第一話『異世界も現実』
数年前、縦型スクロールに1日を費やす無力な人間がいると冷笑している人を『冷笑系』だと冷笑しているのが流行ったことを知った。世も末代表が言うが、世も末だ。要は自分がその渦中にいるということを理解できていないということだ。自分に目が向いておらず他人にばかり目が向き、自分はそれとは違うと防衛するために攻撃する。それは流れ行く世ではなく、停まって滞る個でしかないのだろう。小説という媒体を通して揶揄している自分もその一員だと思うと、マトリョシカの途中の人間であるのだと、そう自覚する度に反吐が出るのだ。
さて、俺はアーチ形の石レンガでできた門の真下に立っていた。服は新品のものではあるが薄い布で風通しが良すぎるものを身につけていた。石畳の道を隙間のない西洋の建物が挟みながら長く続いている。しかしどことなく小汚く、所々にゴミも落ちている。格好が少しみすぼらしい人間や人型の犬や猫や爬虫類が、服装に対して立派にスマホのような薄くて四角い箱を手に持ち、画面に視線を落としながら俺の横を通っていく。たまたま、歩きスマホ同士がぶつかっては一瞬迷惑そうな顔をして何事もなかったかのように通り過ぎていく場面を確認した。ファンタジーっぽいのに、なんてつまらない社会問題を目の当たりにしてしまったのだろう。異世界なのに現代風の人間模様に『期待外れ』という言葉が脳を過ぎる。つまり、異世界系というものを見下していた自分は、自分に降り注ぐ異世界系な展開に期待していたのだと自覚したのだ。早速反吐を出そう。
自分が道のど真ん中に立っていることにも気が付いた。急いで道の端に寄り、顔を見上げてその街並みを観察する。
看板には英語と、初めて見る言語が書かれていた。英語の文章だけを読んでみると、その店の名前が書かれていた。日本語らしいものは見当たらず、もっと言えば英語以外の言語も見当たらない。
「おい、あんた。酒は要らんか?」
挙動不審に辺りを見渡す俺に、額から広がるように禿げていったのだと予想ができるガリガリで右の奥歯が抜けている男性が話しかけてきた。
手には酒瓶が数本入った箱を持っており、俺を同じような箱の上に積み上げている。瓶の形もそれぞれ歪で、安物であることなどひと目でわかる。
「いや、今はいいよ。」
「あんた、転生してきたんだろ?何すりゃいいか困ってるんじゃないか?」
「…金は持ってないから、どちらにしても買えませんよ。」
転生というのは一般常識として知られているようだ。その上、転生したては何をしたらいいのかが分からないことまで知れ渡っているらしい。
酒屋の男は嗄れた声で笑う。
「ハッハッハ、んなもんわかっとるよ。」
男は無造作に地面に置かれた栓の空いた酒瓶をそのまま口につけ、中身を流し込む。一応言っておくが、今は爽やかな青空が見える時間帯だった。
「転生者に恩を作るのはこの世界のセオリーだ。流石に目の前で転生されることは滅多にないのに、この通りを歩いている奴らは歩きスマホに夢中で突然現れたお前さんに気付いていないんだ。」
「仮にそうでも、なんでそんな魂胆を隠しもせず語るんだ?」
「言っただろ?セオリーなんだよ。」
骨張った人差し指を俺に差し、ニヤリと笑う。アルコールが足りないのか自律神経が狂ってるのか、その手は震えていた。
「転生する奴はどうも美女美男と出会いたがる。そんな需要があるから、顔の整った卑しいヤツらは転生した奴にかわい子ちゃんぶった表情で迫ってくる。それらをお前さんの人生に置けるメインキャラクターにしてみろ?絞り尽くされるのがオチだってのは当たり前で、落語の話にもならねぇ。」
「この世界に落語があるんだな。」
「最近ブームだぞ。」
しかし、なるほど理解はできる。『魔法世界』では分からないが、多くの異世界系と言われる作品はヒロインと出会い冒険したり一緒に暮らしたり苦楽を共にする様子が描かれている。それに憧れを抱く男共は転生して真っ先に出会った美女を、自分の憧れる異世界転生に投影して考えてしまうのは仕方ないことではあるだろう。女性の転生者もまた然り。
事実、同じように考えた俺は思考の中で反吐を吐いたのだから。
「そんな中、美女でも美男でもない禿げた酒屋のおっさんが、こうしてお前さんに親切をするのは、ある意味誠実で信用があるだろう?」
「別に。」
「ドライ…」
とはいえ、だからなんだという話だ。言葉を借りるが、セオリーを利用して話しかけに来る詐欺師もいるだろうに。
どちらにせよ、何も知らない状態で出会う人間であることには代わりなく、騙そうと思えばいくらでも誰でも騙せるだろう。
「いや、まぁいい。今は何も求めねぇよ。俺の親切がお前さんに取って有意義なら、勝手に恩に感じてくれたらいい。」
もう一度酒を口に含んだ。顔色は微塵赤くならない。
「この通りを突き進むと、右手側に英語で『Guild』と書かれた看板が見えるはずだ。そこに行けば大体のことはわかる。可愛い受付嬢に案内してもらいな。あそこの受付嬢は顔が整ってる割には、信用できる。」
「…随分手放しだ。恩を作ろうとする割には一人で目的地に向かわせるんだな。」
名前を俺に伝えないどころか、俺の名前すら聞いてこないのだ。こんなにも関係性が薄いと、義を感じにくい転生者はもう関わることもなくなるだろうに。しかし俺の言葉に、男はまたもニヤリと笑った。
「気にするまでもねぇ。」
そう言い残し、男は酒瓶が詰められた箱を重たそうに持ち上げて店の奥へと消えていった。
善意?それとも何か企みが?何を考えているのかも分からず、しかしながらすることもないので男に言われた通りの英単語を探しながら歩いていくとする。
◇
5分ほど歩いていると、目的の文字は玄関上部から短く飛び出ている鉄の棒から鎖に繋がれてぶら下がっている木製の看板に筆記体で書かれていた。なんとも見づらい。
入口の見た目は小さな喫茶店のように隣の建物と壁の境目がなく繋がっており、埋め込まれた扉がそこにあるのだ。ノブに手をかけ、上へ反発する感覚を感じながら下に回し、それを開く。
「いらっしゃいませー!」
元気のよい溌剌とした女性の声が響く。酒屋の男が言っていた女性だろうか、確かに整った顔立ちだ。接客業で見せる爽やかな笑顔に、 ポニーテールがユラユラ揺れている。毛並みが見てわかる程度に滑らかで、きっとシャンプーやリンスなんかの美容に関する技術がこの世界にもあるのだろう。眼鏡のフレームは丸く、知的でありながら話しやすい印象を与えるのが少し不思議だと思った。自分にそんな笑顔を向けられてしまうと、今の体たらくでただ生きているだけの自分が惨めになるからやめて欲しい限りだ。
「えっと、初めていらっしゃった方ですか?」
「はい、今さっき異世界から来ました。」
「ということは、新しい転生者の方!」
彼女は俺の顔を少し見つめ、すぐに手元にある色々な種類の書類を、あれでもないこれでもないと探し始める。
3つ目のファイルを手に取り確認して、それが探していた書類なのだろう。満足そうに笑う。
「どちらの世界出身ですか?それと、国籍は?」
「あー、『科学世界』って言えばいいのかな?科学出身です。それと、国籍は日本です。」
それを聞いて、そのファイルから更に書類を指で軽く弾いて探し始める。
そういえば、俺は日本語を話しているつもりなのだが「国籍はどこか」と問われた。そして、俺の鼓膜が捉えている振動は日本語のみだった。同じ世界でも言語は変わるというのに、異世界では、何故こうも多言語が聞こえてこないのか。文字は、そうはいかないのだろう。外の看板には英語と、見たこともない言語でその店の名前が書かれていた。英語で書かれていたのは『科学世界』において最も使用されている言語だからだろう。そこから察するに、セットで書かれた謎言語は『魔法世界』で最も使用されている言語なのだと予想できる。それに、目の前の受付嬢も恐らく日本語専用の書類を探しているのだろう。つまりは、発音が変換されている?しかし、口の動きにも違和感はない。「いらっしゃいませ」の口の動きは確実に「いらっしゃいませ」だった。不思議だ。
そんな思考に耽る男を気にする様子もなく、受付嬢は丁寧な動作で客である俺に書類を向けながらカウンターに置いた。
「こちらはこの世界で生きるための、分かりやすく言えば住民票になります。あちらのテーブルでご記入をお願いいたします!」
手で木の椅子とテーブルを差す。促されるまま、その椅子に腰掛け、テーブルに置いてあるペンを手に持つ。なんというか、やはりファンタジーに欠ける。まるで役所に来ているみたいだった。名前とフリガナ、元の世界での職業、その他諸々自分に関することを記入する欄がある。年齢の欄には既に『20歳』と印字されていた。
これは、ライトノベルが好きな人ほどガッカリするのではなかろうか。いや、だからこそ美男美女との出会いは藁にも縋る思いになるのかもしれないな。
書類を書き終え、立ち上がり再び受付嬢の所へと向かう。それに気付いた彼女は殊勝にもビジネススマイルを相変わらずに向けてきた。書いている間に用意していたのか、カウンターには何かが入っていたのであろう麻袋が置かれている。
「書き終わりました。」
「ありがとうございます。それでは、この書類に誤りや偽りがないかを精査いたしますので、少々お待ちください。」
「え?あ、はい。」
役所にしては中々聞かないセリフだった。少し戸惑った目の前の男にはやはり気にする様子もなく、彼女はその書類の上に手をかざした。
すると、その書類は2枚に増殖し誰かが触っている訳でもないのに勝手に左右に分かれた。彼女は片方のコピーされた書類を手に取ると、しゃがんでカウンターの下から何かを取り出す。出てきたのは水晶だった。
「あの、これは一体?」
「え?あぁ、『科学世界』のご出身ですもんね。これが魔法です。」
「あー、そうなんですね。」
そして、何事もなく彼女は作業に戻る。そんなサラッとファンタジー要素を出されると、感動が薄い。魔法陣や謎の光やよく分からない風で髪や服が靡くなんてことはなかった。少なくとも、J.K.ローリングと歴代の映画監督らはガッカリしたことだろう。
受付嬢が片手に書類を持ち、片手で水晶に手をかざすと、その水晶の中は翡翠色に濁り始め、渦を巻き始める。書類に書かれていた文字がまるでシールのように剥がれていくと宙に揺蕩い、水晶の渦に吸い込まれていく。
全ての文字が渦に巻き込まれたとき、その流れはゆっくりと収まっていき、また透明に戻っていく。その様子に、受付嬢は頷く。
「書類に誤りはありませんでした。ありがとうございます。」
「誤りがあった場合、あの水晶はどうなんですか?」
「赤く濁りますね。そうしたら誤りや偽りがあったとして、書き直してもらいます。詳しい原理を説明するには基本的な魔法の知識がないとなので、割愛しますね?」
そう言い、質問を事務的に処理する。詳しく知りたいなら知識が足りねぇよと伝えてくれたことにより、それ以上は踏み込めない。慣れてる人だ。
彼女は書類を裏返しに置いて、麻袋をこちらの近くに置く。
「この中にはこの世界の通貨が入っております。銀貨が10枚と銅貨が20枚だけ入っております。出せる支援金はこれだけになっております。」
妙に「だけ」という副助詞が気になった。きっと、無意識に出た言葉なのだと思われる。だとするならば、公的扶助としては少ないのではないだろうか?営業スマイルに隠されていて、全くそんなようには読み取れないが…
「えっと、食べ物の相場とか宿代の相場とかって?」
「え?えっと…こちらで安いお宿をご案内いたします。そこは素泊まりで銀貨1枚、食事付きで銅貨2枚の追加となります。」
話をズラしやがった!
しかし、なるほど。つまりはカツカツであるのだと理解できた。若しくは、転生者というのは存外多いのかもしれない。兎も角、これを彼女に対して「少ない」だの「もっとくれ」だのとのたうち回るのは止めておこう。そういう情けなさは持ち合わせてない。俺の情けない要素とのベクトルが違う。
「つまりは、それが無くなるまでに仕事を見つけろってことですか?」
受付嬢はそれを聞いて驚いたように目を丸にした。何やら予想とは違った反応だったのだろうか。彼女はすぐに営業スマイルに戻し、対応を続けてくれた。
「そういうこととなります。ここは狭いですが、ここの地下には色々なギルドがあるので、そこに入会したら仕事の紹介や稼ぎ方のセオリーを学べる研修なども定期的に開いていたりします。若しくは、個人的に屋台を開いて商売をする、自営業のようなこともできますが、ギルドからの支援はなかったり、場所取りの許可を得なければなりませんし、確定申告は自分で行わないといけません。」
つくづく、ここはファンタジーが足りない。しかし、そうなればそのギルドとやらに入って金を稼ぐ必要があるのか。自営業の件も、できるけどデメリットを多く語るということは、そっちとしてもあまり好ましくないということだな。
「もし良ければ、地下の複数のギルドをご案内いたしますか?」
「是非、見させてください。」
「承知いたしました。それではこちらへ。」
彼女は横の出入口からカウンターを出て、付いてくるよう促す。素直に従い、彼女の後に続く。
扉の先には階段があり、上と下、どちらへでも行けるようだ。地下にそれらがあるという話だったので、目線は無意識に下へと向かう階段に向けられた。その無意識は正しく、受付嬢はそちらへと降りていく。
一緒に下に降りていくと、何やら温度が少しずつ高くなっていき、人の喧騒が漏れ出ているのが聞こえ始めた。相当の数の人々がこの地下室にいるということだ。そうなれば、階段は不便なのではなかろうか?決して広い訳でもないこの階段は、3人が通れるぐらいの幅で大人数が通るには狭い。地下鉄の階段と比較したら、それが分かりやすいだろう。これも魔法でどうにかするのだろうか?
「この先にたくさんのギルドがあります。」
どうでもいいようなことを考えていたら、いつの間にか階段が終わりを迎え、目の前には大きな扉があった。木製の扉で簡素なものだが、それを押し引きするのは少し手間ではなかろうか?
「開けていいですか?」
「はい、もちろんでございます!」
お許しも出たことだし、その無駄に大きな扉を押した。動かなかったから引いた。すると、少しずつ間から光が漏れ始め、広がった光景は地上では見られなかった程の人の数がウヨウヨと入り交じっていて、まるで蟻塚の断面でも見ているかのようだった。既視感を少し感じたが、海外のディスカウントショップがこんな様子だった。商品棚の代わりに大きなカウンターに制服を着た多種多様な人型が綺麗に陳列されていた。
その上には大きな看板に謎言語とセットで『Merchants' Guild』や『Adventurers' Guild』など、異世界らしい英語が書かれたものが見られ、ファンタジーらしい商人と冒険者のギルドの存在が確定した。しかしながら『Welfare workers' Guild』や『healthcare workers' Guild』等と書かれた看板も見受けられ、福祉や医療などのギルドも存在するのだろう。福祉なんて歴史がまだそこまで深い訳でもないのに、まさか『科学世界』と同等の知見には至っているまいな。もしそうなら、やはりそれだけ転生者というものは特別ではない存在なのだろう。
異世界系で共通するのは、その世界では異質な存在として良くも悪くも特別な存在として扱われる、その唯一無二な存在であるという位置付けをされるから出る杭は打たれる世の中で流行ったのだと私は思っている。その持論が正しいとするならば、その事実は多くの転生者の希望を打ち砕いたことだろう。
「英語は分かりますか?」
「まぁ、何となく。俺は福祉や医療の知識はないので、あれらのギルドは難しそうですね。」
「そうなんですね。では、冒険者ギルドや商人ギルドの方へ行かれますか?」
「そうですね。」
待てよ?そんな大量の転生者がいていいのだろうか。転生する前、俺は確かに能力を貰った。『イメージを具現化する』という能力は、決して弱い能力ではなく寧ろ経済を崩壊させることもできるぐらい強大である能力だ。そんな奴らが、量産されていいわけがない。
好きな能力をくれると言った人型の光は、「世界が崩壊しない限り」の能力にするように伝えてきた。世界は確かに崩壊しない、せめて人間の文化が崩壊する程度の能力ではあるが、そんな人間が束にしても収まらない程にいるとしたら?
それは、世界の崩壊だろう。
「どうされました?」
「え、あぁ、いや、なんでも…」
受付嬢は心配そうに顔を覗かせる。
思えば、先程書いた書類にも与えられた能力を書く欄がなかった。転生者がここまで当たり前の世界なら、能力について記入する欄があっても不思議ではない。しかし事実、そのような記入はしていないのだ。
もしかすると、俺は異世界でも特殊なケースなのではなかろうか?
そうだとするのならば、なんという展開だろう。上げて落として上げるという展開。俺の小説でもこんな回りくどい展開にはしない。そして何より、それに気が付くのが異世界の人間との交流を経て自分が特別だと知るという王道の展開ではなく、勝手に考えて勝手に導き出すという、ライトノベルなら読者がワクワクしない方法で知ってしまった。
俺が特別だなんてファンタジーの王道な設定の所為で、ファンタジーが足りない展開になってしまった。俺の人生って本当につまらない。
「商人ギルド、案内お願いできます?」
「あ、はい!」
少し疲れたような、諦めたような笑顔になってしまった気がするが、受付嬢は変わらず元気な営業スマイルを保っていてくれた。




