46、魔法ってなに?
「トーヤ、教えてほしいことがあるんだけど」
あのあと、俺は黙って厨房の片付けをした。
孤児院各所を散々めちゃくちゃにした子供達は、ユズリハさんにそれはもうとても怒られていた。
隣の部屋から聞こえて来る怒鳴り声を震えながら聞いていたというのは内緒だ。
うん、俺も食べ物を粗末にするのはよくないと思うし、一日ご飯抜きは妥当なところかなと。
ついでに経年劣化していた建物の補修を終えて一息ついていたところ、エマちゃんがやってきてそう言った。
その後ろには何人かの子供が。
「何かな?」
「あのね、この子達は魔法スキルを持ってるんだけど、まだ魔法が使えないの。だからトーヤにコツを教えてもらって使えるようになりたいんだって」
ほう、魔法ね。
それなら少しは役にたてそうだよ。
普通は魔法使いが町で開いている塾とかでもっと大きくなってから習うらしいけど、今のうちに使えるようになっても損はないしね。
「いいよ。じゃあ、庭に出ていろいろ教えてあげよう」
#
俺は庭にて木の棒を持ってしゃがむ。
そんな俺を取り囲むようにして子供達が座っている。
授業のような形だ。
まあ実際そうなのだけれど。
「まず、魔法っていうのはどんなものか分かる?」
一人一人の顔を見ながら問いかける。
これが分かっていないと魔法は使えない。
「火とか水をだす!」
「たたかいでつかうもの!」
「魔力を使うのよね?」
「そうだね。大体正解だよ。だけど、それだけじゃないんだ」
俺の場合、魔法はスキルを取得した瞬間に感覚的に概念を理解した。
けれど、それは王国での座学や本で得た情報という前提があったから。
だから必然的に、今から行う授業はほぼ座学と書庫の本の受け売りになるのだけど、一部俺の見解も混ぜる。
地球で学んだ物理法則と見比べて、独自の実験を重ねて分かったことだ。
「今、ナーラ君が『火とか水をだす』って言ったけど、正確にはそうじゃない。自分の中から出した『魔力を火や水に変える』んだ」
木の棒で地面に人型を描き、手の先っぽから粒子が放出される図を描く。
そして、その粒子が炎に変わるようにする。
「魔力を変える?」
「そう。人の体の中には、必ず魔力があるよね。魔力って言うのは、とても不思議なもので、何にでも変えられるんだ」
魔力撃のように、純粋なエネルギーとして使う場合もあるけど。
「きんかにもかえられるの?」
「やろうと思えば、できるかもしれない。でも、それはとても難しくて、出来たとしてもいつか消えてしまうだろうね」
まあ水属性魔法で出した水とかは残るし、全ての魔法がその限りではないけどね。
基本的には、そうなっている。
キラキラと輝く金貨に、バツ印を重ねる。
「それじゃあいみないじゃん!」
「そうだね。でも、それは金貨の話。これが例えば、魔物を倒すためだけに使う炎だったら、すぐに消えても問題ないよね」
「たしかに!」
「それが魔法なんだ。そして、それが出来るのが魔法スキルを持った君達。魔法使いだね」
「へえーー」
とはいえ、この『魔力を変換させて創られた物質』は本物とは違う。
ちょっとした機会があったとき、俺は少し実験をしてみたことがある。
その内容とは『密閉した空間の中で火属性魔法を使うと、いつまで燃えつづけるのか』というものだった。
通常、炎は酸素がなければ発生しない。なので、密閉して酸素の取り込む余地のない空間内では燃えつづけることが出来ない。
だから、魔法によって発生した炎が本物であればいつかは酸素不足で消えるハズだ。
しかし、結果は『いつまでも燃えつづける』というものだった。
何分、何時間経とうとも密閉した空間内で魔法の炎はその勢いを衰えさせることなく、揺らめきながら燃え続けていた。
そのかわり、MPをも消費し続けていた。
つまり火属性魔法とは、魔力によって起こり、一切の酸素を消費しない、燃焼とは違う現象であるということが分かった。
次に、薪に魔法で着火してみた。
すると、今度は一定時間したら消えた。
最初の着火時以外にMPは消費していない。
つまり、魔法による副次的な現象は物理法則のままだということが分かった。
以上のことは、地球での常識がある俺だからこそ気づけたことだろう。
もしかしたら王国のクラスメートの誰かが気づいているかもしれないけど。
まだまだ魔法には研究の余地があるみたいだね。
まあ、こんな話を子供達にしても意味はないからしないけど。
一旦言葉を区切り、話を続ける。
「さて、魔法がどんなものか分かったかな?」
「えっと、魔法スキルを使って魔力を操ることで起こす現象、でいいのよね」
「その通り。じゃあ次は魔法の使い方だね」
「いよいよだー!」
地面の絵を掻き消してリセットする。
「魔法を使うのに一番大事なのは、何だと思う?」
「「気合い!!」」
そ、そんなに揃わなくても……。
みんなの眉毛が急に太くなったように感じるのは、目の錯覚だよね。そうあってほしい。
「まあ、それも大事だけど、もっと大切なものがある。それは、イメージだよ」
「いめーじ?」
「そう、イメージ。イメージっていうのは、頭の中で思い浮かべること。使いたい魔法を強く想像するんだ」
「うーん、わかんない」
人間と、その頭上に雲のようなフキダシを描く。
「そうだね……みんなは、何かを思い出すときどうやってる?」
「うーうーってなって、あたまをかかえて、あ!」
言いながら、地面の絵を見て何かに気がついたようだ。
俺はふふっと笑いながら、蒸し芋をフキダシの中に描く。
「目を閉じて、昨日の夕ご飯を思い出してみて。ほら、本当にそれが見えてくるみたいでしょう」
「マヨ……」
「マヨネーズ……」
何だか唾が垂れている子が数人いるけど触れないでおこう。
エマちゃんが一番垂れていることは、特に頑張って意識を逸らそうと思う。
「その感覚だよ。それが魔法を使う第一歩。……じゃあ、この中に……そうだなあ、風属性魔法スキルを持っている子はいる?」
「この子ね」
「………? あたし!」
本人はよく分かってないみたいだけど、エマちゃんが選んでくれた。
風属性魔法にしたのは一番危険が少ないと思ったからだ。
その子、トナちゃんを広い場所に立たせる。
肩に手を置き、語りかけるようにレクチャーする。
「さっきやったみたいに、目を閉じて今度は風をイメージしてみて」
「かぜ……」
「そう。君は今、草原にいる。辺り一面が緑に囲まれた草原。そこで吹き抜ける風を全身で感じるんだ。草花がさざめく様子や、なびくシャツを思い浮かべてもいい。……そしたら、次は自分で風を操ってみる。どう動かすも思いのまま。風達の支配者になった気分でね」
「かぜ……ぴゅーぴゅー………あ、スカートが…………ハッ! い、いまのは!?」
トナちゃんが突然ビクッと跳ね、目を開けて疑問を口にした。
うんうん、クラスメートも最初はこういう反応だった。
「どうかな? 何か掴めるような感覚がしなかった? 多分それが魔法発動のきっかけだよ」
「び、びっくり。なんか、あたまがおもくなったみたいだった」
「うまく行ったみたいだね。それが、詠唱と呼ばれるものだよ。無意識下で魔法構築を……まあ、難しいことはどうでもいいかな。じゃあ、それをもう一度やってみよう。今度は集中を途切らせないように、慎重にね」
「うん」
再び目を閉じてイメージに集中する。
周りはそれを固唾をのんで見守る。
……沈黙が解かれたのは、それから十数秒経ってからだった。
「……! きた! うーー……!」
「そのまま、落ち着いて。直感に従うんだ」
「む、むずかしい……むぐぐぐぐ………」
「はい、ウィンドボール!」
「ウ、ウィンドボール!」
そのとき、一筋の風が巻き起こった。
そよ風程度の小さなものだったけど、確かにその場の全員が感じ取れた。
「「おおーー!!」」
「い、いまのできてた?」
「うん、凄いよ。たったこれだけの練習でもう出来るようになるなんて」
「やったーー!」
諸手を上げて喜ぶトナちゃん。
俺も安心した。
今までこういう教師みたいなことはしたことなかったからね。
うまくいくか不安だった部分がなきにしもあらずだったような、そんなことないような。
「つぎはおれー!」
「ずるい、ぼくだよ!」
「フッ、あんたたちこどもねえ。わたしはにばんめでがまんするわ」
「そういえば、トーヤの魔法は見せてくれないの?」
む。言われてみれば。
エマちゃんの指摘に俺は瞠目する。
というか、最初に実演すべきだったよね。
いやー、やっぱり教師役はまだまだだったみたい。
「確かに、だね……ナイスだよエマちゃん。よし、じゃあ早速やってみよう。そのあと一人一人教えてあげるから」
「おー! なにをするんだ?」
「きっと、すごいことだよ」
余り期待の目を向けられると緊張してしまうね。
そこまで凄いものをやるつもりはないんだけど。
苦笑しながら掌を真上に向け、詠唱する。
「アイスボール」
キーワードと共に俺の右手から射出されたのは、お馴染み氷の球だ。
アイスボールは天高く昇っていき……。
パリイィィン!
「「わあ!!」」
木っ端微塵に砕け散った。
しかし、本命はそれではなく……。
丁度夕方に差し掛かってきたところの空に、四方八方へと陽光を反射しながら舞い落ちる氷のつぶて。
それはまさに、雪。しかも、ダイヤモンドが降っているような美しいものだった。
魔法じゃなきゃ、こんな風にはならないだろう。
大分細かく設定したので、全て落ちきる……いや、降り終わるには時間がかかるハズ。
だからしばらくは、この幻想的な光景を楽しむことができる。
「きれい……」
子供達も、みんな首を空へ向けている。
呆然としているのか、はたまた単純に感動しているのか。
後者だったら嬉しいなと思いつつ、集まって来る気配に目を向ける。
「今の音って! ……え? これ………」
まず最初に駆けつけたのはルーシアさんだ。
心配そうな顔で建物から出てきて、直後魔法の雪に目を奪われている。
「なになにー?」
「うわー、すごーい!」
「きれ……い……です……」
次に他の場所で遊んでいた子達もやってくる。
孤児院メンバーのほとんどがこの光景を見ることとなった。
初歩の中の初歩である魔法も、使い方によっては人の心を動かすことができる。
それをこの魔法講座という場で証明できて、少し誇らしい気分になった。
「ほっほっ、さしずめ魔晶雪と言ったところかのう。ここらでは雪は降らんが、昔北の国で見たことがある。これはそれより、美しい。天の意思で降るものとは違い、人の心がこもっておるからかのう」
隣に来たユズリハさんが、細い目を更に細めて微笑を浮かべながら告げる。
内容には同感だけど、ちょっと待って。
「……? なんじゃ、ツチノコスネークでも見たような顔をして。わしがなにか可笑しなことを言ったかのう?」
「あ、いえ、なんでもないです。ユズリハさんも雪を見たことがあるのだなと」
「あの頃は各地を巡っておったからのう……ああ、そういえばツチノコスネークも見たことがあるんじゃぞ。確かあれは、クルドワ王国の密林でのことじゃったか……」
実在するんですね、ツチノコスネーク。
まあそれはいいとして、俺が驚いたのは魔晶雪のこと。
確実に還暦は迎えているであろうお婆さんでも、そんな中二っぽいこと言うんですね。
いや、魔法やら魔物やらツチノコスネークやらがガチにある世界なんだから、当然のことといえば当然なんだろうけど……。
それでも、何と言うか、言葉を発しているハズなのにルビも一緒に脳内に入り込んでくるようなことを平然と言われるとですね……ほら、調子がね、狂うんだよね。
俺がほんのちょっぴり呆気に取られながらも、無事パフォーマンスは終了した。
その後、残りの子供達の魔法練習もして、一日を終えた。
全員成功はしたけど、ただ一つ問題点が。
最初にトナちゃんがやったようなそよ風、あれ以上のクオリティがみんな出せなかったんだ。
それでも何度か練習を重ねればできると思うんだけど、うーん……。
なんか歯痒いなあ。
よし、ちょっと工夫してみるかな。
#
翌日。
「じゃん」
昨日、魔法講座を受けた子達を集めて、俺は一枚の板を取り出した。
「それ、なに?」
「これはジグソーパズルというものだよ」
「ジグソーパズル?」
そう。魔法練習の効率化として用意したのは、木の板で作ったオリジナルジグソーパズルだ。
昨晩遅くまで起きて作っていた。
まず、適当な木材をカットして分厚い板を作る。
それを更に薄く半分にカットし、一方を枠を残してパズルにし、ささくれを取ったり絵を描いたりしてからもう一方の板と接合する。
作って壊せる超簡易型ジグソーパズルの完成だ。
でも、これと魔法になんの関係があるのか。
それは、魔法構築とジグソーパズルをする作業が似ているから。
一つ一つの違うパーツ、魔法の場合は属性魔力を組み合わせて示された完成形に近づけていく作業が、どちらも共通している。
言ってみれば、魔法は脳内で行うジグソーパズルみたいなものなんだ。
だから、これで擬似的な練習が出来ないかと。
それに、結構楽しいから子供達も進んでやるんじゃないかと。
そういう思いがあったんだ。
まあ、俺の趣味とも言う。
遊び方を説明したところ、子供達はすぐに順応した。
そして、みんなで協力しあって十分後に完成させてしまった。
なんと、こんなに早く終わるとは思っていなかった。
こういう文化に慣れ親しんでいないこの子達が説明を受けてたった十分で完成させるなんて。
やっぱり、魔法スキルを生れつき持っているからには脳の働きがいいのかもしれない。
「ちがうのはないのー?」
「今度用意しておくよ。今日は魔法を繰り返し練習してみようか」
いやはや、才能が怖いね。
俺もすぐに抜かされてしまうんじゃないだろうか。
勇者だからって、慢心してはいけない。
秘密で訓練しておこうかな。
そして……はあ、今日は徹夜で制作をすることになるかも………。




