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73、木に潜む住人たち

 おそらく精霊と思われる謎の生物に誘われ、鬱蒼とした黒い森を進む。

 ……枯れ木、というわけではなさそうだね。

 ただただ、病気のように黒い木々だ。


「どこまで進めばいいんだろうね」


 まだ一分も歩いてはいないけど、このままなにもないというオチは流石に嫌だ。


「暗いし、歩きづらいです」


 荷物がないことが救いかな。

 動きやすいから悪路でもあまり疲れない。

 でも暗いんだよね。


 そうだ、ちょうど光属性魔法を取得したのだし使ってみよう。


「ライトボール」


 空中に光の球が出現し、辺りを淡く照らす。


 ……突如、黒い木々の枝が光の球に凄い勢いで群がってきた。


「な、なんですか!?」


「魔法に反応したのかな………?」


 うねうねと触手のように四方八方からよって来る様子は、かなりおぞましい。

 すぐさま刀を抜き、襲い掛かる幾本もの枝を斬り飛ばす。

 しかし、斬ったそばから新しい枝が群がり、一向に収まる気配がない。

 どうしたものか……。


 よく観察すると、どうやら枝は俺やアリスには見向きもせずーーという表現が正しいのかはわからないけどーーみんな一様に光の球だけを目掛けて伸ばされているようだった。

 それならばと魔法を解除してみると、ささっと枝は元の位置に戻った。

 なんだ、あっけないね。


「なんだったんでしょう……」


「もしかしてこの木って魔物……というわけではなさそうだね。闇属性魔力に汚染された普通の木らしい」


「汚染ですか? それってよくないことなんじゃ……」


「どうだろうね。少なくとも、なにか異変が起こっているのは確かだと思うよ」


 警戒を強めながら歩く。

 すると五分ほどで遠くに明るい場所が見えた。


 小走りでそこに向かう。

 辿りついたその場所には、なんとも幻想的な光景が広がっていた。


「おお、これは」


「綺麗、ですね……」


 辺りを淡く照らす優しい緑の光。

 そして複雑に入り乱れた木。

 枝という枝が何本も折り重なり、広範囲にわたって立体的な模様をつくりだしている。

 かといって乱雑に乱れて重なっているわけではない。

 計算されたような、けれど自然によって象られた雰囲気も醸し出す、なんともいえない美しい森だった。

 ここはジャングルではないけど、リアルジャングルジムといった様相だ。


「どこまで続いてるんでしょう」


「それなりに広いようだけど……ずっと続いてるわけじゃなさそうだね」


 目を凝らせば、遠くに背後と同じ黒い森が見える。

 面積としては、家が何軒か建つくらい……かな?


「多分、あれが連れてこようとしたのはここだよね」


「そうだと思います。でも、なんの目的があったんでしょう?」


 幻想的な森に足を踏み入れ、探索を始める。

 しかし、右を見ても左を見ても変わらない光景があるばかりだ。

 一体ここがなんなのか、余計に謎が深まってしまった。


 せっかくたどり着いたんだから、このまま帰るというのはあまりにも惜しい。

 多少強引にでもなにか発見したい。


 歩いていて気づいたのだけど、どうやらここは聖気が充満しているようだ。

 森に入ったときに感じた雰囲気がこの場所で急激に濃くなったことで、はっきりとその正体を認識できるようになった。

 ダンジョンの嫌な気配とは真逆の、落ち着く気配。

 それが辺りを覆っている。


 目を閉じ、それを意識的に感じるようにする。

 いつものように思考を意識の奥底に沈めてそれから広げるのではなく、意識をひたすら周囲に拡散させるように。

 より分けるように気配察知を行き渡らせる。

 本気を出そうかな。


 ……いくつか、違和感を感じる。

 この森ととてもよく似た気配。

 うまく溶け込めているようだけど、完全には同化しきれていないみたいだ。

 おそらくこれが、あのずんぐりとした可愛らしい生物の気配なのだろう。


 ……様子を窺っているのかな?


 俺は立ち止まる。


「みつけたっ」


 距離も近いので無詠唱で転移する。

 隠れていたものを両腕で捕まえた。


『アイエ!? カクレテタノニ、ナンデ!?』


「え、ご、ご主人さま!?」


 じたばたと腕の中で暴れる緑のボールみたいな生物。

 アリスは突然消えた俺に驚いたようだけど、すぐに冷静さを取り戻してこの生物に興味を移したようだ。


 それで、どうやらさっき取得した精霊語スキルが早速役に立つらしい。

 言語を切り替えるよう意識して話しかける。


『そっちから誘っておいて、放置するっていうのはどうなのかな』


『チ、チガウ! エシュネトサマ、マッテタ!』


『エシュネト様……?』


 あの祭壇に刻んであった名前だね。

 やっぱり、精霊と関係があるようだ。


「ご主人さま、なんて言ってるんですか?」


「どうやら、この子達のリーダーがいるみたいなんだ。その人が来るまで様子を窺っていたようだよ」


「なるほど。……この子“達”?」


 アリスが首を傾げると同時に、辺りの木の陰から俺の腕の中にいる子と同じような姿をしたものが、わらわらと出てきた。

 ざっと十以上はいる。


「わっ! え、ええぇ?」


『ニンゲン!』

『ハナス! ハナス!』

『ゴメンナサイ!』

『エシュネトサマ!』


 そして、そのまま囲まれてしまった。

 足元で乱れる黄緑。

 口々に話し出すせいで、いろいろ事情を聞くタイミングを逃してしまう。


 アリスにも手伝ってもらって、精霊語使いながら黄緑色達を宥める。

 その場から動いたら踏み潰してしまいそうなくらいに小さいので、大変な仕事だ。


 ……この隙に解析してみようかな。

 今なら、どさくさに紛れてということで気づかれにくいと思うし。

 慎重にやれば、そもそも気づかれないしね。


 俺が一匹に目を凝らしたところで、鋭敏になった気配察知が新たな気配を捉える。

 気配は三つ。

 ひとつだけ、馬鹿みたいに大きい。

 物理的な質量ではなく、その存在感が、今まで感じたことのある気配と比較にならないほど大きかった。


 その、特に大きなひとつが急にこちらへ近づいてきた。


『そなた達、鎮まるがよい』


『エシュネトサマ!』

『キャク! キャク!』

『ニンゲン!』


『ふむ。客人というのはもしかせずとも、そこの白黒な者達であろうな』


 どこからともなく突然現れたのは、金髪の美丈夫。

 腰辺りまで伸びた髪は不思議で優しい輝きを纏い、その長身はギリシャの彫像を彷彿とさせる白い服……の露出部分を深緑色の上着で隠したような格好をしている。

 纏わり付いてくる黄緑色達とは違った意味で浮き世離れした人だった。

 だから少し怪しく感じ、俺は目を細める。


 それに……放つ雰囲気が、油断ならない存在であると教えてくれる。

 怪人揃いのこの世界でも、一線を画す。

 そんな第一印象だった。



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