心の筋肉
いつものラウル殿下の護衛の仕事を終え、雨上がりの空を眺める。
街で貸部屋を探し始めたものの、夏前の雨の時期と重なってしまい、思うように街歩き出来ない日が続いてしまった。
夕方になっても今頃の空は明るいから、街に少し出るくらいは良いだろう。
◇
夕方の街は、帰宅前に買い物をする人達で賑わっていた。
日が暮れると飲み屋以外は閉まってしまうから、慌ただしく買い物をする人達が、小走りに私の横を通り過ぎて行く。
少し前までは、見知った町に行くだけで心が折れていたのに……。
今は人の生活が垣間見れるような、こんな温度を感じる人の動きに目を奪われる。
店先でスープを売っているのか、鍋を手にした人がいる。店の人が大鍋の蓋を取ると、立ち上る湯気が辺りに漂った。
思わず大きく息を吸い込んでしまう。
(ベーコン?かな?)
匂いから食材の見当を付ける自分に苦笑する。
今までの私なら街では下を向き、息を詰めて歩いていたのにな。
それなのに今は、スープの匂いを胸いっぱい吸い込んでいる。
*
少し前の自分を不思議に思う。
人の視線も向けられる言葉も、自分を責めているように感じて、いつも苦しかった。
人の仕草も、言葉を選ぶ姿も、全てが自分を受け入れないサインに見えた。
なんて勘違いばかりをしていたのだろう。
思い込みが自分を苦しめていると、この王都で暮らす中で気づき始めた。
魔女だと知られたって、それが例え筋肉マッチョだったとしても、仲良くしてくれる人はいるのに。
「本当に強くなるっていうのは、心にも筋肉が付くことさ……」
おばあちゃんの言葉は、本当に訳が分からない。
ずっと、ずっとそう思っていたけれど、生活を大きく変えた今の私は、ようやくそれが分かり始めた。
私は王都に出てから、知らず知らずに心の筋トレをしていたのかな?
いや、ラウル殿下を森で助けた時から、心の筋肉を使っていた??
今なら少し分かるよ、おばあちゃん。
だから、「分かったよ!これなんだね!おばあちゃんっ!」って本当はおばあちゃんに伝えたい。
そのおばあちゃんは、もういないけど。
すっと、目の前にラウル殿下の顔が浮かぶ。
あの薄紫の瞳を見るとおばあちゃんを思い出しちゃうんだよね。
よしっ、今度ラウル殿下の瞳に密かに報告してみよう。
「分かったよ!おばあちゃん。心に筋肉って本当に付くんだね」って。
口には出さずに心の中で言うだけなら、きっとラウル殿下にも変には思われない、よね??




