貌が岩影に隠れたこちらへ向いた。
目線は明らかに……俺や他二人のものと交差している。
「こんなにいきなり……気付かれるかな、普通?」
「バレてしまったものは仕方ないわね」
「退路も塞がれたみたいだよ」
素早い連携でレイス達に背後の壁を塞がれ、逃げ道をなくしながらじりじりと距離を詰められる。
あっという間に取り囲まれてしまった。
「さて、どうしようか」
「マズいわね……!」
「ねえ、逃げるよ!」
アスタルテさんは機敏に反応し、撤退するための道を作ろうと詠唱する。
一拍遅れてアストリアさんも詠唱を開始。
しかし……。
「消えた……。また厄介な」
魔法の発動を察知するや否やレイス達は一斉に透明化してしまった。
ただし濃密な負の気配は消えず、さらに状況は悪くなったといえる。
「狙いがつけられないわね!」
「そんな、予想してないよ!」
忌ま忌ましげに歯ぎしりするアストリアさんと、狼狽をあらわにするアスタルテさん。
魔法の詠唱は発動したものの標的が見えないため発動ができないでいる。
その隙を見逃さず、レイスは闇属性魔法を次々と放つ。
「アイスシールド、ファイアシールド」
「ウォーターシールド!」
「くっ……トルネード!」
常に死角から飛んで来る怒涛の闇属性魔法に、反撃の隙を見つけられない。
そして魔法で防げてはいるものの、彼我の戦力差は絶望的。
俺が少しずつMPを吸収しているとはいえ、こちらが押し切られるのは時間の問題だろう。
なんとか打開の一手を打たなければならない。
目が回るような魔法の嵐の中、俺は策を提案する。
「……狙いが定まれば、殲滅する自信はある?」
そう問い掛けると、少しの逡巡のあと二人は顔を見合わせた。
「……タリィ、合わせられるわね?」
「やってみるよ、トリィ」
そして同時に頷くと、俺を見る。
「本当に透明化をどうにかしてくれるのね?」
「それができるなら、殲滅できるよ」
その声からは、俺が信じるに値するかどうか推し量ろうと、試すような響きが込められていた。
自分の命を預けるも同然のことだ。
しっかりと見極めようとするのは当然だろうね。
いや、この場合は違うかもしれない。
二人は自分のことだけじゃなく、互いが互いを思い合っている。
だからその声は鋭く、重い。
込められた思いは二人分以上のハズだ。
いい。とてもいい。
自然と笑みがこぼれる。
そして俺は、そんな声に応えるように力強く頷く。
「目印くらいならいくらでも付けるよ。だから一発、どでかいのをお見舞いしてあげて」
「余裕がなくなってきたわね、信じるしかないようね!!」
「もう限界だよ、やるなら早くしてよ!!」
思考系スキルを全開にして詠唱を開始。
MPを限界以上に込めての魔法構築は、相当の集中力を要する。
それでも速く、もっと速く。
信頼に応えるために全力を注ぐ。
「ブリザード」
発動したのは、レベル8の氷属性魔法。
その名の通り吹雪を発生させる魔法だ。
天井の低い洞窟内に生まれた吹雪は瞬く間に辺り一面を白く染める。
風を切り裂くような冷たい音とともに、冷気を充満させていった。
肌に突き刺さる痛みは、重なればやがて無視できないほどのダメージとして蓄積されてゆくだろう。
しかし、狙いはそこではない。
視界が雪に埋め尽くされていくなかで、そのシルエットは少しずつ現れてくる。
死神を思わせる、脚を失った襤褸。
ここに来るまでに何度も目にしたレイスの姿が、舞う雪以上に視界を飛び交っていた。
雪が、つまり氷属性魔力がレイスの体に付着し、その表面を浮かび上がらせているんだ。
ここは狭いうえ、なぜかレイス達は俺達に纏わり付くように攻撃を繰り返しているので、限界を超えたMPを注いで範囲を広げたブリザードから逃れる術はない。
一匹残らず氷属性魔力でしっかりマーキングしてあるので、逃がすつもりもない。
透明化は破った。
あとは一気に倒すだけ。
「ブラスト・オーシャン!」
「ライジングストーム!」
「「ヴォルテックスアセンション!」」
水属性と風属性の魔力が共鳴する。
二人から溢れ出す圧倒的な覇気は、渾身の魔法が放たれたことの証明だった。
一方は竜巻。
辺りを覆い尽くすほどの巨大な竜巻がレイスを手当たり次第にかき集め、収縮していく。
膨大なMPと精密な魔法制御によって、すべてのレイスは一箇所で拘束される。
もう一方は水流。
もはや激流といってもいいかもしれないほどのそれは、慣性を溜め込むかのようにループを描きながら膨らんでいく。
そして竜巻による拘束が完成したとき、一気に解き放たれた。
「消えるがいいわね!」
「消えるがいいのよ!」
微妙に物騒な決め台詞に八つ当たり成分が含まれているのを感じ、水流に飲み込まれて跡形もなく消し飛ばされていくレイス達にほんの少し同情してしまったのは仕方ないことだと思う。
ともあれ、吹き荒れる吹雪の中連続的に放たれた大魔法によって数百匹のレイスは一掃された。
「あとは聖水を持ち帰るだけね」
「でも、もうMPが空っぽだよ」
それは大変だ。
MPは大事なのに。
「というわけで、帰り道の魔物は任せるわね」
「まだ余裕が残ってるのはバレバレだよ」
あれ? 俺も結構頑張ったんだけどね。
まあ確かに、余裕を残してたというのは否定できないけれども。
「了解だよ。さほど苦労する敵でもないしね」
言いながら、聖水を空間収納から取り出した瓶に掬っていく。
僅かな優しい煌めきを放つ薄青の液体が、瓶の中で踊る。
「そういえば、どうしてあんなにも早く俺達の存在が気付かれたんだろう」
もうレイスの気配はしないけど、疑問に思っていたことだったので話題を提示してみる。
「レイス達が感知能力に優れていたのかしらね?」
「多分、そのあたりだと思うよ」
アストリアさんの考えにアスタルテさんが同調する。
けど、戦闘中に横目で解析をした限りでは気配察知系のスキルを高いレベルで所持している個体はいなかった。
それに全てのレイスが一斉に振り返った、あの反応速度から見て、個体によって差のあるスキルを理由にするのは厳しい。
隠密には多少の自信がある俺やかなりの実力者と見える二人がうっかり姿を敵に晒してしまったり、物音を立ててしまったりなどということも考えづらい。
となると残るは、誰かが意図的に俺達の存在を気付かせた可能性くらいしかないわけだけど。
というか、最初からなんとなく怪しいなとは思ってたんだよね。
そのためにMPを温存して戦って、若干危なかったりもしたんだし。
で、例えアストリアさんとアスタルテさんのどちらかが、もしくは両方がレイスに位置を知らせたとして、それを追及できるだけの証拠がない。
そしてその手段も、見当さえつかないままだ。
いやまあ、まだ疑っているだけの段階なんだけど。
「……さて、聖水も採取できたことだし、戻ろうか」
疑念は疑念のまま、表情には出さないようにして帰還を促す。
レイスの件を指摘するのは、機会があったらということで。
「ええ、そうね」
「うん、そうしよ……」
そのときだった。
突然の爆発音。
なにかが割れて、砕け散るような、大きな音が全身を揺さぶった。
「「っ!!」」
洞窟のさらに奥から、濃密な魔気が溢れる……。




