43、怪しげな動き
隠密と気配察知。この二つがあればサーチアンドデストロイも簡単だ。
効率のいいルートを模索して、ひたすら魔物を狩っていく。
弱い魔物が単体で現れた場合はアリスが倒す。
それ以外は俺の不意打ちで大体終わる。
ギルドから討伐証明部位というものが各魔物には設定されていて、その部位を剥ぎ取ってギルドに提出すれば討伐完了したことになるんだけど、俺の場合死体をまるごと空間収納に入れている。
空間魔法のレベルも上がって容量もかなり増えたしね。
確実に使えないだろうというものは火事に気をつけながら焼いてるけど、それ以外は食材にしたり素材にしたり……なにか使えるかもしれない。
そんな狩りだけど、さっきから妙に違和感がある。
なんていうか……森がざわつくって感じ?
アリスに聞けば、彼女も同じように不穏な気配を感じ取っているらしい。
別に違和感があっても危険がなければどうってことない。
だから無視しても構わないんだけど……。
と思っていたら気配察知が反応。
常時発動にしておいてよかった。
単体のようだけど、結構強そうなので俺が戦う。
相手はもうこちらを発見して襲う気満々でいるらしい。
面倒だよね。
「アリス、下がって」
俺の警告にこくりと頷き木の陰に隠れる。
それを確認して俺は気配の方を見やる。
「ーーオオオオオオオオオ」
耳を通り抜け脳に直接響き渡るような叫び声を上げて、それは近づいてきた。
……斜め上から。
ファイヤーウォールを展開。
魔法で牽制して様子を見る。
なぜなら、
「ーーオアアアォォォァァァァ!!」
ファイヤーウォールの一歩手前の空中で静止し、威嚇のつもりなのか、叫び声を上げているそれは……。
幽霊、なのだから。
身体は全身黒ずくめ。一応人型を保ってはいるけど、全身でローブを纏ったというより被ったようにして、人型と認識できる要素は腕くらいしかない。
あと半透明だし。
手には大きな黒刃の鎌を持っていて、まさに死神という呼び名が最も似合う様相だった。
こんな真昼間から幽霊?
種族:ゴースト・アッド LV:9
HP:105/106 MP:1215/1215
筋力:161 耐久:0 魔攻:378 魔防:267 敏捷:211
スキル:鎌術LV2、付加魔法LV7、咆哮LV1、浮遊LV8
絶対狩る。
1215MPいただきます。
MPに釣られて焦ってはいけない。
注目すべきは耐久の値。
耐久0というのは、この半透明の体に起因しているんだろうね。
古今東西、幽霊というのは物理攻撃が効かないんだ。
ノーマルタイプやかくとうタイプの戦い方は今回通用しない。
ほら、解析先生に本気を出してもらったらこう出た。
『幽体系の魔物は魔気の収束が不十分なまま発生している。
そのため、魔力を伴わない事象では影響を与えられない。
物質の分解を促す光、闇属性が有効である。 』
ありがとうございます。解析先生。
本当の意味で耐久0だったら紙装甲というのもおこがましい、ただのシャボン玉だ。
ほら、シャボン玉って触れただけで消えちゃうからそれっぽいでしょ?
え? 例えが分かりづらい? あ、えっと、その、すみません。
さて、今俺の目の前でゆらゆらと揺れているゴースト・アッドに対する攻撃手段は現状三つ。
火属性魔法、氷属性魔法、魔力撃だ。
この中で二つが遠距離攻撃、一つが近距離攻撃で、空中を自由に移動できるゴースト・アッドには速度も重要な要素となってくる。
だとしたら、火属性魔法のファイヤーバレットが有効かな。
あと、空間魔法でも次元を斬ったりして攻撃できないわけじゃないけど、詠唱時間や照準の定めづらさの問題であまり向いていない。
転移とかなら戦闘中でも激強なんだけどね。
そこまで思考加速を使いながら考えを巡らせ、ファイヤーバレットの詠唱を開始する。
相手もそれを察知したのか、急速にこちらへ滑空してきた。
「ファイヤーバレット」
大鎌を振りかぶったところで、突如空中に姿を現した三つの炎の弾丸が炸裂する。
ゴースト・アッドは怯んでしまい、攻撃の中断を余儀なくされた。
ファイヤーバレットは連射を目的とした魔法だ。
しかし拳銃のように弾道のズレもなく、反動もないので、敵に命中させることに関してはピカイチ。
まあその代わり、ひとつひとつの威力は弱いけどね。
それでも、俺も魔法は結構痛かったみたいだ。
ゴースト・アッドは大きく距離をとって警戒するように揺れている。
すると、一旦静止した。
なにか仕掛けてくるつもりかもしれない。
急いでファイヤーバレットを詠唱し、放った。
しかし、ゴースト・アッドは驚くべき速度をもって火弾を回避し、俺に肉薄する。
さっきまでの動きとはまるで違う。
電車とリニアモーターカーくらい違う。
リニアモーターカー、乗ったことないけどねっ。
俺の反応を上回る速度で接近し、ゴースト・アッドは大鎌を振り下ろした。
咄嗟に剣で防御する。
よかった。大鎌には物理判定あるんだ。
金属音が鳴り響く中、俺は若干の安堵と共に気合いを入れ直した。
筋力をフルに使って押し戻し、ファイヤーボールで追撃を試みる。
当然のように避けられ、ちょっと悔しい。
すごく嫌らしくなってるね。
まあ原因は分かってるけど。
急激な速度も上昇、そして俺と相手の筋力に開きがあったのにも関わらず、つばぜり合いが成り立ったのは『付加魔法LV7』これが原因だと思う。
魔法……。魔法ってことはさあ、MP使ってるってことだよねえ。
いや、別に? たかだか数MPや数十MPなんて気にしないよ? 俺も魔法使ってそれくらい消費してるしね。
でも、なんか大事なものが奪われてるような気がするからやめてほしいなあ、なんて。
だから、MPを多く消費しないうちに早く倒しちゃおうかなー? と思うくらい。
再びこちらへ肉薄するゴースト・アッド。
さきほどの突進とは違い、右へ左へ撹乱しながらの接近だ。
俺の左側から鎌がまた振り下ろされる……かと思いきや、右側に飛びだし無防備な頭を切断しようとする。
そして俺はそれを………。
受け止めた。
素手で。
肉に刃が食い込み、血が滲む。
指で腹を挟み込むようにして保っているんだけど、やっぱり痛い。
これは長く続けたくないね。
MP吸収発動。
すると、膨大な力が大鎌を通じて流れ込んでくる。
MP吸収のレベルが上がったのもあるかもだけど、やっぱり幽体系の魔物だから自分の中に流れるエネルギーに対してのガードが薄いんだろうね。
ゴースト・アッドも流石に危機を悟ったのか必死に俺を振りほどこうとする。
力任せに大鎌ごと俺を引っ張り上げた。
俺はそれに逆らわず、むしろ自分から跳躍して宙へと踊り出る。
眼前には、俺を見失って錯乱状態のゴースト・アッドの……頭(?)。
そして。
「アイスボール」
割と本気で詠唱したこともあり、頭部(……?)に直撃したアイスボールは幽体を地面に叩きつけた。
「ーーオオオオオオオオ!!!」
「へえ、地面はすり抜けないんだ」
そう呟いて、俺はゴースト・アッドの掌に剣を突き刺した。
ここに魔石があるらしい。
そういえば、物体である大鎌もこの手が持ってたね。
唯一幽体ではないのがここなのかもしれない。
………あー。やっぱり結構MP減ってるねー。
1032MPしか吸収出来なかったよ。
腹いせに小威力型魔力撃で倒した。
もともと半透明だった体はHPがなくなった途端フッと消え、魔石と大鎌だけが残った。
ふー。疲れた。
それにしても、今のはなんだったんだろう。
駆け寄ってきたアリスを抱きしめながら、思案する。
ゴースト・アッドはそこらの魔物とは隔絶した強さを持っていた。
そんな魔物ならばもっと噂になっていてもおかしくはない。
いや、むしろ噂になるべきだと思う。
それなのにゴースト・アッドは要注意魔物の一覧どころかトレット周辺の魔物大前にすら載っていなかった。
だとするとどこか他の地域からやってきた魔物か、それとも何らかの異変によって発生した魔物か……。
脳裏に浮かぶのは、昨夜、道端で出会った男のこと。
最近魔物の大量発生やらで物騒だし、俺も心当たりがある以上調べておいた方が良さそうだね。
アリスと手を繋ぎながら、面倒事の気配を察知した俺だった。
#
TKG。
卵かけご飯の略称である。
作り方は、まず炊いたお米を用意する。
そこに新鮮な生卵を豪快にかける。
このとき、あらかじめ解いておくかそのまま割ってかけるかは人によって分かれる。
そしてお好みで醤油などの調味料を加える。
ちなみに俺はマヨネーズ派だった。
そうしたら、それをよく掻き混ぜる。
目安としては、米粒ひとつひとつに卵が絡むくらいが美味しいというのが俺の持論である。
こうして完成したものが、地球上で最も簡単な料理と言われるTKGなのだ。
好みが非常に分かれやすい料理であるが、俺はかなり好きだ。
淡泊なお米に卵のトロッとした食感と独特の風味が混ざり合い、互いが強調されてとても美味しい。
だから、目の前でそんなものをガツガツ食べているこの人が恨めしく思えてくるというものだよ。
*
時はほんのちょっぴり遡り、冒険者ギルド受付カウンターにて。
「ああ、あんたかい。何だ? 依頼破棄かい?」
「いえ、達成報告です」
「まあそうだろうねえ」
そう思っているなら最初からそういう対応をしてください。
「今度は百匹狩りでもしてきたのかねえ。全く、ただでさえ昨日の薬草の件でいろいろ処理に追われてたのに、どうしてまた問題を起こそうとするのか」
もともとけだるげだったのがさらに降下して、カウンターに突っ伏してしまった。
やれやれ、俺がそんなに問題起こすわけないじゃないですか。
「ちゃんと常識内で行動するって約束したじゃないですか。今回は普通に普通ですよ」
「………どうだかねえ」
よく見ると目の下にクマが。
なんか悪いことしてしまったみたいだ。
「ですがその前に、ちょっといいですか?」
口元に手をあて、手招きした。
サブマスさんはしぶしぶ耳を寄せてくれる。
「少し聞かれてはまずい話があるので、場所を変えてもいいですか?」
「面倒事の臭いしかしないじゃないか!!」
悲痛な叫びがギルドに響き渡った。
「胃薬、あるけど要りますか?」
「いるよ!!」
そんなやり取りを交わしたあと「ついて来な」というサブマスさんに連れられてきた場所は、受付カウンターの奥にある階段を上ったところにある大きめの扉の前だった。
「入るよ」
そこへつくなりサブマスさんはノックもせずに扉を開けた。
この部屋の住人はサブマスさんと気位の知れた仲ということかな?
俺とアリスも続いて入室すると、最初に豪華な椅子と机が目に付いた。
その椅子には人が座っており、なにか作業を、作業を、作業を………。
えっと、生卵を机にぶちまけていた。
よく見ると……ああ、これは惜しい。
丼から数センチズレていた。
ところでこの残念な人は誰だろう?
「……おい、お前らが急に入ってきちまったもんだから…………手が滑っちまったじゃあねえかあああ!!」
「うるさい」
絶叫する残念おじさんの頭をサブマスさんが叩く。
アリスが耳を押さえてうるさそうにしているので俺にとっても迷惑だ。
アリスの手の上から耳をさすってやる。
「うぐぐ……お前らぁ、折角のお楽しみタイムを……」
俺が出会った人物の中でもトップクラスに衝撃的な出会い方だけど、本当にこの人誰?
サブマスさんに頭を叩かれてうずくまっているところから見るに、まさかギルドマスターなんてことはないだろうし……。
「紹介する、うちのギルドマスターだ」
訂正。ギルド内権力のこととか俺分かりませんので。
ていうか、この人がマスターで大丈夫なの?
「今、ギルドマスターがこいつで大丈夫なのか? という顔をしたね。安心しな、大丈夫じゃない」
安心できません。
「はあ……。まあそれはいいとして、そろそろ卵掃除してもらえませんか? 臭いです」
アリスと同時に鼻をつまむ。
それを見てサブマスさんがハッ、とした表情になり、慌てて鼻をつまんだ。
その様子を見ていた残念ギルマスさんはうなだれる。
「何なんだよお前ら~。勝手に押しかけてきて俺のことボロクソ言いやがって……。泣くぞ」
「「いいから掃除してください」」
「ぐおおおおおお!!」
結局俺達も手伝い、話を進めることを優先した。
のだけど……。
「ふむん。うま」
いつの間にか新しい卵を用意して一心不乱にかきこんでいる中年が一人。
サブマスさんは頭を押さえ付けた。
「がふあぁ! な、何をする!」
「こっちの台詞だ。何をしている。あと汚らしい顔をこっちに向けるんじゃない」
「それはお前が押さえ付けたからだろ!」
「ええい察しの悪い男だね! あたしは元からの顔の話をしてるんだ!」
「それはほっとけーー!!」
繰り広げられる漫才に、俺とアリスはおいてけぼりだ。
ここに何しに来たんだっけ。
もう帰ろうかな。
「いいからさっさと真面目に話をしな! ほら、この男が昨日の薬草神、トーヤだ。内密で報告があるらしい」
「おお、お前が薬草神か! やっぱりひょろひょろだな。いかにも薬草の男って感じだ」
「ええ、トーヤです。…………薬草神?」
あの、薬草神ってなんですか?
俺の知らないところで何勝手に決めてるんですか。
「ああ、薬草神ってのはね、史上最も薬草で金を稼いだ者に贈られる初号だ。といっても、考えたのは昨日の夜、酒の席でだが」
完全にノリでつけたやつじゃないですか。
嫌ですよ、そんなの。
ていうか薬草の件で忙しかったんじゃないんですか?
何お酒飲んでるの。
ほら、アリスも微妙な表情になってる。
まあそれは一旦置いておくとして、ようやく話ができるモードになった。
さっさと報告して帰ろう。
「はあ、もういいです。それより、用件を言いますが、……これは今日の依頼でのことです」
俺は森に入ってからのゴースト・アッドとの戦闘について話した。
「その魔石と武器が、これです」
鞄から魔石を取りだし、布に包んで背中に背負っていた大鎌を見せた。
二人の反応は、食い入るように見つめるというものだった。
「こいつぁ……。これが本当にその幽体系の魔物から取れたものだとしたら、相当やべえぞ」
「ああ、今回の大量発生はどうもおかしいと思っていたが、このクラスの魔物が現れたとなると本格的に鎮圧にかからないといけない……。ところで、あんたよくこんなのに勝てたね。非常識な行動は控えるっていうのは、やっぱり嘘だったのかい」
えっと、確かに強いとは思っていたけどそんなにやばかったかな?
ステータスを解析してみたところだと、圧倒的な脅威というほどではなかった気がするけど……。
いや、スキルの付加魔法が原因かな。
あれは強力なスキルだったし、そこも含めての判断なのかも。
あと、MPが四桁というのも凄いのかも。
「まあ、運よく勝てましたが、そのおかげであるものを発見しまして……これです」
「「!?」」
鞄から、小さな七色の結晶を取り出す。
そう、これはダンジョンコアの欠片だ。
実はゴースト・アッドを討伐した後、流石に訝しんだ俺は辺りになにか怪しいものがないか探してみた。
すると、アリスが草の陰にこのダンジョンコアを見つけた。
それもうまく隠されるように。
明らかに人の手が入った状態で。
魔物の大量発生の原因はこれだ、と瞬時に判断したね。
「そうなのか……。にわかには信じられんことだがこうして実物がある以上、真実なのだろうな。だが、もし本当にこれが人為的なものであるとすれば、何らかの目的があるハズだ。それが何か分からない以上、どこから手をつけていいのか分からんな……」
「それには、俺に心当たりがあります」
「何!?」
昨夜孤児院の前で出会った、ダンジョンコアをもつ男のことを話す。
あのとき男は、なにか作業をしているように見えた。
「俺の見解では、ダンジョンコアを町の中に設置しようとしていたのではと思いますね。……あの時見逃さなければよかった」
「いや、お前の責任ではない。気にしなくていい。それより、町の中にダンジョンコアだと? そいつは町で魔物を解放して大混乱を起こさせるつもりなのか!」
「その白衣の男は早急に探させるよ。問題はいつ魔物を解放するかだ……」
二人共深刻な顔をしていた。
事の重大さを理解しているのだろう。
俺も考えを巡らせようとしたところで、意外な人物が発言した。
「あの………その、ひと………孤児院、に、きました……………」
「何だと!?」
「っ!?」
ガタッと身を乗りだしてアリスに迫るギルマスさん。
アリスが怖がっているので顔を掴んで押し戻す。
「やめてください。汚いです」
「お、お前まで………じゃなく、お嬢ちゃんの話だ! 孤児院に来たっつーのは本当か!?」
「は、はい………」
「おいおい、大丈夫かい? 顔色が悪いが」
ギルマスさんは顔中に汗を流しながら頭を抱える。
孤児院にあの男が訪れたというのは俺も初耳だ。
昨夜孤児院の前にいたのは、孤児院に行った帰りだったからなんだね。
でも、そこまで動揺することかな……?
「ああ、なんてこった……。クソッ、敵の狙いはあそこか」
「なあ、男は孤児院に行っただけなんだろう? どうして狙いがそこだと分かるんだい?」
「ああ、人には言えないーー悪いがお前らにも言えない、深~~い事情があってな。あの孤児院はちと特殊なんだよ。だから死守しなきゃなんねぇんだが……。参ったな。敵の作戦の時間も場所も分からないとなったら、手の打ちようがねえ」
なんと、今居候している孤児院はなんか重要な場所らしい。
なら……。
「俺達が孤児院に常駐して守っておけば、問題ないですよね」
「いや、そうだがそんなこと……って、ん? そういえばなんでお嬢ちゃんは孤児院に白衣の男が来たことを知ってたんだ?」
「それは、俺とアリスが今、孤児院住んでるからです。いろいろありましてね……。経緯は省かせてもらいますが、それならいつでも対策ができるでしょう?」
「そ、そうだったのか……。よし、それなら任せた。詳しい事情は話せないが、絶対に守ってくれよ」
今のところ、すべきことは孤児院周辺の警戒とやれる範囲で白衣の男の捜索かな。
はあ、こんな大役を引き受けるつもりでここに来たんじゃないんだけどなー。
まあ、お世話になってる孤児院の命運が懸かっているとなれば仕方ないか。
「………なんだかいろいろ不明なまま決まってるねえ。着いていけないよ」
本当、そうですよね。




