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42、とある午前

 こんこん。

 ノックをするときの、耳の奥に響き渡るような音。

 堅苦しいけど、どこか軽快で、俺は好きだ。


「あ、あの……トーヤ様でしょうか?」


 ノックによる呼びかけは、扉の向こうから高い音色で返された。

 俺対策はばっちりってことね。


「はい、そうです」


「で、では、十秒後に扉を開けてください!」


 ・・・・・・・・・・


 言われた通りに十秒待った。

 そろそろかな?


 ギギギとゆっくり大きな扉を開ける。


 そこには、ぴったし十メートル離れた位置で、俺の登場に怯えながらも必死に目を合わせようと頑張っているルーシアさんの姿があった。


「………何しているんですか?」


 首を傾げて思わず聞いてしまった。


「おおおおかえりなさささささ」


「動揺しすぎぃ!!」


 目をグルグル回して呪文を唱えるルーシアさんは、詠唱が完了する前に横腹へのドロップキックによって撃沈してしまった。


「おかえりトーヤ。

 まったく、ルーシアったら全然ダメじゃない」


「だ、だって!」


「あんなのにだってもなにもないわよ! 男の人に慣れる練習ができるチャンスだっていうのに、もっとやる気見せなさいよ」


 相変わらずルーシアさんとエマちゃんの力関係はよく分からない。

 女性がドロップキックされる瞬間なんて初めて見た。


「うぅーー……」


 この領域に俺が踏み入るのは、ちょっと難しそうだ。





 結局エマちゃんに案内され、食堂らしき場所に着いた。


 そこにはもう既に料理が並べてあり、子供達が席に着いている。

 俺が入ってくるのを見た途端騒ぎ出す子供達。


「きたきた!」

「やっとたべられる!」

「あのひとがゆうしゃなのか?」


 聞こえてきた『勇者』という単語に一瞬反応するも、勇者と言った子が森で助けたビル君と話しているところを見るにあの時の出来事を大袈裟に聞いただけのようだ。

 食堂を見回して子供が密集しているところを発見し、その中心にアリスを見つけた。

 いろいろ話し掛けられて困っているみたいだ。


 俺と目が合うと助けを求めるような表情をする。

 そっと目を逸らした。

 すまない。

 同年代の子とたくさん遊ぶことも大事だよ。


「みんな、静かに! 挨拶しましょう!」


 前回号令をかけたのはエマちゃんだったけど、今度はルーシアさんが担当するみたいだ。

 ピタッと喧騒が止み、統制の取れた挨拶が来る。


「「「おかえりなさーい!」」」


「ただいま」


 ルーシアさんとエマちゃんは満足するように頷き、俺を席へと案内する。

 俺の席はいわゆるお誕生日席。

 アリスと院長のユズリハさんに挟まれた形だ。


「じゃあみんな、食べていいですよ!」


 ルーシアさんの号令で子供達はガツガツと食べ始める。


「すみません、待たせてしまったみたいで」


 どうやら俺の帰りを待っていてくれたようだ。

 隣のユズリハさんに謝罪する。


「ほっほっ、気にすることはないわい。お前さんらは恩人じゃからのう。それを蔑ろにするような教育はしとらん」


 それならよかった。

 安心して俺も食事に手を付ける。


 メニューはふかし芋と葉っぱの野菜のサラダ。

 これは自家製とみた。


 というより、この世界に蒸すという調理法があったことに驚きだ。

 いや、流石にそこまで見くびっては失礼かな。


 質素な味ながらも、家庭的な暖かみを感じられる料理で、美味しかった。


 食事中に会話も弾み、アリスは孤児院で小さい子達に大人気だったということが分かった。

 本人はとても疲れたと言っていたけど。

 ユズリハさんはそれを微笑みながら見ていたそうな。


 あと、俺も懐かれた。

 森での一件がいつの間にかすごいことになっていて、俺が英雄みたいに扱われた。

 指一本で大岩を破壊しろとか、そんなことできるわけないよ。

 いや、スキルを使えばなんとか……。

 と、こんな感じで俺もアリスの苦労の一端を思い知ったのであった。

 シェリーちゃんが特に懐いていたのが印象的だったよ。



 その後、大きな部屋で雑魚寝して、お泊り会の気分を久しぶりに味わえた。





「ほう、お前さん毎日こんな時間なのかい」


「ええまあ。ユズリハさんも早いですね」


「ほっほっ、年寄りというのは皆総じて朝は早いものじゃよ。ついでに夜もな」


 翌朝、することもないので庭でのんびりしていたらユズリハさんがやってきた。

 まだ早朝と言ってもいい時間帯だ。

 こうして朝日と朝霧が織り成す妙な気温を感じ取っていると、程よく目が覚める。


「じゃが、お前さんも大概年寄り臭いのう。早う起きてもこんなところに来るのはそうそうおらんじゃろうて」


「ひとり暮らしが続けば誰でもこうなりますよ。忙しさが違う分、老化も早いのでしょうか」


「だとしたら、家事を子供らに全て任せておるわしはまだまだピチピチということになるのう」


「ふふっ、その通りなんじゃないですか? 大声で怒鳴れるくらいには元気があるようですし」


 他愛のない話をする。

 この人は人生経験も豊富なので、話しているだけでもいろいろ勉強になる。


「して……さっきから何をやっておるんじゃ?」


 怪訝な眼差しを受けて一旦集中を解く。


「感覚系スキルのレベル上げですよ。時間を効率的に使うには良い手段ですからね」


「悪かった。年寄り臭いではなくまるっきり年寄りじゃったな。お前さん程の変人をわしは見たことがない」


 失敬な。

 ただ視覚強化と聴覚強化と味覚強化と気配察知と思考加速、あとさっき習得した嗅覚強化と触覚強化を常時本気で発動しているだけだよ。

 勇者だからレベルが面白いように上がって楽しい。

 それのどこが年寄り臭いと言うんだろうね。


「???」


「自覚がないのか……。まあ別に止めはせんが、あまり生き急ぐのもつまらんぞ」


 いやー、こう、ステータスなんてものがあるとね、ほら、ゲーム脳が疼くといいますか。

 数値が上がってくのって、テンション上がりますよね。


「うむ、そろそろ朝食の準備が始まる頃じゃ。わしは行くとするかのう」


 ユズリハさんが縁側から腰を上げてそう言う。

 あ、それなら。


「俺も手伝っていいですかね? 料理には興味があるんです」


「む? よいぞ」


 こうして、念願の料理スキル習得のチャンスがやってきた。





 この孤児院、かなり大きいのでそれなりのサイズの部屋がいくつもあるうえ、キッチン……というより厨房も大きい。

 竈や巨大な鍋が全体の半分を占めているけど、それでもまだ動き回れる余裕がある。


 そんな厨房の端っこと端っこで、ルーシアさんと俺はそれぞれ調理に没頭していた。


 今日の朝食も昨日の夕食と同じ、ふかし芋と葉っぱ野菜のサラダ。

 これが基本のメニューとなるらしい。

 というか、自家栽培なので大体同じようなものになってしまうらしい。

 たまに運よく肉が手に入ったときはお祭り状態なのだとか。


 幸い塩は安く手に入るようなので、たくさんある。

 でも人数が人数なので、どうしても薄味になってしまうみたいだ。


 そんなわけなので俺の作業はただひたすら野菜を食べやすいサイズにカットしていくだけ。

 ルーシアさんはじゃがいもの皮を剥いている。


「「……………」」


 広い厨房に静寂が漂う。

 二人しかいないのでなおさらだ。


 寂しいので会話を図る。


「ルーシアさん、子供達は普段、どんな仕事をしているんですか?」


 急に話し掛けられてルーシアさんはビクッと震える。

 手に持ったじゃがいもを落とさなかったのが奇跡だ。


「そ………え…………えっと…………子供達は、基本、畑仕事や建物の掃除を、しています……ここは、広いので…………」


 よく頑張りました。

 たどたどしくもちゃんと伝わった。


「ルーシアさんもそうなんですか?」


「わ、私は……いろんなところを回って、指導をしています。ちゃんと怠けずに仕事をしているか…とか」


「それは大変そうですね。でも、その服からしてなんとなく神に祈りを捧げたりとかしていそうな雰囲気があったんですが……」


「こ、この修道服は、孤児院の子供達と見分けをつけるためです。うちでは、特に宗教とかは、やっていません」


「へえ、意外ですね。そういえば、俺は宗教のことには疎いんですよ。カラゼアラでは、国教とかあったりするんですか?」


「特に、ないです。宗教自体、今では廃れてしまいましたので。いくら神に祈っても魔物の被害は一向に収まらなくて、みんな自棄になってしまったのが原因です」


 なのにスキルには祈祷術とかあるんだ。

 まあスキルの説明を見ても神の力がどうとかっていうのは書いていなかったし、この中世っぽい世界で宗教が大きな影響力を持っているというのは先入観だったのかもしれない。

 意外と人々は現実的なんだ。


「強いて言えば、信仰が強いのは、竜、です。世界に八柱いる神竜様に信仰を捧げている人が多いですね」


「神竜、ですか」


 王城の書庫で見た。

 神竜は、それぞれの属性竜の頂点に立つ竜で、神の如き力を持っていることから至る所に信仰者がいるんだって。

 圧倒的な力で豊饒も滅びももたらす存在。

 棲息地域は不明。

 目撃情報が年に数回寄せられるくらいで、人とは遠き存在とされているらしい。


 本気で信仰してはいないけど一応感謝とかはしているスタンス、日本人と似ているね。

 日本人は無神論者とか言われてるし、自称もしているんだけど、実はそこまで神を信じていないわけじゃない。

 例えば、食事の際の『いただきます』『ごちそうさま』も仏教だか儒学だかの作法って聞いたことがあるし。

 そんな感じで捉えればいいだろう。


「信仰している神竜はそれぞれ違うと聞きますが、ここではどの神竜を崇めているんですか?」


「うちは少し特殊で、八柱すべての神竜様を信仰しています。その中でも特に強いのが火神竜アグニオス様と氷神竜レルクレア様ですね」


「へえ、丁度俺の属性適性と………あ、いえ、なんでもないです」


 危ない。火属性魔法が使えることは内緒だった。

 まあ適性だけならばらしてもいいかなとは思うけどね。

 口を滑らせないようこれから意識しないと。


 それにしても、ルーシアさん大分男に慣れてきたんじゃないだろうか。

 最初と比べてスムーズに会話出来てるしね。


 その様子を、陰からエマちゃんとユズリハさんが見ていた。





 今日も今日とて冒険者ギルドへ向かう。

 串焼き屋さんに寄ったり、ギルド内で俺が何故か恐れられていてアリスが困惑してたけど、何事もなく無事に依頼を受けることができた。

 ………本当になにもなかったよ?


 さて、今回受けた依頼はスライム、オーク、ファングボア、フォレストベア、コボルト、グリーンウルフ、エトセトラ……のいずれかを何体でもいいから討伐してくれー! という領主からの依頼だった。

 報酬は討伐数によるとか。

 結構いい依頼なんじゃないかな?


 というより討伐依頼は現在この一種類しかない。

 理由は明白で、ここ最近のトレット周辺の魔物の大量発生が原因だ。

 こうした事態は過去に何度かあって、その度にこういった間引き依頼が出されているのだそうで。

 領主も大変なんだね。


 門番さんと挨拶して、森へ入る。


 薬草も見つけ次第ちまちま採取していこうかと思っている。

 あ、これは納品用じゃないよ。

 昨日サブマスさんと面倒事は控える約束をしたしね。

 いつか使うかもしれないので、そのときのために一応空間収納に入れておくだけ。

 折角見た薬学スキルも実践してみたいからね。


 そして今日は………。


「アリス、回り込んで」


「はぃ………!」


 俺を早々に勝てない相手と見抜き、即時撤退しようと背を向けたスライム。

 それをアリスは追いかける。


 正面に回り込んだアリスを確認して立ち止まるスライムは、アリスならば勝てると思ったのかそのヌメヌメの身体で体当たりを仕掛ける。

 しかしアリスもそれを黙って受けることはない。

 横に跳躍して体当たりをかわす。


 全身を使っての体当たりはとにかく隙が多い。

 スライムは無防備な姿をさらしてしまった。


 アリスは待ってましたとばかりに手に持った短剣・・を振りかぶりながら突進してゆく。

 狙うはヌメヌメボディの中心に浮かぶ核。


 アリスが短剣を突き刺すと、核は呆気なく砕け散りスライムも蒸発して消えた。


 そのままアリスは立ち尽くす。

 肩で息をしながら、自分の勝利を受け止めているようだ。


 俺が歩み寄ろうとしたとき、アリスがこちらを振り向く。

 その顔には満面の笑みが。

 よく見ればしっぽがブンブンと振られている。


 腕を広げて俺の方に駆け寄って来るのを両手で受け止める。

 荒い息遣いが聞こえてくる。

 相当頑張ったんだろう。


「頑張った。よく頑張ったよ」


「たおせ………ました…………!」


「うん。、凄いよ。最初から最後まで全部見てた。初めてで真正面から魔物を倒せるなんて、そうできることじゃない。冷静さを忘れずに戦った、アリスの功績だよ」


 そういえば、真弥も何か成し遂げたときはこうして褒められに来てたっけ。

 それを興奮した俺が褒めまくるのも、いつものパターンだ。


 今日はアリスに実戦経験を積んでもらうための訓練も兼ねている。

 そのために武器屋に寄って手ごろな短剣を買った。


 やっぱり、何かと物騒なこの世界。

 最低限の力をつけておいてもいいと思う。


 というわけでアリスは今、初めて魔物を討伐した。

 この調子でどんどん経験値を積んでレベルアップを目指して欲しい。


 もちろん、俺のMP回収もしながらね。

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