王都行き?
ラウルという名の王子がお付きの人達に回収されてから3日が経った。
あの日以降また王子がやってくるのでは?と、ビクビクしながら暮らしていたが、とりあえず何も無く今に至る。
あの王子は休暇でこの森に来ていると言っていたので、あと数週間もすれば王都に帰ってくれるに違いない。それまでの辛抱だ。
正直、いつまた王子がやって来るのかと不安で仕方がないので、逃げ出すべく荷物は既にまとめている。彼らがやって来た気配があれば、裏口から荷物を持って全速力で出ていくつもりだ。
「こうやって、神経擦り減らしちゃうから、嫌なんだよね……」
自分以外誰もいないダイニングの椅子に座り、テーブルの上に飾った花を眺める。
今朝、水汲みの途中で見かけた薄紫色の野花は、祖母のお気に入りだったブラウスの色とよく似ていた。
「おばあちゃん。私、本当に1人で生きていけるかなぁ?誰かと居るより1人が楽なんだけど、おばあちゃんとなら、一緒に居られたし……。もちろん、お父さんとお母さんが生きていた頃も一緒に暮らしていたしね。本当は、ずっと1人じゃなかった……」
言葉にして、ようやく自分が祖母を失い1人になって不安だったのだと気がついた。
時間は前に進むだけで、亡くした人は帰ってこない。1人で暮らすという事が少しずつ現実として分かり始めてしまった。
「おばあちゃん。この家、少し離れる事になったらごめんね。ちゃんと戻って来られるよう、私しっかり逃げるから」
紫色の花弁が「しっかりやりなっ!」と気合いを入れてくれたような気がする。
「うん、おばあちゃん、私頑張るからっ」
花弁のおばあちゃんと話をしていると、その紫色にある人の瞳が重なって見えた。
「ひっぇ!」
花弁のおばあちゃんが、あの挙動不審な王子に変わる。
「ちょっ、ちょっと、その変化は無しっ!」
紫色の瞳が天然的な軽さで私に告げる。
『王都に招待しよう』
いやいや、お礼に王都行きってあり得ない。そんなの私には罰ゲームだ。
「静かな住処を離れて、態々人が集まる場所に行くとか無いでしょ?!」
脳のバグにより広がった妄想に、珍しく声に出し否定を強く主張する。
「1人だと随分お喋りなんだねぇ。玄関開いてたよ」
!!!
驚き過ぎて、椅子に座ったままの体が勝手に3cmくらいジャンプした。
不、法、侵、入 ーー!!
法に裁いて欲しいくらいの事をしている人物が、私の肩に手を乗せて和やかに微笑んでいる。
もちろんその人の瞳はあの、怪しい薄紫色に輝いている訳で‥。
「何をしても許されるって思われてません?!勝手に入って良いとは、一言も言ってませんけど……」
「あぁ、そうだった。鍵が空いていたから不用心だと思って、忠告しに入ったんだった。駄目だよリーネ。女性の一人暮らしは危ないからね。鍵くらいはしっかりかけなさい」
(いやいや、危ない事にさせているのはあなたでしょ?!)
この王子、癖が、強い……。
◇
「リーネ、だよね。名前は調べさせてもらったよ。先日はリーネを何故か怒らせ……いや、誤解させてしまったようだからね。僕の話をちゃんと聞いてもらいに来たんだ」
王子はそう言うと私と視線を合わせ、椅子に座る私の両手を取り自分の両手のひらで包み込んだ。
*爆発確定案件
ーー私の脳内でサイレンが鳴り響く。
相手から詰め寄られたゼロ距離は大変危険だ。自我を保てず脳が爆する確率が跳ね上がる。
「許可を得ずに、君の手を取ってしまったね‥。でも、こうして捕まえていないと逃げてしまうんだろう?あそこに置かれた荷物は旅行鞄、だよね?どこに行こうとしていたのか……。単刀直入に言うと、僕は君の腕を買ったんだ。だから王都に来て欲しい。魔物をやすやすと倒し、僕を担いで走って運べる人材なんて、そう居ないからね」
爆発を逃れる為に緊急停止モードになっている私の脳は、王子の言葉に反応さえ出来ない。
「君が……一緒に王都に来てくれる事を、僕は望んでいる。僕付きの護衛として給金も出すし、住居も手配しよう」
だから今の私には、王子が話す言葉の意味なんて何も分からないんだって……。この王子はペラペラと何を言っている?
「護衛は君以外にもいるから、自由時間も多く取ってもらえるよ。今まで通り薬を作って売る事もできるようにする。君の薬を待っている人もいるだろうからね。その場合は、城の人間が薬を店まで届けよう。君の代わりに薬を売ってきてあげる」
薬?薬を代わりに売ってくれるの?そこだけはどうにか聞き取れた!
ふーっ。
少しずつこの状況に慣れてきたようで、握られている手にジワッと湧いた手汗も分かるようになってきた。
(王子様の手に自分の手汗を付けるのはよく無いよね?不敬罪‥‥?でもこれって不可抗力だよね?)
雑多なことも思い浮かぶほど、心に余裕が出てきたようだ。
そうだっ!今聞いたことって本当?確か薬がどうとかって……。
「あの、もしかして、私の代わりに薬を売ってくれる‥って仰いました?」
「ん?そうだよ。君が行けないだろうから、城の人間が薬屋に届けてあげる。もちろん手数料無しだし、売り上げは全て君の収入さ」
「う、うれしいっ!あ、ありがとうございますっ!!」
「へっ?!あ、し、しまった。またシナリオ外だ……。あ、でも、良いんだよね。おーいっ、決まった!ヴィンセント!書類をここに」
運ばれて来た書類を見ると、王城で王子を護衛する仕事内容や給金の額面などが書かれていた。
特に稼ぎたい訳でもないけど、苦手な薬売りの仕事を代行をしてくれるなら、それくらいやってみても良いかな?と思えてきた。
「ご、護衛って。人前に出たりします?」
「ううん。残念だけど僕の影のように付き添ってもらうのが殆どだから、目立つような仕事じゃないんだ。何かあったら助けて欲しいし、前のように僕を抱えて逃げて欲しい」
この王子、私に抱えられたの怒ってなかったんだ……。
怒りを買っていなかった事に安堵し、苦手な薬売りの仕事からも解放される喜びから、どんどん気が大きくなっていく。
「こ、これって王都に行っても、する事は殿下をお守りするだけですよね?」
「そうだね。僕の側に居てくれたら良いだけだよ」
(それくらいなら出来るかも……)
街での苦手な薬売りから逃れられると、私は深く考えもせずに差し出された書類にサインをしてしまった。




