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75、一撃必壊魔法

 破壊できるかどうか、その問いに対してならば自信を持ってイエスと答えられる。

 この岩くらいならさほど苦労もせずに壊せるし、俺も最初から壊す気でいた。


 俺の言葉にエシュネト様は安堵した笑顔を見せ、アリスがうんうんと頷いているのも見える。


「では、早速壊してはもらえぬだろうか」


「いいんですか? 私は余所者です。安易に信用するのは無用心だと思いますよ」


「そなたの言う通りだが、今更であろう。容易に岩の正体を看破してしまうほどの者が、余を欺くなどという小細工をするとは思えぬ。それにのう、精人達がここへ招いたのならば悪意を持たないという証拠だ。あやつらはそういったものに敏感だからのう」


 そうなんだ。

 妙に俺とアリスへの警戒が薄いと思っていたけど、精人達が判断基準になっていたわけだね。

 それならまあ、心置きなく壊せるかな。


「わかりました。ですが、壊す前に確認したいことが」


「対価か? それなら……」


「いえ、そうではなく、壊した後のことです」


 なにか問題があるのか、と疲れた視線で問いかけてくる。

 これで最後ですから。


「この岩を破壊しても、侵食の速度は確実に遅くなるでしょうが、完全には侵食が止まらないということです。魔法が森全体に染み付いてしまっていますから。それをなんとかしないければ侵食は進んでいくばかりでしょう」


「ふむ。まあそれに関してはあてがある。構わず破壊してくれ。余は一秒でも早く森から異物を排除したいのだ」


 それはなにより。

 エシュネト様も、落ち着いた振る舞い以上に悩んでいたらしい。

 精霊について知っていることは少ないけど、エシュネト様にとってこの森は……宿主? のような存在であることは口ぶりからわかる。

 そんな大切なものが自分の苦手に魔気に侵されているのは苦痛なのだろうね。

 長い間堪え続けて、今日ようやく岩を破壊できる俺がやってきた。

 この好機を逃したくはないらしい。

 ……あれ? 俺の役割って結構重要?


 まあいいや。

 さほど苦労することでもないし、ささっと終わらせてしまおう。


「では、始めます。五分ほど時間がかかるので離れていてくれてもいいですよ」


「ああ、頼む」


「お願いしますね」


「お願いしますよ」


 最後に、退屈させてごめんとアリスに目で伝える。

 微笑んで返してくれはしたけど、笑顔の裏に今日の夕食への期待が込められていた。

 ……ハンバーグでどう?


 さて、肝心の破壊方法だけど、今回は俺が持つ最大威力の魔法を使ってみようと思う。

 どんなものでも、形があるのならば確実に破壊できる魔法だ。

 字面を見ると危なっかしいことこの上ないね。


 目を閉じて、思考系スキルを全開にする。

 今の俺にできる最速の詠唱。

 まあ時間をかけてゆっくりやってもいいんだけど、スキルの練習にもなるしね。

 それでも五分はかかってしまうという、馬鹿げた魔法。

 正直、こんなものが普通に使えてしまってもいいのかなと逆に不安になるレベルなんだよ。

 残念ながら詠唱時間の問題で実戦では使えないんだけどね。


 さ、そろそろ本格的に集中しよう。

 五分以内を目指そうかな。





「……ご、ご主人さま、この魔法って、封印すると言っていましたよね?」


「………はは。これは凄まじいのう」


「驚異ですね」


「脅威ですよ」


 約四分後、岩は爆発四散していた。


 数十メートル先まで散らばる黒い破片。

 跡形もなく消し飛んでしまった岩が、その威力を物語っている。


 ただし、周辺には全く影響が見られなかった。

 弾け飛んだ破片がぶつかったところは例外として、魔法の影響で地面や木々がえぐれてしまっているなんてことはない。


「空間魔法の、空間破壊です。多分あの岩はドラゴンでも壊せなかったと思いますが……まあ、空間ごと破壊してしまえば硬さなんて関係ないですね、ふふ」


 と、ネタばらし。

 なぜ全員震えているのかは、ちょっと心当たりがないかな。


「……………………そうか。ああ、感謝する。感謝しているとも。この恩は決して忘れぬ」


 三人は深々と頭を下げた。

 エシュネト様にはお礼を言われたけど、まだ森が魔気に侵食される問題は解決していない。

 なにか手段があると言っていたからそんなに切羽詰まっているわけではないのだろうけど。


「面白いものを見せてもらったので、私としてもありがたかったですよ」


 実際、魔気と聖気は異世界召喚に深く関わっていると考えている。

 だからあの黒岩のようなものを見せてもらえたのはとても貴重な経験だったし、三崎君達クラスメートが地球に帰るとき役立つかもしれない。

 そんなわけで、対価は別にもらわなくてもいいんだよね。


「それより、これからどうするのですか?」


 木々への対処についてだ。


「ああ、それなのだが……」


 魔気に侵された木々を浄化する方法として、エシュネト様はこう語った。


 まず、浄化には『聖水』という水が必要らしい。

 現在それは手元になく、ここから少し離れた、『乱魔聖窟』と呼ばれる洞窟にあるという。

 今からすぐに取りに行って、完全に森を元の姿に戻すつもりだと。


「それで、のう。大変言いにくいことなのだが……」


 歯切れの悪い口調。

 目を逸らした時点で次の言葉は大体予想がついたけど、エシュネト様が言い出すのをじっと待つ。


「乱魔聖窟にですね」


「同行してほしいのですよ」


 すると意外にも、モジモジと躊躇っている精霊様に代わって従者の二人が予想通りの依頼をしてきた。

 エシュネト様が何とも言えない表情になり、アリスの目が呆れを帯びたけど、それはさておき。


 うーん、特に急を擁する用事はないし、観光的に言えば非常に興味深いのでお誘いを受けたからには是非行きたい。

 でも、エシュネト様ほどの高位存在が同行を必要とするところならば、やっぱりそれなりの危険が伴うんじゃないかと。

 そんなところに準備もせずに行くのは、少々不用心なんじゃないかと。

 そう思うわけで。  


「私としては構いませんが、エシュネト様が行かれるのに、私が同行しなければならない理由があるんですか?」


「ああ、いや、余は洞窟に行くことができぬ。向かうのはアストリアとアスタルテだけだ」


 ちらとエシュネト様の両隣に佇む二人を見る。

 二人同時に小さく頷いた。


 どういうことなのだろう?

 黙ることで、続きを促す。


「余はこの森を出ることができぬ。精霊は、ヒトとは異なる仕組みで生きておるからのう。ゆえに森の外への使いにはこの二人を出しておるのだが……実力という面では不安が残る。洞窟はそれなりに危険なのだ」


 ……なるほど。

 確かに精霊というのはあちこち移動したりせず、ひっそりと暮らしているイメージがある。

 森から出られないと聞いて、むしろ納得がいった。


「森を救ってもらったばかりで申し訳ないのだが、もう一度そなたの力を貸してはくれぬか?」


「ええ、もちろん。森を浄化したあとの宴を、期待していますよ」


「くはは、そうか。助かる。最高の歓待を用意しておこう」


 ところで、最近は妙に洞窟に縁がある気がする。

 ヘキサールのダンジョン然り。

 トレット近郊のダンジョン然り。

 乱魔聖窟はダンジョンではないけど、なにか不思議な運命の巡り合わせを感じる。


「そういうことで、アリス。ついて来るかな?」


「はい、もちろ……」


「ああ、そういえば」


 答えようとしたアリスの言葉を遮り、エシュネト様は告げた。


「アリスといったか。そなたは洞窟に入ることができぬぞ」

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