49、トレットの町の騒乱(3)
死屍累々。
魔物達の血と肉が散乱し、場の薄暗さと鉄の臭いが混ざり合って不快感以外の感覚がなくなってしまうようなこの現場を表すには、ぴったりの言葉だと思う。
そんな感想を抱きながら、思考に耽る。
さっきまでの戦闘中にも、ずっと考えていた。
ロットは、一体なにがしたいのだろう。
孤児院の襲撃が目的というのは、ギルマスさんから聞いた。
けれど、今日孤児院に姿を現してからの行動は、それとはどこかズレているように感じた。
まず、わざわざ丁寧に玄関から入ってくる必要があったのかな?
警戒されずにスムーズにユズリハさんを殺すため、万が一防がれたらもう一度狙いづらくなる襲撃は避けたとか?
それとも、外部からの攻撃ができない理由があったのかも。
例えば、孤児院全体に結界が張られていたとか、ユズリハさん自体に防御の手段があったり。
でもどちらにせよ、それって町中で魔物を発生させる理由はないよね。
最初は魔物発生の混乱に乗じて、どさくさに紛れてユズリハさんを殺すつもりなのかと思っていたけど、出方を見る限りそうでもなさそう。
何の目的があってダンジョンコアなんてものを使ってまでこの騒動を引き起こしたのか。
それがずっと引っ掛かって、焦燥感が高ぶる。
まるで家のストーブを消し忘れていたかもしれないと、ふと思い出したときみたいに……。
「キャアアアアアア!」
今度は割と近くで悲鳴が聞こえる。
孤児院から離れる方向になってしまうけど、どうしよう。駆けつける方が……。
ん? ちょっと待って。
孤児院から離れる方向?
今俺は孤児院から離れようとしていた?
守るべき孤児院から?
「……ふふ。ちょっと、やばいかもね」
ああ、そういうことね。
ロットは俺が孤児院に常駐していることを知っていたんだ。
それで、わざわざ姿を見せて俺をここまでおびき出した。
魔物達は単なる足止めにすぎず、今頃孤児院はどうなっていることやら。
ああまったく、自分の迂闊さに吐き気がするね。
油断なく待ち構えて、それで満足とか、甘い甘い。ちょっと世界をナメすぎだと思うよ。
腹いせに、今にも女性を叩き潰さんと暴れ回っている大きな熊に向かって魔力撃を放つ。
「はぁ…………。転移」
ちょうど詠唱も終わったところだったので、空間魔法を発動。
といっても、いつものような短距離を一瞬で移動するような魔法じゃない。
長距離転移。いわゆるテレポートの魔法だ。
次の瞬間、俺の体は孤児院内部にあった。
ここは一階の廊下。
転移先に登録しておいた場所だ。
長距離転移は距離に関係なくどこでも行けるけど、転移先をあらかじめ登録しておく必要がある。
登録は一カ所だけしかできないという制限があって、違う場所を登録しようとすると前の場所が上書きされてしまう。
だから空間魔法のレベルが上がってこの魔法が使えるようになってからすぐにここを登録したんだけど。
やはりというか、それが功をなした。
さて、とりあえず周囲を確認してみる。
床や壁には先程までなかった傷がつけられ、魔物の襲撃を生々しく物語っている。
子供達の姿は見えない。
避難してくれているのならばいいのだけど……。
アリスやユズリハさんはいつか襲撃があると分かっているのだし、俺がロットを追いかけていったのを見て危険を感じ取ってくれると思うから、何らかの行動は起こしているだろうね。
今はそう想定して、子供達を助けるために動く。
「誰かぁ! 残ってる人はいる!?」
建物全体に響き渡るように腹から声を出した。
ついでに気配察知も巡らせ、子供達の位置を把握することに努める。
過去最高級に冴え渡った感覚で、情報を処理していく。
スキルレベルが上がったのか、空気の流れさえも分かってしまいそうな勢いだ。
探ってみたところ、どうやらみんなはバラバラの部屋にいくつかのグループに分かれて隠れているようだ。
そしてまずいことに、建物内に魔物が十数体徘徊している。
各個撃破か、それとも一カ所に集めて一気に叩くか。
思考の末、俺は一気に叩く方を選択した。
あまり悠長なことをしていれば、子供達に被害が出てしまうかもしれない。
それとさっきの大声。
残念ながら声は返ってこなかった。
けれど、収穫はあった。
魔物達が反応して、近寄ってきたのだ。
今ちょうど一カ所に集める判断をしたところなので、ナイスタイミングと言える。
曲がり角から現れたグリーンウルフが俺を見つけるなり襲い掛かってきた。
「ガウッ!」
跳躍からの噛み付き攻撃。
一歩下がってそれをかわし、逆手に持った剣を背中に突き刺す。
「ギャイン!」
天井から青い液体が垂れているのが見えた。
スライムだ。
スライムは俺の頭上から奇襲を仕掛けるつもりのようだけど、残念。
俺には気配察知によって全てお見通しなんだよね。
「アイスシールド」
氷の盾で落下攻撃を防ぐ。
そのとき、何かが迫ってくるのを感じ、咄嗟にその場を離れた。
見ればそれは、風の弾丸だった。
ウィンドボールかウィンドバレットあたりだと思うけど、判別はできなかった。
まあそんなことはどうでもよくて、気になるのはそれを撃った相手だ。
弾道から発射地点を予測し、目を向けるとそこにいたのは狗頭の魔物。
コボルトだった。
完全に後衛で戦うつもりのようで、すぐさま他の物陰に移動している。
「逃がさないよ」
と、言ったのだけど、背後から近づく気配によってその宣言は果たされなかった。
勢いよく飛翔してくる何かを、振り向きざまに剣で受ける。
すると硬質な音が鳴り、投擲武器かと予想したけれど、その正体はカブトムシのような虫型の魔物だった。
手の平サイズでそんなに強そうじゃない。でも、如何せん数が多い。
今特攻してきた一匹の後ろには、大量の魔物がいた。
その数、ざっくり数十匹は下らないんじゃないだろうか。
次は隊列を成して全カブトムシが飛翔してくる。
流石に剣で受けきるのは難しいので、アイスシールドを詠唱し始めたところで、頭上の敵と伏兵の存在を思い出した。
先程アイスシールドによって防いだスライムの落下攻撃。
氷の盾に張り付いたスライムは、そのまま下側に移動してもう一度俺に襲い掛かろうとしていた。
そしてもう一方、伏兵のコボルトは物陰から再び風属性魔法を使おうと狙いを定めているようだ。
前方のカブトムシ、頭上のスライム、後方のコボルト。
魔物達の意志であるのか、ただの偶然なのかは分からないけど、三点同時攻撃となってしまった。
これは困った。
こういうときの対処法はファイアウォールが一番いいのだろうけど、火属性魔法を建物内で使うほど切羽詰まっているわけじゃない。
ここでも火属性魔法の使い勝手の悪さが目立つとは。
とりあえず一番危険そうなカブトムシズをアイスシールドで一旦対処。
剣を突き上げる形でスライムの核を破壊する。
硬いもの同士が衝突する音と結晶が砕け散るパキッという音が連続して耳に届いた。
次に感じたのは、背中から体を揺らして吹き飛ばすような衝撃。
仕方なく食らったコボルトの風属性魔法だ。
こんなにまともに魔法を食らったのは初めてだけど、思ったほど凶悪なダメージではない。
きっと俺のステータスで耐久より魔防の方が高いからだろうね。
足に力を込めれば、その場に踏み止まることができた。
想定外の効果の薄さに目をむくコボルト。
そんな愚かな魔物に俺は微笑みかける。
悪いね。結構知恵をしぼってくれたみたいだけど、余り意味はなかったよ。
「アイスボール」
勇者の魔攻によって繰り出される魔法。
さらに魔力操作によって威力を五割増しされたそれが、狗頭目掛けて放たれる。
コボルトは成すすべもなくそれを受け入れ、血液を周囲にまき散らした。
あれ、孤児院はなるべく汚さないようにしようと思っていたんだけど、威力調整間違えたかな?
まあそこは些末なことなので今はこちらの敵に集中する。
アイスシールドに勢いよく激突したカブトムシズだ。
まずは手始めに氷の盾を殴って粉砕してみる。
破片が飛び散り、何匹かのカブトムシが落ちた。
すると残りが一斉に俺へと群がってくる。
纏わり付くように、三百六十度全方向から突進してくるカブトムシ。
俺はそれを、くるくると回るようにして撃墜していく。
剣術や思考加速、その他感覚系スキルを全力で駆使して、一匹一匹の動きを予測する。
その様は、まさに演舞のようなのではないだろうか。
自分でやっていても、そう感じる。
俺が剣を振るう度に死体がまた一つ積み上がっていく。
やがて最後の一匹となったとき、回転によってつけてきた速度を突きに乗せる。
音を置き去りにしたその一撃はカブトムシを見事貫き、甲殻を弾けさせた。
これでこの場の魔物は全部倒せた……でも、一息ついてる暇もなさそう。
気配の集まっている方向に駆けつける。
全力疾走。その速度は、以前に鬼ごっこをしたときの比ではない。
詠唱が終わり次第、短距離転移を繰り返して二十秒弱で子供達が隠れている部屋へとたどり着く。
扉を開けようとして、ふとある考えに至った。
ここで無闇に子供達に顔を見せてしまっては、後々のフォローに時間を取られてしまう。
他の子供達の救出のためもう一度怖い思いをさせる、もしくは子供達を引き連れて孤児院内を回るよりかは、今魔物を殲滅してから救出を行った方がいいのではないか。
「………ごめん、すぐに済ませてくるよ」
#
五分後。
積み上がる死体の数、およそ六十。
これだけの魔物が徘徊していて、よく誰も死ななかったなぁ。
よっぽど避難誘導の手際がよかったんだろうね。
今度こそ扉を開ける。
「大j「トぉーーヤァ゛ァ゛!!」
おお、すごい勢いでなだれ込んできた。
部屋に入った瞬間に俺は押し潰されてしまう。
やっぱり不安だったみたいだ。
魔物を殲滅してから来たのは正解だったね。
落ち着かせるよう、ゆっくりと明るい口調で宥める。
「もう大丈夫、魔物はいないよ。よく頑張ったね。……本当に、みんなよく頑張ってくれたよ」
「あた、あたじ……みんなを………ひぐ……えっぐ」
「ありがとう。おかげで全部無事に終わったよ。みんな、みんな頑張ったんだ。あとはもう、俺達に任せてくれればいい」
とめどなく涙を溢れさせるエマちゃんに、労いと感謝を伝える。
小さい子達を不安にさせないため、年長者としてこの中では最も努力したんだろう。
自分にだって恐怖はのしかかってくるのに、他の子の分の不安も背負わなければならない。
その責任を持つ者としての使命を全うしたエマちゃんをみて、ふと輝堂君の顔が浮かぶ。
彼も、誰か救いに来てくれる人がいつか現れるだろうか。
俺には、ささやかに祈ることしかできない。
残りのグループの子達も救出し終わり、大部屋に全員で集まっている。
「魔物がこの孤児院に入ってきたときは驚いたが、事前に聞いておったことが救いじゃったのう。なにが起きようと対処できるよう『隠密のペンダント』を各部屋に設置しておいてよかったわい」
「ええ。ですが、迂闊にここを離れてしまった俺の責任でもあります。守るなどと言っておきながら……すみません」
「頭をあげるんじゃ。お前さんがおらんかったら今頃、皆魔物共に喰われておったじゃろうしのう。むしろ感謝しておるぞ」
隠密のペンダントとは、装備者の周りに隠密スキルの効果を付与する道具らしい。
それを各部屋に設置し、なにかあったらこのペンダントを持って身を潜めるようにと言っておいたそうで、魔物が延々と廊下を徘徊していたのは部屋そのものの気配が希薄になっていたからだそうだ。
「ふう、一時はかなり焦ったけど、とりあえず死人は出てない……よね?」
呟きながら全体を見渡してみると、あることに気づいた。
「………ねえ、六人足りなくないかな?」
「……なんじゃと」
「六、人……あ、ルーシアと、レト、ヤック、ビル、トナ……あとアリス………は?」
「………まさか。まさか、ふふ。いるよね? もっとちゃんと探さないと」
もう一度見渡しても、呼びかけても、六人は現れなかった。
「誰か、心当たりは?」
焦燥感混じりに問い掛けると、シェリーちゃんが手を挙げて言った。
「た、たぶん、屋上……だとおもうの。ひみつのみちをルーシアがとおってくのを、みたの」
「秘密の道って?」
「三階の廊下の奥に、穴の空いた天井があるわ! そこから屋上に行けるのよ!」
「行ってくる」
一も二もなく飛び出した。
駆け抜けながら、脳を励起していく。
ああ、そういえば屋上の気配は察知の範囲外だったなあ。
最善は魔物がいないことなんだけど、いないのがあの六人という時点であまりいい状況は予想できない。
階段を上って廊下の突き当たりまで走ると、隅にはしごとおそらく老朽化によって空いたであろう穴が見えた。
そこが屋上に繋がっているのか。
でも、穴が小さくて俺では入れない。
ルーシアさんなら入れたかもしれないけど……。
今は一秒でも時間が惜しい。
ユズリハさんからの許可は取ってある。
俺は天井に視線を向けた。
「魔力撃」
激しい音を立てて、新しい穴が空いた。




