王都へ
翌日、約束通り昼頃に迎えの騎士様がやってきた。
家の前に停めた運搬用の馬車へ手際よく荷物を積み終えると「少し歩かせてしまいますが……」と恐縮し前方を指し示す。
王都へと続く街道沿いに、他の馬車や馬は待たせているらしい。
騎士様の後ろに付いて歩きながら、一抹の不安が頭をよぎった。
(もしかして……。これから王都に着くまで、ラウル殿下のお付きの方達と一緒の馬車に乗っていくのかな?)
心の中がザワザワしだす。
(私は部外者だから、気を使われてしまうよね‥‥。馬車内の会話、突然、私に振られたらどうしよう……?)
心配から妄想が膨らみ、不安が雪だるま式に大きくなっていく。
(話を振られた私が何か言っても、声も震えてるだろうし、多分、聞き返されちゃったりするんだろうなぁ。それで結局この娘、何言ってか分からないって顔されて場が静まり返っちゃったり?気まずい空気になっちゃたりするんだよ)
どうしよう?出発を前にして、既に考えが負のスパイラルに陥ってしまった。
それならいっそ、同じ馬車に乗らない方が良くない?
そうだ!それだっ!私だけ荷馬車に乗せてもらおうっ!
「あ、あの!わたし!荷馬車の方が、落ち着くんですっ」
「……?はぁ?」
騎士様が返答に困ってしまっている。
滑った……。これ説明が足りなくて滑ったやつだよ……。
自分の至らなさが恥ずかし過ぎる。
もう誰か私を袋に詰め込んで、荷馬車の積荷にしてください。
「それはまぁ、よろしいかと。ただ、こちらの馬車にリーネ様をお乗せすると、私が殿下に怒られますから」
騎士様は貼り付けたような無表情を崩して少し笑ったかと思うと、促すように長い腕を前に伸ばした。
「あの馬車です。乗り心地は荷馬車より格段に良いと思いますよ。長旅なのでお身体に負担が無いよう、こちらをお勧めいたします」
こんな優しい騎士様のお仕事の邪魔をしてはなるまい。
馬車内トーク回避ならず、かぁ。
あぁ……。
◇
王家の馬車の前には、見覚えのあるラウル殿下お付きの人達が立っていた。私が来るのを外に出て待っていてくれたのだろうか?
有り難い事だが、これから馬車内で気まずい空気を作り出す身としては、大変申し訳ない気持ちになる。
あぁ……、これから馬車内の和やかな空気を、北の大地のようなブリザードに変えるのは私です。
これはもう馬車に乗る前に、しっかり謝っておいた方が良いかもしれないな。
「あの……。道中、至らない点多いと思いますが、よ、宜しくお願いいたします。」
(言えたーっ!言えたよーっ!私にしては満点なんじゃない?!)
フンス、フンスッと息巻いて喜びを噛み締める。私、努力をすれば、こうしてコミュ障レベルを下げていけるのかもっ!
お付きの人達も「こちらこそ宜しくお願いいたします」と丁寧に言葉を返して下さるけれど、あれっ?……今度はその返し方が分からない。
(やっぱり会話終了っ!こういう状況はお手上げだよ……)
最後の手段とばかりに無理やり笑顔を作り、敵意は無いとアピールする。
いつも通りローブを着てフードを被っているけれど、私の引き攣った痛々しい笑顔はお付きの人達に見えたようで、場の空気が変わった。
皆が、驚いたような顔をして目線をそらしていく……。
やっぱり初対面で私が魔力暴走を起こしかけて、ゴリマッチョの姿を晒してしまったから、今更笑顔振りまいても上っ面にしか見えないのかねぇ……。
第一印象って、やっぱり大事だよね。
*
子どもの頃の私は魔力を上手く扱えず、怒ってはゴリマッチョ、泣いてはゴリマッチョになっていた。
幼い頃はまだ街中で両親と共に暮らしていたから、近所の大人達も顔見知りの子達も周りには多く居たけれど、ゴリマッチョな私を見て驚かない人は居なかった。
多くの人は、驚いた後に私から目を背ける。
まるで見てはいけない物を見てしまったかのように……。
今になって思えばそれは仕方がない事だと分かるけど、まだ幼かった私は急に視線を逸らし、そっけない態度を取る人達を前に静かに傷ついていた。
こうしてまた目を背けられてしまうと、あの幼かった頃の自分に気持ちが引き戻されてしまう。
受け入れてもらえなかった悲しみが、静かに心をえぐる。
術を便利に使いこなせるようになり、ようやく自分の姿も能力も受け入れられるようになったけど、私の心の奥底にはずっと、悲しみが塊のようになって残っているんだ。
*
私がお付きの人達と共に、目の前の馬車に乗り込むタイミングを伺っていると、
「リーネ様はあちらです」
何故がお付きの人は、前方にある更に豪奢な馬車を差し示した。
「え?あれって……」
「そうです、あちらでございます」
目の前にある馬車よりキラキラした装飾の多い馬車なんて、あのお方が乗る馬車に違い無いでしょ?!
危険を察知した私が一向に足を進めないので、お付きの人が承知とばかりに豪奢な馬車へ向かい戸をノックした。
まさか、まさかだよね。こんなのって……。
雲間から太陽が顔を覗かせたように、光り輝く金の髪が豪奢な馬車の戸の陰から現れた。
まさか、だった……。
「やぁ、リーネ。王都までの道中、長くなると思うけど僕の話し相手になってくれないか?疲れたら眠ってしまっても良いし、好きに過ごすと良い。あぁ、気分が悪くなったらいつでも僕に言うんだよ。君は僕の恩人なんだから遠慮なく介抱されて欲しい。王都には日没後に着く予定だから、途中で馬車を停めて休憩も入れる予定だ。馬の交換もしなくてはならないからね……、それで食事なんどけど……」
あーーっ!このキラキラモードのラウル殿下の喋りは長い、長過ぎるんだよぉっ!
王子と共に馬車へ乗らねばならない状況と、伝えられる情報量の多さに、またもや全身の筋肉が騒ぎ始めてしまいそうだ。
「馬車、乗りますっ!乗らないとっ!」
私はもう考える事はやめて、馬車に勝手に乗り込んだ。
◇
「この後はリーネをエスコートして馬車に乗り込む予定だったんだ……」
「殿下ドンマイです。まだ馬車の中で時間はたっぷりとあります」
「そ、そうだな。昨晩、何百ものシナリオを練ってきたし、対応できる、よね」
「はいっ。私共はあちらの馬車ですので、殿下のお助けは出来ないかもしれませんが、心より応援しております!」
「そう……。心強いよ」
「そういえばリーネ様は先程、私共に挨拶の言葉と合わせて笑顔も向けて下さったのですよ。昨日の不安げな様子とはギャップがありましたので、あまりのお可愛らしさに皆が直視出来ず、目を逸らしてしまいまして」
「はぁぁ??!!何それ??僕はまだリーネの笑顔を見ていないのに??」
「なので、大変お可愛らしいのでお気をつけ下さいと、そうお伝えしたく」
「あ、分かった……。ヴィンセントはまた楽しんでるんだろう?僕が見てないリーネの笑顔を先に見られたから、また面白がっているんだろう?」
「ははっ、バレてしまいましたね。滅多にありませんからね、こんな状況。ラウル様には申し訳ないと思いつつ、お伝えしてしまいました」
「勘弁してよ……。こういう事は僕、笑えないよ?」
「御意」
◇
馬車の外ではまだラウル殿下が話をしている。このお方、話し始めると止まらないタイプなのかも。
馬車の中では挙動不審なタイプの方で居てくれたら、安心して王都までご一緒出来るのに……。
私はまだ誰も座っていない空いた向かいの座席を見つめ、小さく溜息をついた。




