三人の遺族
第6話で見つかった、十五年間使われていないはずのオルゴールに残る濃い魔力。
今回はローデンの二人の息子とミラ、それぞれが抱えていた店への思いが見えてきます。
遺品整理の仕事では、価値のある物より、価値の分からない物のほうが困る。
金貨なら数えればいい。
宝石なら鑑定へ回せる。
土地や証書なら担当部署がある。
けれど。
「これは?」
アレンは木箱から、小さな石を取り出した。
灰色。
丸い。
どこにでも落ちていそうな石だった。
向かいの机に座っていた男が顔を上げる。
「石だな」
「それは見れば分かります」
「なら聞くな」
「遺族返却、処分、どっちです?」
「知らん」
「ですよね」
王都遺品整理局。
午前九時。
三日前まで殺人事件に首を突っ込んでいたアレン・クロウは、今日は朝から石を眺めていた。
持ち主は八十一歳で亡くなった元郵便配達人。
自宅の寝室から、同じような石が四十七個出てきた。
遺書なし。
収集記録なし。
宝石でも鉱石でもない。
ただの川石。
「捨てるか」
向かいの男が言った。
バルト・ヘインズ。
四十七歳。
遺品整理局でアレンより十二年長く働く整理官。
太い腕に短い髪。
初対面の人間には大抵、倉庫番か用心棒と間違えられる。
「四十七個も集めてたんですよ」
アレンは石を指先で回した。
「だから?」
「何かあると思いません?」
「思わん」
「即答ですね」
「八十一年生きれば石くらい集める」
「集めます?」
「俺に聞くな」
アレンは箱を見る。
石は全部、ほとんど同じ大きさだった。
けれど、一つずつ色が違う。
白。
灰。
赤茶。
黒。
いくつかは表面が妙に滑らかだった。
「川かな」
「何が」
「この石」
「川石だろ」
「そうじゃなくて」
アレンは一つを持ち上げる。
端に、青い顔料が残っている。
別の石。
こちらには白。
さらに別のものには黄色。
「……何だそれ」
バルトが初めて身を乗り出した。
「塗料?」
「たぶん」
二人で箱を覗く。
すると。
底から折り畳まれた紙が出てきた。
アレンが広げる。
古い王都周辺の地図だった。
川沿いに、小さな丸印がいくつも書かれている。
四十七個。
バルトが地図と石を見比べる。
「配達先?」
「かもしれません」
地図の端。
小さな文字。
《最初の配達》
その横に日付。
五十年以上前。
さらに別の丸印。
《マリアに会った橋》
《娘が生まれた日》
《最後の配達》
アレンは石を箱へ戻した。
「返却ですね」
「だな」
バルトも今度は迷わなかった。
遺族にとって価値があるかは分からない。
もしかすると、
「何でこんな石を」
と言われるかもしれない。
それでも。
意味があると分かったものを、勝手に捨てる理由はない。
アレンは返却札を箱へつけた。
「やっと本業してるな」
聞き覚えのある声がした。
入口を見る。
濃紺の制服。
赤みのある茶髪。
セラ・ヴァイスが立っていた。
アレンは瞬きをする。
「警備隊って暇なんですか」
「同じこと、この前誰かに言われた」
「イリスさんですね」
「覚えてたの」
「聞いてましたから」
セラは事務室へ入ってくる。
バルトが彼女を見て、アレンを見る。
もう一度セラを見る。
「捜査官?」
「はい」
「こいつ何かやった?」
「今のところは」
「今のところ」
アレンが繰り返す。
セラは無視した。
「局長に書類を届けに来ただけ」
「それなら二階です」
「知ってる」
「じゃあ何でこっちに?」
「顔が見えたから」
バルトが何とも言えない顔をした。
アレンは気づかないふりをする。
セラが木箱を見る。
「石?」
「遺品です」
「これが?」
「大事な物だったみたいです」
アレンが地図を見せる。
セラは少しだけ読み、それ以上何も言わなかった。
ただ。
「捨てなくてよかったわね」
とだけ言った。
「そうですね」
短い沈黙。
セラがアレンを見る。
「ところで」
「はい」
「次はちゃんと遺品整理だけしてなさいよ」
「してます」
「前回も最初はしてた」
「僕から事件を探したわけじゃありません」
「分かってる」
「なら」
「だから祈ってるの」
「何を?」
セラは真顔で言った。
「次の死者の部屋が普通でありますように、って」
バルトが吹き出した。
アレンは納得できなかった。
「大体は普通ですよ」
「その言葉、覚えておく」
セラは二階へ向かった。
その背中を見送り。
バルトが言う。
「仲いいな」
「そうですか?」
「俺に聞くな」
今日二度目だった。
午後。
その願いは、どうやらあまり長くは持たなかった。
「次」
局長代理から渡された依頼書を、アレンはその場で読む。
ローデン・ミルズ。
六十七歳。
職業。
魔導具店経営。
死亡場所。
自宅兼店舗、作業室。
死因。
魔力逆流による急性魔脈損傷。
原因。
旧式魔導具の故障。
王都警備隊確認済み。
事件性なし。
アレンは最後の一行で目を止めた。
「何だ」
局長代理が聞く。
「いえ」
「嫌な顔をするな」
「してません」
「してる」
「この前と同じことが書いてあるなと思って」
事件性なし。
局長代理の眉間にしわが寄った。
「クロウ」
「はい」
「遺品を片づけてこい」
「そのつもりです」
「死因を調べるな」
「調べません」
「警備隊を呼ぶな」
「必要がなければ」
「その言い方をやめろ」
アレンは依頼書を革鞄へ入れた。
「行ってきます」
「クロウ」
「はい?」
「普通の遺品整理をしてこい」
「努力します」
「努力が必要なのか」
それには答えず、アレンは事務室を出た。
《ミルズ魔導具店》は、王都旧市街にあった。
大通りから一本入った路地。
古い石造りの建物が並ぶ中に、木製の看板が出ている。
《MILLS》
その下に、魔導灯。
修理。
調整。
買い取り。
小さな文字が並んでいた。
店構えは古い。
けれど手入れはされている。
窓ガラスも磨かれている。
真鍮の取っ手にも曇りがない。
入口には、
《休業中》
の札。
アレンが扉を叩く。
少しして、中から女性が出てきた。
「遺品整理局の方ですか」
「はい。アレン・クロウです」
女性は三十代後半。
濃い栗色の髪を後ろで一つにまとめている。
服装は黒。
ただし喪服というより、仕事着の上に黒い上着を羽織ったように見える。
指には、小さな傷がいくつもあった。
職人の手。
「ミラ・エヴァンスです」
「ご遺族の方ですか」
ほんの一瞬。
ミラの表情が止まった。
「いえ」
それから笑う。
「店員です」
「失礼しました」
「よく間違えられます」
ミラは扉を開けた。
「十七年いましたから」
店内へ入る。
古い魔導具が所狭しと並んでいた。
壁時計。
魔導灯。
携帯用保温具。
卓上通信石。
文字を書く小さな自動筆記機。
何に使うのか分からない器具もある。
新品ばかりではない。
むしろ古い物のほうが多かった。
「修理が中心ですか」
「はい」
ミラが店内を見る。
「ローデンさん、新しい物を売るより、古い物を直すほうが好きだったので」
「店主らしくないですね」
「よく言ってました」
ミラの口元がわずかに緩む。
「新品を一個売るより、壊れた物を十年延命させるほうが面白い、って」
アレンは少しだけ店内を見る目を変えた。
壁に並ぶ魔導具のいくつかには、補修跡がある。
新しい部品と古い部品。
違う時代の物が一つの道具の中で共存している。
「作業室はこちらです」
ミラが奥へ進む。
アレンもついていく。
途中。
店の帳場近くで、男二人が話していた。
一人は四十代前半。
痩せ型。
作業用の革前掛け。
もう一人は三十代半ば。
上等ではあるが、少しくたびれた外套。
「だから俺は、まだ売る必要はないって言ってる」
革前掛けの男が言った。
「親父が決めてたんだぞ」
「死んだだろ」
「だからって」
「契約前に死んだんだ。話は変わる」
「ルーク」
ミラが名前を呼ぶ。
二人がこちらを見る。
革前掛けの男がアレンを見た。
「誰だ?」
「遺品整理局の方」
「ああ」
ミラが紹介する。
「長男のエドガーさん。こちらが次男のルークさんです」
アレンは頭を下げた。
「アレン・クロウです」
エドガーが短く頭を下げる。
ルークはアレンの革鞄を見る。
「どれくらいかかる?」
「量を確認してからです」
「早く終わる?」
「物によります」
「店の商品まで整理するのか?」
エドガーが言う。
「今回は私物のみと伺っています。店の商品については別途、財産確認が必要になると思います」
「そうか」
ルークが帳場へ手を置く。
「建物を売るなら、結局全部出さなきゃならないんだけどな」
エドガーの顔が険しくなる。
「まだ決まってない」
「親父は決めてた」
「契約はしてない」
「明日する予定だった」
アレンは口を挟まなかった。
家族の話。
財産の話。
店の話。
こういう場所で、遺品整理官が軽々しく入る話ではない。
ミラが静かに言った。
「今は、ローデンさんの物をお願いします」
エドガーが息を吐く。
「悪い」
ルークは何も言わなかった。
作業室は店舗のさらに奥にある。
扉を開けると、油と金属の匂いがした。
広い作業机。
工具棚。
部品箱。
壁には魔導具の構造図。
一角には、床が黒く変色した場所がある。
アレンはそこで足を止めた。
「ここですか」
「はい」
ミラの声が低くなる。
「ローデンさんが倒れていた場所です」
作業机の上。
銀色の小さな箱が置かれていた。
アレンは見る。
掌二つ分ほど。
細かな蔦模様。
中央には小さな月。
蓋には、古い擦り傷がいくつもある。
「事故を起こした魔導具?」
「そうです」
ミラが答える。
「古い蓄魔式のオルゴールです」
アレンは近づく。
蓋は閉じている。
警備隊の確認札がつけられていた。
「警備隊から返却済み?」
「昨日」
「危険性は?」
「内部の蓄魔石は抜かれています。もう作動しません」
「なら遺品として扱えますね」
アレンが記録帳へ書く。
銀製魔導オルゴール。
一台。
「誰のものですか」
ミラが少しだけ黙った。
「奥様のものです」
「ローデンさんの?」
「エレナさん」
ミラがオルゴールを見る。
「十五年前に亡くなりました」
アレンも銀色の蓋を見る。
「形見ですか」
「そうですね」
その言葉に。
どこか迷いがあった。
「事故の日まで、使っていたんですか」
「いいえ」
即答だった。
「全然?」
「一度も」
アレンが顔を上げる。
「十五年間?」
「はい」
ミラは頷く。
「奥様が亡くなったあと、ローデンさんはあのオルゴールを開けませんでした」
「どうして?」
「そこまでは」
ミラは少し考えた。
「辛かったんじゃないでしょうか」
後ろから声がした。
「親父は、あれだけは触らなかった」
エドガーだった。
いつの間にか入口に立っている。
「母さんが死んでから、一度もな」
アレンが聞く。
「ご家族も?」
「俺は触ってない」
「僕もだよ」
ルークも奥から姿を見せる。
「興味なかったし」
「誰かが掃除で動かすことは?」
「棚の埃を取るくらいは」
ミラが答える。
「でも、蓋を開けたりはしていません」
「事故の日は?」
アレンが尋ねる。
三人が黙った。
エドガーが答える。
「開けたんだろうな」
「警備隊の説明では?」
「古くなった制御部が壊れていたらしい。親父が開けたときに魔力が逆流した」
「十五年ぶりに」
「そういうことになる」
アレンはオルゴールを見る。
十五年間、一度も開かなかった。
なのに。
死ぬ夜だけ。
開けた。
「理由は?」
エドガーが首を横に振る。
「分からない」
ルークが言う。
「気が変わったんじゃないか」
「十五年経ったから?」
「人間なんてそんなもんだろ」
ミラは何も言わない。
アレンは記録帳を閉じた。
「確認しても?」
「どうぞ」
エドガーが言った。
「もう動かないんだろ」
「はい」
アレンは右手の手袋を外した。
まず、銀色の側面へ触れる。
魔力。
ある。
ただし。
少しややこしい。
蓄魔式の魔導具は、道具そのものが内部に魔力を持つ。
だから中央の蓄魔機構に近い場所へ触れても、人間が残した魔力とは区別しづらい。
アレンは指を動かす。
底。
角。
そして。
蓋の留め金。
内部の蓄魔石から最も離れた場所。
指先へ。
熱が返ってきた。
アレンの手が止まる。
「……」
もう一度。
留め金。
濃い。
かなり。
一度触った程度ではない。
開ける。
閉じる。
触れる。
離す。
また開く。
そんな動作が何度も繰り返された物に残る濃さ。
エドガーが尋ねる。
「どうした?」
アレンは答えず、今度は蝶番側へ触れる。
こちらも。
新しい残留魔力が強く染みている。
「アレンさん?」
ミラが呼ぶ。
アレンは手を離した。
オルゴールを見る。
十五年間使われていない物。
確かに、古い魔力も残っている。
時間をかけて薄れたもの。
それとは別に。
もっと新しい。
ずっと濃い痕跡が、上から重なっている。
「事故の日にローデンさんが開けた」
アレンが言った。
「そうなんでしょう?」
「警備隊はそう言っていました」
ミラが答える。
「一回」
「……はい」
アレンは留め金を見る。
一度ではない。
「ミラさん」
「何でしょう」
「本当に」
アレンは三人を見る。
「このオルゴールは、十五年間開けられていなかったんですか」
「ええ」
ミラが答える。
エドガーも頷く。
ルークは少し面倒そうに腕を組んでいる。
三人とも。
同じ答え。
アレンはもう一度、オルゴールへ目を落とした。
誰の魔力なのかは分からない。
いつ触れたのかも分からない。
ただ。
濃さだけは。
誤魔化せない。
十五年間触られていなかった物に。
死ぬ夜、一度だけ触れたとして。
こんな残留魔力は残らない。
アレンは小さく息を吐いた。
朝。
セラは言った。
次の死者の部屋が普通でありますように。
どうやら。
今回も、願いは届かなかったらしい。
お読みいただきありがとうございます。
新しい工具傷。
最近入れられた潤滑油。
そして、人の手で加工されていた制御石。
ローデンの死は、古い魔導具の故障による単なる事故ではなかった可能性が高くなりました。
しかし、オルゴールを細工できた人物は一人ではありません。
次話『妻の声』では、最も疑わしい人物が浮かび上がる一方で、もう一つの嘘も明らかになります。
そして事件の謎は、
「誰がオルゴールを細工したのか」
から、
「なぜローデンは、十五年間開けなかったオルゴールを開けたのか」
へ移っていきます。




