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王都遺品整理局――魔力ゼロの整理官は、死者の部屋に残された嘘を拾う  作者: 秀人


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8/10

妻の声

第7話で、オルゴールが故意に細工されていた可能性が浮かび上がりました。


今回は、最も疑わしい人物と、もう一つの嘘。


そして事件の中心にある「十五年間開かなかった理由」へ近づいていきます。


「俺ならできる」


エドガー・ミルズは、迷わずそう言った。


王都警備隊の鑑定室。


机の上には、分解された銀色のオルゴールが置かれている。


蓋。


歯車。


音響板。


蓄魔石を収めていた空洞。


そして、人為的に削られた青白い制御石。


セラがエドガーを見る。


「確認します。あなたなら、この細工ができる?」


「できる」


「どのくらい時間がかかる?」


「工具が揃っていれば一時間もいらない」


「初めて見る型でも?」


「初めてじゃない」


アレンが顔を上げた。


「触ったことがあるんですか」


「この型にならな」


エドガーはオルゴールを指す。


「母さんのこれじゃない。同じ工房が作ったものを何台か修理したことがある」


「構造を知っている」


セラが言う。


「ああ」


「制御石の流路を変えれば、開けた人間へ魔力が逆流することも?」


「分かる」


エドガーは少し苛立ったように答えた。


「修復師なら、見れば分かる」


「あなたには動機もある」


部屋が静かになる。


エドガーの目が細くなった。


「店か」


「ローデンさんは店を売ろうとしていた。あなたは反対していた」


「それで俺が親父を殺した?」


「まだそこまでは言ってません」


「昨日からそればっかりだな」


セラは表情を変えない。


「便利なので」


アレンはオルゴールを見る。


技術。


動機。


父親との口論。


そして、事故に見せかけられるだけの知識。


エドガーは今のところ、一番条件が揃っている。


「事件の前日」


セラが続ける。


「どこにいました?」


「工房」


「何時まで?」


「朝から夜まで」


「一人?」


「午後から弟子が二人」


「確認します」


「勝手にしろ」


エドガーが椅子へ深く座った。


アレンが尋ねる。


「お父さんの家へ自由に入れました?」


「鍵は持ってない」


「店には?」


「営業時間なら誰でも入れる」


「作業室は?」


「親父がいればな」


「ミラさんは?」


「当然入れる」


一瞬。


誰も言葉を発しなかった。


エドガーがアレンを見る。


「何だ」


「いえ」


「ミラを疑ってるのか」


「まだ誰も」


「やめろ」


今までで一番強い声だった。


セラの目がエドガーへ向く。


「なぜ?」


「あいつは関係ない」


「どうして言い切れるんです」


アレンが聞いた。


「十七年だぞ」


エドガーは答えた。


「俺より長い時間、親父と店にいた」


「だから殺さない?」


「少なくとも俺よりは、親父のことを分かってる」


アレンは少し考えた。


長く一緒にいること。


相手を理解していること。


その二つは、必ずしも同じではない。


第一の事件で、それは見た。


けれど。


今は言わなかった。


鑑定官が、分解されたオルゴールの内部を覗き込んでいる。


昨日から何度も見ているはずなのに、突然手を止めた。


「……ん?」


セラが振り返る。


「何?」


「待て」


鑑定官は細い照明具を手に取った。


オルゴールの内側へ光を入れる。


「ここ」


アレンたちも覗き込む。


音響板の下。


指先ほどの小さな窪みがある。


「何です?」


アレンが聞く。


「響晶受けだ」


エドガーが先に答えた。


「響晶?」


「声を記録する魔導石」


鑑定官が説明する。


「今の製品じゃ珍しくない。昔の高級音響具にも、追加機構としてついてるものがある」


「このオルゴールにも?」


「使える構造にはなってる」


アレンは窪みを見る。


何も入っていない。


「空ですね」


「今はな」


鑑定官が工具を入れ、内側を軽く擦る。


白い布へ、透明に近い細かな破片が落ちた。


「これは?」


セラが聞く。


鑑定官は破片を光へかざす。


「響晶の欠片かもしれん」


エドガーの表情が変わる。


「そんなはずない」


「どうして?」


「母さんのオルゴールには、響晶なんて入ってなかった」


「確か?」


「俺が子どもの頃から見てる」


「十五年前より前に?」


「ああ」


エドガーは眉を寄せた。


「普通に曲を鳴らすだけだった」


アレンが聞く。


「響晶が入っていれば?」


「声も再生できる」


鑑定官が答える。


「記録内容次第だがな。話し声でも歌でも」


妻。


エレナ・ミルズ。


十五年前に死亡。


彼女の形見のオルゴール。


その中に。


最近、響晶が入れられた可能性がある。


「逆流で割れた?」


セラが尋ねる。


「あり得る」


鑑定官は破片を証拠袋へ入れた。


「高い魔力を一気に食らえば、小型の響晶なら砕ける」


エドガーはしばらくオルゴールを見ていた。


「親父が入れたのか?」


誰も答えられなかった。


昼過ぎ。


アレンとセラは旧市街の質屋にいた。


理由は、ルーク・ミルズだった。


正確には。


ルークの部屋にあった数枚の金貨。


そして。


ミルズ魔導具店の商品棚に残っていた、不自然な空白。


「これだな」


質屋の主人が、奥から一つの箱を持ってきた。


中に入っていたのは、小さな真鍮製の魔導灯。


携帯用。


古い型。


側面には《MILLS》の修理刻印。


「いつ持ち込まれました?」


セラが聞く。


主人が帳簿を開く。


「三日前」


事件の前日。


アレンとセラが顔を見合わせる。


「持ってきた人は?」


「若い男。三十代くらい」


「名前」


主人は帳簿を指す。


ルーク・ミルズ。


偽名すら使っていなかった。


「随分堂々としてますね」


アレンが言った。


セラがため息をつく。


「殺人を隠す人間には見えないわね」


「盗みを隠すのも上手ではなさそうです」


「同感」


ルークは、その日の夕方に警備隊本部へ呼ばれた。


机の上に魔導灯を置かれた瞬間。


「あ」


と言った。


セラが椅子へ座る。


「もう少しましな反応はなかった?」


ルークは顔を覆った。


「最悪だ」


「こっちの台詞」


「違うんだ」


「何が?」


「親父は殺してない」


「まだ魔導灯の話しかしてないけど」


ルークが黙る。


アレンは壁際に立っていた。


「事件前日、店には行っていない」


セラが言う。


「あなた、そう証言しましたね」


「……行った」


「何をしに?」


「これを取りに」


魔導灯を見る。


「取りに?」


「盗みに、だよ」


吐き捨てるような声。


「金が必要だった」


「お父さんには?」


「言えるわけないだろ」


「店の商品を売った?」


「これだけだ」


「本当に?」


「本当だ」


セラが帳簿の写しを見せる。


「売ったのは午後四時二十分」


「……ああ」


「店に入ったのは?」


「三時くらい」


「誰がいました?」


「ミラ」


アレンが顔を上げる。


「ローデンさんは?」


「奥の作業室」


「会いました?」


「顔は見てない」


「どうして」


「親父がいたら盗めないだろ」


それはそうだった。


「ミラさんには見つからなかった?」


「修理場にいたから」


「どこ?」


「店の横の小さい作業台。客の魔導具を直してた」


アレンは店内の配置を思い出す。


ミラの作業台。


帳場から少し離れた場所。


奥の作業室とは別。


「何を修理していたか分かります?」


「知らない」


「見てない?」


「布がかかってた」


アレンは少しだけ引っかかった。


「布?」


「白い修理布」


「大きさは?」


ルークが苛立った顔をする。


「そこまで覚えてないよ」


「オルゴールくらい?」


セラが尋ねる。


ルークは眉を寄せる。


「……かもしれない」


「銀色でした?」


「だから見てないって」


決め手にはならない。


修理店だ。


布をかけた魔導具など、いくらでもある。


「ローデンさんとは話さなかった?」


アレンが尋ねる。


「話してない」


「声は?」


ルークが少し考えた。


「聞いた」


「何て?」


「そこまでは」


「誰と話していた?」


「ミラじゃないか?」


「ミラさんは店先にいたんですよね」


「行ったり来たりしてた」


ルークは椅子へもたれた。


「親父、最近ずっと機嫌悪かったし、近づきたくなかった」


「店の売却で?」


「たぶんな」


「翌日、契約する予定だった」


セラが確認する。


「ああ」


ルークの表情が暗くなる。


「だから、あの日しかないと思った」


「魔導灯を盗むなら」


「店の商品が整理されたら、なくなったのがすぐ分かる」


死の前日。


父親の店から品物を盗む。


翌日。


父親が死ぬ。


そして。


その事実を隠すために嘘をついた。


十分怪しい。


でも。


「オルゴールには触った?」


セラが聞く。


「触ってない」


「作業室へは?」


「入ってない」


「証明できる?」


「できない」


ルークは俯いた。


しばらくして。


「最低なのは分かってる」


小さく言う。


「でも、親父を殺して金を取ろうとしたわけじゃない」


アレンはルークを見る。


嘘をついた人間。


だからといって。


その人間のすべての言葉が嘘になるわけではない。


少なくとも。


魔導灯を盗んだ理由については、物が証明している。


「じゃあ」


ルークが顔を上げた。


「俺は帰れる?」


セラが微笑んだ。


「窃盗の話が終わったらね」


ルークはもう一度顔を覆った。


ミルズ魔導具店へ戻ると、ミラは一人で帳場の書類を整理していた。


「ルークさんのこと?」


アレンたちを見るなり言った。


「知ってたんですか」


セラが尋ねる。


ミラは首を振る。


「警備隊の方が店の商品を確認していたので、何となく」


「事件前日、彼を見ました?」


ミラの手が止まる。


「……いいえ」


セラの視線が鋭くなる。


「本当に?」


少し。


間があった。


「来ていたかもしれません」


「随分変わりましたね」


「店には出入りが多いので」


「弟みたいな相手でも?」


ミラが黙る。


アレンは彼女を見る。


ルークは、


母親じゃないんだから。


そう言った。


ミラは否定しなかった。


「ルークさんが店の商品を盗んだことを知っていました?」


「知りません」


「気づかなかった?」


「……最近は棚まで見る余裕がなくて」


ローデンの死。


売却。


自分の仕事。


住居。


余裕がなくても不思議ではない。


「オルゴールに響晶を入れられる機構があることは?」


アレンが聞いた。


ミラの顔が動いた。


ほんの少し。


「響晶?」


「はい」


「古い型ですから、そういうものもあります」


「エレナさんのオルゴールにも?」


「構造としては」


「以前から知っていた?」


「修復師ですから」


エドガーと同じ答え。


「エレナさんは、響晶を使っていました?」


ミラは首を横に振った。


「私が知る限りは」


「声を残したことは?」


その瞬間。


ミラの目が止まった。


「……奥様の?」


「はい」


少し長い沈黙。


「ありません」


答えは静かだった。


「たぶん」


「たぶん?」


「全部を知っているわけではありませんから」


当然の答えだった。


アレンはさらに聞く。


「エレナさんが亡くなる頃、ミラさんはこの店に?」


「いました」


「どのくらい?」


「二年目です」


「病気だった?」


ミラが頷く。


「長かったです」


「ローデンさんは?」


「ずっと側にいました」


「オルゴールも?」


「奥様が好きでしたから」


ミラは店の奥を見る。


そこにオルゴールはない。


今は警備隊にある。


「具合が悪くなってからも、よく聞いていました」


「ローデンさんと一緒に?」


「はい」


「最後に鳴らしたのは?」


ミラは目を伏せる。


「亡くなる少し前だったと思います」


「覚えてるんですね」


「……忘れません」


声が少しだけ変わった。


アレンはそれ以上、エレナについて聞かなかった。


代わりに。


「もし」


と言う。


ミラが見る。


「もしエレナさんの声が、あのオルゴールに残っていると言われたら」


セラもアレンを見る。


「ローデンさんは、開けたと思いますか」


ミラは答えなかった。


店の外。


荷馬車の車輪が石畳を通っていく音。


遠くで誰かが客を呼ぶ声。


いつもの旧市街。


しばらくして。


「……分かりません」


ミラは言った。


「十五年ですから」


「十五年間開けなかった」


「はい」


「それでも?」


また沈黙。


「奥様の声なら」


ミラは小さく息を吐いた。


「聞きたかったかもしれませんね」


アレンは、その言葉を覚えた。


夜。


警備隊の鑑定室。


アレンはオルゴールを見ていた。


セラが後ろから入ってくる。


「まだいたの」


「考えてました」


「遺品整理局は?」


「今日はちゃんと仕事してから来ました」


「成長したわね」


「褒められてます?」


「半分」


セラが隣へ立つ。


机の上には、分解されたオルゴール。


「エドガーのアリバイが取れた」


「本当ですか」


「事件前日の午後から夜まで工房。弟子二人と客三人。途中で抜けた形跡もない」


「じゃあ細工できない?」


「別の日ならできる」


「そうですね」


まだ容疑から完全には外れない。


だが。


事件は、少しずつ形を変えている。


アレンは響晶受けを見る。


小さな空洞。


そこから見つかった破片。


「セラさん」


「何?」


「仮に」


アレンは言った。


「誰が制御石を削ったのかが分かったとします」


「うん」


「それだけで事件は解けますか」


「どういう意味?」


「この細工」


オルゴールを見る。


「意味がないんです」


セラが眉を寄せる。


「人を殺せるのに?」


「ローデンさんが開けなければ」


沈黙。


十五年間。


ローデンは開けなかった。


長男も。


次男も。


ミラも。


全員がそう証言している。


捨てろと言われれば怒った。


でも。


自分では開けない。


そんな人間を殺すために。


オルゴールへ細工する。


それだけでは足りない。


「犯人は」


アレンが言う。


「制御石を加工できる人じゃない」


「それだけじゃない?」


「はい」


ローデンを知っている。


妻を知っている。


十五年間閉じたままの蓋を。


その夜だけ。


自分から開けさせられる人間。


「この事件で一番難しかったのは」


アレンは空の響晶受けを見る。


「オルゴールを壊すことじゃない」


エドガーならできる。


ミラにもできる。


他の修復師にも。


でも。


「ローデンさんに、これを開けさせることだったんです」


セラは何も言わない。


アレンは銀色の蓋を見る。


十五年。


亡くなった妻。


そして。


最近、中へ入れられた可能性のある響晶。


「誰かが」


アレンは言った。


「ローデンさんに、開ける理由を与えた」


その理由が何だったのか。


まだ証拠はない。


でも。


もし。


十五年間聞けなかった人の声が。


そこに残っていると言われたなら。


アレンはオルゴールから目を離さなかった。


殺人に使われた道具は、もう分かっている。


次に探すべきものは。


凶器ではない。


ローデン・ミルズが。


十五年間守ってきた蓋を開けるほど。


信じた言葉だった。


お読みいただきありがとうございます。


オルゴールを細工できる人物。


事件前日に店へ来ていたことを隠していたルーク。


そして、内部に残されていた《響晶》の痕跡。


けれど、この事件で本当に難しかったのは、オルゴールを壊すことではありません。


十五年間、一度も開かなかったローデンに――なぜ、その夜だけ蓋を開けさせることができたのか。


次話では、その「理由」を作れた人物へ、アレンたちが近づいていきます。


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