誰が開けさせたのか
第8話で見えてきたのは、オルゴールを壊した人物ではなく、ローデンに「開ける理由」を与えられた人物でした。
今回は、その人物へさらに近づきます。
そして、ローデンが遺そうとしていたものの意味が、少しずつ変わり始めます。
ローデン・ミルズが死んだ夜。
銀色のオルゴールは、閉じていた。
十五年間。
一度も開けなかった。
それを。
誰かが開けさせた。
アレンは翌朝から、その一つだけを考えていた。
王都遺品整理局。
机の上には、昨日から持ち越している遺品が三箱。
一箱目。
古い衣服。
二箱目。
食器。
三箱目。
手紙。
本来なら順番に整理する。
けれど。
「クロウ」
呼ばれて顔を上げた。
局長代理が立っている。
「はい」
「さっきから同じ手紙を三回読んでる」
アレンは手元を見る。
確かに。
「すみません」
「内容がそんなに面白いのか」
「孫に野菜を食べろと書いてあります」
「三回読むほどではないな」
「そうですね」
局長代理が眉間を押さえた。
「また事件か」
「まだ分かりません」
「その答えを聞くと嫌な予感がするようになった」
「僕のせいですか?」
「誰のせいだと思ってる」
アレンは手紙を返却用の箱へ入れた。
「午前中には終わらせます」
「午後は?」
「警備隊へ」
局長代理は何も言わなかった。
ただ。
長く息を吐いた。
「行ってこい」
「まだ午前です」
「顔がもう仕事してない」
否定できなかった。
昼過ぎ。
王都警備隊本部へ行くと、セラは資料室にいた。
机の上に、いくつもの帳簿が積まれている。
「遅い」
「仕事してました」
「偉いわね」
「最近その褒め方、多くないですか」
「成長が分かりやすいから」
アレンは向かいへ座った。
「何か出ました?」
「いくつか」
セラが一冊の薄い帳簿を押し出す。
表紙。
《ミルズ魔導具店 修理受付》
「店の修理台帳?」
「過去三か月分」
ページを開く。
日付。
客名。
品目。
交換部品。
担当者。
細かく記録されている。
「ミラが付けていた」
「きれいですね」
「性格が出るわね」
確かに。
文字の大きさまで揃っている。
アレンはページを追う。
魔導灯。
携帯保温器。
通信石。
自動筆記機。
音響魔導具。
「響晶を使った修理は?」
「そこ」
セラが一行を指す。
二か月前。
小型通信石の交換。
使用部品。
響晶一個。
それ以外にはない。
「在庫は?」
セラがもう一冊出す。
部品管理簿。
響晶。
三か月前。
在庫七。
二か月前。
一個使用。
残六。
「今は?」
「五個」
アレンが顔を上げる。
「一個足りない」
「そう」
「使用記録なし」
「そう」
アレンは帳簿を見る。
一個。
オルゴール内部からは、響晶の破片らしきものが見つかっている。
「ミラさんには?」
「まだ聞いてない」
「どうして?」
「先にもう一つ確認したかったから」
セラが紙を一枚出した。
王都旧市街。
魔導具部品商《ラウンズ商会》。
納品記録。
「響晶を買ってますね」
「事件の六日前」
「誰が?」
「ミルズ魔導具店」
「注文者は?」
セラは文字を指す。
ミラ・エヴァンス。
アレンはしばらく紙を見た。
「一個」
「一個だけ」
「在庫補充なら?」
「普通は十個単位で仕入れるらしい」
「特別な響晶?」
「小型の音声記録用」
アレンは顔を上げた。
音声。
妻の声。
少しずつ。
偶然が同じ場所へ集まり始めている。
「店へ行きましょう」
セラが帳簿を閉じた。
ミルズ魔導具店へ着いた頃。
空は薄く曇っていた。
いつもの《休業中》の札。
扉を叩く。
返事がない。
もう一度。
「ミラさん?」
アレンが呼ぶ。
中で物音。
しばらくして、鍵が開いた。
ミラが立っていた。
顔色が良くない。
「すみません。少し片づけていて」
「お時間いいですか」
セラが尋ねる。
ミラは警備隊の制服を見る。
「……はい」
店内。
棚の一部は空になっていた。
箱がいくつも積まれている。
「片づけ?」
アレンが聞く。
「もうすぐ、この建物を空けないといけないので」
ミラはそう言った。
「契約はまだですよね」
セラが聞く。
「明日の予定でした」
「ローデンさんが亡くなったので止まっている」
「はい」
その返事。
アレンは覚えた。
止まっている。
ミラにとって。
それはどんな意味を持つ言葉なのだろう。
「作業台を見せてもらえますか」
セラが言う。
ミラの表情が少し変わる。
「私の?」
「ええ」
「どうして」
「確認したいことがあります」
数秒。
「……分かりました」
店の横。
ミラ専用の小さな修理場。
第8話でルークが、
事件前日、ミラがここで何かを直していた。
そう証言している。
木製の作業台。
工具。
細かな部品。
白い修理布。
アレンは布を見る。
ルークの証言と同じ。
「事件前日」
セラが言う。
「ここで何を修理していました?」
「客の魔導具です」
「何の?」
「たしか……音響具だったと思います」
「たしか?」
「いろいろ扱っているので」
セラが修理台帳を置いた。
「事件前日に、あなたが担当した音響具の記録はありません」
ミラの目が台帳へ落ちる。
「記入を忘れたのかもしれません」
「あなたが?」
「私だって忘れることはあります」
「十七年分、かなり丁寧に記録してるみたいだけど」
「全部見たんですか」
初めて。
ミラの声に、少し棘が混ざった。
セラは気にしない。
次に。
響晶の在庫記録。
「一個足りない」
ミラは黙る。
「事件の六日前、あなた自身が音声記録用の小型響晶を一つ購入している」
「修理用です」
「修理台帳にはない」
「だから、記録し忘れたのかもしれません」
「何を修理した?」
沈黙。
「ミラさん」
「……覚えていません」
アレンは作業台を見る。
工具が整然と並んでいる。
細い刃。
制御石加工用の針。
小型の魔導刻印器。
銀磨き。
潤滑油。
オルゴールを分解するために必要な道具は、すべて揃っている。
「オルゴールも、ここで修理できます?」
アレンが聞いた。
「できます」
「制御石を削ることも?」
「技術的には」
「響晶を入れることも?」
「はい」
短い返事。
「事件前日、ルークさんは」
アレンは白い布を見る。
「あなたが、このくらいの大きさの物を修理していたと言っています」
ミラの視線も布へ向く。
「ルークが?」
「はい」
「本人は中身を見ていません」
「なら、オルゴールだと決めることはできませんよね」
「できません」
アレンは認めた。
ミラが少しだけ息を吐く。
「僕には」
アレンは続けた。
「ミラさんがオルゴールを細工したところは見えていません」
「なら」
「でも」
アレンは机の帳簿を見る。
「最近誰かが、あのオルゴールを何度も触っていた」
新しい工具傷。
新しい潤滑油。
加工された制御石。
響晶の破片。
消えた響晶。
音声記録用響晶の購入。
「全部、一つずつなら説明できると思います」
ミラは黙っている。
「でも、一つのオルゴールの周りに集まりすぎている」
「私以外にも修復師はいます」
「ええ」
エドガーもできる。
ローデン本人にも、長年の技術がある。
「だから」
アレンは言った。
「細工した人だけを探していても、たぶん足りない」
ミラが初めてアレンを見る。
「どういう意味ですか」
「ローデンさんに開けさせた人です」
静かになった。
セラは何も言わない。
アレンに任せている。
「十五年間」
アレンは続ける。
「あの人は、オルゴールを開かなかった」
「……はい」
「長男のエドガーさんにも開けない」
「はい」
「次男のルークさんにも」
「はい」
「それなのに、死ぬ夜には開けた」
ミラの指先が。
作業台の縁へ触れる。
「誰かが、理由を作った」
答えはない。
「オルゴールには、響晶を入れられる」
「そうですね」
「最近、一個入れられた可能性が高い」
「……」
「響晶に残せるものは?」
「音声です」
「誰の?」
今度は。
ミラは答えなかった。
アレンが聞き方を変える。
「ローデンさんが、十五年間閉じた物を開けるほど聞きたかった声って」
少しだけ。
間を置く。
「誰の声でしょう」
ミラが目を伏せた。
「奥様でしょうね」
小さな声。
「エレナさん」
「はい」
「ミラさんは、エレナさんが亡くなる前まで、この店にいた」
「いました」
「病床にも?」
「何度か」
「ローデンさんより詳しく知っていることもあった?」
ミラが顔を上げる。
「何を言いたいんですか」
「もし」
アレンは静かに続ける。
「エレナさんが亡くなる前、誰にも言わず響晶へ声を残していたと言われたら」
ミラの唇が固くなる。
「ローデンさんは信じたと思います」
答えではない。
でも。
否定もしなかった。
「誰なら」
アレンは言う。
「その嘘を信じさせられるでしょう」
ミラはアレンを見る。
長い。
長い沈黙。
やがて。
「私だけじゃありません」
声が少し震えていた。
「エドガーさんだって、奥様のことを知っている」
「でも、エドガーさんは母親が響晶を使っていなかったと思っていた」
セラが初めて口を開いた。
「あなたは違った?」
「私は」
「事件前日に買った響晶を、何に使ったの」
返事がない。
「ミラさん」
「……修理です」
「何の?」
「覚えていません」
同じ答え。
けれど。
今度はさっきより小さかった。
アレンは。
無理に追い詰めなかった。
まだ。
足りない。
彼女が嘘をついている可能性は高い。
でも。
なぜ。
そこが分からない。
店を出たあと。
セラが言った。
「ほぼミラね」
「かなり」
「珍しく曖昧じゃない」
「証拠が集まってきたので」
「でも何か気になる」
「動機です」
セラが頷く。
二人は旧市街を歩く。
店の前を行商人が通る。
パン屋。
古着屋。
金物屋。
何十年も同じ場所で商売しているような、小さな店が並んでいる。
「ミラには理由がある」
セラが言った。
「店がなくなる。仕事も家も失う」
「はい」
「十分じゃない?」
アレンは答えなかった。
十分。
なのかもしれない。
人が人を殺す理由に、正しい大きさなどない。
でも。
「ローデンさんを殺したら」
アレンが言う。
「店を守れるんでしょうか」
セラが立ち止まる。
「どういう意味?」
「建物はローデンさんの財産」
「そうね」
「死ねば息子さんたちが相続する」
「エドガーは店を残したがってる」
「ミラさんも、それを期待したのかもしれません」
だから。
契約前に。
ローデンを殺す。
売却を止める。
エドガーが相続すれば、店が残るかもしれない。
筋は通る。
「でも」
アレンは続けた。
「僕たちはローデンさん本人から、何も聞けていない」
「死んでるからね」
「建物を売る」
「ええ」
「今の店は月末で終わる」
「ミラの証言」
「それを」
アレンは旧市街の店々を見る。
「みんな“商売をやめる”って意味にしてませんか」
セラの目が動いた。
建物を売る。
今の店を終える。
それは。
必ずしも。
仕事そのものをやめるという意味ではない。
「商業組合」
セラが言った。
「確認しましょう」
王都商業組合は、旧市街から馬車で十五分ほどの場所にあった。
建物だけは妙に立派だった。
受付。
書類。
待合室。
セラが警備隊の身分を示すと、すぐに担当者が出てきた。
五十代ほどの女性。
眼鏡。
大量の書類。
「ローデン・ミルズさん?」
女性は確認する。
「はい」
「店舗売却について」
セラが言った。
「亡くなる翌日に正式契約を予定していたと」
「建物についてはそうですね」
アレンが顔を上げる。
「建物については?」
担当者は少し不思議そうに二人を見る。
「ええ」
「店も閉める予定では?」
「店?」
女性は書類をめくる。
「いいえ」
ページを探す。
一枚。
二枚。
「そんな届けは出ていませんよ」
セラとアレンが顔を見合わせる。
「閉業届がない?」
「ありません」
「では、建物を売ったあと」
アレンが聞く。
「ミルズ魔導具店はどうする予定だったんですか」
女性は書類を見る。
「移転ですよ」
「移転?」
「はい」
あまりにも普通に答えた。
「旧市街南側の小規模店舗へ。物件申請も通っています」
アレンは何も言えなかった。
店を売る。
今の店は終わる。
月末まで。
全部。
嘘ではなかった。
ただ。
意味が違った。
「それと」
担当者がさらに書類を探す。
「明日は、建物売却だけではなく、営業登録の変更手続きも予定されていましたね」
セラが聞く。
「変更?」
「はい」
「どんな?」
担当者は一枚の封書を取り出す。
その表。
《ミルズ魔導具店 営業継承申請》
アレンの目が止まる。
継承。
ローデンは。
店を終わらせるつもりではなかった。
誰かへ。
渡そうとしていた。
「後継者は?」
セラが尋ねる。
担当者が申請書を開こうとする。
アレンはその手元を見る。
なぜか。
答えを聞く前から。
一人の顔が浮かんでいた。
十七年間。
店で働いた。
店に住んだ。
店を失うと思った。
そして。
ローデンに言われた。
――お前も、自分の名前で仕事をする歳だ。
担当者が紙へ目を落とす。
アレンは、小さく息を吸った。
ミルズ魔導具店は。
閉店する予定ではなかった。
お読みいただきありがとうございます。
消えた響晶。
ミラの作業台。
そして、ローデンに「亡き妻の声」を信じさせられた人物。
事件の輪郭は、かなりはっきりしてきました。
けれど最後に判明したのは、
ローデンが店を閉めるつもりではなかった、という事実。
次話はいよいよ第二事件の解決編です。
ローデンは本当は誰に店を遺そうとしていたのか。
そしてミラは、何を失うと思ってローデンを殺したのか。
これまで置いてきた言葉と遺品の意味を、すべて回収します。




