44、調味王
とりあえず魔物の討伐証明部員を適量納品して大銀貨五枚もらった。
ちなみに適量というのは空間収納に入っている分の三割のこと。
ゴースト・アッドの報酬はギルドとしても扱い辛い案件だから保留って言われたし、今はこれくらいで十分かな。
「なんだか危なげなことに付き合わされているみたいだけど、すまないねアリス。あまりにも危険だと判断したら孤児院の子達と一緒に避難させるから」
「だいじょうぶ………です……………がん……ばり、ます」
「頼もしいけど、無茶はしないでね」
アリスは今日の狩りで少しだけどレベルが上がった。
弱い魔物くらいなら急に襲われても一人で倒せるようにはなったけど、できればその力を逃走に使って欲しい。
子供達が危険に晒されたら間違いなく助けにいくだろうしね。この子。
だから、保護者である俺が準備を重ねて守ってあげる義務がある。
主従関係っていうのはそういうものだと思うからね。
そう方針を振り返ると、目的の場所に着いた。
八百屋さんだ。
探し物は……これだ、あった。
「え………それは…………」
アリスが驚きと疑問が混ざった表情をする。
それに大きく頷き返して、店員さんのところに商品をもっていく。
「すいません、これください」
「はいよー……ってぇ! なんだいその量は!」
あれ、やっぱりお米約十キロは多いですか?
でも、『日本人なので』これくらいは欲しいんですよ。
ギルマスさんの卵かけご飯を見る俺の目が血走っていたことに気づいた人はあの場に何人いただろうか?
もし気づいていたのなら、これくらいは納得していただけると思う。
店員のおばちゃんに明らかに引かれながら、大銀貨六枚で買った。
お店にあるお米全部買い取ったから、大銀貨一枚分おまけしてもらった。
孤児院につくまで凄く注目を浴びたけど、お米のためなら仕方ないね。
人前で空間収納は使いたくないし。
さてと、それじゃあ……。
卵って、どこに売ってるんだろう。
#
こんこん。
軽快な音を鳴らし、アリスがノックをする。
しばらくして、扉がそーっと開けられる音がする。
「お、お帰りなさ、ええええ!?」
ルーシアさんの驚いている声が聞こえる。
視界のほとんどが遮られているので、どんな顔をしているのか分からない。
今俺は大量の米が入った袋を両手で持ち歩いている状態。
空間収納が使えたらどんなに楽だっただろうね。
幸いステータスのおかげで重さはそこまで負担ではないのだけれど。
アリスには、その他の食品もろもろを持ってもらっている。
せめて買い物カゴ的なものとか、ないの?
そのまま入り、子供達の好奇の視線……いや、視線だけでなく盛大な歓待を受けた。主にタックルなどの。
食堂隣にある倉庫の部屋に食品類を下ろすと、ユズリハさんとエマちゃんが呆れた言葉を投げかけた。
「こりゃまた、なんでこんなものを、しかもこんなに」
「それってライスよね……結構高いって聞いたことあるんだけど」
確かに一キログラムあたり六千円は高いよね。
でもまあ薬草採取での金貨八枚もあるし、お金には全然困ってないんだけどね。
今日の夕飯はこれを使わせてもらおう。
というわけで、調理室にやってきたんだけど……。
しまった。飯ごうがない。
仕方ないので、鍋で代用させてもらった。
今度ちゃんとした道具を買いに行かないとね。
密閉度が不安だったのだけど、一応炊けた……と思う。
ルーシアさん達はこの時間は仕事があるので今調理室にいるのは俺一人だ。
なので火属性魔法だって使っても問題ない。
ただ、ずっとファイヤーボールを発動させ続けるのは流石に疲れる。
MPの消費も少ないとは言え、塵も積もれば山となるという感じで馬鹿にできない。
ここは苦肉の策としてあるスキルを取得することにした。
『魔力操作:必要SP250』
治癒魔法を取得できるようになるまでは使わないでいこうと思っていたSP。
ついに使ってしまった。
一応自力で習得できないかと挑戦してみたんだよ。
でも、スキルの説明を見る限りちょっと無理そうで……。
『魔力操作:レアリティ4
体外の属性魔力を自由に収束、操作できるようになる。
操ることのできる属性魔力は使用者の所持する属性魔法
スキルに依存する。
魔法の素養がある年齢:5以下の者の魔力循環器官が変
質することにより発現することがあり、それ以外に習得
方法はない。 』
ご丁寧に『習得方法はない』なんて書いてくれてる。
解析さんが俺の心を読んだかのようだ。
これが250SPで取得できたときには自分のチートを実感したね。
わかりにくい説明だけど、要するに。
例えば、今までは火属性魔法のスキルを持っていてもレベルに応じた定型の魔法しか発動することはできなかった。
今はLV3だからファイヤーボール、ファイアウォール、ファイヤーバレットの三つだね。
けれど、この魔力操作スキルがあればその制限を解除することができる。
現在、無駄に大きいファイヤーボールで鍋を熱するという効率の悪い作業をしているのを、『少し火を出したい』と思えば魔力操作によってガスバーナーくらいの小さな火が点せるようになる。と言った感じ。
あんまり無茶な操作はできないけどね。
これにより、魔法の汎用性が爆発的に高まるばかりか、MPの無駄な消費も省ける。
積み重ねていけば、結果MPを節約して治癒魔法取得も早まるかもしれない。
こんな感じで、無事美味しそうなご飯が炊けましたとさ。
さて、ご飯は炊けたけどまだ夕食まで時間がある。
どうしようかな。
といっても、もう作るものは決めてあるんだけどね。
それは一体……?
じゃかじゃかじゃん。
マヨネーズです。
卵、油、お酢、胡椒などでお手軽につくれる万能調味料。
世界中に熱狂的なファンを持つ調味料界のスーパースターだ。
かくいう俺も冷蔵庫に必ず二つ予備を置いているマヨラーだった。
そんなマヨネーズ。
今回は卵、油、お酢で仕上げていこうかなと。
胡椒もあるにはあったんだけど、凄く高かったんだよね。
具体的には、十グラム金貨一枚くらい。
まあ中世っぽい時代だし、しょうがないかな。
卵は普通に鶏の卵。
油は植物から取ったものだそう。
お酢は、お酒を発酵してできたものらしい。
本当なら米麹から作るものを使いたかったんだけど、この世界には多分ないよね。
俺も作り方知らないし。
ボウルに材料を入れて掻き混ぜる。
これを繰り返す。
本当に簡単だよね。
鼻歌混じりに作業を続けていると、ドタバタという音が聞こえてきた。
「あ! ここにいたの!」
「はぁ……はぁ……まって………」
顔を出したのはシェリーちゃんと息絶え絶えのアリス。
分かるよアリス。子供のパワーってすごいもんね。
まだ病み上がりだというのに、本当に元気だね。
興味津々といった感じで瞳を輝かせてこちらに駆け寄ってくるシェリーちゃん。
「おにいちゃんなにやってるの?」
そのとき、兄性が疼いてくるのを意識しながら、ちょっとした遊び心も出てきてあることを思いついた。
「これも料理だよ。今作っているのはマヨネーズって言って、んー…まあ美味しいものだよ。味見してみる? よければアリスも」
「するの!」
「しま……す……」
ちょうどいい感じに混ざってきたところなので、ちょうどいい。
二人は指で掬って舐めた。
俺も舐める。
「おいしーー!!」
「………! ……これ……は…………!」
「え…………? どうなってるのこれ?」
なんかいろいろとやばかった。
もうなんかやばくてやばいあれがさらにやばくなった的な。
どのくらいやばいかというと、俺の語彙が激減するくらい。
え、ちょっと待って。これって久しぶり補正なの?
それとも本当にこんなにおいしいの?
俺が地球で作ったときはこうはならなかった。
……もしかして、素材がいいんじゃ?
この世界には地球と違い、魔力という存在がある。
それが作物などの味にも影響してきているのではないか。
そんな推測をたてれば、今までの食事の出来にも納得がいく。
基本となる料理のレベルは低いけど、それを補って余りある美味しさを食材が秘めている。
つまり味のごり押しをしてきたので、それで満足してしまって料理が発展しなかったのでは?
己の舌を信じるならば、当たらずとも遠からずだと思う。
ますます料理スキルを上げたくなってきたね。
シェリーちゃんは全身を使って美味しさを表現し、アリスはわなわなと震えている。
アリスの方は分かりにくいけど、しっぽの揺れ具合から美味しくて震えているということは分かった。
反応は上々。
この世界でのウケも良さそうで安心した。
これは異世界転移のテンプレ、マヨネーズ旋風を起こすのも夢じゃないかも。
「美味しかった? じゃあ、今度は作ってみない?」
「シェリーは料理したことないの」
「大丈夫。ただ掻き混ぜるだけだから」
「ならやるのー!」
「わたし……も……やります……」
二人の協力を取り付けることに成功した。
ふっふっふ。
マヨネーズのたたかいはこれからだ!
#
今日の夕食は、ご飯、サラダ(マヨネーズドレッシング)、じゃがマヨ。
ダイエット中の人が聞いたら失神しそうなメニューだけど、たまに食べるぶんには……いいよね?
シェリーちゃんとアリスが狂ったように卵と油を掻き混ぜ始めると、暇になったのか次々と子供達がやってきた。
案の定無垢な子供達は一斉にマヨネーズ信者と化し、順番で作ることになった。
人数分のボウルがなかったからね。
で、その結果がこれ。
いやー、はは。すみません。
「わしもそれなりに長く生きておる自信はあるが、こんなに白く染まった食卓は初めて見るわい」
「ははは……わたしも調子に乗って作りすぎちゃった」
「おいしいから………いいです…………」
まあ、美味しいのは間違いないので俺自身全然気にしてないんだけどね。
食べ過ぎると太るという忠告は念入りにしておこう。
この量のマヨネーズを作ることはそうそうないと思うけど。
夕食後、ユズリハさんと二人きりで話す。
「ーーというわけなんです」
「ふむ、そうか……。事情は分かったが、お前さんがこの孤児院を守るというその言葉……相応の覚悟があってのことじゃろうな。一度宣言したからには、やすやすと違えることの出来ぬ類のことじゃぞ」
ユズリハさんの目がうっすらと開けられる。
その眼光は、年齢、経験関係なしに人を萎縮させるのではと思えるほどのものだった。
ついさっきまでマヨネーズパーティーをしていただけに、こうも落差をつけられると若干の動揺が走ってしまう。
しかし俺も勢いだけで危険な約束をしてしまうようなガッツがある人間ではない。
緊張をおくびにも出さず告げる。
「ふふっ、確かに敵の戦力は未知数。それに加えてこちらは何もかもが全て推測の域を出ない。受け身に回るしか手がないというのは、不確定要素が多過ぎて正直話になりませんね。孤児院を守るという意味でも、敵を排除するという意味でも」
「ほう、なんじゃ。今頃になって命が惜しいと来たか。思っていたよりも底の浅い男じゃのう」
「まさか。やりたくないなんて一言も言ってはいませんよ? ただ、そんな状況なので守る対象くらいは確かめておこうと思いまして」
「対象、とな」
そう、対象。
対象が分からなければ成功の確率は下がる。これは明白だ。
逆に言うと、条件をある程度絞ることができたのなら成功確率はぐっと上がる。
それくらいは確かめておかないと。
対象って、孤児院じゃないの? と思うかもしれないけど、考えてもみてほしい。
俺は『孤児院を守れ』としか言われていない。
具体的にどこを、もしくは誰をどの程度まで守り切ればいいのか全く分かっていないんだ。
建物を壊されないようにすればいいのか。子供達が一人たりとも傷つかないようにすればいいのか。誰か特定の人を守ればいいのか。
分からない。
そんな状態のままだったら、孤児院全域を右往左往して俺の手に余る事態となる予感がびんびんだ。
なので、今のうちにはっきりさせておかないと。
そんな感じのことをユズリハさんに伝えた。
「なるほど。まあ、それもそうじゃな。……本来ならばこのようなことを明かすのさえ良くはないのじゃが、場合が場合じゃ、特別に教えてやろう。
……実際はな、守るのはわし一人でいいんじゃ。その理由は教えられんがな。じゃが、これが極端な例だということは分かるじゃろう」
「ええ、まあ」
「わしにとって子供達はな、家族のようなものなのじゃよ。いや、もはや本当の家族じゃな。そんな家族が魔物の危機に瀕している。しかし、信用のおける冒険者の護衛が受けられるかもしれない。お前さんならどうする?」
回りくどい言い方をしたのは、俺に確実に子供達を護衛させたいからなのか、それともただのムード作りか。
後者だろうとは思いつつも、俺は不敵な笑みを浮かべるように意識しながら言う。
「自力で守る、と言いたいところですが、それは……あっ、はい。無しですよね。素直に冒険者に頼みますよ。
というか、こんな面倒臭くしなくても普通に子供達の護衛はしますよ」
「ふむ。それならいいが」
「一応確認ですけど、建物は壊れてもいいんですよね? いや、自分で壊すなんてことありませんから、安心してください」
「そうじゃな。建物自体は何度も建て直しておるし、別に壊してくれても構わん」
「分かりました。では、そのようにしますね」
淡々とした会話だ。
お互い相手に察しを求める性格をしているせいか、話がサクサクと進む。
一瞬沈黙が訪れた瞬間に、ユズリハさんは口を開いた。
「ずっと気になっておったのじゃが、そこまでしてくれる理由はなんじゃ? ギルドから特別報酬でも出ておるのか?」
「うーん、まあギルマスさんから直々に頼まれたというのもありますけど、やっぱり放っておけないですし」
「………ほーう?」
明らかな疑惑の視線が向けられる。
うん、まあ俺もその立場だったらただ放っておけないからっていう理由だけでは納得しないよ。
ここは俺自身の道を明確にするためにも、本音を言っておこう。
「はっきり言ってしまえば、偏にアリスのためですかね」
「その心は?」
「俺って、実は特に旅の目的があるわけではないんですよね。どこかに行きたいとか、なにかを成し遂げたいとか、そういうのは全くなくて。強いて言えば、観光ですかね」
勇者として召喚され、この世界にやってきた俺だけど、王国から出たのは半ば成り行きという面もある。
もう半分の理由は本当に『この世界を見てみたい』という観光のためだし。
そんな俺が旅の目的なんて設定しているはずもない。
異世界転移したときの典型的な目的としては、元の世界に帰る手段を探すと言ったものもあるけど、俺はそれほど元の世界に戻りたいとは思っていない。
まあ、クラスメート達のこともあるので積極的に情報は集めていきたいとは思っているけど。
と考えていた矢先、アリスに出会った。
初めは、妹に似ているからという理由で興味を持った。
でも……。
「それだと、アリスという一人の人間を見てあげられませんよね。俺はアリスを妹の代替として心の縋り所にするつもりはありませんし、それでもあの子を買ったのは、純粋に絆を深めてみたいと思ったからです」
「ふむ、絆か」
「ええ。それで、話がそれてしまいましたが、アリスはこの孤児院がとても気に入っているようです。命を懸けてでも守りたいと思うくらいにはね。そのことでアリスが成長するならば、俺は全力で手を貸してあげたい。そういうわけです」
「そうか……よく分かった。そういうことなら信頼できそうじゃな。わしも疑って悪かったのう」
優しげに目を細めてそう言ったユズリハさんは、深々と頭を下げた。
「どうか、わしの家族を守ってくだされ」
「………はい。できる限りを尽くしますよ」
「まだマヨネーズの作り方も教えてもらっとらんしのう」
「そこですか」




