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74、精霊と黒い森

『はじめまして。精霊エシュネト様、でよろしかったでしょうか?』


『ほう、そなた精霊語が使えるのか。いかにも、余がエシュネトだ。しかし……』


 エシュネト様は言葉を区切ってアリスに目を向ける。


「そちらは使えないようだ。余はヒトの言葉も使うことができる。無理をせずともよい」


 尊大な口調の割には威圧感がなく、あまり俺とアリスに敵意は持っていないように感じる。

 精霊語から大陸語へと言語を切り替えてくれた。


「お気遣いありがとうございます」


「あ、ありがとうございます」


 頭を下げるとエシュネト様は満足そうに頷く。

 気配は正直脅威だけど、どうやら今はこちらに好意的とみてもいいらしいね。


 俺にそのつもりはないけど、なにかの間違いで戦闘に発展したら苦戦しそうだし、とにかく穏便にいこう。


「私はトーヤ、この子はアリスといいます。ここには、その小さな子達に招かれて来たのですが、イマイチ状況がつかめず……」


「そうか、我が子等が迷惑をかけたのう。事情を説明しよう。少し待っておれ」


 そう言い残して景色に溶け込むように消えた。

 さっきここに突然現れたときにも同じ方法を使ったのだろう。


「ご主人さま、なにがなんだか……」


「そうだよね。俺にもちょっとよく分からないよ」


 とりあえずアリスとは今登場した男の人が精霊エシュネトという人で、その辺で遊んでる黄緑色の子達の親玉のような存在らしい、というところまで情報をすり合わせておいた。

 というか、あの人が精霊なら黄緑色達は何なのだろう?

 精霊のことについてはまだわかっていないことが多いから、王国の書庫にも詳しい資料は見当たらなかった。

 でも、あの祭壇の言葉を見るになにやらすごい存在だということだけはわかる。

 ……本当に、そんな曖昧なことしかわからないんだけど。


「待たせたな。さて、話をするとしよう」


 頭を整理していると、エシュネト様が二人の少女を連れて戻ってきた。


「ああ、この二人は余の従者だ。余だけ先に転移してしまったゆえ、連れ戻しに行っていた。二人ともヒトの言葉が使える」


「アストリアですね」


「アスタルテですよ」


 同時にお辞儀をした二人。

 ともに俺と同じくらいの年齢で、姉妹なのかな? 息ピッタリだ。


 そして、動作だけでなく、二人は顔も全くといっていいほど違いがなかった。

 ひとつ違うのは、アストリアと名乗った方は緑の髪と目を、アスタルテと名乗った方は青の髪と目をしていることくらい。

 それがなければ、見分けはつかないだろうというほどだ。


 服装も統一しているようで、二人共ゆったりとした白い服を身に纏っている。

 それを見て、メイド服を思い出した。

 エシュネト様の従者と言っていたから、それっぽい格好をしているのかもしれない。


 ……ところで、この二人も精霊なのかな?


 俺もアリスと挨拶を返し、エシュネト様に向き直る。


「さて、どこから話したものか……」


「エシュネト様。この方達は、信用できる人物なのですね?」


「森のことは、おいそれと話していいことではありませんよ」


 思案し始めたエシュネト様に、アストリアさんとアスタルテさんが注意する。


「問題はない。精人達が連れてきたということは、森に害意のある存在ではないということだ。むしろ、余達の助けとなってくれるだろう」


「そうだったのですね」


「失礼しましたですよ」


 アストリアさんが発言した後にアスタルテさんが発言するきまりのようだ。

 なんか、とても姉妹っていうか双子っぽい。

 完全に勘だけど、絶対に双子だよね?


「まず、この小さき者達だが……」


『タキギ!』

『ギンイロ!』

『ロクデナシ!』

『シマナガシ!』

『シードラゴン!』


『『マケ!』』


『ケ……ケダマ!』


『イヤ、マケダカラ』


「精霊ではないんですか?」


「いいや、違う。間違われやすいのだが、精霊は全て余のように人型だ。こやつらは精人という種族の一種だのう」


 精人。

 確かそんな種族がいると聞いたことがある。

 マイナー、というか基本的に人里に姿を見せることはないそうだけど、度々秘境なんかで目撃されるそうだ。

 ただ、めったに出会えないことからその存在は半ば伝説となっているらしい。


 俺もこんなところで会えると思っていなかったから内心驚いたし……。

 なにより、あんな風に仲良くしりとりをしている光景には『伝説』なんて言葉が当てはまる気がしない。

 アリスも、精人達を見て首を傾げながら苦笑している。


「精人の中でもこやつらは森精人と呼ばれる者達だ。余の宿るこの森から溢れ出た属性魔力、そして聖気から生まれた。要するに、余の子供ということだのう」


 なるほど、属性魔力と聖気から生まれた生物だと。

 ならばつまり、精人は魔物、いや聖獣に近い存在なのかな?


「その精人がなぜ私達をここに招いたんですか?」


 まあ勝手に着いてきた感じはあるけど、一応招かれたということで。


「そうだのう……。理由を話すにはこの森に関してのことを話さねばならない。他言無用を誓うか?」


 なにやら、深い事情があるみたいだ。

 アリスと顔を見合わせる。


「どうかな?」


「えーと、はい。誓います」


「私も誓います。聞かせてくれませんか?」


 俺と同様に、アリスも瞳に興味の色が見える。

 試すような視線を向けていたエシュネト様にひとつ頷き、了承を告げた。


「そうか。では話すとしよう。ここで話すよりも、実物を見た方がわかりやすいだろう。ついて参れ」


 どこかに移動するようだ。

 深い森の奥へ、アリスと共についていく。





 道すがら、簡単に話を聞いた。


「この黒い木々は、そなたらも異常だと感じておろう?」


「はい」


 精人達が暮らす領域を抜け、今は黒い森を歩いている。

 この先になにかあるそうだ。


「もともと、木々はこのような色をしてはいなかった。しかし、つい三年前に突然森が黒に侵食されていった」


「五年前ですね」


「さらに言うと五年半前ですよ」


「……まあ、時期はどうでもよい。問題はその原因だ」


 そこまで話して、立ち止まる。

 眼前には、黒い岩があった。

 その大きさは三~四メートルほどで、艶の全くない炭のような黒色に血管のような赤黒い筋が通っている。

 筋は脈動し、その様子からは暗黒の心臓を連想させた。

 つまるところ……グロテスクだよ。


「うっ……」


「これは……?」


「わからぬ。おそらく闇と火の属性魔力と……魔気の結晶体ではないかと思っておるが、余はこれに触れることができぬゆえ、詳しいことはなにもわかっていないのだ」


 なるほど、と呟きつつ、俺は解析を開始する。

 禍禍しい雰囲気を撒き散らす瘴気。

 そのあまりの密度に解析は難航する。


「ひとつだけはっきりしていることは、これが木々が黒くなる原因ということだ」


「大変困っていますね」


「森が汚されましたよ」


 端正な顔を憂鬱な表情で染めるエシュネト様。

 アストリアさんとアスタルテさんも、表情こそ変えないものの肩を落としている。


「精人達の暮らすあの場所は大丈夫なんですか?」


「この森は余の体の一部のようなものだからのう。結界で護っておるゆえ問題ない。……とはいえ、そうしなければ闇属性魔力に身体を侵され、死んでしまうがな」


 徐々に解析は進んでいき、黒い岩の全容を掴むことができた。

 その結果に違和感を覚える。

 どうしてここで、こんなものが発生するのか……。


「それは災難でしたね。どうやってできたのかなど、わかりませんか?」


「それがのう……いつの間にかここにあったのだ。自然に発生したとしか思えんのう」


「なるほど。発生した瞬間は見ていないということですね」


「ああ。そういうことだ」


 ならば、俺の仮説は正しい可能性が高い。


「では、おそらく自然に発生したというのは間違いのようです。これは人為的に作り出されたとしか思えません」


「…………ほう」


「説明を要求したいですね」


「なぜそう思うのですよ?」


 三人から訝しげな視線を向けられる。

 もちろん、いちから説明しようと思う。


 聖気、魔気、属性魔力。

 それに加え生物の体内に存在する魔力──MPが、この異世界を異世界たらしめている要因だ。

 これらの要素とステータス以外は、地球とさして変わらない法則が当てはまる。


 だから、俺が分かるのは本来なら地球のものと同じ法則だけ。

 ……のハズなんだけど、解析スキルがあるおかげで、ある程度この世界のこともわかる。

 今から説明するのは、そういった類の話だ。


「まず、この岩が闇と火の属性魔力と魔気でできているという予想は正解です。正確に言えば、魔気が七割、闇属性魔力が二割、残りの一割が火属性魔力といったところですね」


「随分と細かくわかるのだのう」


 今や解析もレベル7。

 時間をかければ大体のことはわかる。


「ですが、本来これはありえないことです」


「なぜだ?」


「魔気が結晶化するとき、二通りの変化があります。ひとつは魔物、もうひとつはダンジョンコアです。周囲の属性魔力が混ざり込めば魔物となり、魔気だけが大量に集まればダンジョンコアとなります」


「……ヒトがそれを知っておるのか。驚いたのう」


 エシュネト様は長い間生きているだろうから、いろんな知識を持ってるんじゃないかな。

 この解釈は俺独自のものだから、裏付けがあってよかった。

 あまり出回っていない話のようだしね。


「しかし、これはそのどちらにも当てはまらない。属性魔力を含んでいるのに自我を持たないからです」


 魔物は、属性魔力の多さによって知能の高さが変わる。

 特に闇属性魔力はその傾向が強いんだけど……。

 これは知能どころか自我さえ持っている様子はない。

 ただの無機物だ。

 ただの、というには些か禍禍しすぎる気もするけどね。


「とすれば、その正体は限られてきます。魔気と属性魔力だけで構成され、魔物でもダンジョンコアでもない。形を持ち、周囲に影響を与える……つまり」


「………魔法か!」


 エシュネト様、ついでに従者の二人も意表を突かれたように目を丸くする。

 俺はそっと笑みを浮かべて頷き、説明を続けた。


「そうです。これは自然に発生したものではなく、何者かによって意図的に創られたものでしょう」


「そう考えると確かに納得できる。なるほど、魔法物質か……」


 森羅万象に宿る属性魔力。

 それを操る魔法。

 どちらも地球にはないものだ。

 だから、物理法則から大きく外れたこと、例えば『闇を侵食させる』なんてこともできる。


 俺がその発想に至ることができたのは、ひとえにMP変換のおかげだろう。

 様々な魔法スキルを取得したおかげで、日課の魔法実験ではかなり幅広く魔法で遊べる。

 地球にいたころでは想像すらできなかったであろうありえない仮説も、自然と立てることができるというわけだね。


 ただ、今回の場合は術者の方に相当な力量がいる。


「術式は、とてつもなく難解なものになるであろうな」


「ええ。そもそもこんなに聖気が満ちている場所でこれほど魔気を凝縮させるのは至難の業でしょうし」


 エシュネト様ほどの精霊でも近づけないというのは、正直ちょっと信じがたい。

 俺は魔気を扱えないけど、闇属性魔法だけで同じことをする自信はないね。


「術者を今すぐ捜し出したいところだがのう……」


「もう何年も前のことですよ」


「見つからないと思いますね」


「……まあ、確かにそれもそうだのう」


「………」


 僅かに逡巡したエシュネト様も、二人に諭されたのが効いたのかすぐに諦める。

 今は目の前の問題を解決するのが先だと判断したようだ。


「して……そなた、これを破壊することはできるかのう?」


 真剣な声色でエシュネト様に尋ねられる。

 俺はそれにはっきりと答えた。


「はい。できますよ」

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