47、トレットの町の騒乱
「ウォーターボール!」
キーワードが男の子の口から放たれると同時、水球が虚空に出現する。
水球は重力に従ってそのまま落下していき、桶を満杯にした。
「「おお~~!」」
周りからは歓声が上がり、男の子は自慢げに腰に手を当てる。
三日間の練習の成果だ。
「いやー、みんな本当に成長したね」
「トーヤ様の、おかげです……ありがとうございます」
控えめにルーシアさんもお礼を言ってくれたけど、実のところ俺も子供達が成長するのはなんだか育成ゲームみたいで楽しかったんだよね。
何気ない日常も、異世界ならではの楽しみがスパイスとなって、充実している。
うんうん、実にいいよ。
「そういえば、今朝町中が大騒ぎしてたんだけど、なにかあったの?」
エマちゃんが唐突に疑問を発すると、それに答えたのは以外にもアリスだった。
「冒険者が……集められた………みたいです」
「へえー、それって、トーヤ達は行かなくてもいいの?」
「Dランク以上のみの召集だからね、今回は待機ってことになってるんだよ」
なんでも、町の外で魔物の大群が押し寄せてきたとか。
ギルマスさんを含め多くの冒険者が出動するらしい。
まあ俺の場合、待機というよりかは……。
ーーこんこん。
そのとき、孤児院の扉がノックされた。
ルーシアさんが出迎える。
ふむ。
俺もこっそりついていった。
ルーシアさんが大きな扉を開く。
「はい………あ、ロット様。本日はどのようなご用件で……?」
「ええ、今日は少し………」
聞こえてきたのは、男性の声だった。
低さからして、中年と言ったところだろうか。
ルーシアさんが普通に対応しているところからみても、若くはないだろう。
しかも、顔見知りのようだ。
扉が徐々に開いて、男の全貌があらわになっていく。
やがて男と目が合った。
少し汚れてヨレヨレとした白衣。
ボサボサの髪と、眼鏡。
男は、目を見開く。
「こんにちは、また会いましたね」
「………!!」
そう、その男は、あの夜出会ったダンジョンコアを持っていた男だった。
俺の笑顔の挨拶からなにかを察したのか、ルーシアさんとの会話の途中だというのにその男……ロットは、一目散に後ろを向いて逃げて言った。
「逃がさないよ」
「えっ……あ、あの!」
急いで追う。
うろたえるルーシアさんを無視して、そのまま玄関を飛び出した。
「え、ちょっと何?」
「おいおい、危ねえぞ」
ロットは見かけによらず素早い動きで、路地を疾走していく。
しかし、俺は敗北したとはいえ十八人を相手に鬼ごっこをした男。
人々の合間を縫って一足飛びで駆けていく。
曲がり角から馬車が飛び出し、俺とロットを隔ててしまう。
立ち止まっている暇はない。
軽業スキルさん、信頼してますよ。
走りながら足に力を込め、空高くジャンプした。
スピードは落とさず、馬車の屋根と接触するギリギリのところで一回転して飛び越えた。
「うおお、すげえな」
「なんだありゃ、見世物か?」
そして同時に、詠唱が完了した。
「転移」
次の瞬間、ロットの姿は俺の目の前にあった。
本当ならこんな衆人歓衆の前で使いたくはないんだけど、事態が事態だから仕方ない。
「!?」
いきなり背後に現れた俺を見て驚愕するロット。
そして舌打ちをし、懐に手をやる。
俺はロットを捕らえようと手を伸ばし……。
飛んできたナイフに気取られることとなる。
隠し武器ね。
確かにそういうことやりそうな顔だよ。
こんな町の大通りで凶器が飛び回っていたら大変なことになる。
反射的にそれをキャッチしてしまった。
そしてその一瞬の隙にロットは路地裏に入っていってしまう。
苛立ちを募らせながら更に追う。
果物屋さんときゅうりの塩漬けらしきものを売っている露店の間にある路地裏に突入していく。
きゅうりの塩漬けは後で買う。
薄暗いせいかロットの姿は見えず、代わりに見えたのは……。
大量の魔物だった。
「考え無しに来たわけじゃなかったんだね」
ーーキャアアアア!!
厄介だなと感じていると、遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。
おそらく、ここと同じようにこの町のどこかにも魔物が出現したんだろう。
「グルルルル……」
ただ一点、俺だけに向かって唸る敵に意識を向ける。
空間収納から剣を取り出し、抜いた。
他は冒険者達がうまくやってくれるだろう。
さて、ちょっと頑張ってみようか。
*
時は遡り……。
数日前、芦原凍弥がギルドマスターの執務室を訪れた、その少し後のこと。
トレットの町冒険者ギルド、そのギルドマスターとサブマスターであるノルシーは、今し方トーヤとアリスが退室していったドアを見つめていた。
「今のがそうか……」
「ああ、直接会ってみた感想はどうだった? 是非、元Aランクの意見を聞かせてもらいたい」
どこか自慢げにノルシーは告げる。
今回自分の見つけた金の卵には、相当の自信があるのだ。
それに対し、ギルドマスターは興味と疑念、そして少しばかりの恐怖を混ぜ合わせた表情で返す。
「嬢ちゃんの方はともかく、あの……トーヤだったか。あの小僧に関しては、そうだな。……正直、何も分からなかった」
「ほうほう、あの『鬼獅子』をしてそこまで言わせるとは、くくっ、やはりただ者ではないみたいだね」
ギルドマスターはトーヤの『存在感』に注目していた。
存在感とは、気配の大小、魔力の漏れ、身のこなしなど、生物が発する生態的なエネルギーのことである。
ギルドマスターは、それを意図的に感じ取っていたのだ。
結果、トーヤの存在感は平均的だった。
常に平均的だったのだ。
………これは異常なことである。
人体のポテンシャルは一秒一刻ごとに変化し続けている。
何かのきっかけで呼吸のリズムや体の重心は簡単に変わるからだ。
もちろん、精神を動かしたときの心理的な動揺などもきっかけとなる。
ギルドマスターは会話の中でそういった動揺を促す発言が出た際、特に注意深くトーヤの様子を見ていたのだが、常人では考えられないほど存在感のブレが少なかったのだ。
むしろギルドマスターの方が今トレットの町で起ころうとしている事件のことを知り、動揺したほどである。
トーヤが感情の無い人形でなければ、それはすなわち……。
(隠密や気配察知といったスキルを常時発動させ、完璧にコントロールしているということだからな……)
普通ならば苦行となるであろうその行為を、平然とやってのけているのだ。
実力はもちろんのことだが、その成長力も計り知れないものなのだろう。
「だが、ひとつ分かったことがある」
「む? それはなんだい」
「あいつが………俺の同志だということだ」
「??」
ギルドマスターの発言の意味が分からず、ノルシーは首を傾げる。
真剣な顔つきで、ギルドマスターは続ける。
「あの小僧の『卵☆ライス』を見る目が尋常ではなかったからな。きっと、あいつなら俺の食を理解してくれるだろうよ」
「………」
『卵☆ライス』とは卵かけご飯のことである。
『卵』の部分を強く発音するのが重要だ。ちなみに『☆』は発音しない。
ギルドマスターが砂漠の中にオアシスを見つけたかのような、希望に満ちた表情をしている一方、ノルシーは引いていた。
なんの前触れもなく緊張感をぶち壊したことと、その絶望的なまでのナンセンス加減にだ。
「………はあ、それよりもあいつの素性に関してなんだけどね」
無益な会話をするよりは、話題を変えることを選んだようだ。
「冒険者登録して早々に薬草採取の記録を打ち破ってくるような男だからな。それなりの事情があるのだろう。……それで、何か分かったのか?」
「それが…………思っていたより、やばそうだよ」
ノルシーはトーヤについて調査し、分かったことを述べた。
「町の門番……ヘキサールに繋がる街道の門番の証言なんだがね。その男は今までにトーヤを三度、見たことがあるらしい。二度目は昨日薬草採取から帰ってきたときらしいんだが、一度目と三度目が厄介なんだ」
そこで小さくため息をつく。
ギルドマスターはどんなびっくり発言が出るのかと冷や汗を流した。
「……一度目は、なんと奴隷として行商人の馬車でこの町に入ってきたときのようなんだ」
「何!? 奴隷だと!?」
予想もつかなかった単語に、ギルドマスターは軽く腰を浮かせる。
「……それは、あの嬢ちゃんも一緒にか?」
「ああ、二人とも確かに隷属の首輪を着けていたそうだ。行商人の方は、あたし達の調査と入れ違うように町を出立してしまったらしいから、話は聞けなかった。
………それで、三度目。これが一番重要なんだが、これもまた昨日。どうやら冒険者ギルドに行く前に自分から話しかけてきたらしい」
「町を出たわけではないのか?」
「ああ、門番に声だけかけて立ち去っていったらしい。
それで、その言葉の内容は……」
ノルシーが苦い顔をしたのを見て、ギルドマスターも唾をのむ。
「『うちの事情に突っ込むと、あまり良いことはありませんよ』だそうだ。……金貨一枚と共に、そう言われたんだと」
「…………」
ギルドマスターは顔を青ざめさせる。
いろいろ理由はあるが、まずは。
「その門番は、新人か……?」
「……ああ、先月衛兵になったばかりで、賄賂も口止め料も知らないらしい。尤も、あいつもそれを見越してこんな伝言をしたんだろうがね」
「そうか……まあ、それはいい。その、家というのはやはり………」
「まあ、そうだろうねえ……。……この際だからあたしの考えを全部はっきり言うが、あいつは、ついでにアリスって子も貴族だね。それも他国の」
予想通りの回答にギルドマスターは頭を抱えた。
面倒事の予感がする……と。
……当然のことながら、これはトーヤによるミスリード……というよりも嘘だ。
トーヤは純粋な日本人であり、家などただの一人暮らし用のマンションだ。
勇者であることを隠すためには謎多き貴族を演じることが最適と判断したトーヤは、このような手段を使っただけなのだが。
二人がそれに気づくことはない。
「他国の貴族、か。やはりヘキサールか?」
「いや、クルドワ王国だね」
「クルドワ……? あの、獣人国か?」
「そうさ、確かにあいつはヘキサール側の街道からやってきた。だが、それでもヘキサールの貴族とは限らない。その可能性が高いのは事実だが……。それよりも、もっと思い当たる節があってね。
クルドワには、ある有名な黒髪の一族があるんだ。……スペレアド家。クルドワ王国四公家の一角だよ。ついでにいわくつきの狼獣人の一族でもある。まあ何年か前に没落してしまったようで、今となっては元公爵家だが」
「没落した? そうか。
トーヤは、何らかの経緯で耳を偽装している狼獣人なんじゃないか? あのアリスって狼獣人の嬢ちゃんとは兄妹のようだったしな」
「ああ、あたしもそう当たりを付けていたところさ」
「伝言の内容からしても、間違いなさそうだな……」
まったくの見当違いである。
アリスは貴族と何の関わりもない辺境の村出身の少女であるし、トーヤに至ってはこの世界の人間ですらない。
まさかトーヤもここまで飛躍した解釈をされるとは思っていなかっただろう。
「あぁ……ったく、面倒臭え。もういい、あいつには関わらない方向でいくぞ。もうこれ以上は御免だ。
今はそれより、このダンジョンコアのことだな。ここまで行動が積極的なんだから、近々計画は実行されるだろう。何者かは知らないが、俺達の町を荒らされるわけにはいかねえ。あの婆さんは特に……」
「冒険者共をいつでも召集できるように、準備はしておく。あんたも今回は出ることになるだろうね。あとあえて言わなかったが、ライスの粒を口につけた状態でその顔をしても間抜けなだけだよ」
「………『鬼獅子』だって、泣くんだぞ」
何の意味もなくいきなり三人称にしたわけではありません。
ちゃんと意味はあります。本当ですよ。




